起
小説は四話で完結いたします。
とある昼下がりの頃。人の多く集まる場所の中、一つのテーブルに彼らは座っていた。彼らは自身の薦める小説の紹介をしたり、書き上げた原稿を読み合い改稿する点はないかなどを話し合っている。
このメンバーの纏め役を担っている輝く黒髪の美しい少女は、手に持っていた数枚の原稿を紅茶で汚れない場所へ放って、隣に座る精悍な顔立ちの男へ目をやった。
「ヴァン、貴方が書いてくる小説って、描写が丁寧で登場人物にだって感情移入しやすいのに、ストーリーが在り来たり過ぎる気がする。こんな話し貴方が書かなくたって、書庫に行けば好きなだけ読めるじゃないの」
「在り来たりを量産するのは、ノックスみたいに趣向が狭過ぎて好みに合う小説が少ないよりは、ましだと思うけど?」
ノックスと呼ばれた少女は隣に座ったヴァンの言葉に言い返せず、唇を噛み締める。だけど、そんなの。その通りだからって言わなくてもいいじゃないか。
「まあまあ二人とも落ち着いてくださいな。折角今日もこうして全員集まれたのですもの。紅茶と共にゆっくり楽しまなくては、損だと思うのです」
「そうよ。アガサの言う通り。けれど私はノックスの意見に賛成ね。王道を何個生み出したって、そんなの詰まんないわ」
二人の喧嘩を鎮めようとおっとり微笑んだアガサと違い、ジュールは髪をさらりと揺らし、猫のように吊り上がった形の良いパッチリとした瞳を歪ませた。彼女は退屈を酷く嫌っており、先の見える話。所謂筋書きが決まった王道の小説を毛嫌いする所がある。
「何だ、みんな僕が書いた小説がそんなに詰まらなかったか?今流行りの婚約破棄物よりはよっぽどましさ」
「やめて、その単語を吐き出さないでちょうだい。それだけで私の横隔膜が震えるわ」
「ええ、そんなに?私はそこまで嫌いじゃないのだけど、婚約破棄。まあジュールにとってはいかにも目の敵よね」
「ノックス、その通りよ。あんなの。もうこれっぽっちも読みたくないわ」
あの温厚であり、いつも言い合いでは中立の立場になるアガサですら、眉を下げて困ったように笑った。つまりはこの
テーブルに座る『小説愛好会』の全員が
ジュールと同じ意見だと言えるだろう。
婚約破棄とは、簡単にはこうだ。主人公は決まって不幸な悪役令嬢であり、その婚約者の王太子然り王族然りからある日突然婚約破棄を告げられる。そしてそんな婚約者の横には、華奢で愛らしい身分の低い男爵令嬢が、涙を堪え立っているのだ。そして有りもしない虐めや脅迫、名誉を害する噂などを王子とその取り巻き達から告発され、主人公の悪役令嬢は地のどん底まで叩き落とされてしまう。と、いったストーリーだった。
「ほら、最近は少しでも機転を利かしてみようと少し話を捻ってくる場合があるじゃない」
「ああ、ありますわねえ。婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられるけれど、悪役令嬢は自分の身の潔白を見事証明し返り討ちにする。王子と男爵令嬢は縛り首。自分は後釜の第二王子と再度婚約してハッピーエンド。ですわね?」
「いや、私もそれは聞きたくないわ、アガサ。そんな頭の軽い話を幸せそうに読める読者が羨ましい。もっと、そこは第一王子が密室殺人により死んでしまってから盛り上がる所でしょう?」
「ノックスは黙っててくれないか?それは王道を否定しているんじゃなく、ただミステリ好きのお前の趣味じゃないか」
またもやヴァンの言葉でノックスは押し黙った。ノックスとヴァンは幼馴染であり、互いが同じ趣味だった為昔からこう言った小説を語り尽くしている。だからこそ相手が好きな小説も分かるし、文章の癖だけでどれが相手の書いた小説か見破る事も出来る。だが冷酷で研ぎ澄まされた美形の見た目と裏腹に、主人公が思い人と幸せになる終幕を一番愛するヴァンにとって、登場人物の誰かが死ぬ事により成り立つような、ノックスの好むミステリ恋愛の良さは理解出来ずにいた。
だが恨めしそうに此方を見つめるノックスをふいと無視して、ヴァンは他の二人に聞かせるように軽く手を動かす程度の動作を付けながら話す。
「婚約破棄なら僕だって前見たぞ。確かにその話も王子と男爵令嬢が返り討ちになって王子は平民落ち。男爵令嬢は縛り首になり悪役令嬢は隣国の王子に迎えられ幸せに暮らしましたって話だったな」
