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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
十一章 それぞれの「幸せ」
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6.四朗は四朗

「兄ちゃん。何勝手なこと言ってるの」

 障子の向こうに人の気配がしたので、開けに行くと、ちょっと恨みがましい顔をした博史がしゃがみ込んでいた。四朗が黙って見下ろすと、四朗を睨むように見上げて言った。

「博史。まあ。そういうこと、だよ」

 博史を見下ろして、四朗がゆったりとした口調で言った。

「‥まあ、私はどちらでもいいですけれども。博史が相生の家を継ぐ、それで四朗様の心の負担が減るならばそれで。‥相馬に婿養子に入られませんか」

 菊子が柱の陰から顔を出す。こちらは、盗み聞きというより、聞いているのがばれない様に隠れているといったところか?

 気配でバレバレだけど。

 でも、この件については四朗は別に聞かれたところで構わない話だから、特に咎めなかっただけだ。

 正面から、改まって博史には伝えない。でも、博史が盗み聞きしたんだから仕方ない。

 武生の話は、武生と武生の家の話だし、武生の母親が菊子に聞かせたくなさそうだったから、別だけど。

「何言っちゃってんのさ。相生家の跡取りは兄ちゃん以外にあり得ないよ! 」

 立ち上がり、四朗をちょっと涙目で睨み付けながら博史が声を荒げた。

 博史は四朗より十センチ以上小さい。

 中学生で170センチ近くあるわけだから世間一般から見て小さいわけではない。だけど、四朗の横に立つと小さく見える。

 だから、四朗の目をみて話すと、自然と見上げる様になってしまう。

「博史。盗み聞きしたことを詫びる気持ちはてんでない‥って感じだな」

 四朗は武生を見て苦笑いする。

「まあ、聞いた通りだ。お前が相生家を継ぐべきだ。力も、お前が持っている。その内、それが分かるようになる。‥どの程度の力があるかはわかんないけど」

 だけどすぐに、「仕方ないなあ」と、いつもの弟に甘い兄の顔に戻る。

「わからないことは多いだろうし、今更そんなこと言っても出来ないだろう。でも大丈夫。俺が仕事はする。博史に子供が出来たとき、教育だって俺がする。大丈夫だ」

 相変わらず、博史を気遣い、博史を心配している。

 まるで、自分のこれからの人生、博史にあげると言っている。

「いらないよ」

 それが悔しくて博史は更に四朗を睨む。

 子ども扱いされたくない。四朗に守られてばかりじゃ嫌だ。

 いつも思っている。

 自分だって、兄の力になりたい。

 その気持ちが四朗に届かないもどかしさ。それが出来ない悔しさ。

 ‥要らない。俺は、俺の為の兄ちゃんの人生なんて、いらない。

 四朗のことが好きだし、尊敬しているからこそ。

「だから、その時のために、俺は四朗の名前をお前に譲っておく」

 四朗の耳には、博史の言葉は入っていない。否、耳には入っている。だけど、四朗はそれに対して応えはしない。自分が伝えるべきことを続けて言った。

「いらないってば! 」

 いらない。兄ちゃんの人生も、四朗の名前も。

 自分にとって、兄の名そのものの「四朗」は、ただの跡取りという印だけじゃない。

 四朗は、四朗だ。

「だって、四朗は兄ちゃんじゃないか。跡取り、とかじゃない。四朗は兄ちゃんそのものなんじゃないか」

「博史‥」

 四朗が薄く微笑んで博史を見る。「落ち着け」宥める様に博史の肩に手をやる。

「そう。俺は博史だよ! 四朗になることはない」

 その手を払いのけながら、博史が叫ぶ。

「四朗、は俺には重すぎるよ。だってそうだよ。昔から、じいちゃんや親父が相生四朗をやってきたんだ。みんな、相生四朗はこうだって目で見て来る。だけど、俺には相生四朗はできないよ! 」

「博史‥」

 手を下ろしはしたが、四朗の表情は、穏やかなまま。

「兄ちゃんみたいに女の人たらしこんだりできないし」

「武生みたいなこと言わないでくれ」

 四朗はとっさに突っ込んで、ちょっと表情を硬くする。

「格闘技にも正直興味ないし」

 博史の攻撃は、しかしながら止まらない。ふざけているわけではない。いたって真面目な顔だ。怒りともどかしさとを真っ直ぐ四朗にぶつけて来る。

「お前は一体俺を何だと思ってるんだ? ってか、相生四朗のイメージか? 」

「あははははははは」

 今まで、しかしながらゆったりと博史がどう出るのか見ていた菊子は、突然のことに、ハトが豆鉄砲を食ったような顔になり、次の瞬間耐えきれなくて大爆笑し始めた。

「菊子、お前は何を大笑いしてるんだ? また、四朗がおかしなこと言ってるのか? 」

「ああ、武生」

 気が付いたら、という感じで武生がいた。

 あれ? 気が付かなかったぞ。気配を消してたのかな? 見ると、紅葉はまだ玄関に立っているから、家の中で何かあったらしいと武生だけはいってきたらしい。

 わざわざ気配を消して。

「だって、四朗様以外の名前で呼ばれる四朗様なんて想像がつかないんですもの」

 そして、急に兄が現れても驚かない菊子。

 慣れてるのかな? まあ、慣れてるんだろうな。変な兄妹。

 四朗はぼんやりそんなことを思った。それも随分とのんきな話だが。

「? 四朗にも、名前はあるぞ? 聞いたことはないが。そういえば、誰かが呼んでいるのも聞いたことはないな」

「それ、何のためにある名前ですの? 」

 菊子が四朗に目で回答を求めて来る。

「家系図に載せる際の都合だよ。死亡時に初めて載る。それまでは、家族内でもその名前を呼ぶことはそう、ない。ひいじいちゃんは偶に呼んでたりするけど。まあ、ややこしいしねぇ」

 四朗も、別に隠すことじゃないから答える。

「成程ねえ」

 この答えに、菊子だけでなく武生も納得してこの話は終わり。

「あら、武生。デートはもういいの? 」

 話が終わったのを見計らって、紘子が武生に話しかけた。

「紅葉さんを置いてこないでよ。あんたが先に入っちゃったら、お家に入りにくいでしょ? 」

 ちょっと、武生を睨む。武生が黙って頷き、玄関にいる紅葉を見る。

 迎えに行くその前に、母親に紙袋を手渡す。

「‥これ」

「あら、お饅頭。駅前に行ったのね」

 受け取った包みに、紘子の顔に笑みが浮かぶ。

「何も目的もなく、こんな何もないとこ急に「出かけてこい」はないよね」

 四朗が呆れた顔をして、紘子を見る。

「そうよねえ」

 菊子が頷く。

「あら、学生時代、かあさんたちは公園をぼんやり散歩したりしたわよ? 喫茶店で話し込んだりね」

 責められるのは不本意とばかりに、ちょっと不満げな顔をした紘子が反論した。

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