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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
七章 覚悟
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1.臣霊だから

「でも、臣霊だからそうって訳ではないの」

 先にこの話からしましょうか。と、桜はことわった。

「臣霊にも、性別はあるわ。ただ、私が意図して、あなたに性別を与えなかったの」

 桜の目が真っ直ぐ四朗を見る。そして「ごめんなさいね」と、小さく呟いた。

「私は、あの時の私は、本当に子供だったから」

「あの子に、性別なんて概念をあてはめたくなかったの」

「あの子? 」

 博史が尋ねたが、それに桜は答えなかった。ただ、薄く微笑んだだけだった。

 聞いてくれるな、ということだろう。

 誰のことを言っているのだろう。

 臣霊‥つまり四朗のことだろうか? なら、「あなたに」っていうんじゃないかな?

 では、臣霊をつくるきっかけになったモデルということだろう。

 桜は、その人を想い、そしてその人が臣霊を作る何らかのきっかけになったわけだ。

 では、その人は自分に関係が深い人だということになる。

「その人に、俺は会ったことがありますか? 」

 四朗はそれは聞いておきたい、と思った。

 今まで、四朗は紅葉として桜の近くで生活していて、西遠寺の家の人間には多分全員会って来たはずだ。

 何といっても、紅葉は西遠寺の跡取り候補だから。

(四朗以外の)子供のいない桜は、親戚から跡取り候補を立てる他なかったのだ。

「ないわ。あの子はもう‥」

「もうご存命ではありませんので」

 口ごもった桜の代わりに、桐江が答えた。

 どうやら、桐江もその辺りのことを知っている様だ。

 しかし、食い入るように桜を見ている桐江の様子は「そうか、そういうことか」と、そのことを今初めて知ったかのように思えた。

 分からなかったが、確かにそうなのだろう。と思える人がいるのだろう。

 そして、その人は存命ではない。

 そして、その予想は外れていなかったらしい。桜が頷いて話を続けた。

「その子は、‥ごめんなさい。その子の名前や私との続柄を今ここで言うのはよすわ」

「その子の‥名前が俺の存在の云々に関わるっていうことですか」

 桜が頷く。

「そうね」

 また話がその方向に行くと、博史の顔色がまた少し悪くなったのが見て取れた。

 しかし、それは「怖い話をしてくれるな」という恐れの表情ではなく、明らかに不機嫌な表情であった。

 四朗が臣霊だと認めたくないし、認めている四朗を快しとしていない。そんな感情。

 相手を思いやり、そのままその感情をストレートに表情に出す。

 ポーカーフェイスが求められる、相生の家にとっては失格だし、そうでなくとも自分には、そんな素直な感情はきっとできない。

 博史の反応は、四朗には意外だったが、好感がもてた。

「‥大丈夫だよ。もう、投げやりにはならない」

 博史に、四朗は謝る。

 そんな兄弟の様子を横目で見て、桜は話を続けた。

「あの子が死んだのは、別に誰のせいでもなかった。急な別れでもなかった。病気だったのよ。生まれてからずっと体が弱かったし」

 大切に一言一言言葉をつなぐ。

「だけど、私はあきらめきれなかった。一番大切だったから。その想いが積もって積もって、ある日、こころにふんわり別の存在が現れた」

 想いが募って、別の存在を心の中で作り出したということだろう。

 四朗は、黙って頷いた。

 自分には、そういうことはないだろうが、理屈として分からないでもない。

「その子が、以前と同じように私の名前を呼ぶ、それだけで心が‥今まで冷えていた心が温かくなっていくのが分かった」

 ふんわりと、桜の顔に微笑みが浮かんだ。

 うっとりとするように語る桜の様子に、「その子」に対する愛情の深さが見て取れた。

「そして、その子が喜んだことがわかるようになった。笑う、怒る、泣く‥生きている時とそれはちっとも‥いいえ、病気でない分、ずっと楽しそうに暮らすようになった」

 しかし、それを「幻」だと思う四朗には、なんだか「終わり」がわかっている物語みたいで、もの悲しくなった。

 しかし、それはすべて自分が作り出した幻だったので、ある日跡形もなく消えてしまいました。

 というバットエンディングの物語だ。

「とうとう現実逃避をして、心にできた幻想と話し始めた。普通なら、そう思うわよね」

 桜が言った言葉は正に図星だが、四朗は奇跡的にそれを表情に出すことはなかった。

 さすが、表情筋の鍛え方が違う。

 横では、博史がちょっと微妙な笑顔を浮かべていた。「ばれたか」というような顔だ。

「‥だけど‥」

 桜がそこで言葉を一旦切って、微妙な空気を散らす。

「西遠寺では、そうではなかった」

「黙って鏡を差し出したの」

 ひどい。

 あなた頭大丈夫? 顔を見てみたら?

 ってことか? 

 博史をちらりと見れば、いたたまれない顔で桜を見ている。

 同じことを思ったんだろうか。

「鏡って言って、あの、水銀が塗ってある現在の一般的な鏡じゃないわよ。あの、三種の神器とかに出てくるようないわゆる「銅鏡」よ」

 桜は付け加えたが、しかしながら、多分桜は四朗からそんな不本意な誤解を受けているとは思っていないだろう。

 ただ、「一般的な鏡」じゃなく「特別な鏡」だと。確認したかったに過ぎないのだろう。

 だけど、桜のこだわりは残念ながら四朗たち兄弟には伝わらなかった。

「はあ」

 と、あいまいに頷いただけだった。

 ふと、四朗はあの時「月桂」がうつったのも鏡だったことを思い出した。

 しかし、あれは「一般的な鏡」だった。カバーが掛かっていて普段は使われていないようだったが。

 そこらへん、何か違いがあるのかな?

