1.固執する理由
‥私は、何を西遠寺の跡取りに固執しているんだろうか‥。
本当になりたかったのだろうか? 自分が‥
実家に帰ってから、気が付いたらそのことを考えている自分に気が付いた。
自分は、桜様に四朗君と入れ替わるのを打診される前から、西遠寺の跡取りになりたかった。否、なりたかったから、桜様の打診を受けた。
あの時の私に、桜様の願いをはねのける選択肢はなかった。
西遠寺の跡取りになりたいならば。当然受けるべき要請。
そう思っていた。疑いようもなかった。
固執。
そう、自分は固執していた。そして、今も。
いつからだろうか? いつから自分は‥。
だって、そのせいで自分の今までは他の高校生とはまるで違うものだった。
礼儀作法、語学。武術。部活動も出来なかったし、高校生らしい自由な時間もなかった。そして、入れ替わり‥。
そこまでして、私は西遠寺の跡取りになりたかったのだろうか。
そう、私は迷っている。ずっと。あの時も、そして今も。ずっと。
父さんたちも千佳もこのことを知らない。(入れ替わりのことも知らないけど、そうではなく)私が迷っていることを知らない。そんなこと相談したこともないし。
だけど、もし知ったらなんていうだろうか。
泣くだろうか。
怒るだろうか。
迷うくらいならやめてしまえっていうだろうか。
否、迷うような決断をさせてしまったって自分たちを責めるだろう。やっぱり、反対すべきだったって。そういう人たちだ。
でも。私は、あの時の決断そのものを後悔しているんではない。今だって、後悔していない。
武生さんに会えた。
それだけで、全部のことに意味があったんだと思う。
後悔はしていない。だけど、あの時の気持ちと今の気持ちは違う。それだけは、言える。
もう、いい。
もう自由になってもいいんじゃないかな。跡取りは私がならなくてもいいんじゃないかな。
そう思ってしまう。
父さんだって母さんだって口には出さないけど、反対したいって思ってるのはわかってる。
でも、駆け落ちしたから‥。西遠寺に負い目があるから。桜が望むならって。だから、そのことに対して娘が反対していない限り、自分たちからは何も言えない。そういう立ち位置だった。
ああ‥そうか。
駆け落ちしたから、母さんは家に帰れない。だけど、帰りたいんじゃないかって思って‥自分が西遠寺の跡取りになれば、母さんも昔みたいに西遠寺に帰れるんじゃないかって、あの時‥小さかった私は思ったんだ。
だけど、母さんは実家に帰りたいなんて思ってなかった。西遠寺に未練なんてなかった。未練も郷愁もなかった。
ただ、今の暮らしが大事だって思ってるのが分かる。分かった。
あの時はわからなかったけれど、今ならわかった。
否。そうだと思いたいだけかもしれない。
だから、もう西遠寺の跡取りに固執しなくていいって、思いたいのかも、それ以上にそう言ってほしいのかもしれない。
狡い。
私は狡い。
気持ちが変わったから、じゃあ止めてしまおうなんて、やめてもいいんだって言ってほしいなんて。
だけど、私はよくっても、桜様はどうなる?
私がやめるって言ったら、桜様は悲しむんじゃないかな。
桜様を悲しませるのは、嫌だな。
西遠寺が、今まで私の為に割いてきた労力、資金、時間だって‥。
私を取り巻く環境はそんなに甘くない。
思わず頭を抱え込んでしまった紅葉の頭の上に、ふ、と影が落ちた。
人の気配に紅葉は頭を上げる。
「くれちゃん。どうしたの? 何を悩んでいるの? 」
開けっ放しになっていた自室のドアの前に、ココアを片手に千佳が立っていた。
「人生。これから先、どうやって生きていけばいいのかなって」
ココアを受け取りながら、紅葉が微かに千佳に笑いかける。なるだけ重くならないように、でも、「何でもない」で誤魔化すことはしない様に。
千佳は、思ってもいなかった紅葉の言葉に一瞬目を丸くした。
でも、「仕方ないなあ」っていいたげな、いつもの紅葉を甘やかす顔で笑った。
「まあ、ねえ」
と、千佳が紅葉の横に座る。
「確かに人生は、分からないし、自分のことだから悩まなければいけないとは思うけど、そんなに苦しそうな顔して考えることでもない様な気がする。先のことなんてなるようにしかならないわけなんだから」
首をこてり、と傾ける。
紅葉は、一瞬目が点になった気がした。
‥なんて、シンプルに甘いことを言うんだ。子供か。
‥ああ、子供だったな。
そんな子供が、「なにそれ、変なの」って言わずに、自分を元気づけようとしてくれている。それが、嬉しかった。
世間知らずな無責任な発言。でも、それはきっとあながち間違えではないし、何より自分を心配して発せられた言葉だ。
この子は、子供だ、でも大人だ。
人を‥私を思いやる大人だ。
「そうなんだろうけどねえ‥」「‥いや、そうだね。きっとそうだね」
だのに、自分は何をしているんだ。千佳に心配をかけて、何をしているんだ。
話を無理に終えようとする紅葉に気付いて、千佳がキッと、紅葉を睨んだ。
「紅葉ちゃん! 」
そして、紅葉に視線を合わせる。
「つまずいたらその都度軌道修正していけばいいよ。くれちゃんはそんなに器用なタイプじゃないから。‥軌道修正が出来ないような道は選ばないほうがいい」
ゆっくりと一言一言噛みしめる様に、千佳が言った。
紅葉は何も言えずただ、その言葉を聞いた。目の奥がつん、ときて、慌てて俯いて目をつぶった。涙はこぼれなかった。
「それって、西遠寺の跡取りってこと? 」
俯いたまま紅葉が言うと、千佳が頷いた。
千佳が頷くのが、俯いていた紅葉にも気配で分かった。
ああ、千佳に言わせてしまった。
そう思って、眉を寄せた紅葉の頭の上から、
「それと」
さっきより、ちょっと強い口調の千佳の声が降って来た。
「あと、あのちょっと根暗で重い彼との結婚も考えた方がいい。振ったらストーカーとかになりそう」
紅葉が何かを言うより先に、畳み込む様に千佳が言った。




