3.ライバルは「四朗君」
武生さんは、どうして私と変わっているって分かったんだろう。
いっても、今までずっと私が四朗君だったわけだ。
四朗君が四朗君に戻って間がないというのに、だ。
幼馴染だから?
それとも‥
何か、二人の間に自分では埋められない絆を感じ、悔しいような切ないような変な気持ちになる。
(なんてことはない。月桂の洗脳が解けたからなのだが、それに紅葉は気付かない)
‥ああ、これって、嫉妬かな。
恋心に嫉妬に、このところの私は新しく覚えた感情に左右されっぱなしだ。
振り回されっぱなしだ。
だけど、決して嫌な気持ちではない。そして、この頃体の調子も少しおかしい。この前、初めて初潮が来たからだろう。
あの時の母さんの嬉しそうな顔が忘れられない。
高校生まで、なかったなんて、確かに変だよね。
自分の体やら心が急激に変化しているのが分かる。
今までのことを取り戻すように。
こんな気持ち、四朗君にもあるのかな?
武生さんの横に立つ四朗君をおもい、胸が痛んだ。
羨ましい。
四朗君のままでもいいから、武生さんのそばにいたい。
紅葉としていることは、無理だから‥。だからせめて、四朗君のままで。
だけど、武生さんはわかってしまうんだ。
私が、偽物だってこと。
四朗君の偽物だってことを。四朗君じゃないってことを。
胸が苦しい。
こんな私は、嫌いだ。
剣の稽古にも身が入らない。
そういえば、武生さんが「今度、お手合わせお願いします。貴方との試合は面白い」って言ってた。今度会ったときに、剣の腕が落ちていたら、大変だ。と、意識を稽古に持っていこうとした自分に気づいて、もっと落ち込んだ。
ダメだ、雑念だらけだ。
これじゃ、ダメだ。
やっぱり、こんな自分は嫌だ。
自分が、そして四朗君が憎らしい。
家にどうやって、いつ帰りついたかはわからない。酷くぼうっとしている。さっきから、千佳が黙って私を見ている。心配そうな目、そして、何かを観察するような目。
そして、それがやがて明るい微笑みに変わる。
「ああ、くれちゃんだ。やっとくれちゃんに戻った! 」
戻った、という言葉にドキッとした。
「戻った? 」
千佳は何で知っているんだろう。もしかして四朗が何か言ったのだろうか? そう思った、が、紅葉の動揺した様子を見た月桂が首を振った気配が分かった。
言ったわけではないのか。
では、千佳は何を知っている?
‥何かを感じ取られたみたいです。
静かな月桂の声が聞こえた。
何かを。千佳は、何を感じ取ったのだろうか?
「私、どこか変だった? 」
常を装って、ちょっと首を傾げた。
「なんか、暗かったっていうか‥、あいつかと思った」
あいつって四朗君? 千佳にも四朗君が分かるんだ。
胸が痛くなった。
「くれちゃんじゃないっていうことは、わかる。あいつが誰かなんてのは、結構どうでもいい。くれちゃんか、くれちゃんじゃないか。それが重要だ」
思わず黙った紅葉の瞳を千佳は心配そうに覗きこんだ。そして、なだめるように、ちょっとお道化て、ハムレットの「生きるべきか、死ぬべきかそれが重要だ」ってセリフみたいなことをいう。
何が紅葉を不安にしているんだろう。さっき、顔色が一気に変わった。それは、何の言葉だっただろうか? 私が言った「あいつかと思った」だ。
原因が「あいつ」だということは、多分間違いは無いだろう。あいつ、の存在が不安なのか? それとも、あいつと間違われたことが不安なのだろうか?
ともかく、紅葉は「あいつ」が苦手なんだろう。
悪い奴じゃなさそうだし、なんか昨日は可哀そうな感じもしたが、紅葉が苦手な人間は、許しておけない。
それは、わかってもらいたい。私は、紅葉の一番の味方なんだ、ということはわかってもらわなければいけない。
「あいつが分かるわけじゃないよ。それどころか、私、あいつが誰かすらどうでもいいし」
千佳は、念を押した。
「千佳‥」
紅葉が千佳を見た。眉間にすこししわが寄った。
そんなこと、言わないであげて
そういいたい気もした。
そもそも、千佳がどこまで知っているのかもわからなかった。
後で、臣霊たちに確認しないといけない。
「くれちゃんは変わった。いい意味でね」
ふっと、千佳の表情が緩んだ。
「表情が出た、というか。昔っから、くれちゃんはずっと何か我慢してたから、今みたいに表情を変えるくれちゃんが、うれしい。あいつは、表情が変わらなかったころのくれちゃんに似てて、なんかくれちゃんを見てるみたいに心配な気持ちになっただけ」
「あの人が誰だか、千佳は知っているの? 」
「知らないけど? ホント、どうでもいいし。あいつって、くれちゃんの何なの? 恋人? 」
「まさか! 」
自分の口調が思った以上に強かったことに驚いた。
そして、心持ち長く大きく息をして気持ちを落ち着けさせた。
「私が好きなのはあの人じゃない」
「好きな人? 」
千佳が紅葉を見る。
紅葉が頷く。それを見て、千佳がふわっと、笑った。
「ほかに好きな人が出来たの? 」
口に出して言うと、ちょっと複雑だった。
姉の恋愛って、なんだか‥ちょっと複雑だ。
でも、喜ばしい事実なようにも思える。うん‥、ちょっと私はくれちゃんの保護者の気分なんだ。守っているって思ってるのは自分だけで、本当はずっと守ってもらっているっていうのは、‥でも知っているんだけどね。
「好きな人が出来たから、くれちゃんは変わったんだね」
「‥‥」
紅葉は困ったように微笑んだ。
‥それは、ちょっと、違う気もする。
でも、それもある気もする。否定をしなければいけないほど、違わない気もする。
「じゃあ、ますますあいつは誰なんだろ? あの妖怪変化(千佳の言うところの桜)の関係者なんでしょ? 」
「そうね」
そういえば、それ以上何の関りもない。
きっと説明しても分かってもらえないだろ。
「ま、なんかわからないけど、くれちゃんが変わったことに、あいつが関わっていそうだから、悪く言うのは止すわ」
「ありがとう」
そうだ、多分そういうことだ。
私は、変わりたかったんだ。だから、あの時桜の頼みを聞いたんだ。
どうにかして、
どうにかして、変わりたかった。その、可能性が少しでもあるのなら、と。
変わりたい、逃げたい。状況を変えたい。
私は今もあの時も、ずっともがいていたんだ。一人は嫌だ。って。
「千佳、ありがとう」
だけど、私は一人ではなかったって分かった。
だけどきっと、四朗も自分が一人だって悩んでいる。‥今も。
教えてあげなきゃ、「あなたは一人じゃないよ」って。
私はあなたがずっと羨ましかったって。
‥今でも羨ましいけどね。武生さんとずっと一緒でいいなって思う。
だから、まあ、まだ言わなくてもいいかな、って。
私は、思わなかったんだ。あの、完璧で綺麗な人が、心の中にそんなにも深い闇を抱えているとは。そんなにも、孤独に押しつぶされそうになっているとは。
そんなに深刻に思えなかったんだ。
ごめんね。四朗君‥。
ごめんね、四朗君‥。




