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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
九章 愛する君に
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5.ひいじいちゃんと田中君のおじいさん

 時間が時間だったので、話もそこそこにすぐに夕飯ということになった。

「さあさあ、四朗。沢山食べなさいね」

「ありがとうございます」

 居間の中心に置かれた大きなちゃぶ台を挟んで、ひいじいちゃん夫妻と四朗が席につく。

 今日は湯豆腐のようだ。暖かな湯気からは昆布の香りがする。

 ‥そういえば、うちは鍋料理って食べることないな。大皿に盛ったものを各自で好きなだけ、っていう風でもない。

 四朗はそんなことを思った。

 ‥紅葉ちゃんちがそういう感じだった。コロッケとか大皿で盛ってあって、それを小皿でわける。そういえば、紅葉ちゃんの家は、洋食が多かった。しかも、ダイニングテーブルで座って食べてたな。

 いや、大皿に盛ってあったのは、揚げ物だけだ。野菜炒めは、(千佳ちゃんが進んで食べないから)分けられてた。ほかにも、ハンバーグの様な取りにくいものは個人に分けてあった。勿論、オムライスも。千佳ちゃんがオムライスが好きだったから、あの家ではオムライスがよく食卓に上がった。

 大皿に盛ってある揚げ物を、千佳ちゃんは「ほら、くれちゃん。もっと食べなきゃ」って「紅葉」の小皿にのせてきて四朗(紅葉の恰好をしている)が「もう無理」って言ったら「何言ってるの。くれちゃん。好き嫌いはだめだよ」って言って怒って。それを見て、紅葉ちゃんの両親が笑って‥。

 ‥そういえば、千佳ちゃんはわりとよく食べる方だった。

 そんなことを、ふと思い出してつい微笑んでしまう。

 因みに、四朗はどちらかというと少食だ。それこそ、女の子位しか食べない。(もしかしたら、女の子より少ないかもしれない)

 ひいじいちゃんは一本だけと決めている熱燗をゆっくりと手酌で飲んでいる。つまみは、切った蒲鉾だ。

 ‥あ、ひいじいちゃんも蒲鉾好きなんだ。おじい様も蒲鉾好きだったよな。

 ちなみに、父さんは蒲鉾等練り製品は食べない。(そうだ。食の好みが結構違うっていうのも、仲が悪い印象に繋がっているんだろうな)

 曾祖父はちびりちびりやりながら、

「‥それで。喧嘩をしたのは、あれとか? それとも明宏とか? 」

 と、聞いた。

 明宏は、父さんの名前だ。いくら跡継ぎはみんな「相生四朗」でも、相生家の長男にも「識別名(なまえ)」位ある。それが父さんの「明宏」でおじい様の「実篤」で、ひいじいちゃんの「元輔」だ。因みに四朗は「篤博」だ。

 この名前で父親たちが呼ばれるのを聞いて、四朗はちょっとびっくりした。こんな呼び方をするのは、多分曾祖父だけだろう。

 うちでも、その名前が呼ばれることはない。おじい様は『おじい様』(父さんたちは『お父様』と呼んでいる)父さんは、『父さん』、で、俺が『四朗』で、博史は博史だ。

 他所でも、だ。じいちゃんは『先代』、父さんは『御当主』で、俺は『若様』だ。(なんだ? 若様って)。因みに、ひいじいちゃんは『御隠居』と呼ばれていた。水戸黄門みたいだとその時思ったから間違いない。

「いえ? 別に家族の誰とも喧嘩はしていませんが‥。父さんとおじい様は確かに今は日本に帰っておられますが、おじい様は‥今回、一度も相生の家に帰ってこられてません」

 ひいばあちゃんが取り分けてくれた鍋の具を受け取りながら、四朗が首をちょっと傾げた。

「ありがとうございます」

 笑顔で礼をいう四朗の前の曾祖父たちが固まっている。

「え? 」

「「は? 」」

 曾祖父夫妻の顔が一気に険しくなる。

「あの子は、まったく! 」

「あれは、まったく仕様がないな! 」

 その様子に、四朗はちょっと面食らう。

 ‥え? どうしたっていうんだ?

「で、何日だ。あれが帰っていないのは」

「え? 今日で3日目ですかね? 」

 いや、4日かな。父さんもだけど、いてもあんまり会うことがないからよく分からない‥。

「まったく。あいつはまたほろほろと」

「また? 」

「このころは落ち着いたと思いましたのにね」

 四朗には、何のことだかさっぱりわからない。

 ‥この会話の様子だと、おじい様は「ほろほろと」「落ち着かない」いや、「落ち着かなかった」のか?

