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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
十三章 未来を想う
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2.紅葉の人生と桜

 私は変わらなければいけない。

 と、誓った。

 ‥それが、何について、かは自分が一番よく分かっている。

 だのに

「私に話がありますか? 紅葉」

 桜様が、いつものようにお茶を点てながら、静かに言った言葉には心臓が止まる程驚いた。否、驚いたのとは違うだろう。予想はついていたことだ。

 正直、ついに来た‥というのが正直な感想だ。心臓に直接衝撃を与えられた様な感覚‥。

「桜様‥」

 うまく言葉が出ない。ただ、顔が凍ったような思いがした。

 今、自分の顔からは「顔色」が消えているだろう。と、思う。

 情けない。表情一つコントロールできない。

 強くあらねば。

 自分の心を励ます。

 胸に手をやって息を大きく吐くと、次の言葉を探す。

 しかし、桜はそれを制して

「慌てなくてもいい。今すぐ何か言おうと思わなくても。‥覚悟が決まったらきちんと言いなさい。私は、聞く準備はしておくわ」

 と、紅葉に横顔を見せたまま言った。

 その横顔は、穏やかでいつも通りだった。そして、すこし微笑むと

「でも、それは貴女が言わなけれならないことです。きちんと、自分の言葉でね」

 立てた抹茶を紅葉に勧める為に、体ごと紅葉に向き合った。

「はい‥」

 指先をついてお辞儀し、抹茶碗を受け取りながら、静かに紅葉が返事する。そして

「でも、まだ私は迷っているんです。どうすればいいか、私がどうしたいのか」

 お辞儀をしたまま、ぽつり、と付け加える。

「そう」

 お辞儀を返しながら、桜が短く返す。

「頭を上げて。今日は、世間話をしましょう。ね、紅葉。貴女の初恋のお話なんて素敵じゃない。相馬の次男はどんな方なの? 」

「! 相馬をご存じなんですか? 」

「先代‥先々代かしらには、お会いしたことがあるわ。ちらっとだけど。お話はしたことはないし。でも、座っている佇まいが真っ直ぐで、青竹のように清々しい方だったわ。相生のお父様‥四朗のおじい様ねも、清廉潔白ないい男だと言っておられたわ。もっとも、私がお会いした先々代は紅葉が「ハイビスカス」だと評価していた相崎も華やかだけど、評価に値する人物だったわ。‥もっとも、二度位しかお会いしたことはないんだけど」

 ふふ、と桜が微笑むと、

「武生さんは、‥私も清廉潔白な方だと思います。私は先々代のことは存じませんが、武生さんのお父様もいい方でした。勿論、ご長男の相生三郎さんも。相崎や相生のように華やかさはありませんが、文武両道を重んじる質実剛健な方々だと」

 紅葉も、穏やかな笑みを返し、そんな紅葉に、桜は笑みを更に深める。

「‥四字熟語のオンパレードね。何かそれを聞いているだけで、真面目な方だってことが分かるわ」

「ええ。真面目で良い方です。‥でも、凄く心が優しい方です。相崎みたいにスマートに振舞えませんし、四朗君みたいに優しい微笑みは向けてはくれませんが、‥すごく優しい人だってわかるんです」

「‥なんだか、四朗や相崎君が顔だけって言われてる感が‥」

 あまりに幸せそうな紅葉に、桜はちょっと意地悪したくなってしまうが、勿論本気ではない。

「あ! 勿論そんな意味ではないですよ」

 だけど、予想通り、紅葉は真っ赤になって否定する。本当にいい子なんだ。

「ふふ。冗談よ。紅葉がそんなこと言うなんて思ってないわ」

 こんな穏やかな時間、四朗とは過ごしたことはない。それに、恋の話なんて、四朗とはこれから先も絶対出来ないだろう。

 四朗だから、というわけではないだろう。息子だから、男だからだろう。

 娘が居たらこんな感じだったのかな、と考えて、今更なんだけど「ああ、そうか紅葉は姪なんだ」ということに気付いた。

 姪! そういえば、今までそのことを意識したことはなかった。

 姪の恋愛相談にのる叔母。‥なんて素敵なんでしょう。

 だのに、今の今までそんなことすら気付かなかったんだ。

 それほど、私は紅葉を「跡取り」としか見ていなかったし、「跡取りとしての紅葉」を育てるのに必死だった。

 ‥勿体ないことしてきたな。

 紅葉は、大切な可愛い私の姪っ子。だけど‥跡取り候補として育ててきた子。それは、変わらない。

 だから。

 この先、紅葉がその関係を変えようと思ったんなら、「現当主」として、そのケジメだけは紅葉につけさせないといけない。それは、叔母としての私の仕事だ。

 あやふやにして逃げることは出来ないだろう紅葉の為。そして、これからの人生、何かから逃げたままにしてほしくないし、後ろめたい想いなんてしてほしくない。そのことで、きっと今も心を痛めている姉‥紅葉の母‥の様にしたくはない。

 跡取りでいたくない、って言われること位。実は、大したことない。跡取り候補は紅葉一人じゃない。(確かに、紅葉が一番有力なのも確かだけど)だけど、そのことで紅葉とこの先笑いあえなくなるのは、嫌だ。

 紅葉は、私の予想をいつもいい方に超えていく。

 ‥楓。

 貴女のこと、私は本当に分かってなかったんだなって、思う。

 だって、四朗と紅葉は全く違うんだもの。

 あの、入れ替えは本当に酷いことした。

 紅葉は四朗の代わりじゃない。それに、四朗は楓の代わりなんかじゃない。

 だけど、間違ってたけど、今私は何も失っていない。

 息子も、姪っ子も。

 四朗様(※四朗父)を失った? 否、‥初めから四朗様は私のものなんかじゃなかったわ。たとえ、一瞬でもね。

 今はやっと、認めることが出来る。

 長いこと掛かった‥。

「桜様。私、絶対、ちゃんと答えを出します」

 飲み干した抹茶碗を畳に置き、指先をついてお辞儀しながら、ぽつり、と紅葉が言う。

「ええ」

 お辞儀を返し、抹茶碗を自分の方に引き寄せながら、桜が返事を返す。

そして、お湯を抹茶碗に注ぎながら、ふ、と小さく微笑む。

「それに‥」

「え? 」

 紅葉が顔を上げて桜を見る。桜は、紅葉に横顔を見せて、茶碗に入れた湯で茶筌を清める。

 しゃかしゃか、というその小さな音が聞こえる位の静寂。

 だけど、それは決して嫌なものではなかった。

「武生さんにも会わせてもらいたいわ」

 桜の横顔に穏やかな微笑みが浮かぶ。

 ‥その時は、鏡の秘術を掛けないで行こうと思う。

 桜は、心の中でそう誓った。

「紅葉の叔母で、四朗の母です。いつも二人をありがとう」

 ってちゃんと言いたい。

「う‥、はい。必ず」

 赤面して、紅葉が俯く。そんな彼女に微笑みながら、そんな日が来るのが楽しみでしかたない桜だった。


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