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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
八章 ライバルは「」
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5.ライバルは「月桂」

 ‥ガキですねえ

 


 いつの間に来ていたのか、聞き覚えのある声が胸の奥から聞こえてきた。入れ替わりの時にサポートに入ってくれたから、もう随分馴染みとなりつつもある声。

 桜の作った臣霊で、今は紅葉ちゃんべったりの臣霊・月桂。

 男の臣霊だ。

 入れ替わっているとき、紅葉ちゃんの「声」を担当していたというが、その声は四朗とはまるで似ていない。そのせいで、入れ替わった当初は会話すら困った。

 そんな四朗の困窮を見て、助けるどころか、むしろ楽しそうに見ていた月桂。自分は何かこの臣霊に嫌われることをしただろうか? と初めのうちこそ悩んだが、次第に、それが面白がっているだけなのだろうと分かった。

 臣霊は、人間ではない。

 人間の常識なんてものは通用しない。

 自分がしたいこと、信じていることをのみ全力で行う。

 だから、この場合は四朗が困っているのが単純におもしろかったから、そういうわけだろう。

 自分より若干高めの声。女の紅葉の声と男の四朗の声の丁度真ん中にあるような声。否、正確には、女の声寄りだ。ちょっと声の低い女の子といって通るような声。

 男としては高めの、柔らかい優しい声。

 だけど、その物言いは(少なくとも四朗に対しては)辛辣で、冷静。

 四朗の弱いところをわざわざピンポイントに突いていく。その顔は見えないが、嘲笑が含まれたように聞こえる口調から、恐らく面白がっているのだろうということが分かる。‥まったくもって趣味がわるい。

 なぜこいつが今ここに。

 ‥ああ、お仲間ってのはこういう感じなんですね。魂に吸い寄せやれそうになる感が全くない。むしろ、こう、拒絶されてるような感じなんですねえ。さっきの反応では貴方、私が来てることに今まで気付いていなかったようですね。

 うるさいな。突然現れて、こいつは何をつまらないことをしゃべっているんだ。

 今は武生も相崎もいて、話しかけられても俺が答えられないことくらいわかるだろうに。

 ‥ああ、この状況では話せないから、四朗さん一人になってもらえます? 

 ‥それに、ちょっと冷静になられた方がいいんじゃないかと。

 まあ、そうだな。言い方とか、ちょこちょこ腹は立つが、それはそうだな。

「‥帰る」

 隣にいた武生に告げると、武生が「ああ」と頷いた。

「その方がいい」

 ちらり、と武生が相崎を見る。

「今日は道場? 」

 しかしながら、相崎はけろっとした表情で四朗を見てきた。

 さっきのことなんて、もう忘れてしまったというような表情だ。

 相崎は、特に何も考えていない。別に四朗に喧嘩を売ろうとか、何か理由があっての行動をしているとか。そういったことではないのだ。あくまで、気分の問題。

 特に愛想よくする必要のない相手。相崎が遠慮や配慮を必要と感じない相手。

 相崎にとって、四朗はそういう相手に過ぎない。

「いや。佐和さんのとこに」

 四朗は呆れた様な表情で相崎を見て、言った。

 慣れたものだ。

 自分だけ根に持っているなんて思われたくない。

「お茶か」

 と、相崎。四朗が頷く。

 佐和とは自宅で教室を開いて茶道を教えている老婦人で、四朗や武生たち三人も小学生に入ったころくらいから一年ほど教えてもらったことがあった。

「知っている、程度では「御もてなし」にならないからな‥」

 仕事柄、海外の法人をもてなす機会がこれから増えて来るであろう四朗にとって、日本的な所作は、教養として身に着けておかなければならないのだ。

「せいぜい、心落ち着けてこい」

 相崎をあえて無視して流し、相変わらずの無表情で武生が言った。

「ああ、武生‥その‥、悪かった。‥じゃあ」

 取り敢えず‥と謝った言葉が、しかし、思ったようにすんなりと出なかった。

 自分も大概強情だな、と思う。

「ああ」

 しかしながら、武生はそんな四朗を気にかけている様子など、ない。

 視線一つ四朗に向けることもなかった。

「俺には? 俺にはサヨナラ、は? 」

 明るい口調で言って、四朗に微笑みかける。

 さ、喧嘩は終わり。俺ってさっぱりしてるから。

 相崎の浅い考えが浮き出してくるような軽薄なセリフ、口調に

「は? 」

 四朗は冷ややかな眼差しを相崎に向けた。

 ふざけるな。お前はもう少し旧家の跡取りとしての自覚を持て。

 言いそうになるが、「いや、言ってどうする」と、考え直す。

「‥四朗」

 ほおっておけ。

 武生の表情にも、そんな意図がはっきり見て取れた。

 いや、武生はいつも通りの無表情だ。

 そう思ったのは、自分の願望か。



 ‥ほら、やっぱりガキだ。



 またあの声。

 嘲笑を含んだ、高めの声。

 それがやけに耳に付く。

 ああ! もう。腹が立つな!