「嫌ですわねえ。そんな世界が幸せな話があるなんて考えられません」
「ひっどい話ね。王子が平民落ち?なら、その国は王族の血を引く平民が大量に増えたって構わないと言うのかしら。もし父王がそんな事言い出したら私、目の前で髪を切り落としてから平手打ちしてさしあげるのに」
この会を開く事を皆に呼び掛けたのはノックスだった。ノックスはこの国に三家しか存在しない公爵家の内一家の一人娘であったので、自ずと自分が声を掛ける者達も身分が高い者となっていた。
著しいのはジュールだ。彼女は王族の唯一の女性。第一王女である。それでも気軽に他のメンバーと話しているのはこれが趣味の一環である事と、そもそも名前を著名な小説家に真似て呼び合っている為、身分という物を無視したいと彼女から言い出した為だ。それには公爵令嬢のノックスも、同じく公爵子息のヴァンも賛成であった。一番最後にこの会に参加した侯爵令嬢のアガサも然り。
因みに私のノックスという名はかの有名な探偵小説十戒を生み出した「ロナルド・ノックス」から取っている。
残りの三人もそれぞれ「ヴァン・ダイン」や「アガサ・クリスティ」。「ジュール・ヴェルヌ」から取っているのだ。ヴァンとアガサの名は私が好きな小説家から取った為この並びだが、ジュールは自身が好きな小説家の名前が良いと譲らなかったので「ジュール・ヴェルヌ」に落ち着いた。
そしてそんなジュールは王族の一人という自分と同じ立場の登場人物があり得ない罰を受けたためか、薔薇のように紅い唇を歪めている。
その様子を見てノックスも続ける。
「それだけじゃない、男爵令嬢だって。仮にも貴族の一端であるにも関わらずいきなり縛り首?盗賊や義賊じゃないんだから。醜い死体を晒されるなんてとんでもないわ。もしその男爵令嬢が隣国との間諜であったとしても、毒杯程度に収めるべきでは?」
「毒杯?ギロチン送りでも良いんではない?どちらにせよ、恐怖の度合いが違うだけですぐ死ねるなら有難いでしょう」
ジュールは王女として、貴族の汚点となるような人物へ直々に死を告げた事もあったそうだ。そんな複雑な事を女の子にやらせるなんてと思ったが、確かにこの国の頂点に立つ内の一人なのだから。その程度で折れるほどの心ではいけない。公爵家の一人娘といっても、もう既に親が見繕った婚約者がいるノックスにとってジュールはまるで住む世界が違う。
その点ではとても尊敬している。だから彼女の口が些か悪いのは目を瞑ろう。
「そうですわねえ、確かに小説は平民が書かれているのが大半ですから。私達だって婚約破棄をこの目で見てはいないのに、真実や起こり得る出来事だけを書き連ねるのは限度があるのですね」
「相変わらずゆったりしてるわね、アガサ。貴女は何も思わないの?自分の趣味だってあるでしょうに」
「いいえ、私は」
いけない、と思った。ジュールの言葉を遮ってしまいたかったけど既に遅い。
アガサは語り出したら長いし、それに彼女の趣味は私やヴァンが青ざめる程どぎつい物だった。それと比べまでしまえば殺人の方がよっぽどましに決まってる。
「私はそうですわねえ。純愛、程度じゃ満足出来ないんですの」
「純愛?」
「ええ、ヴァン様が好むようなハッピーエンドは心に響かなくって。私の場合は、そうですね。一人でも良いから主人公へ狂気的な愛情を向ける人物がいてくれないと」
ひくりとジュールの頰が引き攣る。私とヴァンもまったく同じであった。頭を抱えて、これから続くだろうアガサの話を半ば諦めるように待つ。
「愛する人の為なら殺しも厭わないような人物がいないと、物足りなくはないですか?」
「それは・・・信仰、というものなの?」
「ええ。そうですね、そうかもしれません。その人が黒だと言えば、白も黒になるような方が現実にいれば、私はとても心が満たされるのですけど・・・」
はあ、と憂いげに息を吐く儚げな美少女が何故そんな特殊趣味を持ってしまったのだろうか。アガサは、一言で言うと狂愛好きだ。好きな人の髪の毛一本ですら神聖化してしまうような盲目的な恋をとても好んでいる。私からしてみればそんな恐ろしい物、と思うのが、どうにもこれが需要があるようでその類の小説は一定数必ず存在する。そしてアガサが書いてくる本も同じく。必ず主人公の側には狂気的な婚約者や兄弟、または幼馴染が・・・。いや、もうやめよう。
「アガサの小説に出てくる頭のおかしい男は、何故大半が婚約者なんだ?それもお前の趣味か?幼馴染でもいいだろう」
