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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
九章 愛する君に
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4.解けた誤解

「なんかひいじいちゃんに会いたくなっちゃったな」

 四朗は独り言ちた。

 何年ぶりだろ。

「母親と引き裂くのは可哀そうだ、でも、あっちにも事情はあるのだろう。‥四朗。可哀そうに」

 そう言って、よく遊んでくれたひいじいちゃん。遊ぶっていったって、囲碁や将棋だったけど‥。それでも嬉しかった。昔のおじい様や父さんの話を聞くのも面白かった。

 思えば、俺を「相生の跡継ぎ」ではなく、一人の子供として扱ってくれる人間はあの頃はひいじぃちゃんしかいなかった。

おばあ様はあの頃はもっと厳しかった。おじい様が俺に厳しかったから、おばあ様もそれに合わせた‥ってわけなのかもしれない。「おじい様の言う通りですよ」が口癖だった。(口癖ってわけではないだろうが、あの時はたしかにそんな感じだった)

 だから、今の穏やかなおばあ様は、あの頃を思い出せばはちょっと想像できない。

 父さんもおじい様たちに遠慮して、何か言ってくれることもなかった(何を言うって、まあ、普通の父親の様な事を、だ)し、博史はまあ、小さかった。母さんはあの頃から明るくって優しかったけど、それでもおじい様たちが俺に何かを教えているときはやっぱり遠慮してた。

 とにかく、あの頃おじい様に逆らう者なんて誰もいなかった。

 (おじい様のお父さんである)ひいじいちゃんも、おじい様とは合わなかったみたいで、俺が習い事で忙しくなってきたときに

「隠居する」

 って家を出て、別の場所に住むようになった。

 それから、あんまり会えていない。

「いつでも遊びにおいで」

 って言ってもらったけど、駅三駅分は、たった一人で行くには小学生にはちょっと遠かったし、そんな時間も当時からなかった。

「会いに行ってみようかな」

 お茶の先生に欠席の連絡をして、四朗は、急遽駅に向かったのだった。



 ‥そう言えば、ひいじいちゃんが家を出たのはまだ『俺』がここにいたころだったな。だから、『紅葉ちゃん時代の俺』にはひいじいちゃんは会ってないんだな。

 なんだか、それがちょっとうれしいような気持になった。

 変なの。当たり前のこと、なんだけど、ね。

 何年になるのかな。八年ちょっと? ひいじいちゃん、俺の事覚えてくれてるかな。

 そんなことを考えながら、電車を降りる。

 東口、と目でもう一度確認してから、駅を出る。

 夕方の駅前は、だけどびっくりするほどひっそりしていた。駅の中に、手土産にするのか箱入りのシュークリームを売る店が一軒と、小さなスーパーマーケットがある。

 さっき行くことを携帯で伝えたときに聞いた行き道に、そんな情報はなかった。

 『駅の東口から出て、道なりに歩き、2番目の信号を渡る。

 交番の角を渡り‥細い道をまた2ブロック。そしたら、屋根が瓦の平屋がある。』

 そんなシンプルな説明だった。

 そういえば、ひいじいちゃんはそういう人だった。シンプルで、温かくて、どっしりとしていた。

「2番目の信号‥」

 車通りも、そうは多くない。退勤時間と考えられるのに、だ。運転手は主に高齢者のように見える。だけど、車はピカピカでクラッシックで、所謂「往年の名車」と言われるような車ばかりだ。

 金持ちの道楽‥

 ふと、そんなことを思った。

 目的の交番はすぐに見つけた。小さな箱型の建物に明かりがついている。交番を横切ると、成程、曲がり角がある。横に側溝がある細い道だ。大きな家が多い。ここは、所謂高級住宅街というところなのだろうか? 

 黒い石の塀を囲むように道路がある。

 ‥専用道路か? 

 とも思えるよう。

 そんなに広い道ではない。この家の主は車に乗らないのだろうか? この道路では、車が入りにくいのではなかろうか? 