「四朗の前でこんな話もなんだ。まあいい」

「そうですわね! 」

 ‥むしろ、聞きたいですが。

 そして、本当にこの話は「もういい」になった。だから、四朗はかえって気になってしまった。

「で」

「え? 」

 ちらり、と曾祖父が、お猪口から目をあげて四朗を見る。

「学校で何かあったのか? 」

 ちびり、と熱燗を呑む。

「え? いえ? 何も‥」

 と、ふと四朗は気付いた。

 ‥あんまり急に訪ねてきたから、心配させてしまったな。

 と。

「すみません。なんだか、心配をおかけしてしまって。‥いえ、急にひいおじい様たちの顔が見たくなってしまって‥」

 それから、もう一度、すみません。と謝った四朗に、曾祖母が「あらあら」と困ったような顔になる。

「いいのよ。ごめんなさいね」

「そうだぞ。いつでも来なさい」

「田中君が‥。田中君からひいじいちゃんの‥いや、ひいおじい様の話を聞いて‥」

「田中君? 」

「ええ、同級生なんです。それで、その田中君のおじい様がひいおじい様の同級生だと。覚えておられますか? 」

 聞いてはみたが、覚えてはいないだろう、と四朗は思っていた。が、それに対する曾祖父の答えは四朗には意外なものだった。

「‥覚えている。田中君か、そうか、田中君に孫が出来て、四朗と同級生とはね」

 その瞳が、懐かしそうで、そして、なぜか少しうるんで見えたことに、四朗ははっとした。

「私はね、彼に助けられていたんだよ」

「‥」

 四朗は、目を見開いて曾祖父を見、ただ、ゆっくりと頷いた。



「あの頃は、私の様な容姿の人間は珍しかったからね。背の高さも、同級生の中では一番高くて、目の色もこんな風だしね。あの時代だから、よく「異人」とか言われて虐められて‥無視されたりしたもんだったよ」

 四朗は、黙って頷いた。

「田中君だけは、そんなこと気にしないで話しかけてくれた。話しかける‥といっても、何を話したわけでもないが。‥それとも何か話したのかな」

「ミカン」

「え? 」

「ミカンを一緒に食べたって言ってました」

「そうだ。ミカンだ。ミカンを食べたよ。田中君の庭で採れたミカンだって言ってた。‥すっぱくて、だけどすごくおいしいミカンだったよ」

 ふふ、と曾祖父が穏やかに笑う。熱燗がなくなったらしく、曾祖母が徳利をながしに運んだのが目の端に映った。

 曾祖母が代わりに水を入れたコップを持ってくる。

「‥そうですか」

「四朗には友達はいる? 」

 曾祖父がそのコップを受け取りながら、四朗に微笑みかけた。

「‥ええ。武生‥相馬の次男が同学年で、仲良くしてくれています。それに、田中君も。恵まれていると思います」

 顔を見返すのは、ちょっと恥ずかしかった四朗は、鍋の取り皿をなんとなく見ながら言った。

「相馬の次男。そうか」

 曾祖父は、武生の顔を思い出していた。

 あの、仏頂面をした子供か。

 会ったのは、八年前の正月だったと思う。当時から武生は仏頂面をしていた。

「相崎の長男とも同学年です」

 相崎のあのお調子者そうで、ちょっと落ち着きが足りないような跡継ぎか。相崎の先々代が「あいつで大丈夫なのだろうか」としきりに呟いていたことも併せて思い出した。

「珍しいね。同じ年で(四家が)そこまで揃うっていうのは」

「それは‥そうですね」

 四朗が朗らかに笑う。そんな四朗に笑顔をかえした曾祖父だったが、

「友達は大事にするんだよ」

 と言った時の表情は、なんとなくしんみりとしているように見えた。

 昔のことを思い出しているんだな、そう思えて

「ええ、そうですね」

 四朗もしんみりと返した。

 ‥本当に。そうだ。

 そう思った。

 友達の事を思い出し、穏やかに笑う四朗を見て、曾祖父の顔も自然にほころぶ。

「‥四朗にも、色んなことがあったんだね」

 そして、しみじみと、本当にしみじみと曾祖父は言った。

「え? どうして? 」

 四朗は思わず、きょとんとしてしまう。

「表情が豊かになった」

 ふふ、と曾祖父が笑うと、曾祖母も微笑んで頷いた。

「変わったってことですか? 」

 四朗の顔はまだきょとんとしたままだ。

「それは、分からない。変わったって‥変わるっていうことは、ないんじゃないかな」

 曾祖父の返事に四朗は首を傾げた。

 ‥人はそう変われない? ってことかな?

「だって、四朗は四朗だ。笑っていても、悲しそうでも。四朗は四朗だ。いつでもおんなじなんかないさ」

 曾祖父の言葉は淡々としていた。手に取った箸を使うでもなく、ただ、たん、といい音をさせて箸置きに置いた。

「そりゃあ‥」

 四朗はますます首を傾げた。

「楽しそうだったら、私もうれしいし、‥悲しいことやつらいことを我慢しているのを見たら、私も苦しい。そういうことじゃ、ない? 」

 相変わらず曾祖父の言わんとしていることは、よくわからないけれど、言っている意味は当たり前だが分かった。

 ‥同じ時なんてないけど、それは、『変わった』とは違う。ただ、その時の気分みたいなもん、てことかな。

 ‥「色んなこと」があって、表情が豊かになった。でも、それは、『変わった』とは違う? 

「そもそも、本人でさえ自分の事なんて分からないよ。他人が分かったような気になってるなんてその人に失礼だろう」

 と、それは、でも納得した。

 そして、同時になにか引っかかった。この言葉‥なにかつい最近似たような言葉を聞いた気がする。

「祖父から名前を聞いただけで、知ったような気になってた。だけど、本当はあんまり知らない。知らなかった時の方が、むしろ知ってるような気がしてた、って言ってました。不思議だねって」

 気付くと独り言のようにつぶやいていた。

「それは誰が言ってたの? 」

 たん、と箸をもう一度鳴らす。それを見て、曾祖母が「あらあら」とすこし眉を寄せた。「お行儀が悪い」と、箸を取り上げる。

「田中君です」

 それを、目の端に入れながら、四朗が曾祖父に言った。

「田中君のお孫さんは、‥深いね」

 ふふ、と曾祖父が笑う。

「本当に」

 四朗も同じように、ふふと笑った。

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