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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
十章 赤い水
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5.運命の人

「紅葉さん。はじめまして、ですね。いやあ、偶然ですね。こんなところでお会いするとは‥」

 男は、人の好さそうな笑顔を浮かべて紅葉に声をかけてきた。

 偶然なんて、世の中にはそうあるものではない。

 ただ、偶然を装った体で作為的・人為的に仕込まれたことに過ぎない。

 笑顔を浮かべた男は、腕を伸ばして握手を求めた。その後ろに男が二人立っている。

 いつの間に‥。

 紅葉の表情が強張り、腕に四朗を抱いたまま後ずさる。

 しかし、四朗は勿論のことながら、紅葉が運ぶには重すぎて、びくりともしない。

「渡さない! 貴方たちは「裏西遠寺」の人なんでしょう?! 」

 四朗の頭を抱きかかえる。

 周りに人影はない。こんな時は、人が来ないところで佇むのを好む普段の四朗を恨む。

 やるしかないが、今は正直

 四朗が邪魔だ。

 意識を失って動けない、動かせない四朗が。

 自分が手放したら、奴らは四朗を‥。

 そう思うと、抱きかかえる腕に力が入った。

 男が一瞬目をしばたかせる。そして

「いらないですよ。名前だけのお飾り人形なんて」

 ふふ、と笑う。

「私たちがほしかったのは貴女です。柊 紅葉さん。でも、貴女は意志が強そうですね。私たちの仲間にはなってくれそうにないですね」

 四朗さんは、そうですね、人質にでもなってもらいましょうか。

 男が、意地の悪い笑いを浮かべる。

「なるわけがないでしょう! 仲間にも、‥人質にも! 」

 紅葉が男を睨む。

 と、

「紅葉さん、四朗とこっちに! 」

 自分と男の間に割って入ってくる人影に、紅葉は息をのんだ。

「武生さん! 」

 こんな時だというのに、笑顔が漏れた。

 しかし、喜んでいる場合ではない。勿論、ない。

 笑顔を引っ込め、気合を入れ直すと、四朗をそっと地面に置いた。

「武生さん。四朗君をお願いします! 」

 そのまま男の方を向き直し、男を睨み付ける。

「なにを?! 」

 予想外の紅葉の言葉を武生は一瞬理解できかねた。反論しようとした時

「その‥私の方が‥」

 遠慮がな声が、紅葉の背中越しに聞こえた。

 その声で、今まで自分がらしくなく混乱し、焦っていたことを思い知らされた。

 多分、そうだろう。その通りだろう。

 そう、目の前にいるのは普通の可愛い女の子ではない。

 今まで手合わせして、七割の確率で負けていた相手は‥四朗ではなく、四朗のふりをした紅葉だった。

「わかった」

 四朗を抱えて、場所をあける。

 と、

「武生! 」

「‥ったく、仕方ないなあ」

 武生は突如現れた男女に目を見張った。

 しかしその顔に、武生は確かに覚えがあった。

 あの時、「四朗」に付き添っていた男女!

 一瞬にして鮮明な記憶が頭に降りてきた。

 あの、額に赤い印のある異常に綺麗な男女だ。

 ‥あの時、四朗に似ていないと思った二人は(特に男の方)は、しかし今見るとびっくりするほど四朗に似ていた。

 あの時以上に‥。

 そして、紅葉に、似ていた。

「君たちは! ‥あの時の‥」

 武生が叫んだのを、紅葉が信じられないような顔で見た。

「そりゃ、今は『見える様にしている』からね」

 鮮花がにやり、と意地の悪い笑いを浮かべる。

 だけど、裏西遠寺の男には、顔が識別できてはいないのだろう。前にいる男女の存在はわかるが、顔が分からないという状況が信じられず、目をこすっている。

「武生さんには、この子たちが見えているんですか? 」

 紅葉が目を見開いて武生を見た。

 そんなはずがない。二人は、紅葉の臣霊だ。臣霊が認めた術者以外には、見えないはずではなかったか? 

 しかも、さっき武生は「君たちは」「あの時の」と言わなかったか? あの時ってどの時だ?!

