第六話 今日だけ不人気な授業
ちょうど一週間後、わたしは大学のキャンパスを友達の由美ちゃんと並んで歩いていた。学部が同じ彼女とは入学直後からの付き合いなので、もう一年になる。
ほとんどの講義は一緒に受けていて、今日のふたつも両方同じだ。
そう言えば、このあとの全学共通の授業では工学部の真理ちゃんも一緒の講義だったはずだ。
「それで、なんでその店長さんはしーちゃんが塾のアルバイトだってわかったの?」
「えっと、確かね……」
わたしのトートバッグに入ってた教科書が、とこの前聞いた通りの説明をする。由美ちゃんは普段特に目立つようなタイプじゃない。けれど、興味を引くものを一度見つけると、しばらくそれに対してのめり込んでしまう。そして、今の好奇心の対象はわたしがあの喫茶店で体験した推理劇だ。
キャンパス内を行き来する周りの人たちからは、最近流行りの若手俳優が主演するドラマが面白いだとか、サークルであの先輩がかっこいいだとか、そういった話題がいくらでも聞こえてくる。
そういう話ばかりではなく、自分が好きなことを本当に楽しそうに話したり聞いたりする由美ちゃんが、わたしも気に入っていた。
こういう気の置けない友達ができただけでも、この大学に入って本当に良かったと思う。
ちなみに、わたしが通っているのは国立暮羽大学だ。自分で言うのも何だけど、それなりに偏差値の高い総合大学だ。
まあ、わたしは一年間浪人して入っているのであまり誇ることはできない。けれど、地元では、あそこに入っておけばまず就職には困らない、くらいのイメージはある。
国立の大学だけあって、図書館や講義棟の設備も整っている。キャンパス内の美化も行き届いており、芝生のエリアが近隣の住民に公園代わりに使われているのも珍しくない。ドラマのロケ地としても時々使われると聞いたことがある。内からも外からも、評判がいいと言っても差し支えないと思う。
毎年二千人近くが入学するだけあり、新入生へのサークル勧誘が落ち着いてきた時期にもかかわらず、辺りは人で賑わっている。キャンパスの奥の方へ教室を移動している今も、多くの人が行き交っているのが目に映る。むしろ、普段より多くの人とすれ違う気がするくらいだ。
「じゃあ本当に、周りの状況と観察してわかったことだけで両方とも言い当てちゃったんだ。推理小説みたい!」
歩きながら一通りの説明を終えると、由美ちゃんは目をキラキラさせながらそういう。これは間違いなく、興味のスイッチが入った時の由美ちゃんだ。
「多分ね。説明もおかしなところは思い当たらないし……」
「私も行ってみたいな、その喫茶店」
今すぐにでも、と言い出しそうな様子だ。
「じゃあ今度一緒に行こ?」
こんな話をしていると、教室に到着していた。大きなドアを開けて講義室のなかに入る。でも、なんだか様子がいつもと違う。
「あれ、あんまり人いないね」
由美ちゃんが言う。同じように思ったみたいだ。確かに、講義室内には空席が目立つ。
「でも講義まではまだ時間あるし、始まるころには来るんじゃないかなあ」
そうは言ってみたものの、時間がたっても受講生がくる様子はない。そういえば、真理ちゃんも今日の授業には来ていないみたいだ。
「今日は随分と少ないですが、始めましょうか」
そう言う教授の様子は、出席人数が少ないことが分かっていたようにも見えた。
結局最後まで受講生が増えることは無く、その日の出席率は四割程度のままで講義は終わった。
そして今、わたしたちは食堂に来ていた。周りでは多くのグループが会話に花を咲かせている。そしてトレーに乗った色とりどりの食事が、広いテーブルのあちこちを彩っていた。
周りには五人前後のグループが目立つ。二人でいるのはわたしたちくらいかもしれない。
わたしたちの会話のタネは、やっぱりさっきの講義だ。率直に浮かんだ疑問をぶつけてみる。
「なんであんなに休み多かったんだろうね?」
「さすがに体調不良で休む人数じゃないよねえ……」
この授業の評価を思い返す。全体の内三割が期末のレポート、残りが出席点だと初回に説明があったはずだ。授業は全部で七回なので一回十点の計算になる。
レポートは辛口の採点だという噂だ。十点を切ることも無くはない、と聞く。
一回の休みくらいで単位は落とさないだろうけれど、決して軽い点数ではない。それに、ほかの都合で一度休んでしまっていたら単位自体も落としかねない。
しかも、今日はちょうど七回目の最終講義なのだ。以前から、今日の講義で期末レポートについて説明するといわれていた。
最悪、他の受講生から聞くこともできるし、課題そのものは教務のウェブサイト上でも確認できる。それでも、教授の口から直接聞いた方がいいと思うのではないだろうか。少なくとも、一回分サボりたかっただけ、と言うのならわざわざ今日を選ぶ必要はないはずだ。
考えればキリがない。
そして、思う。やっぱり、わたしに探偵役は務まらない。
「ねえ、しーちゃん。その店長さんなら、理由わかるかな?」
同じ人物が浮かんでいるらしい。それもそのはずだ。もう既に由美ちゃんの頭の中は、あの喫茶店と店長さんへの興味でいっぱいなのだろう。
そしてそれは、わたしも同じだった。
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