「そこには、あの子の顔が映ったの」

 そんな四朗のことはお構いなく桜の話は進んでいく。

 やっぱり、「月桂」と一緒ってわけか。

 つまり、臣霊。

「私は本当にうれしくって、それからはもっとその子に話しかけた。声が聞こえて、話せるし、いるのはわかるけれど、今まで姿は見えなかったものね。だけど、鏡を通してだとあの子の姿が見える。だから、あの子の顔が見たくなったら鏡をのぞいたわ」

「それが、私が作った初めての臣霊だったわ」

「その子は、あの子とまったく同じ見た目をしていたけれど、たった一つ違ったのは、性別だったわ。私はその子に性別を与えなかったの」

「なぜ? 」

「そういう概念‥。あの子に、性別なんて概念をあてはめたくなかったの」

「私は、そういうところ、潔癖な子供だったのね。それに、女の子は「政略結婚」の材料にされるって思ってたし」

そういうこと思うってことは、「あの子」は、西遠寺の人間で、桜に相当に近しい‥やっぱり、兄弟姉妹あたりなのだろうな。さっき、女の子は政略結婚云々と言っていたから、姉妹か。

「まあ、あの子はともかく、私は大丈夫だったわけだけど」

 私はともかく?

 なんか、意味深ないい方をした桜を四朗は見た。

「少なくとも、私は西遠寺にとっては、要らない子だった。あの時までは」

 桜が薄く笑う。

「だけど、あの子が死んで、私が臣霊をつくって‥その時から、状況は少し変わったわ」

 それには、桐江が浅くうなずいた。

「まあ、少しだけだけどね。それに、それは後々都合がよかったわ」

「もし、私が跡継ぎ候補にって決まってたら、私は好きなように結婚なんてできなかったもの」

 まあ、それはそうだろう。

 西遠寺の利益が優先されるだろう。

「当時、西園寺家の御当主と決まっていたのは、桜様の姉の、蕗子様それから、次の候補者が弟で長男の紫苑様」

 桐江が補足説明をする。

「その人って、紅葉ちゃんのお母さん? 」

 と聞いたのは四朗。博史が「へえ」と驚いた声を出したのが分かった。

「そうですね」

 なるほど、四朗と紅葉は従兄妹というわけか。

 あのどこか似ている感じは血縁関係だったからというわけなのだ。じゃあ、半分しか血がつながっていないが、自分も従兄弟ということになる。

 兄「みたいな」人と自分の中で位置づけていたが、あながち間違いではないらしい。

 (姉とはどうも思えない)

 博史が納得していると、

「母さんは、弟と姉がいたから、当主候補にならなかったわけだね」

 四朗が話を進めた。

「いいえ、順番は関係はありません。桜様だけならなかっただけです。桜様は、昔から霊感が強すぎて、西遠寺では「お子は望めない」と言われておりましたから。お子が産めないのであれば、婿を取っても当主にする意味はないですから」

 四朗は絶句した。

 ‥だからって、それはないんじゃない‥。

「だけど、臣霊が作れた時、母様がぼそりと私だけに言ったわ。「その臣霊が守護臣霊といって、あなたの魂にまで寄り添うような存在になれば、あなたの子供として生むことも可能だわ」って花が咲くみたいににっこりと微笑まれた。悪戯っぽく「みんなには内緒よ」と付け加えてね。誰もが知っていることではないんでしょうね。母様は、何かでそれを知ったらしいわね」

「桔梗様らしいですわね」

 桜の母親を知っているらしい桐江が目を細めて微笑んだ。

「母様にとっては、「これであなたは好きな人と結婚できるわね」っていう意味でしかない言葉で、それはきっと女としてはうれしいことだと思っているようだった。でも私は‥」

 そこで、一度うつむいて、桜は言葉を切る。

 そして、小さく息を吐くと、

「私にとっては、それは今まで免れてきた「政略結婚」の材料にされることを意味しているように思えて怖かった」

 声を少し落として言った。

博史が小さく息をのんだのが分かった。

「本当に嫌だった。逃げ出したいと思った。男や女という性別を考えるのは嫌だった。不潔だって思った。でも、そんなときあの人に会った」

 四朗の心臓が一つ大きく跳ねた。

 あの人‥。

 父さんのことだろう。

「私はあの人が欲しいって思ったの。本当に欲しいって」

 博史が聞きたくないという顔を一瞬したのが見えた。

「そして、気が付いたら相生のおじいさまに頼んでいた‥」

 相生の祖父が西遠寺という優良物件を断るはずはなかった。そして、両家の間で話し合いがなされた。

 まさに、父さんにとっては、政略結婚だったわけだ。

「結婚が決まった時、父様が言ったの。

 お前には子供はできないかもしれないが、もしかしたら、結婚することによって霊能力が落ち着いて、ひょっとしたら子供もできるかもしれない。

 そして、その子がもし女の子なら、西遠寺の養子にする。

 男の子であったら、好きにしたらいい

 と」

 博史と四朗がはっと顔を上げて、桜を見た。

「じゃあ、兄ちゃんはもしかして臣霊じゃなくって本当に普通の子供だったかもしれないじゃないですか」

 それは、質問というより、希望的見解といったような口調だった。

「‥」

 ‥ないな。現に桜の霊能力は落ちていない。多分、霊能力が高すぎると子供が産めない説が正しければ、俺はやっぱり臣霊だな。

思ったが、四朗は何も言わなかった。

「今日はここまで」

 ふふっと小さく微笑み、桜が話を終えた。そして、ぼそっと

「四朗は‥四朗よ」

 と、四朗を見た。

「そうさ、‥兄ちゃんは兄ちゃんだよ」

 博史が続いて言って、四朗に微笑んだ。


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