「うーん、そうですわねえ。私には婚約者がいないので強くは言えませんが、婚約者の立場ってとても曖昧だとは思えませんか?婚約が約束されたとはいえ、口上だけであったり、親の約束事だけであったり。現にこうして今も婚約破棄が流行っているわけですし。その足場の不安定な状況にいる男性が狂気的。というのはとても理に適っていると思いますの」
確かにそれはアガサの言う通りなのかもしれない。私もアガサの勧めで何本かそういった物を読んでみたが、相手を死ぬ程愛している感情が露出してしまうのは嫉妬心に駆り立てられるからだ。一度婚姻してしまえばこの世の中だ。いくら愛しい人が他に愛人を作ろうと、己の命令一つでその相手を殺せる。
婚約者の立場はどうだろう。互いはまだ他人であり、近いようで遠い存在だ。そんな中主人公が他の男性と仲良くしていたら?それは、狂気を秘めた男性にとってたまったものではないだろう。
「そうね。その通りだわ。婚約者の立場ってそんなに確かなものじゃないもの」
「ああ、確かにな。婚約者がいる相手だとしても、横取り出来てしまうって事だ」
ちらりとヴァンが私を見た。その視線に気が付き何事かと私も目線を合わせれば、ふんと鼻を鳴らして逸らされる。
何なのだこいつ。
「ええ。そうですわね。それに私、ノックス様の婚約者様を観察していた事がありましたの」
アガサの何でもないような言葉に、口へ含んでいた紅茶を吐き出しそうになる。
喉に詰まり、えずくのをどうにか堪える。ヴァンとは反対側の隣に座るジュールがそっと背中を撫でてくれた。
「いつの間に、あいつを」
「勘違いなさらないでね、私は男爵令嬢にはなりませんから。ただ私の書き途中だった小説の、狂気的な婚約者の理想ぴったりだったものですから。驚いて興奮のあまり少し盗み見をしていたのです」
「そんなに気に入ったのなら貰ってくれてもいいわよ」
「いえいえ、それはお断りしますね」
なんて都合のいい女だと涙ぐむ。確かに私の幼馴染は、顔だけは誰よりも美しい男だろう。だがその天からの授け物を悪用し、あいつは女好きになった。いつも婚約者である私に見せびらかすように、私の行く先々に現れては他の女性と親密そうに体を寄せ話しているのを何度も見てきた。生憎だが私はあいつの事を蟻程も愛していないので、視界の邪魔程度にしか見ていないが。そもそも何故あいつが私の婚約者になったのかが謎だ。その婚約者は宰相の一人息子。だから公爵家の一人娘である私と婚約なんて出来ないはずだった。跡取りが片方いなくなってしまうから。だがあいつはいつの間にか私の横に立つようになっていたのだ。お父様になんて言い寄ったのだろうか。
それこそ。そうだ。それこそ、私はヴァンと婚約を結ぶのだと思っていた。小さい頃から同じ公爵家同士父親の面識もあったし、ヴァンは次男だ。私の家へ抜かれてもなんの問題もない。だからこそあいつが私の婚約者になったことも、今もヴァンに婚約者がいないのも分からない。
「アガサの熱狂的な趣味は理解したわ。そうやって見ると婚約破棄物って、結構起こり得る未来を書いていたのね。少し見方が変わってきたかも」
「じゃああれはどうだ?最近よく見かけるようになった、男主人公物は」
「男主人公?また異世界に飛ばされて無双するのではないの?」
「いいですよねえ、あれ。私は大好きですよ!特に、ドラゴン殺しの男が魔物も魔法も無い、機械や鉄の塊が恐ろしい速度で道を走る世界にある日いきなり飛ばされてしまって、仕方なく猛獣使いとしてサーカスで働く事にしたあの話。世界観があまりにも非現実的でわくわくしました!」
「あれは名作だったわよね!ジュール・ヴェルヌを彷彿とさせる発想力には私も舌を巻いたわ!でも最近は、無駄に最強の主人公の周りに何もせずとも勝手に女の子が寄って来てハーレムを作り上げる展開ばっかりで。また、これも飽きちゃうわよ。まったく」
ジュールは本当に王道物には辛辣だ。
また、同じ傾向に傾きつつある男主人公物の小説の愚痴を続けそうになった流れを断ち切るかのように、ヴァンは態とらしく咳をした。それに少し驚いてカップを持っていた手がぶつかり、かちゃんと行儀の悪い音が響く。
「いいか。僕が言いたかったのは男主人公目線の、婚約破棄物だよ」
ざわりとヴァン以外の三人が騒めき出す。そ、そんな物があるのか?
