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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
九章 愛する君に
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8.やめたらいいんだ。

信じられないものを見た様な祖父の表情が、ふっと、一層厳しくなる。

「四朗か? 。‥どういうことだ? 」

 さっきまでの数秒の沈黙の間に、祖父が何かを考えたらしいことが容易に分かった。

 純粋に自分の孫がここにいることに対する驚きが、先の「四朗‥」そして、その孫を見たときに気付いた違和感に対して「どういうことだ? 」だ。

 あの時会ったときには、確かに四朗の能力は「消えて」いた。でも今は?

「あの時、おじい様に会ったのは、俺ではないということです。桜の母さんの‥西遠寺の‥跡継ぎ候補です」

 すべて観念した四朗が、若干開き直ったような平坦な口調で言った。

「‥‥」

 三人は黙って、四朗を見つめた。

「どういうことだ。それはお前の立場の違いということか? 」

 四朗は黙って軽く首を振る。

 桜の子供である四朗は、相生の跡継ぎではあるが、西遠寺の跡継ぎ候補でもある。西遠寺がごねれば、であるが。

「入れ替わっていました」

 そして、すみません、と謝る。

「「「‥‥」」」

 三人とも無言になる。

 あまりの事でのどが渇いたのか、曾祖父が湯呑に手を伸ばし、曾祖母は自分もお茶を一口口に含み、祖父の分の湯呑を取りに席を立った。

「入れ替わる? 」

 沈黙を破り、一番に口を開いたのは祖父だった。

「西遠寺の鏡の秘術と呼ばれる術で、外見を入れ替えて生活していました。西遠寺で俺は桜の母さんに護身術を習っていました」

 平坦な口調のまま四朗は言葉を続けた。

 実際は、西遠寺の家で暮らしていたわけではないが、今語らなければいけないところはそこではない。

 だが

「ですが、隠されておりましたので、俺がいたことは、桜の母さん以外の西遠寺の人間は知らないです」

 とだけは言っておく。

 別に後継者問題が浮上したわけではないということは伝えておかないといけない。

 祖父は「ああ」とそれに関しては一応納得したようだ「隠されて? 」多少首は傾げていたが。

「でも、護身術なんてお前‥」

 今までも習っていたじゃないか。

 祖父の言いたいことはすぐに想像がついた。

 だから、首を振って四朗は先を続ける。

「西遠寺の護身術です」

「それは、普通の武術とどう違う? 」

 祖父はさっきから、四朗を真正面から見据えたままだ。そして、曾祖父は何も話さずその様子を見守り、湯呑を持ってきてお茶を入れた曾祖母もまた、無言で祖父の前に湯呑を置いただけだった。

 今、居間で話をしているのは四朗と祖父だけだ。

「全然違う、としか。西遠寺の護身術は、普通にしていて会得できるものではありません。血が繋がっている俺にも‥。だけど、習っていたのに、身に付いたとは思えないのですが‥」

「どうしてそれを学ぶ必要性が‥」

「俺の身に「普通の事態」ではない事が起こっていた、と桜の母さんが言っていました。だから、すり替わる必要があったと。そして、その事態を自分で打破する力を得る必要性があり―、その為には西遠寺の護身術の取得が必要だと」

