2.四朗君朝帰り疑惑
あんな濃いい夜が明け、悲しいかな今日は平日だった。眠ったのに疲れがとれた気がしない。枕元にたたんであるカッターシャツは、昨日曾祖母が洗って乾燥機にかけてくれたので、昨日と同じカッターではあったが清潔だ。キチンとアイロンもかけてある。制服は鴨居にハンガーでつってあった。
この制服を着て、登校しても誰も普段と違うとは思わないだろう。
ただ、それは見た目だけの問題だ。
四朗は、アラーム代わりにしていた携帯電話の音を止めながら、暫くぼーと布団の上で動けなかった。
眠い。
元来夜更かしの習慣はない。
寝る前に日課となっている素振りをしていないのも、少々気持ち悪い。寝る前にメロンを食べすぎたのもいけなかった。
ダメだ。気持ちを入れ替えよう。
顔をパンパンと叩いて気合を入れて起き上がる。
昨夜は祖父も酒が過ぎたのか、隣の布団でまだ眠っている。
静かな寝顔が聞こえるが、全く表情がなく、薄暗い部屋の中真っ白な肌が浮かび上がり、もうまさに人形のようで気味悪かった。
「起きよ‥」
祖父を起こさない様に、静かに布団をたたむ。服を着替えると、借りていた曾祖父のものらしい浴衣もたたむ。
「おはよう。四朗。起きたのね。今起こしに行こうと思っていたところよ」
襖をしめたところで、曾祖母が出迎えてくれた。
「おはようございます。すみません。布団と浴衣‥」
「洗濯しとくわね。布団も。今日はいいお天気になりそうでよかったわ」
居間には、広縁を通っていく。掃き出し窓から入ってくる朝の光が眩しい。
広縁の向こうが物干しスペースになっているようだ。日当たりも良いこの場所なら、洗濯物もよく乾くだろう。
「ありがとうございます。それに、制服もありがとうございます」
「いえいえ。大きいから、おばあちゃんびっくりしちゃたわ。本当に四朗は背が伸びたのね」
ふふっと曾祖父が笑う。それにつられて四朗も笑顔を向けた。
「眠くない? 昨日は随分と遅かったけれども」
食卓の上には、味噌汁と焼き鮭、白米。いつもの相生家と変わらない和食の朝食。
ご飯をよそいながら曾祖母が四朗の顔を見た。
「眠いです。ひいじいちゃんは? 」
「まだ寝てるわ」
曾祖母はまた、ふふっと笑う。
「昨日は、久しぶりに会えて嬉しかったわ。‥おじいさんも、あんなに楽しそうにしているの久しぶり」
かたり、と箸置きに箸をおいて、四朗が曾祖母に頭を下げる。
「いえ、ほんとうにお世話になりました」
「今度は、四朗のお箸も買っておかないとね」
曾祖母は、四朗の割りばしを見ながら微笑んだ。
「またいらっしゃいね」
門まで曾祖母が送ってくれたとき、起きたばかりらしい、まだ寝ぼけ眼の曾祖父が横に立って無言で手を振ってくれた。
‥本当に、ここに来てよかった。
さて、電車に乗り駅の方向から登校してきた四朗を見て、学校はちょっとした騒ぎになった。
ええ! 四朗様のお家ってあっちじゃなかったですよね?!
思っても、誰もそんなこと聞けない。
場合によっては聞きたくない事だったらどうしようって奴だ。
そんな空気を破ったのは、この頃よく話に上る
彼だった。
「おはよ~。四朗君。今日は駅から来たんだね。そういえば、あの後、ひいじいちゃん家いったの? 」
田中! また田中!
「行った」
四朗がにっこりと微笑んで答える。今日はやけに機嫌がよさそうだ。
ええ? ひいじいちゃんの家??
驚いたものの、明らかに安心した四朗様のファン。耳をダンボにして田中と四朗の話に聞き入る。
「お元気そうだった? 」
とは、テンプレートな質問。知り合いではないが、礼儀として聞いておくべきもの、かなあ?