「一つヴァン様にお聞きしたいのですが、それは女性向けの小説なのですか?」
「残念な事にその通りだ。女性向けの、男主人公の婚約破棄物ストーリーだな」
「詰め込み過ぎじゃない?」
「ま、これも婚約破棄物に飽きた作者が一捻り入れてみたところ、大当たりしたようなものだから。要素が盛られているのは仕方がないさ」
冷ややかなノックスの言葉にそう返したヴァンは、詰まらなさそうにもう空になったカップに触れた。
「じゃあ、ヴァン。大まかな話の流れを求めるわ。お手柔らかに頼むわよ?」
「はいはい、ジュール様の仰せのままに」
唾を飲み込んだジュールは、少し姿勢を正すとヴァンの話に集中した。
「まず、男主人公物は主人公が王族であるものが多い」
「いきなりその地位から始まるのですね」
「まだ出回ったばかりだからな。王子か、はたまた男爵令息かに設定が振られるのは当たり前だろう。まあ、この場合は取り敢えず間を取って第五王子ほどにしておくとするよ」
「随分多産な王妃様ですわねえ」
昔は五人兄弟も珍しくはなかったらしいが、今は専ら二人か三人。ノックスの、公爵家のように貴族でも一人しか生まない場合もある。それは未婚率が上昇しているのもあるが、病気などの治療薬も多く出回っている為死亡率は下がり、あまり多く産まなくても跡継ぎの心配がなくなった事も原因としてあるだろう。
なのに、そんな世の中で五人兄弟。全員男か。王族ならその程度の人数は当たり前かもしれないが、王様と王妃様は随分とお若く優秀なようだ。
「自分には王位継承権が無いと高を括っていた主人公は、隣国や辺境地へ遠征とは名ばかりの厄介払いをされていた。そんな時に王都へ戻るよう王直々に命令が下る。何用かと思えば、第一王子は折角の出来の良く美人な婚約者を捨て、男爵令嬢と婚約を結ぶ為婚約破棄を仕出かしたのだが、どうやら婚約破棄の理由となっていた婚約者の令嬢は冤罪のようで、反対に第一王子とその男爵令嬢が罪を被ったと王より告げられる」
ふむ。そこまでは普通の婚約破棄物とまったく同じ流れだ。主人公が悪役令嬢ではなく、その取り巻きや通行人Aであったのに、まるで当事者のように自分もあれよあれよと惨禍に巻き込まれていくのもまた有り触れたストーリーだ。
「そして第二王子は病弱。第三王子は既に他国の令嬢と婚約を結んでおり、仲は良好。第四王子は女好きで、好き勝手に手を出していた為塔へ幽閉中。そして回りに回って」
「もしかして、主人公に王位継承権が巡ってくる、と?」
「ああ、ノックス。その通りさ」
ジュールがくらりと椅子ごと倒れ込みそうになっている。それもそうだ。王族ということは、これもまた自分と同じ立場の登場人物。それがそうも酷くしてやられているのだから。
「なぜか第五王子が王太子になり、王となる教育を受けて来た厳かな第一王子とは違った気さくで優しげな第五王子の性格に、第一王子の元婚約者も第五王子に靡いて目出度し目出度しってわけだ」
「何も目出度くないんだけど、いいわけ?その国の王様は。どっか遠くへ追いやった息子に継がせるなんて、頭おかしいんじゃない?第一、住む国も違っていた男がどれ程国務を全うできるのよ!」
「落ち着いてジュール。ねえ、聞きたいんだけど、第一王子に婚約を破棄された後に第五王子と恋は出来るの?」
「無理だろうな。一度婚約破棄した時点で、その肩書きが永遠にその令嬢には付いて回る。それにその後婚約者の弟とまた、なんて出来るわけがない。外聞も悪いだろう。最初から、本当は第五王子と恋仲であったのではと噂されても仕方がないな」
