第九話 そんなことをいわれても
随分間が空いてしまいすみません。少しずつですが、再開します。
グラスにはまだ、カフェラテが半分以上残っていた。後から来た老夫婦も会計をすでに済ませ、また来るよ、と言って店を後にした。再び、店内には店長とわたしたちの三人を残すのみとなっている。
当初の目的は果たした。でも、それでは満足できない、と態度で示しているのが隣に約一名。
「じゃあ、雄介さんはもう三年もお一人でこの店をやってらっしゃるんですね」
さっきから、由美ちゃんは優介さんに質問の嵐だ。いつの間にか、名前で呼んでいる。そういう私も、先ほどからちゃっかり名前で呼ばせてもらっている。
本人曰く、店長なんて柄ではないので、だそうだ。
「まあそうだね。手探りだったけど、何とか」
そう苦笑をもらす優介さんも、先ほどまでのようにかしこまった話し方はしていない。これも、由美ちゃんの猛プッシュによる成果と言っていいだろう。
他にもいろいろなことを知った。というより、由美ちゃんが聞き出した。やっぱりこういう行動力については、尊敬するしかない。
一番驚いたのは、優介さんがまだ二十代だった、ということだ。今、二九歳だという。そう言われると、それくらいに見えてくる。見た目の印象というのは不思議なものだ。
この建物は、優介さんのお祖父さんが所有するものだったらしい。その息子にあたる優介さんのお父さんが一人っ子だったうえ、優介さん自身も一人っ子なので、一階のフロアを丸々自由に使わせてもらっている、ということらしい。
「料理はどこで勉強したんですか?」
ずっと黙って二人の会話を聞いているのも悪くないのだけれど、少し口を挟んでみた。
「勉強っていうほどのことは……。一時期。洋食レストランでアルバイトしたくらいかな」
あとは適当。インターネットって便利だよね、と笑ってそんなことをさらりと言う。
つまり、料理はほぼ独学、ということらしい。それでこんなに美味しいのか、と自分の料理の平凡さが悲しくなってくる。並みにはできる方だと思いたい。
「じゃあ二人は同じ学部の二年生なんだね」
優介さんからも、わたしたちに質問を振ってきたりもする。意外とおしゃべりが好きなタイプのようだ。由美ちゃんとはもしかすると気が合うのかもしれない。あっさり態度を崩したのは少し意外だったけれど、あくまで適度な距離感で話を振ってきているのがわかるので、決して悪い気はしない。
「あ、そうそう。おすすめの店教えとくね」
何か書くものは持ってるかい、と尋ねられる。
トートの中を漁るが、手帳を忘れてしまったらしい。代わりに目に付いたのは、この間取ったバイト求人誌だ。代わりは見当たらない。仕方ないので、付録でついていた履歴書を切り取り、裏返す。残った冊子を脇によけ、ペンを持った。
「あの通りの裏のカレー屋さんと、西門から出て道路挟んで向かいの蕎麦屋さんもいいね、それと……」
言われた通りにメモを取る。これで少し、来週の大学が楽しみになった。
優介さんが軽い調子で続ける。
「暮羽大だとここ、少し遠いよね。常連さんになってね、とは言いづらいな」
もう言ってるじゃないですか、と二人して笑ってしまった。
「大丈夫ですよ、しーちゃんが来ますから」
ね、と言われても。優介さんも少し苦笑いだ。だってほら、と由美ちゃんが続ける。
「先週からこの喫茶店のこと、すごく楽しそうに話すんですよ。塾のアルバイトのことだって、ここまでじゃないのに」
わたし、そんな感じだったのか。それにしても、この店で言うことないのに。頬が染まるのを感じた。
グラスの残りを飲み干し、机の上のメモをつかむ。
「あの、また来ます。必ず」
それじゃ、と席を立つ。
「そだね、そろそろ行こっか」
由美ちゃんも立ち上がる。わたしたちは店を後にした。
呼んでいただきありがとうございました。
不定期の更新になりますが、今後もお楽しみいただければ嬉しいです。