2.伊達や酔狂でこんな格好しているんじゃない
どうも、肝心なことが聞けていないままな気がする。
自分が何なのか、いっそのこと知っておきたい。
桜にはそのことを話す意思があるのだろうか? あの時、適当に話を切ったのは、博史がいたからか、それとも、初めから話す気がなかったのか。
それがまず知りたい。
だけど、もう桜はこっちに来たりしないだろう。
なら、自分から行くしかない。
決心したら、即実行。
紅葉に協力してもらって、四朗は桜を訪ねた。
つまり、久し振りに入れ替わったのだ。
月曜の朝一番で入れ替わり、学校にも行く。ここで過ごした学生生活の方がが長いから、もう勝手知ったるどころではない。
そして、放課後何もかもほって、桜の家を訪れた。
「‥四朗。何してるの? 紅葉の恰好なんてして」
もちろんながら、変装は一瞬でばれた。
西遠寺の人々には気づかれていない様子だから、別に華鳥の術が下手なわけではない。
そして、四朗にとって重要なのは、西遠寺の人々には気づかれないで、桜に紅葉として会うことだから、それはどうでもいい。
「この前の話の続きを聞きに来ました」
改まって、桜の前に正座した。桜は以前と変わらぬ「お姫様」のような変装(?)で生活していた。
桐江は、桜の言葉で初めて目の前にいるのが、四朗だと気づいたようだった。
お付きの女中といっても、霊能力が高いわけではないらしい彼女は、しかしながら、咄嗟の対応は流石だった。確実に、桜の言葉の前、桜の表情が一瞬変わった瞬間に、攻撃の構えをとっていた。
鏡の秘術を用いて、ここに侵入するものなどいようはずはないが、見たものを鵜呑みにはしない、ということだろう。だから、まず、桜の表情を確認する。そして、桜が動くより先に動く。
「聞いてどうするの」
桜は、しれっとしたものだった。動揺なんてするわけもない。
「いいこと? あなたの事は、あの時話したことが総て。それ以上は何も語ることは無いわ」
「そんなはずはないです。むしろ、俺は何も聞いていません」
他に誰もいないから、四朗は話し言葉も紅葉仕様にし忘れている。声も、四朗の、並みより少し低い艶がある男の声だ。つまり、今話しているのは、四朗であって華鳥ではない。
「‥言わないわ。聞いて意味があるとも思えないわ。あなたも。私が語らなかったことはみんな、皆、私の懺悔でしかない。あなたが私の懺悔を聞かされる意味はあるかしら」
桜が、桐江が入れたお茶を四朗に出しながら言った。
「身勝手な私の心情を吐露するだけのこと。私も言いたくはなないし、あなたも聞く意味がない。この懺悔には何の意味もないのよ」
そして、自らもお茶を手にしながらそれを飲むわけでもなく、見つめる。
「‥意味がないかどうかを決めるのは、俺です」
四朗は、片手で湯呑を持つと、それを一口くちに含んだ。
「とにかく、嫌なのよ。私はあなたを人間だと思いたいの。私の勝手で出来た人形だとは思いたくないの。なんでそれがわかってくれないの」
桜の顔が、湯呑の水面に映って揺れた。
「現に、俺は偽物なんです。今更現実逃避やめてください」
そういって、四朗がもう一口お茶をくちに含む。
「偽物だなんて、言わないで! 」
手に持ったお茶の水面が揺れる位、桜が勢いよく顔を上げた。
「あなたはあなた。それでいいじゃない! 」
そして顔を上げ、そのまま四朗をにらみつける様に、見る。
「伊達や酔狂でこんな格好してここにいるんじゃない。俺が聞きたいのは真実です。何をもって俺は俺だと思えばいいんですか? 臣霊としての記憶は結局解放されていないわけですよね。その記憶が消されたまま、「あなたはあなた」って言われても」
いつもより厳し気な表情と口調に、桐江は四朗の真剣さを見とった。
そして、視線だけで桜を見る。
桜は四朗を睨んだままだった。
「‥‥」
「あなたは、俺に何を求めているんですか? あなたにおける俺の立ち位置って何なんですか? そのことを言うことが、あなたの身勝手って話につながるわけですか? 」
「そこらへんは、ちっともあの子らしくない。あの子はそんな風に正論で、私を苦しめたりしない。あなたは全くあの子とは違う」
