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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
九章 愛する君に
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7.おじい様と「四朗」の再会

「‥皐月。布団をもう一組出しておいてください」

「そうですね」

「? 」

 なかなか衝撃的な散歩から帰り、ミカンの箱を曾祖母に渡していると、スマホを見ていた曾祖父が曾祖母に言った。

 ‥誰か来るのかな? 

 でも、こんな時間に? とも思った。

 曾祖父は、自分でメロンを箱から出して冷蔵庫に向かった。

「布団を敷く部屋はどうします? 」

「四朗と同じ部屋でいいだろう。あの部屋は大きい」

「え? 」

 ‥来るの誰ですか?

「あの、俺、ソファーで寝ますよ? 」

「四朗も、あれとよく話をするといい」

「‥‥」

 さっきから、曾祖父が「あれ」と言っているのは、今までの話からするときっと祖父だ。

 ‥来るのはおじい様ですか? ‥なんとなく想像ついてたけど。

「あれも、四朗に向き合わないといけない」

 それにしても曾祖父にはかなわない。あのおじい様が「あれ」扱いだ。

 ‥ちょっと、緊張するな。

 と思う四朗だが、やっぱり四朗も曾祖父にはかなわないだろう。

「とはいえ、まあ、あと一時間はかかるだろう。急に呼び出したからな」

「あの子はどこにいましたの? 」

「さあ。それは言ってなかったけど、どうせあそこだろう」

 ふぅ。と曾祖父がため息をつきながら言い、

「‥そうですわね」

 やれやれ、と曾祖母が呆れた様な顔をする。

 ‥あれだのあそこだので通じる。ザ・熟年夫婦って感じだな。(実際にそうなんだけど)

 おじい様たちは、こんな感じではない。‥そもそも、そんなに会話をしているのを見たことがない。

 厳格な祖父に、従順な祖母。そんな夫婦だ。

 だけど、ここに来たら、どうだ? 祖父は完全に困った子ども扱いだ。

「時子さんに申し訳ない」

 時子、は祖母の名前だ。

「本当に」

「おじい様が来られるのですか? 」

 と、その四朗の声に緊張が見て取れたのだろう

「ああ、四朗。そんなに緊張する必要はない。あれは、そんな大したものではない。お前の方がよっぽど総てにおいてしっかりやっている」

 曾祖父が笑った。

「そうですよ」

 曾祖母も同意する。

「‥‥」

 ‥調子狂うなあ。しかし、緊張するなは、無理な話だ。

「そういえば、まだ聞いてなかったね。相生の皆は元気にしているかい? 」

「はい。おばあ様もお元気です。この間、おばあ様が縁側から牡丹が見たいと言って、庭師に牡丹を植えてもらいました。水やりはおばあ様がされているんですよ。清さんがやるっていっても、これだけは聞かないんです」

 祖母の意外と頑固な一面を思い出し、四朗はふふ、と笑った。

「牡丹? どこに? 」

 曾祖父の目がふっと緩んで細くなる。

「縁側から見える、あの大きな岩の前です」

「ああ、あそこは今は何も植わってないからね。その昔は、梅が植わっていたんだけど、枯れてしまったんだ」

「いいですよ。あの梅は虫がよく来て大変でした」

 当時を思い出し眉を寄せる曾祖母に、曾祖父が「そうだなあ」と朗らかに笑った。

 曾祖父夫婦には曾祖父夫婦のあの家の思い出がある。

 それを思うと四朗も自然に顔がほころんだ。

「それで? 明宏たちは変わりない? 」

 曾祖母がお茶を入れながら聞いた。

「ええ。父さんも元気です。この前、博史と三人でテニスをしたんですよ。博史はテニス部で県の大会にも出る程上手なんです」

「明宏と? 珍しいわね」

 そう言って笑った曾祖母が開けたお茶の筒から、宇治茶のよい香りがした。

 お茶を習い始めるまで、お茶の葉に意識がいくことなんてなかった。

 今では、偶に自分で抹茶を点てることもある。

「ええ、初めてです。父さんもテニスが上手なんですね」

「テニスは明宏が学生の頃流行っていたからね。それに、モテる」

 ‥相崎か。

 曾祖父の答えに、四朗は苦笑した。

 しばらく湯冷ましに入れて冷ましたお湯を三つの湯呑に注ぐ。

 そこまできっちりと入れたお茶だったが、湯呑はそれぞれの愛用しているバラバラの湯呑に入れられていた。曾祖母の湯呑は薄く小さなさくら色の湯呑で、四朗の前に置かれた湯呑は客用よりは少しくだけた普段使いの丸みを帯びた湯呑だった。

 曾祖父の湯呑は、使い古されて年季が入っている、金閣寺、と書かれた湯呑だった。

 お土産でもらったって感じ。

 ‥もしかして父さんの修学旅行のお土産かな? だとしたら、物持ちがいいな。

「ああ、これか。これは、明宏の修学旅行の土産だ」

 四朗の視線に気付いた曾祖父が、金閣寺の文字を撫ぜながら言った。

 ‥やっぱり。

 そこで、何かを思い出したらしい曾祖父の顔に一瞬、ほんの一瞬困ったような影が落ち‥何とも微妙な笑いを浮かべた。

「もしかして、そこで桜の母さんと父さんは会ったんですか? 」

 何となく、だけど、ふと思った。

 母さんが住んでいるのも、金閣寺も京都。

 ただ、それだけなんだけど。

 瞬間、曾祖父夫妻の顔が強張る。曾祖父は目をちょっと見開き、曾祖母は俯いた。

「知っているのか? 桜さんを」

「ええ。? はい。会ったことあります。‥両親には言ってませんが」

 言って、「しまった」と思った。

 どうしよう。状況を説明できない。

「‥四朗には本当の母親だからね。会いたいと思っても仕方がないね」

「いや、そういうわけでは。‥なんといえばいいのかはちょっと分からないんですが」

 引っ込みのつかない事態に、四朗は完全に冷や汗をかきながら、それでもなるべく嘘がないように話した。

 ‥嘘はダメだが、話過ぎるわけにはいかない。

 というか、話せるようなことは殆どないわけだが。

「いつ? 」

「最近まで、です」

 ぼそり、と呟くように四朗が言った。

「まで? 」

 曾祖父の目がきらり、と光る。

 ‥あ‥しまったなあ。一番ダメなやつだ‥。

「ただいま‥。え?! 」

 曾祖父が四朗を見据え、四朗が蛇に睨まれた蛙みたいになり、曾祖母がおろおろしているそんな静まりかえった居間に、その聞きなれた声が低く響く。

「四朗‥」

「‥おじい様」

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