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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
十一章 それぞれの「幸せ」
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4.可能性のある未来と武生の意志

 紅葉は普通の高校生というには、その存在感からして違いすぎた。

 表情。落ち着いた所作、口調。

 彼女は、あの若さで「出来上がり過ぎている」。

 成程、そうであるはずだ。あの子は、旧家の、それも百年を超える歴史を持つ旧家の跡取り候補であったのか。と。

「そんな方の結婚は‥」

 西遠寺が決めることではないだろうか。直接、西遠寺の未来を左右する重要事項だ。

 本人たちの意志以前に、だ。

「本人の意思ではなく一族の決定が絶対、ですよね? 」

 四朗は、紘子の言い淀んだ言葉を引き継いで、そして首を振った。

「幸い、紅葉ちゃんは、候補ではありますが、今はまだ跡取りではありません。今の地点で、もし紅葉ちゃんと武生が婚約ということになれば、武生も含めての跡取り候補に代わるだけです」

「そのことによって、紅葉ちゃんの立場は悪くならないの? 跡取り候補としての順位が‥その、変わるとか」

「現当主は現地点で結婚をしていないし、補佐も置いておりません。だけど、現当主は西遠寺の正当な血族だからそれは可能なのです。ですが、現当主に子供がいなくて、親戚から跡取りを迎える場合、結婚していることが条件になってきます。そして、それを決めるのは、西遠寺ではなく、現当主です」

 まるでセールスマンのように難しい説明を淀みなく、淡々とする。

 幼馴染の母親とはいえ、大人を納得させるような話を、何の気負いもなくする四朗も、ただの高校生ではない。

 四朗の場合は、場慣れだろう。

 幼いころから、沢山の大人に囲まれて生きてきた。後継者の教育という態度で接してくる相手は、容赦なく、甘えは許されなかった。

 そして、武術による精神修行だ。

 ‥旧家の跡取りは、四朗も一緒だな。

 紘子は漠然とそんなことを思った。

 しかし、今はそんなこと考えている場合ではない。

 ことは、武生の話だ。武生の可能性のある未来の話なのだ。

 武生と紅葉の話ではある。しかしながら、さっき四朗が言っていたように武生の存在は紅葉の今後の未来をそう左右しない。しかし、紅葉の存在は武生の未来を大きく変えうる。

 そう思うと、体に力が入る。

「決める‥というか、承認する、ですね。跡取り候補は、現当主の養子のような感じになりますから、自然とそうなるのでしょうね」

 四朗が少し歯切れの悪い口調になった時に、紘子は、はっと我に返った。

「ええ‥」

 紘子が、硬い表情で頷いた。

 どう考えても、今までのような気楽な感じではない。

「桜の母さん、‥母は、紅葉ちゃんを信用しています。紅葉ちゃんが選んだ相手なら、反対しないでしょう。それに、俺は、それは武生で問題はないと思っています。西遠寺といっても、表の方はは人事の手配や統制といった、言うならば、事務能力を要求される仕事ですから。母はちょっと特殊なんです」

 それは、この頃の当主と母の違いが原因だ。

 母には、この頃の当主にはない「力」があったから。

 今では、裏に一任している仕事を自分でもできる程の力が。

 だけど、母はそれをすることはしなかった。ただ、力を持つものとして、次の後継者にマニュアルを残すことに尽力した。その為に、裏西遠寺と関ることが多かった。そして、その仕事に口出すこともあった。今までグレーだった部分に対する干渉。それに対して、一部の裏から不満が出たとておかしくはない。それが、今回の事件の裏にあったことを、気付かない桜ではないだろう。

 兎も角、だ。

 通常の表の仕事は、ほぼ事務仕事だ。会社でいうなれば、依頼を受ける窓口的な仕事だ。

 もっとも、普通の事務能力だけでは出来ない。

 窓口となる、表に要求される能力は、依頼主を会った瞬間に惹きつけるカリスマ性。依頼主から正確な情報を引き出す話術、そして、総てを話してしまう状況を作る空間創造能力、そして、情報を瞬時に分析する情報処理能力。

 そういうこと(普通の事務能力以外)は紅葉ちゃんが請け負えばいい。そして、武生は情報処理の右腕になり、そして紅葉ちゃんの精神的なサポートをすればいい。武生の人間性は、紅葉にずっとついていた臣霊の折り紙付きだし、頭脳にも問題はない。武道という点でも問題はない。家柄も旧家のしきたりやら礼儀作法も問題はないだろう。

「ただ、武生が西遠寺に婿養子に入ることになるだろうという問題だけです」

「それは‥。そうなるでしょうね」

 紘子は、何でもない事の様に頷いた。

 何せ、相手は西遠寺の後継者候補。それを聞かされた後なれば、そんなことは、想定内のことだ。

 でも

「可能性で話をしても、仕方がないわ。今は、成り行きを見守りましょう。‥私は、うれしいのよ。あの、どこか冷めた子が嬉しそうに、好きになったお嬢さんを私に紹介してくれたんですもの」