拗ねたような顔で、四朗から顔を背けて桜がぼそっと言った。
あの子‥小さく、四朗が呟いたが、桜はその声を拾わなかった。
「あの子は、そんなに自分の人生を悲観したりしなかった。病気で明日がしれないってわかっていても、毎日を一生懸命生きていた。「どんな病気で、自分の余命がどう」なんて話をせがんで、私たちを悲しませたりしなかった」
ぼそぼそと、独り言のように言った。
「あの子は、あんな嘘くさい笑顔をしなかった。あの人だって、そう」
そしたら、もう止まらなかった。つぎつぎと恨み言のように言葉が出て来た。
「おじい様みたいですか? 」
そして、四朗の言葉に我に返る。
「‥そうよ。あなたは、相生のおじい様そっくり。私からあなたを奪った‥」
視線だけで四朗を見て、桜が言った。
「あなたは、今の俺が嫌いですか? 」
四朗の、「相生らしい」感情の籠もらない笑顔が、桜に問いかけてくる。桜の表情がすこし厳しくなったの桐江には分かった。
「好きよ! あの子のことも、勿論。別に相生のおじい様も憎んでなんかないわ」
低く、しかしきっぱりとした声で桜は答える。
四朗が黙っていると、桜がぽつぽつと話を続け始めた。
「‥私ね、あの子にいっぱい教えてあげたの。私が知っていること全部。鏡の秘術だとか。外国語だとか。西遠寺流の敵の捌き方だとか」
「教えることもできるんですか? 」
四朗が少し驚いたような顔をして、笑顔を崩した。それを見て、桜の機嫌が少し良くなる。
‥ああ、あの笑顔が桜様は嫌いなのだな。
桐江は、納得した。
「できるわ。私は四人の臣霊に全部、色んなことを教えたもの。鏡の秘術と一緒。心にシンクロして伝えて、私の体を通して動きを教えればいいの。簡単だわ」
何となくわかるような‥。
しかし、そうだとしたら分からないことが出て来た。
「では、臣霊の能力に個体差があるのは、なぜですか? 」
桜が同じように教えているのに、能力に個体差があるというのはおかしい。
「臣霊の性格の差。それぞれの臣霊が自分から吸収してくることもあるし」
四朗が尋ねるのを、桜は「ああ、そんなことか」という風に答えた。
「自分から吸収? 」
人工の幽霊が自分から学びに行く。それはどう考えてもおかしい。
「時々、私の体から抜け出して他の人の心にシンクロしに行ったりする。鮮花みたいに、幽霊状態でふらりと遊びにいく子もいる。鮮花は、特別「自由」で「欲望に忠実」な子なのよ。あ、でも守護臣霊は別よ。マスターと認めた人から出られないわ」
これは‥、たぶん考えても納得できる答えがでないやつだ。とにかく、「そういうもの」と理解するしかない。
四朗はそう、早々にあきらめた。
それにしても、人工なのにハイスペックだな。もう、人工知能も真っ青だ。
「華鳥は知識欲が旺盛で、国会図書館に忍び込んで夜な夜な知識を吸収してたし、月桂は、道場によく行っていたわね。あの子にも似たようなところがあったわ。いままではできなかったことだったから、って。そういえば、西遠寺流の敵の捌き方を一番熱心に学んでいたのはあの子だったかしら」
きっと、西遠寺流の敵の捌き方を誰よりも熟知している「あの子」。つまり、四朗の失われた記憶。
学ぼうとしても、学びきれないあの知識は、実は既に四朗の中にあるというのだ。
興味がある。
そんなことを四朗が思っていると、桜の表情がくもった。
「‥でも、私はあなたに謝らなければいけないのは、確かね」
桜は四朗の顔を見なかったし、四朗も桜の顔をもう見てはいなかった。ただ、また謝罪か、とちょっとうんざりした。
「あなたが子供が欲しいって将来思っても、それが叶えられないような体に産んでしまったこと、それは、本当にごめんなさい。‥謝って済むような問題じゃないこともわかっている」
「それは、まあ、そうですね。できようがないですね。この体では」
四朗は、「今更なんだ」というような口調で言った。
「気にしていないです。それより、俺の話を聞かせてください」
四朗が今日何度目かの不機嫌な声で、桜に話を促した。