「え? 」

 武生が紅葉を見る。

「どういう‥」

 紅葉が鮮花を見る。

「そういうことよ」

 鮮花が華やかに笑う。

「「え? 」」

 武生と紅葉の声が重なる。

「臣霊が、認めた運命の人って奴よ。私たちには実体がないから、実体としてマスターを守る役割を担ってもらう、ね」

 そして、鮮花が紅葉を見る。

「私と鮮花は紅葉と誰かが番えば、その子供として生まれて来て、実体として存在できる。私たちは本能で、紅葉様の相手を選んだ。‥まあ、まずは紅葉様をお守りさせるためにでしたが。そして、本当に偶然にも、紅葉様はその相手を選んだ」

 月桂がいつもの分析するような説明口調で言った。

「紅葉は、私たちが意図していないのに、武生さんのことを好きになったのよ」

 機嫌のいい顔をしているのは、鮮花だ。

「番い‥」

 紅葉が、顔を真っ赤にして鮮花を見る。

「好き‥」

 武生は金縛りにあったように動けない。

「じゃ、ま、さっさとそこの人片づけちゃいましょ? 話は後よ」

 にっこりと、それは楽しそうに笑った鮮花が、裏西遠寺の男に視線を寄こし、黒い笑いを浮かべる。

「‥待って、そこは‥私が」

 え?

 突如、四朗から聞こえた高い女の子の様な声に、武生は目を見張った。

 そして、驚いていたのは、武生だけではなかった。他の三人の目が四朗に‥いままで四朗がいたはずの、武生の腕の中にいる女の子に釘付けになった。

「ここは私が片づけるわ」

 武生の腕を無造作にのけると、女の子‥「楓」は、裏西遠寺の男の前にたった。

「馬鹿にして‥、私がお飾りなんて、自分の言ったことを後悔するといいわ」

 長い色素の薄い髪が、ふわりと風に流されたかと思った次の瞬間、裏西遠寺の男はそこに伸びていた。

「ざまあ」

 にやり、とさっきの鮮花どころではない黒い笑みを浮かべ、楓はその男を踏みつけた。

「四朗様、ホントはかなり怒ってらしたんですね。お飾り扱いされたの」

 隣に女(?)が立っている。

 顔は見えないが、多分、四朗についている臣霊の華鳥だろう。

「臣霊は、自分の欲望に忠実ですから」

 楓はまだ怒りが収まらないのか、踏みつけたまま、男を睨み付けている。

「見つけ出して、残りの奴らも、完膚なきまで叩き潰す‥」

 黒い笑顔を向けたまま呟く。

「四朗‥? 」

 目の前で起こったことが信じられない武生は目を見開いて、楓を見た。

 あ~あ、洗脳かな。すっぽり、記憶消しちゃお。

 月桂が心の中で、怖いことを思った時、

「四朗。大丈夫なのか? 」

 武生が楓に駆け寄り、楓の腕を掴んだ。

「武生」

 楓は、ちら、と武生に視線を向ける。しかし、すぐにまるで、興味がないというような表情でまた、視線を足元の男に戻した。

「もう、飽きたし、いいや」

 ぼそり、と呟く。

 幾分か幼さを残すその顔には、月桂たちと同じように額に赤い印が出ていたが、時間と共に消えて、長かった髪は元通り短くなり、色も元の漆黒に戻った。

 四朗は目をつぶる。

 精神を集中させると、意識を、さっきほって来た桜に戻し「大丈夫みたい」と、優しく微笑みかけた。



 鏡の中の四朗が続ける。

「でも、ちょっとやばい感じだった」

「あと、二三回あの子に戻ったら消えちゃうかもしれない。四朗としての自我」

「だから、‥ごめんね? 」

 って、愛しいあの人と同じ笑顔を向ける。

 その顔は、今までの迷いみたいなのが少し、吹っ切れたように見えた。

 この子を相生四朗のままでいさせたい。それが、私の最後の我儘。

 そうだ、ただの私の我儘だったんだ。

 すとん、と自分の中に落ちてきた。

 四朗の為といいながら、ただの自分のための我儘だったんだって。

 まるですべてを知っていたかのように笑うと、四朗が消える。



「四朗? 」

「四朗君? 」

 武生と紅葉が四朗を覗き込む。

「大丈夫? 」

「大丈夫か? 」

「シンクロさせるなよ‥」

 何か、見えない結びつきを見せられたみたいで、恥ずかしくて赤面する。

 ‥リア充め。

 悪態をつきたくなる。

 恥ずかしくって、なんだか羨ましくて、ほほえましい。

 そして、

 紅葉が、「ほんもの」が嬉しそうで幸せそうでよかった。

 今度の世では、幸せに長生きしてほしい、って思った。

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