「うーん、そうですわねえ。話の展開の破綻は兎も角、私はその男主人公にまったく共感出来ないのですが、どうしましょう。主人公に感情移入出来ない恋愛小説なんて、何も楽しくないのでは?」
アガサのその言葉に、ノックスは「その通りね」と頷いた。確かに恋愛小説は現実では出会えない聡明で美形な男性と、主人公と言う人形を通して擬似的な恋愛ごっこをする為の物だ。勿論話に感動出来たり、主人公の性格を気に入ることは出来るが本質は変わらない。
なのに、そうか。男主人公で。ご都合主義な話の展開、そして恋する相手は女の子か。ちょっと。難易度が高いような気も確かにする。
「はあ、本当に駄目。全然駄目。そもそも、主人公が異性にしか言い寄られてい
ない時点で駄目よね」
「ちょっと待って、それはジュールの趣味も絡んでいるでしょう。話の流れとは論点が違うわ」
「だってそう思わない?今時の異世界転生物も。どうして助けるのは美少女だけ?どうして仲間になるのは女だけなの?何故華奢で庇護欲唆る男爵令嬢の周りは男だらけなの。そんなの、キャラクターとして成り立っていないじゃない。異性からしか魅力的に見えないなんて」
確かにジュールの言い分も分かる。助けた登場人物が全て女性で、価値に見合う活躍はしていないのに無条件で主人公を好きになり、複数の女性との共有でも構わないと考える人間なんて、この世に存在するのか?そして令嬢は女性同士の繋がりを大切にしなければならないのに、回りにいるのは男性だけなんて最早気味が悪い。申し訳程度の友人役なんて、そんなのサポートキャラでもない。ただの小間使いだ。分かる。ジュールの言い分は本当によく分かるのだが、そうジュールが考えるのは単にそれだけの理由じゃないのだろう。
「何故ハーレムパーティーの中に同性がいないの!何故、気品溢れる悪役令嬢に憧れる、他の令嬢が出ていけないの!」
「ああ、遂にジュールの悪い所が出た」
これだ。これなのだ。ジュールは小説の中でも、所謂同性愛の類を良く好む。
主人公が同性に好意を寄せられている展開が一番好きなのだが、物語の主要メンバーが同性愛者であるだけでも良いらしい。兎に角話の中で同性愛を仄めかす登場人物が出てくることが好きなのだ。この王女様は。
「でも、最近は悪役令嬢に尽くしたいと考える取り巻きが主人公の話も多いですわよねえ。将又メイドなどが主人公というタイプも。婚約破棄である事に変わりありませんけれど」
「僕は取り巻きが主人公なんて話は好かない。相手は王太子の婚約者である公爵令嬢だぞ?身分の下の者をそう優しく扱うものだろうか。どう思う?ノックス」
急にヴァンに話を振られびくりとする。
焼き立ての茶菓子に伸ばしていた手を慌てて膝の上に戻して、ノックスは黒髪を揺らし、そうだなと頭を傾けた。
「もし私の取り巻きの誰かが危機を救ってくれたとしても、助かったと告げるだけで終わらせるかしら。そもそもあまり身分の下の者と深く関わるのは下品だろうし、仲良くはしない。褒賞を与えるくらいかもね」
「だろうな、僕だってそうさ。男爵令息と気の合う友人のように接するのは無理だ。この会はこの四人だから許される。僕達にどれだけ敬慕していても、身分の下の者は目を合わす事すら許されない。そういうものだ」
「身分は大切ですわよね。ですが、ほら。最近は身分知らずの主人公が流行りですもの。フィクションに触発されて調子に乗る方も現れたって、おかしくないとは思いません?」
「ほら、既にいるじゃない。その『身分知らずの主人公様』が」
この国の王族の一人とは思えないほど歪められた笑顔で、ジュールは微笑んだ。