6.果たしてこの話の着地地点におじい様はいるのだろうか? 博史の観察
「まあ、あの人も、明宏もそんな風だから、篤博も博史ももっと楽にしたらいいのよ。篤博‥厳しくして‥今まで本当にごめんなさいね」
言って、おばあ様は静かに四朗たちに頭を下げた。
「そんな‥」
って言って、四朗は頭を下げるおばあ様におろおろしている。
そんな兄ちゃんは、でもまあ珍しい。
兄ちゃんは普段、そんなに慌てること、無いよね。
まあ、このカオスな状況をまとめられるのって、おばあ様位しかいないと思う。
果たして、この話の「着地地点」におじい様はいるのか?
ワタクシ、博史は静観したいと思います。
「あの人なんて、なんぼのもん、って思ってたらいいわ。貴方たちは十分立派に成長しています。寧ろ、立派すぎる位。もう少し肩の力をお抜きなさいな」
ばっさりとおばあ様はおじい様を切り捨てた。
「そうよ。チャラいのは良くないと思うけど」
母さんも頷く。と、まあその視線は父さんに向けられたままだ。
視線がちょっと冷ややかなのが、‥怖い! 俯いたまま目を合わせない父さんは、でもその視線に完全にびびっている。‥なんだか可哀そうになって来た‥。
‥母さん。そろそろ父さんの顔を上げさせてあげて?
果たして、着地地点にはおじい様どころか、父さんすらいなかったって話。
俺は、あえて何も言わないでおこうと思います。‥君子危うしに近寄らず、って言うでしょ?
「まあ、その位にいたしましょう? そうそう。修学旅行の話をしておりましたね。修学旅行。楽しみですわねえ、若様」
ナイス、清さん! 父さんの目が輝いたのを、四朗は見逃しはしなかった。‥もちろん母さんも。
因みに、清さんの「若様」は、四朗。博史は、「坊ちゃま」だ。
父さんが「旦那様」でおじい様が「大旦那様」、ひいじいちゃんは「ご隠居様」は、世間と一緒だ。
清さんには本当に長い間お世話になっているんだろう。
「‥で、田中君との噂って何だい? 四朗」
母さんの視線を俺に向けさせよう作戦、ヤメロ。
四朗はぎょ、っとして父さんを見た。
「さあ、俺も知りません。何か噂されているらしい、ということだけは分かってるんですが。怖いですよね」
「そうだね。私たちはちょっと目立つらしくって、噂には私もよく悩まされたよ」
まあ、私は女性関係だったけど、‥なんで「田中君」? 男の子だよね?
父さんはちょっと首を傾げている。
博史がぷっと吹き出して
「兄ちゃんのファンって幅広いし、ちょっと過激なとこあるから、抜け駆け禁止なんだ。で、結果、兄ちゃんに近づくのを公認されてるのが、武生さんだけ、ってね。武生さんは、ファン公認のお目付け役なんだって。で、田中君というのは、ここ最近出てきたニューフェイスらしくって、武生さんのライバル的な存在らしい、と」
と、笑いを含んだような口調で言う。
「「へえ‥」」
と感嘆したのは、両親。そのまま
「「すごいね」」
感想まで、ハモる。
「ヤメテ、ホントに」
それを聞いた、四朗の居心地の悪そうな顔ったら、ない。
そりゃ、そうだろう。
俺だって、お断りだ。と、博史は妙に納得した。
「田中君‥。ひいじいちゃんの知り合いらしくって、そのことで話したことがあったんだ」
疲れた様子で四朗が両親に説明する。
「ふうん? 」
と、反応したのは父さん。母さんはまだ、生温かい微笑みを四朗に向けている。
「昔はひいじいちゃん、あの容姿のせいで周囲から浮きまくってて、いじめとかもあったらしくって、そんなとき声をかけてくれたのが、田中君のおじいさんだけだったんだって、ひいじいちゃんも懐かしそうに言ってた」
「虐め! 」
博史が、「何だって! 」と噛みつきそうな勢いで叫んだ。
