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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
七章 覚悟
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4.あなたが言っているのは、つまりそういうことなのよ

 話せと言われても、桜には話す気なんてなかった。そして、四朗に折れる気もなかった。

「そろそろ帰れば。遅くなるわよ」

 手にした扇子を弄びながら桜が少し日の落ちかけた窓の外をついっと見やった。

 中庭に植えられたモミジの樹の影がすこし濃くなり、もうすぐすとん、と日が落ちるのだろう。

 庭に置かれた岩、その下に柔らかく広がる苔は、一足早く夜の闇を纏い、さっき落ちたばかりの赤いはずの紅葉の色はもう分からなかった。

「そうですね。さっき、紅葉ちゃんにもう一日代わって貰えるように電話しました。だから、そろそろ今日は帰ります」

 急ぐ様子など全く見せず、四朗がゆったりと答えた。手にしているのは二杯目のお茶。先ほど、桐江が入れたものだった。

 先ほどとはまた違う煎茶の良い香りの湯気が鼻先をかすめた。

 ピリピリとした空気を和らげたいという桐江の心遣いは、しかしながら二人には届かないのだった。

「まったく。紅葉にまで迷惑かけて‥」

 桜も湯呑を手を添えて、深いため息をつく。

「じゃあ、紅葉ちゃんに迷惑かけない様に、さっさと話してください」

 口元にだけ笑みを浮かべて、四朗が桜に話を促した。

「あなた、ホントに性格悪くなったわよね」

 桜が、四朗をちょっとにらんで言った。

「ずっとこんなものですが」

 首を少しだけ傾けて、四朗は眉をちょっと寄せた。



「じゃあ聞くけど。四朗? 」

 しばらく続いた沈黙に、最初に耐え切れなくなったのは桜だった。

「なんですか」

 俯いて見つめていた湯呑から視線をあげて、四朗が居住まいを正した。

 桜がそれを見て、小さくうなずく。

「種で増えたユリとむかごで増えたユリは違うかしら? 四朗は種で増えたユリだけを認めてむかごで増えたユリは認めないのかしら」

「なんの話です」

 先ほどまで唇に浮かべていた笑みを消したその表情は全くといって良い程表情がなく、しかし四朗が真剣に桜の話を聞こうとしていることが分かった。

 と、先程の急な「なぞかけ」だ。

 四朗は、少し不機嫌な声を出した。

 じらされたことに、イラついているのだろう。この辺りは、まだまだ子供だと桜はくつり、と少し笑い

「ああ、ユリは球根でも増えるわね」

 と、付け加える。

 何の話をしたいのだろう。だけど、つまりこれは「例え」なのだろう。

「ユリはユリでどれも同じでしょう」

 四朗はしぶしぶ答えた。

 ‥ああ、悔しいな。はめられた。‥認めてしまった。

「あなたが言っているのは、つまりそういうことなのよ」

 四朗が自分が言いたいことが伝わったことを、正しく理解した桜は、満足そうに、ふふ、と少し笑った。

「俺がむかごで増えたユリだと言いたいんですか」

 四朗が小さくため息をつく。

「どう増えようが、人間だと言いたいのよ」

「それは、もうわかりました」

 そうかしらね? と、言葉にはしないが桜の顔が尋ねかける。

 そして、ちいさくため息をつく。

「結果なのよ。工程はどうあれ、ね。だけど、そうね‥自分のことを知りたい、知っておかなくちゃいけないと思う気持ちも、やっぱり自然なのね。そうよね‥」

そして、一息ついてから、その瞳を四朗に合わせる。その視線を受けて、四朗も自然と居住まいを正す。

「あなたは実は‥もともと女の子として生まれてきたの。というか、出産したとき、女の子として認識されてきたの」

 しばらくして重い口を開いた桜が発したのは、今日一番驚くようなことだった。

 四朗は、暫く口もきけなかったが、やっぱり安定の無表情で、その驚きは桜に伝わることは無かった。

「生殖器が、なかったから。その場合は、この子はどちらとして生きていくのが幸運だろうか、と」

 それで女の子? それは正しいだろうか‥。まあ、あとは、その子の性格次第という話だろうか?

