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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
九章 愛する君に
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6.ひいじいちゃんと食後の散歩

「みんなは変わりないか? 」

 曾祖父が袂から煙管を出してきてくわえた。

 あ、さっきの「タンっ」はもしかして、煙管を煙草盆に「タンっ」ってする時の癖だったのかな?

 何となく四朗は思った。

 ‥おじい様がしてるのを昔よく見ていた。

 四朗は、昔の事を本当によく覚えている。

「ええ、みんな元気です。この前おじい様たちが帰って来られ時にはおじい様にも会いしましたが、お元気そうでした」

 だと思う。

 正確には、その時おじい様にあったのは、紅葉ちゃんだ。ここら辺も、月桂から引き継ぎ済みだ。

 そういえば、あれはいつだったかな。

「そうか」

 曾祖父が頷く。その表情は、暗くて見えなかったが、その声からは特に何の表情も感じられなかった。

「どこに向かわれているんですか? 」

「ちょっとそこまでね」

 そして、散歩だ。食後のな。と曾祖父は付け加えた。遠くに小さな店の明かりが見えた。

「ああ、空いていたな」

 声が、ちょっと弾んだように聞こえた。

「いらっしゃい。って、ご隠居か。今日もミカンかい これが今はお勧めだけど」

 そこは果物屋だった。もう七時を過ぎているはずだ。個人店らしいが、存外遅い時間まで営業している。

 いや、個人店だから、か。

「今日はメロンをな」

 曾祖父の親し気な口調から、付き合いの長さが想像できた。

「あ、横にいるのはお孫さんかな、よく似てらっしゃる。お孫さんはメロンが好きなのかい? 」

 店主の口調は、しかしながら、商売人のそれを貫いている。

「はは」

 曾祖父は、ただ、笑ってごまかした。しかし、何をごまかしたのかは分からない。そして、果物屋の店主もそれに気にする様子はなかった。

「やあ、背が高いね。それに、男前だ。モテるでしょ? 」

 と、店主の視線が不意に四朗に向けられる。

 突然の事で、目を丸くする四朗に、曾祖父が笑う。

「この子は、シャイだから駄目だね。こんなに無愛想じゃ、なかなか、ね」

「そうなのかい? 」

 店主もつられてにやり、と笑う。

「え、はあ」

 四朗も、何となく頷く。そんな様子を見て、店主と曾祖父は「成程ねえ」「な」と笑いあう。

 ‥何か、居辛い。

 四朗は苦笑いをしたが、店主の視線はもう既に四朗にはなかった。

「メロン、これなんかは今日食べ頃だな。もう少しもたせたかったら、これなんかだけど‥」

 3つ置いてあるメロンを指さしながら、曾祖父に確認する。

「今日食べ頃の分を貰おう」

 曾祖父が袂から財布を出してきながら言った。

 皮の長財布には小さな瓢箪の根付けが付いていた。翡翠だろうか、くぐもった緑色の瓢箪だ。

「はいよ」「よかったね」

 四朗にメロンを渡しながら、にこり、と四朗に笑いかける。

 店主の中では完全に、孫がメロン好きで、その孫のために買ったということになっているのだろう。

「はい」

 話の流れで、頷いてはみたが、やっぱりよくわからない。もう完全に、「?」だ。

 四朗は別にメロンが好きというわけでも、ない。嫌いでもないが。

 小さな専用の箱に入れて渡されたメロンは網目のついたメロンだった。

 そういえば、うちでも偶に出てたな。ああそうだ、おじい様がメロンが好きだとかで‥。ひいじいちゃんも好きなのかな?

 その後、結局ミカンも買って、その荷物は勿論四朗が持つことととなった。

「四朗がいるから、今日はミカンは箱で買えるな」

 と、ひいじいちゃんはご機嫌だった。

「いつもは、10個位しか買えない。重くてな」

 ふふ、と笑う。



「さっきのあれ、ちょっと安心した」

 四朗の横を歩く曾祖父が、前を向いたままボソリと言った。

「いや、安心というか、‥昔と同じだなって。四朗らしいなって」

 いや、らしいは違うか‥

 と、しきりに首を傾げる。

「え? 」

 ミカン箱を両手でかかげた四朗は、ミカンの箱越しに曾祖父を見た。

「私があんなこと言ったら、実篤や明宏なら確実に、「いやだなあ、そんなことありませんよ」であの相生スマイルが出てた。もう、スレっスレだ。今の言葉で言えば、チャラいってやつだ。四朗はスレてないね」

「‥‥はあ」

 あんなこと、ってさっきの「シャイだから駄目だね。こんなに無愛想じゃ、なかなか」ってあれかな? 