四朗は笑顔で頷く。
「うん」
そして「そういえばさ」と話を続けた。
「子供の頃はもっと遠いと思ってたんだ、ひいじいちゃんの家。でも、実は昨日気付いたんだけど、従兄弟もあの辺りに住んでて、そこには車で連れて行ってもらったりしてたんだ。でも、ついでにひいじいちゃんの家にはいくことはあんまりなくって、何となく別のものって意識してた」
「ああ、そういうのあるかもねえ」
あるかな?
田中が首を傾げながら言った。
四朗は一人納得したように頷く。
「だけど昨日行ってみて、そうか、こんなに近かったかって思った」
「子供の時と今と感じ方が違って、へえって思うことあるよね」
「従兄弟いるんだ」
急に話に入って来たのは佐藤だった。
「そうそう。俺より二つ年下の双子」
ちょっと驚きはしたが、この前もあったことで、四朗は若干慣れたようだった。田中は、ほっと安心した。
「似てるの? 」
へえ! っと驚きの声を上げて、佐藤が言葉を続けた。
「お姉ちゃんの方が、ね。俺に似ているっていうか、叔父さんに似てる。叔父さんは父さんの弟なんだ」
うわあ。見てみたい。
‥って、四朗君に似ている女の子って、あの子かな? 校門前で四朗君を殴って(!)拉致した、「元気のいい」従兄弟‥。
それだ! ‥年下だったんだ?
さっきから、じっと動かず聞き耳を立てている女子の皆さんだった。勝手に納得した皆であったが、勿論違う。
因みに、紅葉ちゃんと「ちえちゃんの娘」は、そっくりではない。お互いそれぞれ、四朗に似ているが、お互いは似ていない。まさに遺伝マジックである。
「女の子が相生君似で、で、弟は? 母親似ってこと? 」
「弟の方はおばさんにそっくりだよ。おばさんって言っても、可愛いの。女の子って感じでさ」
ふふっと四朗が笑う。それをみて、佐藤が「お? 」という顔をする。
「ん? 四朗君そういうの好きなの」
「別に。っていって、どういうのがタイプっていうのは‥ないんだけど」
明らかに言いよどむ四朗に、田中はひやひやして佐藤を見た。
‥四朗君がちょっと居心地が悪そうだ。こういう話は苦手なのかな? まあ、僕もそんなに得意な方でもないしなあ。「いや、もうやめておいてあげてよ」と言わんばかりの視線を佐藤に向ける。
しかし、その視線に佐藤、気付かず。
「ないんだ」
「うん」
「じゃあさ‥」
「ええと、俺は一生懸命な子だな」
田中は、佐藤の更なる追求から四朗を守るために、話を自分に持って行った。四朗が田中を見る。
「あ、それはいいね。あと、イザというときには、落ち着いて行動出来る子とか」
イザ、て何。そんなによくあることかな。そもそも、イザってどんなことだ? 災害時か? 災害時でも落ち着いて行動。意外と、相手に無茶な要望するな‥。
佐藤は閉口する。
しかし、田中は
「う~ん、成程ねえ。でも、僕はちょっとおっちょこちょいくらいでもいいかなあ。なんかかわいい」
ふふっと笑った。しっかりした姉さんタイプより、ちょっと、ドジっ子。べたである。
四朗が首を傾げる。
おっちょこちょいは‥ちょっと、心配でしょ。敵に襲われたとき、一発で人質でしょう。自分で自分の身を確保して、安全な場所に逃げる位じゃないと‥。
「それは‥ちょっと、わかんない」
首を捻りながら四朗が言った。
三人三様、自分の設定があって話しているから、話は勿論ちぐはぐだ。
苦笑いして田中は、
「まあ、しっかりしてる人ってことだよね。肝っ玉母ちゃんだね。つまり」
と、この話を〆にかかり
「髪の毛は? 長いの短いの? 」
という佐藤の質問は、視線で強制終了させた。
この話は、もう、ええっちゅうの!
まあ、ちょうどそんな感じだ。
関西人の血なんてまるではいっていない田中の考える「ザ・突っ込み」のテンプレートである。
聞きたかったような、全然聞きたくないような! いや、四朗様明らかに居心地悪そうだし、無理強いは良くないわ。でも、佐藤が自爆する位‥
もんもんとする女子の皆さんだった。




