5.運命の人
「紅葉さん。はじめまして、ですね。いやあ、偶然ですね。こんなところでお会いするとは‥」
男は、人の好さそうな笑顔を浮かべて紅葉に声をかけてきた。
偶然なんて、世の中にはそうあるものではない。
ただ、偶然を装った体で作為的・人為的に仕込まれたことに過ぎない。
笑顔を浮かべた男は、腕を伸ばして握手を求めた。その後ろに男が二人立っている。
いつの間に‥。
紅葉の表情が強張り、腕に四朗を抱いたまま後ずさる。
しかし、四朗は勿論のことながら、紅葉が運ぶには重すぎて、びくりともしない。
「渡さない! 貴方たちは「裏西遠寺」の人なんでしょう?! 」
四朗の頭を抱きかかえる。
周りに人影はない。こんな時は、人が来ないところで佇むのを好む普段の四朗を恨む。
やるしかないが、今は正直
四朗が邪魔だ。
意識を失って動けない、動かせない四朗が。
自分が手放したら、奴らは四朗を‥。
そう思うと、抱きかかえる腕に力が入った。
男が一瞬目をしばたかせる。そして
「いらないですよ。名前だけのお飾り人形なんて」
ふふ、と笑う。
「私たちがほしかったのは貴女です。柊 紅葉さん。でも、貴女は意志が強そうですね。私たちの仲間にはなってくれそうにないですね」
四朗さんは、そうですね、人質にでもなってもらいましょうか。
男が、意地の悪い笑いを浮かべる。
「なるわけがないでしょう! 仲間にも、‥人質にも! 」
紅葉が男を睨む。
と、
「紅葉さん、四朗とこっちに! 」
自分と男の間に割って入ってくる人影に、紅葉は息をのんだ。
「武生さん! 」
こんな時だというのに、笑顔が漏れた。
しかし、喜んでいる場合ではない。勿論、ない。
笑顔を引っ込め、気合を入れ直すと、四朗をそっと地面に置いた。
「武生さん。四朗君をお願いします! 」
そのまま男の方を向き直し、男を睨み付ける。
「なにを?! 」
予想外の紅葉の言葉を武生は一瞬理解できかねた。反論しようとした時
「その‥私の方が‥」
遠慮がな声が、紅葉の背中越しに聞こえた。
その声で、今まで自分がらしくなく混乱し、焦っていたことを思い知らされた。
多分、そうだろう。その通りだろう。
そう、目の前にいるのは普通の可愛い女の子ではない。
今まで手合わせして、七割の確率で負けていた相手は‥四朗ではなく、四朗のふりをした紅葉だった。
「わかった」
四朗を抱えて、場所をあける。
と、
「武生! 」
「‥ったく、仕方ないなあ」
武生は突如現れた男女に目を見張った。
しかしその顔に、武生は確かに覚えがあった。
あの時、「四朗」に付き添っていた男女!
一瞬にして鮮明な記憶が頭に降りてきた。
あの、額に赤い印のある異常に綺麗な男女だ。
‥あの時、四朗に似ていないと思った二人は(特に男の方)は、しかし今見るとびっくりするほど四朗に似ていた。
あの時以上に‥。
そして、紅葉に、似ていた。
「君たちは! ‥あの時の‥」
武生が叫んだのを、紅葉が信じられないような顔で見た。
「そりゃ、今は『見える様にしている』からね」
鮮花がにやり、と意地の悪い笑いを浮かべる。
だけど、裏西遠寺の男には、顔が識別できてはいないのだろう。前にいる男女の存在はわかるが、顔が分からないという状況が信じられず、目をこすっている。
「武生さんには、この子たちが見えているんですか? 」
紅葉が目を見開いて武生を見た。
そんなはずがない。二人は、紅葉の臣霊だ。臣霊が認めた術者以外には、見えないはずではなかったか?
しかも、さっき武生は「君たちは」「あの時の」と言わなかったか? あの時ってどの時だ?!
