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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
一章 相生 四朗
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7.ストイックなんです。

「しんちゃん。家の方には連絡しておかなくていいの? 時間が来たら迎えにくるんだろ? 」

 ゆったりと背もたれもたれて、後部座席で四朗の横に座っていた相崎が、わざわざ背もたれから背中を浮かせて四朗の顔を覗き込んだ。

 その口調は、というか顔がドヤ顔だ。

 ‥忘れてない? 俺はそこらへんしっかりしてるよ。

 とでも言いたいんだろう。付き合いの長さからそれが分かってしまう四朗はうんざりとした。

 鬱陶しい。俺のことを馬鹿にしているのか。それとも褒めて、とでもいうのか。

 相変わらず自分のことが大好きな奴だ。そして、自分よりも褒められる人間は面白くない。まるで子供だ。

 ‥そもそも、このしんちゃんって名前も、俺が四朗を先に襲名したのが面白くなくて、信濃だろうが、四朗だろうがどちらにでも取れる愛称で呼んでいるのだ。

「じゃあ、俺もしんちゃんって呼ぼうっと。俺のことも「しんちゃん」でいいよ。信濃の信でしん。違う名前なのに同じ愛称って面白くない? 」

 って自分で言っていたし。勿論、俺も武生も呼ぶわけはなかったが。

 ‥本当に、どこまで子供なんだ。相崎の跡取りだろう? しっかりしろ。

「俺、走ってきてるから」

「ええ?! 道場からしんちゃんちって結構距離あるよ?! 」

「いいトレーニングになる」

「‥もしかして、スイミングも? 」

 四朗は何でもないように頷く。

「ストイック~。変に筋肉ついちゃいそうだよ」

 意味が分からない。

 でも、筋肉は悲しいかな少しも付いていない。人の動きに適応するのが人より優っているからか、剣道では負けはしない。合わせて、ここぞというときに反撃するだけの技を覚えればいい。それは、相手の呼吸やらに合わせなければいけない。むつかしいことだが、相手の動きにも相手の呼吸にも「合わせる」のは得意なんだ。

 だけど、体力が無い。それを補うために始めた水泳は、個人競技のため、人の動きを読むことでどう、というわけではない。だから、体力のなさだけが目に付く。それが悔しい。俺は、体力が欲しい。

 ‥でも、ここまで筋肉が付かないのは変じゃないか?! 日焼けもしないし。基本的に家からでない祖父や父親と何ら変わらない見かけだぞ?! 

‥武生も一緒に走って道場に行っていて、一緒に練習して、あいつはここ数年で驚くほど体つきががっちりしてきた。普通に日焼けもしている。だのに‥、運動量なら、むしろ水泳もプラスしている俺の方が‥

 他人と比べることなど無意味なことだとわかっていても、これだけは憎らしく思う。

「スイミングが週二回、走って道場はほぼ毎日。朝早起きして素振り。夜遅くまで語学の勉強、学校の宿題。しんちゃん、これって絶対寝不足だよ。ちゃんと自己管理しなきゃ。体力つけたいなら、専門のインストラクターつけるとかしたほうがいいんじゃない? 俺だってつけてるよ」

 また、ドヤ顔だ。

 ‥本当に面倒臭い。だから、話すの嫌なんだ。

 相崎の場合、インストラクターをつけてまで自己管理をしているのは、単にモテるためだ。スキーにテニスに英会話。公共の場でスマートに立ち振る舞うことが、相崎の自己管理の唯一であり最大の目的だ。

 見た目も然り。服装から髪型、表情まで相崎のこだわりには、いっそ尊敬する。

 それは、旧家の跡取りとして、四朗にも当てはまった。あくまでも、恥ずかしくないようにするため、なのだが。

 ドイツ語、フランス語、英語、スペイン語、中国語。四朗は、十歳に事故にあう前から十人を超える家庭教師から語学を学んでいたらしい。記憶を失った四朗の見舞いに来た彼らは、自分の名を名乗り、何故か皆

「お名前をおっしゃってください」

 と言ってきた。四朗が自分の名前を名乗ると、四朗の目を覗き込んで、そして決まって驚いた顔をした。そして何かを確認するように、四朗の枕元に座る祖父の顔を見る。祖父が首を振る。

 その繰り返しだった。未だに、四朗にはあれが何の意味があったのかわからない。

 とにかくその後から、語学の先生は今まで以上に熱心に四朗に語学を教えるようになったらしい。そのことを、四朗は母の父への抗議から知った。

「事故にあったばかりだというのに、あんなに根を詰めて勉強させなくても。前より、ずっとひどいじゃないですか! 」

 涙を浮かべて抗議する母に、父は小さく首を振り

「仕方がない。状況が変わったんだ」

 と言った。‥そんなことを四朗は思い出していた。

 目を覗き込んだ‥?

 ‥目がどうかしたんだろうか? あの後も不思議に思って鏡を見たが何もわからなかった。そして今もわからない。

 しんちゃん、真剣になったら、目の色がちょっと変わるんだよ? 自分のことだから気づいてないでしょ? 

 なぜか、相崎のさっきの言葉がまた思い出された。

 覗き込んだ時、変わったから驚いたのか、変わらなかったから驚いたのか。

 答えは簡単だろう。

 変わらなかったから驚いたんだ。

 じゃあ、変わるような原因になることがあったか? 名前を言わされた、それ以外に覚えがないが。

 名前は、呪‥?


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