1.臣霊なのに
「なあ、四朗様も臣霊なんだよな」
月桂が現れたのが気配で分かって、華鳥が不機嫌な顔をする。
臣霊三人の中で、月桂と華鳥はあまり仲がいいとはいえない。というか、華鳥が月桂を嫌っている感がある。
性格の相違、というなら月桂と鮮花の方が違うのだけど、この二人は随分長いこと一緒に仕事をしている。
むしろ、月桂と華鳥はは似ているのだろう。だから、することが被ることが多く、自意識過剰で自我の塊みたいなところのある臣霊同士上手くいかないのだろう。
‥あの、(多分)すかした顔も嫌い。わからないけど、多分軽薄な顔してると思うわ。
華鳥は常日頃そう思っている。
もっとも、臣霊同士でもお互いの顔はわからない。「そこにいる」「誰だ」という認識は出来るが、ただそれだけだ。
顔の認識ができるのは、臣霊のマスターだけなのだ。
だから、紅葉には鮮花と月桂の顔の認識は出来るが、華鳥の顔の認識は出来ない。
ただ、製作者である桜には「こういう顔」というビジョンはある。
一人目の臣霊(つまり四朗だ)は、桜の妹の楓に瓜二つ。二人目の華鳥は、黒い目(実は桜の憧れ。桜曰く「ミステリアスでかっこいい」らしい)と黒い髪の女の子の臣霊。同じく黒い髪・黒い目シリーズの月桂。月桂は四朗父に会った後にできた臣霊だから、四朗父の印象が強い。
月桂は顔だけでなく、性格も四朗父に似ている。まじめで、だけど面白いことだって好き。要領がよくって器用。自分が出来ないことは、努力はするけれど、できないからと言って落ち込んだり、悩んだりはしない。相手が自分に求める技術と自分の実力の折り合いのつけ方はもう職人レベル。悲観はしないが、開き直ることもしない。要領の好さで、その場その場の最良策を瞬時に判断し行動する。
相手に不快感を持たせない、がモットーの頼れるサラリーマンタイプだ。
因みに、四朗父の性格について。常にストイックなほどの努力を良しとする四朗祖父とは、こういった点で分かり合えないようだ。(多分一生分かり合えることはないだろう)
月桂の性格は、四朗父そのものと言える。
紅葉に執着しすぎているのは、単に「臣霊」の性格故のものだ。
「え? ええ。そうよ。‥それが何か? 」
月桂も、華鳥も臣霊同士だから、話し方に遠慮はない。フランクに話す。鮮花は、相手が紅葉だろうと四朗だろうと、桜だろうと関係がないのだが。
そういうのをよしとしないのが、華鳥だ。月桂以上にまじめで、桜に忠実な臣霊。今は、四朗にべったりだが、桜の命令は相変わらず絶対だ。
どんな時でも味方になってくれて、頼りになる心のよりどころ。
同じ女同士だから、悩みを聞いてくれることだってある。
慰め、時には厳しく諭す。『お姉さん』タイプの臣霊。それが、華鳥で、彼女には特定のモデルはいない。気が付いたらそこにあったのだ。
ともすれば、自分を甘やかしがちな周りを懸念して、戒めのために桜が傍に置いた二番目の臣霊が華鳥だった。
桜は彼女を最も信用しており、四朗につけた程だ。
幼いころから四朗を見てきた華鳥にとって、四朗は愛すべきマスターであった。臣霊の性格上、その情は深い。(華鳥曰く、それはもう「恋」ならしい)
だから
「いやその割に‥覚えがよくないなあって」
月桂の発した失礼な言葉に、華鳥は目を見開いた。
四朗が、何度となく「西遠寺の力」を取得しようとしているのに、いまだかなわないことを言っているのだろう。
臣霊ならば、教わったことはすぐに覚えられるだろう。なんせ、思想の結晶なんだから。
だのに、と。
‥なんと、こいつ、何言っちゃってんの!
