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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
十二章 固執する理由
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1.固執する理由

‥私は、何を西遠寺の跡取りに固執しているんだろうか‥。

 本当になりたかったのだろうか? 自分が‥

 実家に帰ってから、気が付いたらそのことを考えている自分に気が付いた。

 自分は、桜様に四朗君と入れ替わるのを打診される前から、西遠寺の跡取りになりたかった。否、なりたかったから、桜様の打診を受けた。

 あの時の私に、桜様の願いをはねのける選択肢はなかった。

 西遠寺の跡取りになりたいならば。当然受けるべき要請。

 そう思っていた。疑いようもなかった。

 固執。

 そう、自分は固執していた。そして、今も。

 いつからだろうか? いつから自分は‥。

 だって、そのせいで自分の今までは他の高校生とはまるで違うものだった。

 礼儀作法、語学。武術。部活動も出来なかったし、高校生らしい自由な時間もなかった。そして、入れ替わり‥。

 そこまでして、私は西遠寺の跡取りになりたかったのだろうか。

 そう、私は迷っている。ずっと。あの時も、そして今も。ずっと。

 父さんたちも千佳もこのことを知らない。(入れ替わりのことも知らないけど、そうではなく)私が迷っていることを知らない。そんなこと相談したこともないし。

 だけど、もし知ったらなんていうだろうか。

 泣くだろうか。

 怒るだろうか。

 迷うくらいならやめてしまえっていうだろうか。

 否、迷うような決断をさせてしまったって自分たちを責めるだろう。やっぱり、反対すべきだったって。そういう人たちだ。

 でも。私は、あの時の決断そのものを後悔しているんではない。今だって、後悔していない。

 武生さんに会えた。

 それだけで、全部のことに意味があったんだと思う。

 後悔はしていない。だけど、あの時の気持ちと今の気持ちは違う。それだけは、言える。

 もう、いい。

 もう自由になってもいいんじゃないかな。跡取りは私がならなくてもいいんじゃないかな。

 そう思ってしまう。

 父さんだって母さんだって口には出さないけど、反対したいって思ってるのはわかってる。

 でも、駆け落ちしたから‥。西遠寺に負い目があるから。桜が望むならって。だから、そのことに対して娘が反対していない限り、自分たちからは何も言えない。そういう立ち位置だった。

 ああ‥そうか。

 駆け落ちしたから、母さんは家に帰れない。だけど、帰りたいんじゃないかって思って‥自分が西遠寺の跡取りになれば、母さんも昔みたいに西遠寺に帰れるんじゃないかって、あの時‥小さかった私は思ったんだ。

 だけど、母さんは実家に帰りたいなんて思ってなかった。西遠寺に未練なんてなかった。未練も郷愁もなかった。

 ただ、今の暮らしが大事だって思ってるのが分かる。分かった。

 あの時はわからなかったけれど、今ならわかった。

 否。そうだと思いたいだけかもしれない。

 だから、もう西遠寺の跡取りに固執しなくていいって、思いたいのかも、それ以上にそう言ってほしいのかもしれない。

 狡い。

 私は狡い。

 気持ちが変わったから、じゃあ止めてしまおうなんて、やめてもいいんだって言ってほしいなんて。

 だけど、私はよくっても、桜様はどうなる?

 私がやめるって言ったら、桜様は悲しむんじゃないかな。

 桜様を悲しませるのは、嫌だな。

 西遠寺が、今まで私の為に割いてきた労力、資金、時間だって‥。

 私を取り巻く環境はそんなに甘くない。

 思わず頭を抱え込んでしまった紅葉の頭の上に、ふ、と影が落ちた。

 人の気配に紅葉は頭を上げる。

「くれちゃん。どうしたの? 何を悩んでいるの? 」

 開けっ放しになっていた自室のドアの前に、ココアを片手に千佳が立っていた。

「人生。これから先、どうやって生きていけばいいのかなって」

 ココアを受け取りながら、紅葉が微かに千佳に笑いかける。なるだけ重くならないように、でも、「何でもない」で誤魔化すことはしない様に。

 千佳は、思ってもいなかった紅葉の言葉に一瞬目を丸くした。

 でも、「仕方ないなあ」っていいたげな、いつもの紅葉を甘やかす顔で笑った。

「まあ、ねえ」

 と、千佳が紅葉の横に座る。

「確かに人生は、分からないし、自分のことだから悩まなければいけないとは思うけど、そんなに苦しそうな顔して考えることでもない様な気がする。先のことなんてなるようにしかならないわけなんだから」

 首をこてり、と傾ける。

 紅葉は、一瞬目が点になった気がした。

 ‥なんて、シンプルに甘いことを言うんだ。子供か。

 ‥ああ、子供だったな。

 そんな子供が、「なにそれ、変なの」って言わずに、自分を元気づけようとしてくれている。それが、嬉しかった。

 世間知らずな無責任な発言。でも、それはきっとあながち間違えではないし、何より自分を心配して発せられた言葉だ。

 この子は、子供だ、でも大人だ。

 人を‥私を思いやる大人だ。

「そうなんだろうけどねえ‥」「‥いや、そうだね。きっとそうだね」

 だのに、自分は何をしているんだ。千佳に心配をかけて、何をしているんだ。

 話を無理に終えようとする紅葉に気付いて、千佳がキッと、紅葉を睨んだ。

「紅葉ちゃん! 」

 そして、紅葉に視線を合わせる。

「つまずいたらその都度軌道修正していけばいいよ。くれちゃんはそんなに器用なタイプじゃないから。‥軌道修正が出来ないような道は選ばないほうがいい」

 ゆっくりと一言一言噛みしめる様に、千佳が言った。

 紅葉は何も言えずただ、その言葉を聞いた。目の奥がつん、ときて、慌てて俯いて目をつぶった。涙はこぼれなかった。

「それって、西遠寺の跡取りってこと? 」

 俯いたまま紅葉が言うと、千佳が頷いた。

 千佳が頷くのが、俯いていた紅葉にも気配で分かった。

 ああ、千佳に言わせてしまった。

 そう思って、眉を寄せた紅葉の頭の上から、

「それと」

 さっきより、ちょっと強い口調の千佳の声が降って来た。

「あと、あのちょっと根暗で重い彼との結婚も考えた方がいい。振ったらストーカーとかになりそう」

 紅葉が何かを言うより先に、畳み込む様に千佳が言った。

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