 でも、落ち着け‥。落ち着け。四朗は心持ち足早に人気のない場所に移った。佐和の家に行くまではあと小半時ほど時間があった。

「それで。話は何、今回は何の用事で? さっき、お仲間がどうって言ってたけどその話? 」

 ‥ええ。四朗さんって、臣霊だったんですね。ちっとも気付きませんでした。そうとは思えない不自由さやせせこましさは、人の子として、人の器の中で生きているせいですかね。「世間のしがらみ」ってよく言ったものですね。全くもってお気の毒ですね。

「さらっと失礼なことを言っているな。何。母さんに聞いたの」

 ‥華鳥ですよ。

「ああ、そりゃあそうか」

 ‥華鳥、「四朗様は臣霊だから、私は四朗様の守護臣霊になれない」って言ってましたが、成程、魂に近づくことすらできないんだと、さっき試してわかりました。

「よくわからないけど、変な人体実験しないでね」

 にやり、だか、ふふだかよくわからない、爽やかとは決して言い難い笑いを月桂が浮かべたらしいことが、気配で分かった。

 くつり、と。

 相手(今だったら四朗だ)に対して遠慮も、見せかけの礼儀もない。そして、紅葉に対しては開けっ広げの愛情表現を示す。

 恰好を付けることも、体裁を取り繕うことも必要としない自由な存在。

 それが、人に見えていない故なのか。

 人に見せなくていい故なのか。

 人と関わらなくてもいい故なのか。

 人の目こそが俗世のしがらみなのか。

 否、枷を付けるのは人の定め。

 人によく見られたい、人と関わりたい。

 ‥本当に、人の世には生まれたくありませんねえ。ですが、生まれたからには、ご自分のことはご自分で責任をもって、人には迷惑をかけられませんよう。

 ‥貴方が自分がなんであるかが分からないことによって、不安な気持ちはわかりますが、もうこれ以上周りを巻き込むのはおやめなさい。

 ‥そうでしょう? 貴方がしていることは、貴方の為にも桜様の為にもならない。そして、なにより紅葉様にご迷惑をおかけしている。

「悪かった。それは‥。本当に悪かった」

 ‥まあ、元々臣霊であるから、自分の欲望に忠実なのは仕方がないことではあるのですがね。

 しかし、自分のことを知りたいかって言われると、その点については共感はしがたいですね。

 私たちは臣霊で、元々は作られたものではありますが、決して変わらないものでもないからです。だから、どれが自分っていうものではないのではないでしょうか? 元々の臣霊まるだしの貴方も、今の貴方もどちらも貴方で、作った桜様が今のままで、とおっしゃってるんですからそれでいいのではないですか? 貴方も「自分の正体が知りたいだけ」で、今のままでいいのでしょう?

 貴方は、今の貴方になったんですよ。それでいいではないですか。

 状況を分かりやすく説明しましょうか? 

 つまり、元々赤い水を入れたコップだったのに、赤い水を抜かれた。そしてその後に徐々に青い水が溜まっていった。

 青い水と赤い水は混じらない。赤い水は下に沈む。貴方にとって赤い水は既に異物と認識されているから。今のままだったら、赤い水は貴方と混ざることはない。なぜなら、赤い水は既に知識でしかなく、経験を経てたまった青い水とは異なるものだから。

 貴方がしたいことは、何ですか? 青い水と赤い水を混ぜることですか? 

 混ぜる、といっても、私たちは所詮、臣霊。魂の器であるコップの容量はそう多くはありません。すべての赤い水を入れたら、青い水は押し出されてしまうかもしれない。そしたら、コップには赤い水だけになる。

 桜様が懸念されているのはそういうことなんです。

 そのリスクをわざわざ選びますか? 

 貴方にとって、青い水はそんなに価値のないものなのですか? 。

 変わらないものは、ないんです。

 臣霊だって、それは同じ事。

 学んだことは、知識として身に付きますし、心‥と言えるのかは疑問ですが、心が惹きつけられることもある。

 私は、紅葉様に出会って、いつからとは今となっては知れませんが、心惹かれて、あの方をお守りしたいと思っています。

 いつかは守護臣霊となって。

 守護臣霊になれば、紅葉様の魂に寄り添うわけですから、今のように貴方にアドバイスしに来ることも出来なくなりますからね。

 だから、今のうち。

「アドバイス‥」

 これが? 

 口には出さないながらも、四朗が不満げなのはその顔を見れば、明らかで。

 月桂は、またにやり、と意地の悪い笑いを浮かべた。

 ‥もう一度いいますよ。

 変わらないものは、ないんです。

 あ、あと何で私が貴方に敬語だかわかりますか? 先輩だからです。ただ、それだけです。尊敬しているとかそういうのじゃ、ないです。目上の人は敬わないといけないですからね。

「いちいち癪に障る奴だな」

 ‥それは失礼をば。

 と、またにやり。

 こいつの顔、一度見てみたいな。どんな顔してるんだろ。

 ‥ちなみに、気にしてらっしゃる私の顔は、まあ、貴方のお父様を見られたらいいんではないでしょうか。鮮花は、紅葉様の幼少時代‥。顔の感じが違うのは、鮮花の性質が「喜び」で、喜びの欲望に忠実だから多少しまりのない顔になっているからかと。

「俺の考え、ホントに読んでない?! 」

 ‥貴方の考えていることは、顔に出ますからね。本当に単純というか。

「まあ、いいや。つまり、みんなおんなじ顔って訳なの」

 ‥基本的にはそうなりますかね

「‥‥」

 ‥桜様は本当に貴方のお父様がお好きだったんですね

「‥‥」

 ‥そこで「可哀そう」って顔しない。桜様は凄いお方ですよ、貴方なんかが同情できるようなお方ではないです。

「ん‥」

 ‥ああ、そろそろ時間ですね。では、またお会いできることがあれば‥。

「ん‥」

 そう言ったきり、月桂の気配は消えた。後には、いつも通り華鳥の気配が残るだけ。

「かなわないなあ」

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