 そう言って、ふふ、と笑う。その顔を見た四朗もまた、微笑んだ。

 自分だってそうだ。武生が、幸せに向かって、今どれ程努力しているかはわかる。

 それは、幼馴染として頼もしくも、嬉しい。

「あの子の人生だわ。だから、あの子の幸せを親として邪魔なんてしたくはないわ」

「はい」

「だけど、四朗君はさっき、子供がいないって言ったけれど、貴方はあの方の子供ではないの」

「西遠寺と相生で約束があったんです。女なら西遠寺の跡取りに、男なら相生の跡取りに。俺は男でしたから」

 四朗は一つ、大きく頷いてから姿勢をもう一度正した。

「そうでしたか」

「西遠寺の跡取りは、原則女ですからね」

 そうだ。かって、桜の兄弟が跡取り候補にあがったことはあったが、それは、桜の姉妹が跡取りにならなかった時の保険の様なポジションだったのだ。

 一つに、西遠寺(表)の能力を継承するのは、女子のみだから。程度の差異こそあれ、女子はすべて受け継ぐ。実際に桜の母さんもそれを受け継いでいただろう。ただ、その能力は「裏」寄りだった。だから、一族から敬遠された。異様なもの、異質なものに対する恐怖は、そう変わるものではない。それが、陰陽師集団という特殊な一族内においても、だ。

 だから、裏と表の線を引いている。

 表と裏の境目の曖昧な母さんは「異端児」だったんだ。‥補佐を付けないといった彼女の「我儘」が通るくらいに、一族は彼女を‥嫌っていた。

 ‥話を戻そう。男子には西遠寺の表の力は使えない。だけど、遺伝子としては半分受け継がれる。だから、子供に女子が生まれたとして受け継がれるのは、その半分だけ、だ。

 それでは、余りにも少ない。

 血は尊ぶが、新しい血を入れたい。より優秀な血を。

 西遠寺が今後も継続していくための手段の一つだった。

 能力部門としての「裏西遠寺」そして、それを統べる「西遠寺」本家。家としてではなく、日本を裏から支えるものに対する周りの信頼、そしてそれを確固たるものにする確かな技術。

「それに、俺は‥」

 四朗はそれだけ言って、微笑んだ。

 俺は、人間ではないし、子供が出来る体ではない。

 そんなことは、言いはしない。

 だけど、後半部分については、紘子も知るところであった。

 紘子ははっとした顔を一瞬見せ、しかし、すぐに表情からそれを消し去ると、静かに一つ頷いた。

「相生の跡取りは、博史をと考えています。博史は今までそんな教育を受けていませんから、今まで通り仕事は俺が。だけど、俺には相生の血をつないでいく術はありませんので。力について‥多分、博史に相生の力は継承されているとは思いますが、今急にどうこう出来るものでもないと思いますので‥」

 だから、それは博史の子供が生まれたときの話になるだろう。その教育も自分が責任もってしようと思う。

「それは、相生の意志ですか? 」

「いいえ。両親や祖父母にこの話はまだしていません。だけど、近いうちにするつもりです」

 四朗は微かに微笑んだ。それは、悟りきったような静かな表情だった。

「博史君には? 」

「博史には、言いません」

 四朗は軽く首を振ってから言った。

「博史には、話が決まってから両親から‥」

「‥酷いわね」

 紘子が、うっすらと笑う。

 四朗の行動を批判するでもない、ただ「それはそうだろうけどね」というような口調。

 褒められた決断ではない。

 ただ、四朗にしてもこの問題は、自分の意志なんか挟めない問題なんだ。寧ろ自分の意志を消してでも、どうするべきか考えるべき問題。

 結果。こんな血の通わない決断になったとしても、それは仕方がないことなんだ。(まあ、血の通わない、は言いすぎだとしても、だ)

「俺にどうこう出来る話ではないですからね。‥菊子さんのことも」

「菊子? 」

 突然出てきた娘の名前に、紘子は思わず首を傾げる。

「俺は、菊子さんを幸せには出来ません」

 対する四朗は表情を変えることもなく、まるで初めから決まっていたことの様に淡々と言葉を紡ぐ。

「菊子のことはごめんなさいね。ホントに、四朗君に迷惑をかけて‥」

 これは、もう常日頃から思っている。

 親の自分でさえも、ちょっと引いている。

 わざわざ謝るのもおかしいから、今まで言わなかったが、こんな機会なのできちんと謝っておこうと思った。

 そんな紘子に、四朗はふふと照れたように笑う。

「いいえ。光栄なことです。俺に好意を持ってくれていることは‥。でも、俺には分からないんです。恋愛感情が。‥今まで、誰にも持ったことがないんです。そういう感情を」

 お恥ずかしい話です。と困ったような顔を紘子に向ける。

「‥そう」

 こんな時、どんな顔をすればいいだろう、って思う。

 そうだよね。

 ではないだろうし、

 可哀そうに

 でも勿論無いだろう。

 だけど、言っておきたい。この目の前で総てをあきらめている息子の幼馴染に言っておくことはある。

 それは、自分が人生のちょっと先輩だから、だ。

「でも、そのうち持つかもしれないわ。今までは、そんな方に会ってこなかっただけなのよ。悲観することはないわ」

 そうして、でも満を持して言ったセリフは、ちょっと決まらなかった。

 人間、「いい言葉」なんて、なかなか言えるものでは、ない。

 ‥恥ずかしい。

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