「では‥」

 生まれた時、俺は女の子と生きる方が正しいような子供だったのでしょうか?

 聞くのは、やめた。

 多分、臣霊のモデルがもともと女の子だったからだろう。

「ええ。だから、女の子として育てられた。そして、ゆくゆくは西遠寺の養子に‥と決められていたの。相生にとって必要なのは相生の力を持った男子だったから特に反対はなかった。

 四朗はあの時は、紅葉‥同じ「こうよう」と書いて「もみじ」とい名づけられたわ」

「もみじ‥」

「だけど、四朗が四歳になったとき事態は急変した。

 相生の男子にしか出ないはずの力が、出たの。それも、歴代の後継者の中でずば抜けたレベルで。

 だから、相生のおじい様は、四朗の戸籍上の性別を男子に変更させた。西遠寺に何も言わずにね」

 暫く呼吸をすることを忘れていたかのような気がする。自分を落ち着かせるために、息を短く吸って、ゆっくりと吐いた。

「でも、四朗に出ていたのは、相生の力の兆候だけではなかった。西遠寺の女子にしか出ない力の片鱗も見えていたの。そして、この子は、将来凄い能力者になる。って西遠寺は判断した。

そりゃそうよね。あなたは‥こんな言い方したくはないけれども、臣霊なんだから‥そして、私の知識の総てを教え込んだんだから。だけどそんなこと誰も知らない。‥多分お母様は分かったと思うけれどね。

 ‥相生の力って言って、それは‥西遠寺の力だったかもしれないわよね。目の前の人間を言語脳に限定して鏡のように映す‥。ほら、あなたも言ったでしょう? 「似ている」って。そう思ったのは、あなただけではなかったのよ」

 四朗が無言で頷いた。

「とにかく、相生のおじい様の中でも、あなたの必要性が生じた。でも、失礼な話よね。皆、あなたを利用価値で見たりして」

 その時の桜の顔は、今までにない程に不機嫌だった。

「西遠寺にも相生にも必要な子供。男なら相生、女なら西遠寺。

 ‥結局話し合いは尽くはずもなく、西遠寺と相生は決裂して、私は実家に戻された。そして、西遠寺は今も四朗を諦めていない。これが、真実のすべてよ」

 桜は、大きくため息をついて、お茶をゆったりと飲んだ。四朗も、一気にお茶を飲む。

 思っていた以上に濃い話だった。女として、なんて。

 そして、思っていた以上に、自分は祖父に孫として、いや寧ろ一人の人間として扱われていない。

 今まで、厳しいとは思ったが、愛情がないとは思っていなかったが、今の話を聞けば、怪しいものだと思ってしまう。

 道具なんだろう。ただの。

 でも、十七年暮らしてきて少しは情が移っただろうか? 移ったのだったら。

 僅かに、期待してしまう。

「ほら、聞いても仕方なかったでしょう? だから言ったじゃない。知ったからといって何の意味もないことは世の中にあるの。そんなことはちっとも重要じゃなくて、本当に重要なことは、いかに生きるか、でしょ? 」

 前向きに、そう願う母の気持ちはずっと受け取っている。

 だけど、だけど俺は実際、誰のために生きているんだろう。何のために? 俺に生きる意味はあるんだろうか。

 性別はない。

 魂は偽物。

 人並みの感情すら持ち合わせていない。

 「本当」が一つもない俺は、「どうしたら」いいんだろうか?

 顔を伏せるでもなく、泣くでも笑うでもなくただ、真っ直ぐ前を向いていた。

 とくんとくん、と心臓の音だけが聞こえた。 

「‥四朗。ごめんなさい。やっぱり話すべきではなかったわね。大丈夫? 帰れる? 今日はこっちに泊まっていく? 」

 桜の言葉に静かに頭を振って

「いいえ、帰ります」

 とだけ言った。

 考えたって仕方がない。それが、俺なんだから。何とかしなくちゃ仕方がないじゃない。

 何故かそう思えた。



 でもそれは、たぶん「前向き」なんかじゃなくて、ただ、誰にも言いたくない。誰にも頼れない。頼らない。

 そんな、あきらめの心境だった。そのことに、俺は気付いたのかもしれないが、それすらどうでもよかった。


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