「普通の事態ではないこと? 」

 祖父がうっすらと眉間を寄せる。

 正確には、桜は「命を狙われている」と言った。だけど、まあ、そんなことはないだろう。こんなこと言ったらいたずらに祖父や曾祖父たちに心配させるだけだ。

「ええ。そう言っていました。でもその内容までは‥わかりません」

 だから、そんなことは勿論言わず、四朗はただ、薄く頷いた。

 でも、あながち嘘ではない。

 (そういえば)本当に分からないのだから。よくいままで上手くはぐらかされてきたもんだ。

「‥荒唐無稽すぎて、頭がついていかない」

 言っている本人も分からないことを、聞いている人間が分かるはずもない。

 祖父の言っていることは、もっともなことだった。

「わかります。だけど、西遠寺の人間が関わっているといえば、何となくわかりませんか」

 つい口から出てきた言葉だったが、それは、しかしながら四朗に「あながち間違いではない」と思わせた。

「それは‥まあ、そうだな‥」

 祖父も納得しているし。

 本当に、分からないことだらけなんだ。

 命を狙われているのではないとしたら、何故、自分たちは入れ替わる必要があったのか。

 それはよくわからないが、西遠寺の人が関わっているんだ、仕方ない。あの人たちはこちらの常識では計り知れない。

 命を狙われているのではないだろうが、確かに命は危ない‥ようなことは言われた。

 それは俺が臣霊だから。他者の危害を加えられるからではなかった。はずだ。だけど‥

 狙うものがいるのも、確かにいる。(現に俺と紅葉ちゃんは一度暴漢に襲われている)そのための、護身術だ。

 ‥奴らの目的が、そういえば「分からない」だけど、桜の母さんには分かっているのだろう。

 分かることと分からないことが、「分からない」

「‥あの時もそうだったな」

 長い沈黙の後、祖父がぼそり、と言った。

「あの時? 」

「明宏と桜さんが結婚することになった時だ」

「たしか、桜の母さんが父さんに一目ぼれしたんですよね」

「そう言っていたな」

 やっぱり祖父もあの事が西遠寺の人間が関わっている、こちらの常識では計り知れないことだと認めている。

 だけど、あの時祖父は結婚を認めた。

 相生の利益の為に

「後悔‥していますか? 」

「さあ‥なあ。ただ、西遠寺の姫様なら明宏の苦しみを取り除いてあげられるかもってあの時は、思った」

「え? 」

「あいつは‥、自分に相生の力がないことを気にしていたから‥」

「え! 明宏はそんなこと気にしていたのか! 」

 と、そこで今まで黙っていた曾祖父が口を開いた。

「え? 」

 四朗が曾祖父を見る。

「そんなこと? 」

 祖父も、また眉を寄せて曾祖父を見る。

「寧ろ幸運じゃないか? 相生の力がないなんて! 」

 ん? 今まで聞いてきたのと違うぞ? 

 相生は、力の枯渇を恐れて、早く子孫を成し、次世代の能力者を教育するために結婚が早いんじゃなかったか? 

 つまり、相生の人間は力が総てなんじゃ? 

「あんな気持ち悪い力ないに越したことはない。別に、あるから使うだけでないなら他の仕事を探せば済むことだ」

 曾祖父は寧ろ、そんなこと聞かれる方が疑問、というような顔をしている。

「結婚が早いのは、力の枯渇を防ぐためだって。そのために、新しい後継者を作るためだって言って‥。そう聞いてきたんですが? ‥だって、ひいじい様だって結婚が早いし‥」

 言って、四朗は曾祖父を見た。

「私の結婚が早かったのは、‥孤独に耐えられなくなったからだよ。多分、歴代の相生家の男もね」

 曾祖父は薄く、ほんの薄く笑って、そしてしんみりと言った。

 寂しいから。

 祖父がはっとして、曾祖父を見たのが、気配だけで分かった。

 二人は今、曾祖父をただ、見ている。

「それは、実篤もそうじゃないのか? 実篤が時子さんと結婚したのも、別に時子さんが相模の人間だからじゃない。たまたまいつも近くにいたからだ。まあ、幼馴染って奴だな」

 しんみりとした口調のままで曾祖父が言う。

「いろいろ女遊びはしてきたようだが、結局最後に残ったのは、いつも時子さんだった」

「‥‥」

 祖父は何も答えない。その顔を見て、曾祖父が言葉を続ける。

「いつも一番近くにいて、自分を見てくれていた。だから惹かれていった。だのに、こいつときたら「時子が相模の人間だから結婚した」なんて、言ってさ」

 そして、曾祖父はまた薄く笑った。

「‥‥」

 やっぱり祖父は何も答えない。そして、小さく息をついた。

「素直じゃないんだよ。どうせ、時子さんにもそう言ったんだろう? 」

「‥‥」

「もうやめたらいいんだよ。四家がなんぼのもんだ。もう、相生は今までとは違う。他人に虐げられたりしない」

 虐げられる?

 あのことだろうか。曾祖父は昔、見かけで虐められてきたって。

 ‥そうだな。昭和の曾祖父の時代でそうだ。昔はもっと酷かっただろう。

 未知の力に対する恐れ、他とは違う見かけに対する嫌悪‥。

 昔から、相生の家は忌み嫌われていた。そんな相生を受け入れ、一緒に仕事をしてきたのが四家‥つまり一族だった。だから、相生は一族に恩があり、そして、自然と一族以外信じなくなったのも自然なことだろう。

 そして、それはそのまま「そういうスタイル」として現在に残った。

 でも、今は違う。

 とらわれる必要なんて何もない‥。

「さ。もう難しい話はいい。メロンを食べよう。さっき、四朗と買って来たんだ」

 曾祖父が今度は明るく笑うと、曾祖母も笑顔で席を立った。

「おじい様の為だったんですね。メロン」

「そう。こいつは昔からメロンが好きで。風邪をひいて何も食べられなくなってもメロンだけは食べていた」

「‥私の話はやめましょう」

 祖父が嫌そうな顔をして、視線を逸らす。そんな祖父の仕草は、今まで見たことがなく。四朗は曾祖父の「無理をしている」という言葉を思い出し、自然と笑みがこぼれだ。

 ‥ここにきて、ひいじいちゃんと‥おじい様と話をしてよかった。

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