4.心あたり
目の色がなんだって?
自分の記憶の深いところに反応して、酷く気持ちが悪い。
‥無理しないでいいんじゃない?
心の奥底で、そんな囁きが聞こえた気がした。
‥無理に思い出さなくてもいいんじゃない?
心を落ち着かせるような声。この声には昔から幾度となく助けられてきた気がする。落ち込んだ時、不安になったとき、この声が聞こえる。
‥大丈夫。でんと構えてなさい。大丈夫。何とかなるわよ。
こんな声まで聞こえるなんて、いや、自分で自分に言い聞かせるなんて。俺は、どれだけ自分に弱いんだろう。
どれだけ今まで自分から逃げてきたんだろう。自分のことから。
家族から、記憶を与えられるだけ。それを学習するだけ。
この、「なんだか違和感を覚える顔」とも、今までまともに向き合ってこなかった。
「どうした? 」
道場についても黙ったまま竹刀を持とうともしない俺に、武生がいぶかしそうな眼を向ける。
「大丈夫か? 具合が悪いなら帰った方がいい。顔色が悪い」
相馬武生。相馬家の跡取りで一歳年上の相馬三郎さんの弟で、相馬家の次男。幼馴染同士だが、何かといえば昔からいちゃもんつけて絡んでくる相崎と、俺との仲介役っていう言い方もなんだが、まあ、ケンカしないように監視するお目付け役を、年寄会(と俺たちは呼んでいる。つまりは、一族のお偉いさんたちだ)が命じたのが元々のきっかけだったという。
今でも気が合わないのは変わらないが、相崎も高校に入ってから、そんなに絡んでこないようになった。あれでも大人になったということだろうか。
‥チャラくなったのもそういえば、高校に入ってからだった。
だけど、年寄会が正式に認定する以前から、ずっと武生は俺のそばにいる。そして、絡んでこなくなった相崎も、しかし何故だか今でも俺に付きまとっている。(だから、結果、武生も俺のそばに居ざるをえなくなる)
合わないのに無理して合わせようとしなければいいのに。
とも、思う。
それに武生に対しても、子供じゃないんだからもう、お目付け役もいらないんじゃないのか、とも思う。
火の相崎、水の相生。
両家はいつも気が合わなくって、それを調整するのは代々相馬の仕事だったらしい。(つまり、俺と相崎に限ったことではないのだ)相馬の次期党首の弟としては、他家の次期党首が同じ年で仲が悪いとなれば、何とかしなければいけないのは、もはや必然のことなのだろう。(気の毒に)
武生はいつも冷静で、決して出しゃばらない。だけど、言うことはしっかり言うし、時には厳しく俺たちを叱ったりもする。俺たち幼馴染三人の中で一番しっかりしているんだ。
「いや、何でもない‥。顔色が良くないのは生まれつきだ」
「‥そうか」
武生が苦笑いする。
まあ、減らず口をたたけるなら大丈夫だろう、と判断する。
「武生。俺って、剣道してる時とかに、時々目の色変わってる? いや、あの慣用句じゃなくってそのままの意味で」
「変わってる」
武生が即答する。
「‥そうか」
「何か言われた? 」
「いや、今日相崎に言われてさ。俺、知らなかったから」
俺の返事に武生が「ああ」と頷く。
「別になんてことはない。気にしないでもいい。目の‥病気ってわけではないと思う。見えにくくなるってことではないんだろ? 」
「見えにくくなる‥ってことはない」
「ならいいじゃないか。わざわざみんなの前でそんなこと言ったのか? みんなの気を引こうと思ってたんだろうよ。まったくしょうがないな。相崎は‥」
武生が微かに呆れたような顔をする。その顔を見ると、俺もつい笑ってしまった。
「さっきの考えごとはそれか? そんなこと、気にしなくていい」
時折聞こえてくるあの声のように安心する声。
安心した自分を奮い立たせる。
いやだ‥逃げてちゃ駄目だ。俺は‥
手洗いに駆け込んで、鏡の前に立つ、目の前に敵がいるように想定して意識を集中させる。殺気を漲らせる。
俺の目は‥
アンバー!? いや、これはアンバーじゃない
‥××ちゃんの目、怖い。
‥肉食動物の目だな! 。
これは‥この目は。っつ!
「四朗?! 」
「相生! 」