「相生の人間はどうも、早熟だし、妙に悟ったところがあるし、そういうのは、もう‥止めればいいんだ」

 前を向いて話す曾祖父の表情は相変わらず見えない。しかも、さっきよりも確実に周りが暗くなっている。等間隔に並べられた街灯がぼんやりとオレンジ色に光り始めた。

「明宏なんて、実篤に言われたからって結婚を決めたりするんだから」

 と、ボソリ、と小声になる。

「ああ‥」

 四朗も小声で相槌を打つ。

「あの時、明宏は18歳だったっていうのに」

 とまた、小声。

「ええ‥」

「江戸時代か」

 と、その言葉だけは、少しはっきりと言った。

 なんだろ、この「言ってやった」感。渾身のギャグなのか?

「‥‥」

 あ、その発想。そうか、(臣霊である俺に)遺伝なんてないはずなのに、あるんだな、『遺伝的なもの』。(四朗も前に、全く同じことを田中君に言った)

 ミカンの箱の上のメロンの小さな箱が、ことっと動いて、曾祖父がそれだけを手に取る。

「ああ、これ位は持つ」

「ちょっと荷物になるけど、もうちょっと散歩をつづけよう。いや、散歩の帰りに買った方がいいんだが、遅くなって果物屋が閉まってたら困るしな」

「そうですね」

「果物だけは、私が買いに行くんだ。私のポケットマネーでね」

 ポケットマネーと強調して言うと、ふふっとチャーミングな微笑みを四朗に向ける。

「ああ、ひいじいちゃんの笑顔だ。俺は、その笑顔が大好きなんです。昔から」

 じんわりと暖かな気持ちになって、四朗はついそう呟いていた。

 曾祖父が驚いた顔を一瞬して、そして、ふ、と微笑んだ。(気配がした)

 と、

「自分が、作り笑いしていないか、って昔はよく気になったもんだった」

 顔を前に向けながら言った。

「それは、相生の職業病でしょう」

 ふふ、と四朗が笑う。

「いいや、それ以前からだ。私の場合はね。なんせ、周りは私の事をよく思っていない敵ばかりだったからね」

 ああ、と四朗は応えに詰まる。

「子供は、そういうのに大人より敏感だ」

「そうですね」

「自分がそうだったから、実篤の時も心配だった。‥まったく自分とそっくりだったからね。だから、海外に行きたいと言ったのにも賛成した。海外には色んな目の色した人がいるからね」

「おじい様も容姿のことを何か言われたりしていたのでしょうか」

「わからん。が、言われていない気がする。時代は変わった、ってやつだな」

「いつも彼女をとっかえひっかえだった。あの頃から、あれはチャラかった」

「え! 」

 ‥あの頃から? さっき、ひいじいちゃんは「あの頃から」って言わなかったか? そういえば夕飯の時も「あいつはほろほろ」と言っていた。

「明宏もモテてたけど、明宏はそんな感じじゃなかった。あれ、程チャラくはなかった」

「え! 」

 四朗は目を丸くした。

 さっきからのひいじいちゃんの言葉が信じられない。

「いうなら、紳士って奴だ。女性には優しくするべき、ってのがモットーだったんだろうな。彼女を作ったりはしていなかったみたいだ。ただ、浅く広く。バレンタインなんかは色んなところからチョコレートを紙袋一杯にもらってたし。それも一つじゃなかったな! 家にも女の子が詰め寄せてたぞ」

「ええ?! 」

 じいちゃんは彼女をとっかえひっかえ。父さんには女の子が詰め寄せる?

 なに、うちの家族。(男性陣限定)なんだか遠い目をする四朗。

「そんな二人を見てきたから、子供だったとはいえ、女の子に全く興味を示さない四朗は新鮮だった」

「でも、昭信叔父さん(四朗父の双子の弟)は‥」

 そんなに軟派じゃなかったんでしょう? 

「たしかに、昭信は武道ばっかりだったね。でも、そこで結婚相手をみつけてくるあたりはちゃっかりしていると言えんでもない」

「‥‥」

 もう、何を言ったらいいかわからなくなった。

 四朗は、ただ黙って曾祖父の話を聞いていた。

「そんなもんだよ。実篤なんて、お前の前ではすましていたけど、実際は‥まあ、多分昔とさして変わってはいない。今のあれは、「そうあろう」と無理してるに過ぎない‥いや、変わろうとしているのかもしれないが、な」

「‥‥」

 なんと相槌打ったものか。

 そうですね、でも、違いますよ、でもない。

 四朗には、祖父の「本当のこと」なんて勿論わからないから。

「でも、所詮、無理しているだけ。だから、今、あれは息抜きをして相生の家から逃げ出してる。まあ、気持ちはわかからんではないが、最悪だあな」

「はあ‥」

「時々逃げ出したくなくくらいだったら、無理なんかしなければいいのにな」

「‥はあ、いや‥なんていうか、俺からは何も‥」

「まあ、いいんだよ。自由で。自分の思うように生きれば、いいと思うんだ。私はね」

 その張り詰めた(四朗的に)空気をかき混ぜる様に、曾祖父がふふ、と笑う。

「四朗も、自分はどう、とか思いつめない方がいい」

「‥そうですね‥」

 本当にそうなんだろう。と思えた。

 出来るかどうかは別として、だが。


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