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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
十一章 それぞれの「幸せ」
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8.貴方さえいればいい、って恋

「四朗様どうなさいましたの? 」

 急に黙り込んでしまった四朗に、菊子が心配そうな表情を向ける。

「貴方さえいればいい、っていう人‥。俺もその内会えればいいな、って思って」

「何ですの? それ。何か素敵ですけれども」

「ある人がね、言ってくれたんだ。なんか、今紅葉ちゃんたち見てたら、そんなこと、ふっと思った」

 言いながら、ちょっと泣きそうになった。

 感傷的になるなんて、おかしいね。

 早くここから、離れなきゃ、思いかけた四朗に

「私の知っている人ですの? 」

 菊子の四朗を気遣うような声。

 質問をしているというのに、その口調からは好奇心も、嫉妬も感じさせない。

 四朗が首を振る。

「知らない人」「紅葉ちゃんがよく知ってる人。それに、俺もその人の事、紅葉ちゃんが博史のことを知っているのと同じように知ってる」

 ふ、とわずかに笑って、四朗が紅葉を見た。

「千佳! 千佳ね! 」

 ぱっと、紅葉の顔が明るくなる。

 四朗が小さく頷く。

 ‥俺は、四朗として千佳ちゃんを知っているわけではない。

 千佳ちゃんも、俺を知っているわけではない。

 千佳ちゃんと俺は、今まで沢山話もしてきたけれど、それは、千佳ちゃんが俺の事を紅葉ちゃんだと思っているから話したことだ。

 千佳ちゃんは、でも何でも紅葉ちゃん(の振りをした四朗)に話すような子じゃなかった。

 恋の話や心配事、悩み事を紅葉ちゃんに話すような子じゃなかった。

 信用されていないとは思えない。千佳ちゃんは、ただ紅葉ちゃんの顔を見るだけで安心するんだっていつも言っていた。

 ただ「私の傍で、くれちゃんが笑っているのを見ていたい」ってどんなプロポーズだ。

 そんなに思ってくれる、‥紅葉ちゃんのこと思っている千佳ちゃんをがっかりさせたくなかった。きっと、それは紅葉ちゃんだって同じことだったと思う。

 二人はそんな姉妹だった。

 お互いがお互いを思いやり、お互いの想いをぶつけることもなく暮らして来た。そうとだけ‥。

 千佳ちゃんのことはよく知っている。

 姉想いで、しっかりしている。姉が大好きで、姉に甘くって、姉に対して心配ばっかりしている。

 そんな素敵な子だ。だけど、それだけ。

 普通の姉妹がどういうものか、分からないけど。だけど、あの姉妹の関係が「もどかしい」ってことだけはわかる。

 遠慮? なんて表現をしていいのかは分からないけど、あの二人の間には、なにかそういう壁がある。否、お互いに作っている。

 嫌いだからじゃなくて、だ。

 好きだから。好きだけど、だ。

 一歩踏み出すべきなんだ、って思う。

 でも、俺は紅葉ちゃんじゃない。だから、それ以上踏み込めない。踏み込む術もわからないし、踏み込むべくは俺じゃない。

「成程、確かに俺も紅葉さんの事、実は知っているんだよなあ‥」

 博史が兄弟として暮らして来た紅葉。四朗の振りした紅葉。

 剣術の稽古オタクで、自分に厳しい。どんなに(女の子に)モテてても気づかないほど鈍くって、およそ青春を謳歌するって言葉とは無縁。真面目で、いつでも真っ直ぐで、明るくって笑顔が爽やか。

 ホントに、青少年の鑑みたいな男子高生。

 四朗と違って、紅葉にはあの時、「別人を演じている」って意識はなかったわけだから(なんていっても、記憶が無かったわけだからね)、あれもホントの紅葉ちゃんだったわけだろう。あれって、紅葉ちゃんの「男の理想」だったのかな。

 ああそうか。男である自分はかくあるべき、って理想だったのかもしれない。そういえば、それは武生と共通する点は多い。(ただし武生は、四朗程秀麗な容姿をしていないから、モテても気づかない云々は当てはまらないわけだけど)

 博史は一人で納得した。

「気持ち悪い兄弟だな‥」

 考えている間、微妙な顔をして沈黙していたらしく、武生が胡乱気な顔で博史たちを見てきた。

「あ。知ってるって別に変な意味とかじゃないから。紅葉ちゃんのこと、俺第二の兄位にしか思ってないから」

「兄? 姉じゃなくて? 」

 菊子が首を傾げる。

「あ、俺もやましいことは絶対になかったからな。だって、紅葉ちゃんと俺って、基本的に同じ人間だし」

「またそれを言う」

 武生が苦々しくため息をついた。しかし、武生はこの発言を深く受け止めていなかった。「いつもの」四朗は紅葉の代わりの臣霊発言だとしか聞いていない。

 武生が、四朗と紅葉が入れ替わっていたって聞いたらどう思うだろ? 

 何となく「そうらしい」って無理やり納得させられてるかもしれないけど、ちゃんと考えたらどう思うだろ??