「あ、私もそれ思った。一番「いい性能」の臣霊だっていうのにね」
しかも、それに同調する鮮花。
華鳥は、かっと頭に血が上るのが分かった。
「月桂! 鮮花! 口を慎みなさい! 四朗様は、桜様によって臣霊としての記憶を封じられているんですよ! 」
気が付いたら、常にないことに感情をむき出しにして叫んでいた。
「ええ~? そんなことってあるの? 可哀想ねえ‥」
鮮花の口調は、「驚いた」そして「可哀そう」その言葉のまま。
相手に嫌味を言ったり、相手を陥れたり。そんな器用な芸当は出来ない。ただ、素直で真っ直ぐな鮮花。
桜が望んで止まない真っ直ぐな鮮花。
いつでも楽しそうで、「楽しい」を我慢しない鮮花。
我慢が通常運転な桜が、いつの間にか作ってしまっていた臣霊だ。その存在に気付いたのが、四朗父と別れさせられて実家に戻って来た後だったから、月桂の後にできた臣霊だと思っているが、何となく、鮮花については、その誕生(発生)時期がはっきりしない。
顔は、気付いた時に想定した。ちょっと未練がましいかなと思いはするが、四朗父に似ている。しかし、女の子という性別設定のせいか、幾分丸く、そして優し気に見えた。
「可哀そうねえ‥」
涙さえ流しそうな勢いだ。
楽しみも、悲しみも、感情のままに行動する。天真爛漫な女の子の臣霊だ。
そう。我ら何も持たない臣霊にとって、臣霊としての記憶=アイデンティティの喪失は多分、何物にも代えがたい苦痛だ。
「‥そうよ」
華鳥も悔しそう唇をかんだ。
臣霊が実体化して生活した例えは、今まで聞いたことがない。
出来るだろう、あるいは、桜ほどの術者の臣霊ならできるだろうと思うが、実際には見たことがない。
稀有な存在。
今、人間として暮らしているならばそれでいいのではないか、と思える。
術者のプログラムの中でしか生きられないかもしれない、窮屈な人生。
もっとも、それが本当だとはわからない。
プログラムは、他の知識と同様に上書きされていくだろう。だけど、きっと、根っこは変わらない。
桜の守護臣霊。桜を守るために生きる臣霊。
あんなに相生の家を継ぐために努力しているのに。‥四朗様。
でも、四朗様が四朗様であることを、望んでいるのは彼自身よりむしろ桜様。たった一度の恋を忘れられず、今でも大事にしている桜様が‥おいたわしい。
そして、桜に、また周りに振り回され続けている四朗様が一番おいたわしい。
‥四朗様は、自分の居場所を求めておいでです。
私は、口が滑ってしまいそうです。
あんまり、四朗様がおかわいそうで。
もう、思い出す手前まで来ているんです。貴女が望もうと望むまいと、思い出してしまうでしょう。だから、せめて最悪のタイミングにならないように、教えて差し上げた方がいいように思えます。
桜の瞳に困惑が浮かぶ。
桜は、四朗の事になったら、時々こんな目を華鳥に向けることがある。不安で、どうしたらいいかわからないような目だ。
「最悪のタイミング? 」
‥四朗様が四朗様として暮らしているときに、望まないのに、記憶が戻ることです。
「どうすればいいというの」
そう言った桜の目には、もう迷いは見られなかった。
「事実を教えて、記憶が戻って混乱した四朗を傍において監視するの? 」
ただ、私が言わんとしていることを、代弁した。
その口調は、本当に嫌そうで。
華鳥だってそこまで言いたかったわけではない。だが、つまり、そういうことになるだろう。
もしかしたら、全く別のものになってしまうのだ。そうしたら相生の家に置いておくことはできないだろう。
「だけどどうやって取り戻せばいい? 今更‥。相生の家が聞いてくれるとは思えない」
‥その微妙なところを埋めるのが‥。
「裏西遠寺として迎えろというの? 」
‥そうは申し上げておりません。そんなことしたら、四朗様は裏西遠寺にとりこまれてしまいますよ。紅葉様を養子として迎えて、四朗様は婿養子として迎えるというのが最適な方法かと。
そうしたら、四朗様は相生 四朗としてここに来ることができます。
「でも、それでは‥」
それは、相生 四朗ではない。
私がそんなことをしたら、あの人にも嫌われてしまう。
「それは、嫌‥」