「‥昭和初期だったら、あの容姿は目立っただろうしね」
父さんはどこか納得した様な口調だが、その表情は少し険しかった。
母さんは浮かない顔で「そうなんですね‥」と暗い声を出す。
「大旦那様もそんなことありましたね。小学校の頃‥」
と、清さんも暗い顔だ。
そういえば、おじい様とおばあ様と清さんは、幼馴染みだったって聞いたことがある。
清さんがおばあ様よりいくつか年上だったはずだ。
そういう話を聞くこと、いやそんな場面に遭遇することがあったんだろう。
当時を思い出してか、きゅっと眉間にしわが寄ったのが分かった。
「小学生とかは、異質なものに対して容赦ないからねえ」
父さんは重い口調でつぶやく。
「父さんも? 」
博史が心配そうな目を父さんと四朗に向ける。
「いいや? 私の時には同級生にハーフの子とかもいたし。別に特別浮く、とかはなかったと思ってるけど。言っても、父さんたちの時とは時代が違う」
父さんは、ちょっと首を傾げる。
そうだ。おじい様たちは、完全に「時代的」なものだ。グローバル社会を生きる我々にはそういう問題はない。
「俺は極力目立たない様に生きてます」
と、四朗。「だから、大丈夫だよ? 」と穏やかに微笑みかける。
「いや、目立つよ。何してても」
ちょっと眉間にしわを寄る博史。‥あんまり伝わらなかったようだ。
「‥‥」
四朗は苦笑して「まあ、虐められてはいないよ」と言い直した。
「でも、まあ、気持ちいいもんでもないだろうから、あんまり目は見られない様にしてるね。‥紅葉ちゃんもそうだって言ってた。昔、目が怖いって虐められたことあるって」
ため息を大きくひとつついて、四朗が苦笑いしたまま言った。
「ホント、最低だな。虐める奴。お前には関係ないだろ、とか思うよな! 」
なんて怒る博史は、何ていい奴なんだどろう、って思う。
隣では母さんと清さんも頷いている。
父さんとおばあ様は思うところがあるのか、ちょっと難しい顔をしている。
‥そういえば、父さんの目は別に普通だから、そう目立たないな。
四朗は、今更ながら思った。
多分、父さんが今思っているところも、そこらへんだろう。
おばあ様は、昔のことを思い出しているんだろうか?
「あんなにいい娘さんなのにね! 」「あ、そういえば四朗。貴方がぼんやりしている間に、紅葉ちゃん武生さんに取られちゃたわね」
先は、憤りを含んだ口調で、そして、突如思い出したように「そういえば‥」と母さんが言葉を繋いだ。
「そうなのか? 」
父さんが四朗を見る。
「そんなんじゃないよ! 俺と紅葉ちゃんは! 」
思わぬ話の展開に、驚いた四朗は思わず叫んでしまっていた。
「残念ですわねえ」
と、本当に残念そうに清さんも頷く。
「だから! 」
「‥まあ、あそこまでおんなじ顔じゃない方が、父さんはいいと思うよ」
と、しかしぼそり、と父さんが母さんをなだめながら、四朗に呟いた。
「‥父さん‥。いつ紅葉ちゃんを見たんですか」
聞きながら、あれこれ今までのことを脳内フル活用で思い出す。
そうだよな、会ってないよな。この前、父さんと紅葉ちゃんは遭ってるけど、あの時は「四朗」だったよな。
「舐めないで? 父さんの情報網」
うわあ、いい笑顔だなあ。言ってること最悪なのに、なんか許されちゃう雰囲気漂わせてるね! もう、そこまで極めたら、魔性だね! 俺も極めたいもんだ!
秘儀、総てを誤魔化す魔性の笑み!
「‥怖! 」
ドン引きする博史。博史よ、その「普通の感覚」これからも持ち続けておくれ。
そっとため息をつく四朗だった。
「‥で、さっきのおじい様の話と田中君の噂はどうつながるのかしら?? 一体、どんな噂なの? 」
‥母さん! もう、誤魔化されて?




