9.やっぱり、相崎
「紅葉ちゃん? 今度、修学旅行で明後日そっちに行くんだけど~。会わない? 」
なんだかんだで根負けして教えた紅葉の携帯電話の番号だ。その番号に、相崎から連絡があったのは、修学旅行をあと数日に控えた時だった。
成程、四朗君たちの学校の方が、修学旅行私たちより先にあるんだ。
相崎の話に相槌を打ちながら、紅葉はそんなことを考えていた。
それにしても‥。
‥ていうか、旅行先ここなの?
今時の高校生にしては凄い近場じゃない?
「あ~、何でも学園の創立者の子孫だか親戚だかの経営するホテルがそっちにあるらしくて、まあ、多分売り上げ協力? みたいな感じ? なんか、創立者の記念館もみんなで行くみたいだし」
つまり、それをそれこそ四朗達の父親の代からも延々と続けているんだ。‥どんな伝統だ。せこすぎるな。(四朗達も知らないことだが、あの学校の創立当初からの伝統なのだ)
「はあ‥。成程。それで、あの、四朗君と武生さんは? 」
「え? 奴ら関係なくない? 」
と、相崎の口調にちょっと不機嫌さがにじむが、そんなの無視だ。寧ろ理由をねつ造しておこう。
「あ~、あの。この前の写メ‥あの、相崎さんに送ってもらった、私と相崎さんと四朗君の三人が写ってる写メ、友達に見せたら、皆が会いたいって。学祭に来てもらえないかなって、それで私も丁度、聞こうと思ってたところなんです」
いいながら、「そういえば、そんな写真あったな」なんて思い出した。実は今の今まで忘れてたんだけど。
我ながら、うまいこと言った。
「ああ、あれね! 」
電話の向こうの相崎の機嫌が良くなったのが分かる。
単純だ。
「そうなんだ! そうだねえ。しんちゃんも、顔だけはいいからねえ。‥ちょっと暗いけど。でも、武生も? 」
「四朗君と言えば、武生さんもかなって思って」
「ん? そうだね。しんちゃん一人じゃ、嫌がるかもしれないもんね。ほら、ちょっと人見知りなとこあるから」
‥人見知りで、ちょっと暗い。‥立派な悪口だな。
思慮深く、物静か。そういうレベルだと思うぞ?
「はいは~い。ま、学祭は学祭として、修学旅行の時の事考えといてよ。四朗たちも一緒の方がいいんだったら、それはこっちから言っとくから」
「あ! あの。学祭のこと、実は考えてたんで、今回お会いできるなら、今回で。‥だって、わざわざ来てもらうには遠いですし。スケジュールだってあるし。四朗君たちにお願いしていただいていいですか? 」
「了解! じゃあ、楽しみにしてる! 」
電話を切ると、どっと疲れが出た。
はあ、軽いよ、ホントに軽いよ。最高級の羽毛布団に入ってる羽毛並みの軽さだよ。四朗として付き合ってた時にも、まあ軽いとは思ってたけど、これほどだとは思ってなかった‥。まあ、四朗君は相崎にとってライバル(かな? 多分)だし。
でも‥。
「武生さん‥」
それは、(それだけは唯一)楽しみだ!
そんなこんなで、今、ここに相崎と四朗君、武生さんがいる。勿論、家でも学校でもない。学校にほど近い喫茶店だ。ここに武生さんがいるのは、新鮮だ。四朗君は、別に珍しくもないし、相崎に至ってはどうでもいい。
と、思っていたけれど。
流石、相崎。いや、相崎の一族。
穏やかな口調、上品な物腰と表情。どれ一つ取っても洗礼されている。
相崎は一流の商人って、相生のおじい様が言っておられたけれど成程頷ける。声までがいつもと違う。
不遜ではない。だけど、堂々とした所作。相崎は自分を安く売らない。そして、一緒にいる四朗君・武生さんをもそれとなくプロデュースする。
今、この場を制しているのは間違いなく相崎だ。
顔を上気させて相崎の話に聞き入るクラスメイトは、すっかり相崎のペースの中だ。
‥相崎を今まで侮ってた。
そして、でもそんな中でも相崎に巻き込まれることも、相崎のわき役になることもない四朗君と武生さん。
決して出しゃばらないし、自分から話しかけることもしない。だけど、決して存在を消されたりはしない。
自分の存在を主張しはしない。だけど、彼ら二人がいることによって、相崎が格段に「安定している」のが分かる。彼ら二人に支えられている相崎が、一層信用されうる存在になっている。
そうか、今彼らは相崎を「立てている」んだ。それも飛び切りスマートに。ビジネスライクではない、でもカジュアルでもない上品な雰囲気を纏う三人。今まで自分が見たこともない三人を、紅葉は、ただ感心して見た。
勿論他の女の子たちみたいに顔を上気して、その場にのまれることなんてしない。その点、紅葉も場慣れしている。
「じゃあ、紅葉ちゃん。またね。また連絡する」
相崎のキラキラスマイルに、軽く微笑して頷いて立ち上がろうとした紅葉に、
「これ」
四朗も席を立ちながら、小さな紙袋を紅葉にそっと手渡した。まだぽーとなっている周りの子たちはどうやら、それに気かなかったようだ。勿論、四朗はそれも計算済みなんだろう。
「武生から」
こそ、と小声で言う。
どきん。心臓が一つ大きく跳ねる。「しまって」と、合図する武生に、紅葉は慌てて制服のポケットにそれをしまう。小さなそれが、まるで燃えている石みたいに熱く感じられた。
「ありがとうございます」
もう、泣いてしまいそうな気がした。
「紅葉ちゃん? どうしたの? 」
相崎が真っ赤になって立ち止まる紅葉に首を傾げる。
「え? いえ。すみません。では、今日はありがとうございました。皆さんは、今からどちらに? 」
「お寺も、珍しいものでもないから、街をぶらっとしてみようかなと思ってるよ」
と、相崎。
まあ、そうだろう。というか、相崎とお寺って合わない。
「武生さんは、お寺ですか? 」
武生が頷き、四朗が微笑む。
と、ここで今まで相崎にぽーとなっていたクラスメイトが、フリーズする。
おお、魔性の微笑み。四朗君相変わらずだなあ。‥むしろ、威力が増大してないか? 紅葉が苦笑する。
だけど、クラスメイト達の根性も凄かった。
「あの! 連絡先交換してもらえませんか! 」
と、なんとか復活して相崎にお願いする。
因みに、四朗と武生は上手に断りしていたわけなのだが。
「じゃあ」
武生に一瞬バッチリと目を合わせる。武生も、そんな紅葉に目を合わせ、微かに微笑んだ。ホントに、微かに。
それだけで、紅葉も四朗も今日一番の笑みを浮かべる。
相崎たちと、そしてクラスメイトと別れた紅葉は、一人でさっきの小さな紙袋を開けた。出てきたのは、華奢なガラス細工の根付け。
「綺麗‥」
根付けを握りしめた両手を胸に大事に抱きしめて、真っ赤になった紅葉は、紅葉を知っている他の誰かが見たらきっとびっくりするぐらいしまらない顔をしていただろうと、思う。
私の秘密。私と武生さんだけの秘密。相崎もクラスメイトも知らない!
「武生さん‥」
「う~む。まさか武生とはねえ」
ま、勿論の事ながら、相崎にはバレちゃってるんだけどね。