 それを考えると、背中が寒い四朗と博史だった。



「私、四朗様が普通の人間じゃなかったとしても、気にしませんわ」

 博史たちが言っていることの意味は分からないものの、ここで聞くのはタブーって感じなんとなく、分かる。

 でもそのうち、全部話してくれたらな、って思う。

 そんな、「健気な」菊子の女心をあざ笑う(!)かのように、

「もしかして兄ちゃんが女だとしても? 」

 にやり、と博史が悪い顔をする。

「え! 四朗様女の方になりたいんですか? 」

 その意外な言葉に、つい菊子はいつもの口調が素になってしまった。

「変なこと言うな! 博史! 」

 四朗は盛大に焦って、博史を真っ赤な顔で睨む。

 ‥あれ? 博史は俺が臣霊だってことは知ってるけれど、俺の本性(って表現が正しいかどうかはわからない)はわからないはずだよな?? 紅葉ちゃんと武生には見られちゃったんだけど。ああ、もう何が何だか分からなくなってきた‥! 

 え? ほんとにどうだっけ? 

 頭をフル回転させる。

「何? それ。博史、何を知ってるんだ? 」

 で、同じく驚いた武生は、そんなこと言っちゃってる。

 ‥認めちゃ、まずいよ!! 武生!

 そんな四朗たち三人(四朗と武生、紅葉)を、博史はきょとんとした顔で見た。「え? だって‥。‥ああそうか。兄ちゃん気付いてなかったんだね」と呟いて、何度か小さく頷く。「成程ねえ‥」

「というのもね。夜寝てるとき兄ちゃんが凄くうなされることがこの頃よくあって、それでその時決まって、兄ちゃんが別人みたいに見えて。その顔が、すごく紅葉ちゃんに似てて‥いや、似てるけど確実に違うんだよなあ‥」

 見ると四朗の顔は真っ白だ。

 いつもなら、「大丈夫ですの四朗様」と飛んでくる菊子も今は目が点になっていて動けない。「え? 何を言っているの」って顔だ。

「兄ちゃん、臣霊だから、別に何があっても、もう驚かないというか」

 へへへ。と博史がへらりとした笑いを浮かべる。

 ‥驚かなすぎだろ‥。

 四朗たち三人は苦笑いする。

 菊子は、また謎の単語が出てきてますます混乱している「臣霊ってなに? 四朗様の話をしているのよね? 」って呟いたのが聞こえた。

「それは、この頃? 」

 何とか気力を振り絞って四朗が聞いた。

「うん」

 博史はへらりとした笑いを浮かべたままだ。しかし、まだ固まったままの武生たちを見て、ちょっと不安そうな顔になる。

「知らなかったんだね。兄ちゃん」「‥言わない方がよかった? 」

 四朗が首を振る。

「椿さん、っていうんだ。桜の母さんの妹で、臣霊としての俺の名前」

 不安そうな弟の頭に手を置いて、四朗がちょっと微笑んで言った。

 いつもの、作ったような笑顔ではない。博史がよく知っている、博史を安心させる兄の笑顔だった。

「だけど、俺は俺で、博史の兄。それじゃダメかな? 今まで通り‥」

 覗き込まれた瞳に、ちょっと心配そうな不安そうな色が見えて、博史は首を大きく振った。

「いいに決まってるだろ! 」

 ちょっと大声になってしまった。

「気にしませんわ。四朗様は四朗様ですもの」

 菊子も、負けるものかと主張する。

 ‥ただ、私は何のことだかわからないんですけど‥。

 ということは、この際置いておくことにした。

 ‥いつかきっと‥。話してくれますよね? 四朗様‥。ホントに‥。

 何となく、何となくでこのまま流れてくんだろうなあ‥。

「俺の兄ちゃんで、武生さんの幼馴染」

 明るい笑顔を作って博史が言葉を重ねる。

 無理やり作った笑顔でも、笑顔はきっといい結果を持ってきてくれる。

 笑う門には福来る、だ。

「私の婚約者で。未来の旦那様」

 博史に頷いて、菊子が言葉を続ける。

「じゃあ、未来の俺の弟だな」

 武生がぼそっと付け加えた。

 そんな武生には珍しい言葉に、四朗は泣きそうになる。

 ありがとうって声に出して、今すぐ伝えたいのに、今口を開いたら、情けない声が出そうで、何も言えない。

「あ、四朗君が千佳と結婚しても、四朗君は私たちの弟になりますね」

「紅葉ちゃん‥」

 博史が眉間に手をやる。

 ややこしいこと、言っちゃダメ! 今! しかも菊子の前で‥

 こんなに、「天然」だったけか? 

「誰ですか? 千佳って‥さっきも、その名前出ましたよね‥」

 菊子の周りに、気のせいか、ゆらり、と暗いオーラが漂って見える。

 ‥やっぱり‥。

 頭痛がしてきた‥。



「まあ、いいですわ。どんなライバルがいようとも、今更、ですわ。大事なのは四朗様が四朗様ってことで、私は四朗様がいればそれでいいんです。それだけで、いいんです」

 にっこり笑う菊子に、恋愛感情なんてものを持つ日が来るかどうかはわからない。今は、持ってはいない。

 ただ、眩しくって。ありがたい。

「そうだよ。だから、家督を譲るとかは、間違っても母さんたちに言わないで? 俺、ホント嫌だから。ホント」

 本音100%。本当に嫌そうな顔でいう博史。

「俺も、跡継ぎは正直‥」

 次男で跡継ぎを免れている武生は、博史とおんなじ立場だ。歳は違えど共通する思いがあるらしい。そんな二人を、紅葉は苦笑いしながら見た。

 ‥私は、何を西遠寺の跡取りに固執しているんだろうか‥。

 本当になりたかったのだろうか? 自分が‥

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