「え? 」
武生が紅葉を見る。
「どういう‥」
紅葉が鮮花を見る。
「そういうことよ」
鮮花が華やかに笑う。
「「え? 」」
武生と紅葉の声が重なる。
「臣霊が、認めた運命の人って奴よ。私たちには実体がないから、実体としてマスターを守る役割を担ってもらう、ね」
そして、鮮花が紅葉を見る。
「私と鮮花は紅葉と誰かが番えば、その子供として生まれて来て、実体として存在できる。私たちは本能で、紅葉様の相手を選んだ。‥まあ、まずは紅葉様をお守りさせるためにでしたが。そして、本当に偶然にも、紅葉様はその相手を選んだ」
月桂がいつもの分析するような説明口調で言った。
「紅葉は、私たちが意図していないのに、武生さんのことを好きになったのよ」
機嫌のいい顔をしているのは、鮮花だ。
「番い‥」
紅葉が、顔を真っ赤にして鮮花を見る。
「好き‥」
武生は金縛りにあったように動けない。
「じゃ、ま、さっさとそこの人片づけちゃいましょ? 話は後よ」
にっこりと、それは楽しそうに笑った鮮花が、裏西遠寺の男に視線を寄こし、黒い笑いを浮かべる。
「‥待って、そこは‥私が」
え?
突如、四朗から聞こえた高い女の子の様な声に、武生は目を見張った。
そして、驚いていたのは、武生だけではなかった。他の三人の目が四朗に‥いままで四朗がいたはずの、武生の腕の中にいる女の子に釘付けになった。
「ここは私が片づけるわ」
武生の腕を無造作にのけると、女の子‥「楓」は、裏西遠寺の男の前にたった。
「馬鹿にして‥、私がお飾りなんて、自分の言ったことを後悔するといいわ」
長い色素の薄い髪が、ふわりと風に流されたかと思った次の瞬間、裏西遠寺の男はそこに伸びていた。
「ざまあ」
にやり、とさっきの鮮花どころではない黒い笑みを浮かべ、楓はその男を踏みつけた。
「四朗様、ホントはかなり怒ってらしたんですね。お飾り扱いされたの」
隣に女(?)が立っている。
顔は見えないが、多分、四朗についている臣霊の華鳥だろう。
「臣霊は、自分の欲望に忠実ですから」
楓はまだ怒りが収まらないのか、踏みつけたまま、男を睨み付けている。
「見つけ出して、残りの奴らも、完膚なきまで叩き潰す‥」
黒い笑顔を向けたまま呟く。
「四朗‥? 」
目の前で起こったことが信じられない武生は目を見開いて、楓を見た。
あ~あ、洗脳かな。すっぽり、記憶消しちゃお。
月桂が心の中で、怖いことを思った時、
「四朗。大丈夫なのか? 」
武生が楓に駆け寄り、楓の腕を掴んだ。
「武生」
楓は、ちら、と武生に視線を向ける。しかし、すぐにまるで、興味がないというような表情でまた、視線を足元の男に戻した。
「もう、飽きたし、いいや」
ぼそり、と呟く。
幾分か幼さを残すその顔には、月桂たちと同じように額に赤い印が出ていたが、時間と共に消えて、長かった髪は元通り短くなり、色も元の漆黒に戻った。
四朗は目をつぶる。
精神を集中させると、意識を、さっきほって来た桜に戻し「大丈夫みたい」と、優しく微笑みかけた。
鏡の中の四朗が続ける。
「でも、ちょっとやばい感じだった」
「あと、二三回あの子に戻ったら消えちゃうかもしれない。四朗としての自我」
「だから、‥ごめんね? 」
って、愛しいあの人と同じ笑顔を向ける。
その顔は、今までの迷いみたいなのが少し、吹っ切れたように見えた。
この子を相生四朗のままでいさせたい。それが、私の最後の我儘。
そうだ、ただの私の我儘だったんだ。
すとん、と自分の中に落ちてきた。
四朗の為といいながら、ただの自分のための我儘だったんだって。
まるですべてを知っていたかのように笑うと、四朗が消える。
「四朗? 」
「四朗君? 」
武生と紅葉が四朗を覗き込む。
「大丈夫? 」
「大丈夫か? 」
「シンクロさせるなよ‥」
何か、見えない結びつきを見せられたみたいで、恥ずかしくて赤面する。
‥リア充め。
悪態をつきたくなる。
恥ずかしくって、なんだか羨ましくて、ほほえましい。
そして、
紅葉が、「ほんもの」が嬉しそうで幸せそうでよかった。
今度の世では、幸せに長生きしてほしい、って思った。