 それはそうと、そういえば‥

 さっき、道路があった。

「ここで、ワンブロック」

 そして、またもう一軒。それでツーブロック。

 ひいじいちゃんの家もそんな感じなのだろう。

 と、思ったら、竹垣があらわれ、すっきりとした平屋が見えた。

 まるで、その辺りだけ、時代劇のセットのような‥。

「もしかして、これ‥」

 家の前で立ちすくんでいると、庭で菊を手入れしていた品のいい老婦人と目が合った。

「四朗‥」

 夫人の目が見開かれる。

「え」

「四朗か? 」

 夫人の声を聴いて、家の前にいた老紳士がこちらに来るのが分かった。

 ざっ、と草履が砂利を踏む音が響く。



「四朗か? 」

 もう一度、今度は四朗の顔を見ながら、老紳士が聞く。

 鶯色の和装。

 それが、如何にも相生家の人間であることを思わせた。

「はい。ご無沙汰しておりました。ひいおじい様‥」

 四朗は、思わず胸が詰まった。

「連絡もなく‥」

 言葉を詰まらせる四朗の頭に、老紳士が手を伸ばす。

「いいんだ。いいんだよ。四朗。‥大きくなったね‥」

 老紳士が噛みしめる様に言って、四朗の頭を撫ぜる。

 頭一つくらいしか変わらない。この年にしては、背が高い老人なのだろう。

 ロマンスグレーというのだろう。品のいい色をした髪はきちんと切りそろえられている。

 ‥思えば、相生の男はみんなこの髪型だ。まさか、ひいじいちゃんまでそうとは思ってなかった。

 という自分も、この髪型以外は想像できない。

 ‥発想が貧困で、冒険をしないのが相生の伝統なのかもしれないな。

 四朗は曾祖父のつむじの辺りを見ながら、ぼんやりとそう思った。

「今日は泊まって行きなさい。うちの方には、皐月に電話してもらえばいい」

 優しい薄灰色の瞳が細められる。そして、口の端をくいっと上げる笑顔は、なんだかチャーミングで、四朗も思わず笑顔になった。

 ちなみに、皐月、というのは曾祖母の名前だ。

「え? 」

 そして、話の内容が四朗の頭に入ってくるのが、一テンポ遅れた。

「こんな時間だ。当然だろう? 明日、ここから学校に通えばいい」

 有無も言わせぬ強引な言葉に、四朗はつい頷いてしまう。皐月が穏やかに笑いながら、そんな様子を見ていた。



 広い土間のある玄関は、実家を思わせた。

 案内されて居間に向かう。こじんまりした古民家を思わせる作りだった。しかし、(その狭さのせいだろう)所謂旅館の様な感じは少しもしない。温かい生活が感じられる家だった。

 板間の玄関口、そして杉の板張りの廊下を挟み部屋が二部屋。その片方が居間だ。

「将来、車椅子に乗るようなことがあったら、廊下はある方がいいからね」

 なんてひいじいちゃんが言った。

 もちろんバリアフリーだ。

 この家の造りは、実家よりよほど新しい。二人暮らしだから当然、余分な部屋もない。居間と台所、浴室、厠。居間の奥にある寝室には、低いベッドが置いてある。(キッチンはなんと、アイランドキッチンだった! )

 懐かしい雰囲気と、新しい技術。そのしなやかさは、ひいじいちゃんそのもののように思えた。

 ‥あ、ダウンライトだ。

 廊下を歩きながら、見上げた天井にはダウンライト、そしておそらく電球はLED。

「そこ、入り口のところすこし低くなってるから、頭に気をつけなさい」

 しかし、その曾祖父の忠告は、きょろきょろしていた四朗が頭をぶつけた後だった。

「あらあら」

 皐月が困ったように、しかし、穏やかに笑う。

「ちょっと設計ミスだったんだ。だけど、私たちが住む分には、まあ、そんなに気にならないからなあ」

「はあ」

「これだったら、あれが来ても、‥困るからなあ」

 ‥「あれ」? ああ、おじい様か。

 なぜだか四朗は、曾祖父が言わんとしていることが分かった。何となく、だけど。

「まあ、たまに来る家なら、その時気を付ければいいが、毎日住むとなると、気が休まらないのは、な。だから、あの家を出たんだ」

「え!? 」

「あの家、上がり框が、あれだろ? それに、家じゅう段差だらけだ。年寄りには優しくない家だとは思わないか? 」

「え‥。じゃあひいじいちゃんがあの家を出た理由って‥」

「ん? ああ。あの時、私は腰を悪くしていたからね。まあ、治っても、年が年だし‥」

 ‥おじい様と折合いが悪かったからじゃなかったのか‥

 まあ、折り合いが悪いって家を出るってのも‥ない、かな。っていうか、あの時俺は何で「そう」思ったんだろ。

 ‥仲は良くはないように見えたんだろうな。

 でも、それは、俺の誤解だったんだ。

 ‥そもそも、どこの部分が誤解なのかな。ひいじいちゃんとおじい様が仲が悪いと思った部分? それとも、ただ『ひいじいちゃんがおじい様と合わないから家を出た』という認識? そう思ったの俺だけかな? こう誤解しているのは俺だけ? 。おじい様はどうなんだろうか? 

 おじい様とひいじいちゃんの間に誤解はないんだろうか?

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