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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
六章 迷い・戸惑い
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5.夢の代償 

「は? えええ? 」

 ‥え? なにそれ冗談? 自分の子供にそんな冗談言う? 普通。

「とにかく、こんな話、西遠寺や電話では出来ないから、直接会って話さないといけないって思って」

「ええ!? 」

 桜の表情やらで、さっきからの桜の発言はどうも冗談ではないらしいことが知れて、四朗は混乱を深める。

「だって‥。ごめんなさい。あなたに言ってなかったことがあるの」

 そして、混乱しているのは何も四朗だけではなかった。

 言っている桜本人も、いっぱいいっぱいだった。

 職業柄たくさんの人と接してきたし、色々人とは違う事例に当たることも多かった。しかしながら、人に面と向かって、余命宣告をするようなことは、今までなかった。(危険な除霊云々は、桜の仕事ではないわけだし)

 ましてや、相手は自分の最愛の息子である。

「はい‥」

 四朗が息を飲む。

 一体、自分に知らされていない自分の命に係わるようなこととはなんだろう。

 持病とかだろうか。

 四朗の背中に嫌な汗が流れた。

「四朗。あなたは人間じゃ‥あなたの魂は人間のそれとは違うの」

「え!? 」

 桜の重い口から出たのは、なんとも意味の分からない言葉で、四朗は思わず変な声を出してしまった。

「桜様‥その説明ではわかりかねるかと‥」

 冷静な第三者の声が、桜の言葉を遮った。

 どうやら、離れた処で控えていたらしい。桐江という桜付きの女中だ。桐江は、この頃四朗や紅葉の世話をしている菊子の先輩であり、桜にとっては一番信用がおける女中だった。

 そう、あの結婚を手伝った女中だ。

「四朗様は、桜様の臣霊だったんです」

 ほら、あなただってそんな説明になるでしょ? 

 桜は、ドヤ顔を桐江に向けた。

「‥は? 」

御子(おこ)様の魂が呼べない桜様が御子様を望まれのです。‥呼べないならば、中にあるものを使うしかなかったのです」

 桜が俯いて、四朗から目を逸らす。

 ちょっとまて、何を言っているんだ? 中にあった、なんだって? そもそも、呼ぶってなんだ?

「魂を呼ぶ? 」

 混乱した四朗はしかしながら、一つずつ聞いて頭を整理しようとした。

「人間として生まれてきたとき、肉体と精神がありますよね。その精神‥つまり魂は、もともと母体の中に含まれてきたものじゃない‥。どこかから、呼ばれてきたものなのです」

 どこって聞いても仕方がない事なんだろうなあ。

 と、四朗はそれは思った。

 しかも、今はそれはどうでもいい。

「呼ぶって、誰が? 」

「ご両親ですよ」

 意味は分からないが、まあ何か宗教的な解釈だろう。

 四朗はそれ以上の追及は止めた。

 ‥それより。

「中にあったってどういうことですか? 俺の魂はもともと母さんの中にあったっておっしゃったかと思うんですが。母さんの中にあった臣霊だと」

「ええ」

 桐江が、しかしながら少し言いよどんだ。

「そうよ」

 反対に桜はあっさりと認めた。

「‥本当はこんな話する気は無かったの。一生ね。しないで済むことだったのよ‥。 だけど、あなたの心は思った以上に成長していなくて‥」

 と、桜の口調がまたまどろっこしくなった。

 言いにくいことを、どういったらいいかわからないことを、何とか言おうとしているのだろうが、何を言いたいのかがわからない四朗にとってはただただ、煩わしい。

 しかも、その内容がどうも自分に都合の悪い話らしい。

 何しろ、生死に関わることらしいし。

「もうはっきり結論から言ってください」

 諦めたように大きく息を一つはくと、四朗が桜を見た。

「あなたのコア‥魂的なものは臣霊で、魂とは違う。臣霊は、まあ言うならば、初めは私からの思いで出来ている。そして、私の思いに臣霊であるあなたも応えた。相互の思いが強く信頼関係を結んだことによって、臣霊であったあなたは、私の魂を保護する守護臣霊となり、私の魂と融合した」

「だから、俺の魂的なものが母さんの中にあったって言ったんですね」

「そうです」

 桐江が相槌を打つ。

「そして、魂を呼べない私の心に応えて、魂の代わりとなって私の子供として産まれて来てくれた‥」

 四朗はもう、そのことに何も言いはしなかった。

 自分が人の子ではないといわれた時から、もう、どうでもよかった。

 何もかもが。

 自分の境遇を嘆いたって、もう仕方がないわけだし。

「俺がもう死にそうだっていうのは、臣霊としての術が限界となったからですか? 」

「四朗様、お話は最後まできちんと伺ってくださいませ」

 びしり、と桐江が注意する。どんな時も、桜が第一である。たとえ、それがかなり落ち込んでいるであろう相手であっても、だ。

「心が空っぽのままだと、そうね。術はいずれ持たなくなるわね」

「心」

「人間である以上、魂は成長する。それは、人間となった臣霊にだって言えるわ。人間には精神と肉体があるのだから。肉体が成長するのと同じで、精神もそれに伴い成長する。

脳だけでなく身体にだって心は宿る。心臓にだって思いは宿る‥ほら、聞いたことあるでしょう? 心臓移植をした人の記憶が、移植を受けた側に移ったって話」

「はい」

「そうやって、あなたは今はあなたを育んできた周りのみんなの愛情だとかで、辛うじて生かされている。だけど、あなた自身の精神力は余りにも儚い」

 桜は四朗の横に来て、その肩に顔を伏せた。

 あくまでも、見かけは四朗と紅葉だから、まるでデートみたいだ。

「離婚して、あなたとマスターである私が離れる際に、あなたには、自分が臣霊であるという記憶を封印する措置をとったの。あなたは私の臣霊であるが故、私以外に誰にも心を開くことがないから‥そう思ったから。そうして、あなた自身で学び、周りの人々から愛情を受けて、人格をつくっていく過程であなたの封印を徐々に解いていく。これが、あなたを多感な時期に私のもとに呼び戻した理由だった」

 まるで、懺悔をするみたいに、はじめは淡々と、そして徐々に苦しげにその表情を曇らせながら桜は話し始めた。その間、桜の顔は(見かけは紅葉の顔)はずっと、四朗の肩にうずめられたままだった。

「再会したとき、思った通り‥いえ、思った以上にあなたは周りの人の愛情と教育を受けて素晴らしい人格を形成してきていた。魂となる臣霊としての記憶がなくても大丈夫な程に」

 四朗の肩にかかる体重が少し重くなり、四朗は目線だけ桜を見た。紅葉の顔は伏せられていて、四朗にはその表情はわからなかった。

「それは、私にとって寂しいことでもあったけれど、でも、それであなたが過ごせるならばって思った」

 四朗はそれを黙って聞いていた。目の前で苦しむ桜に手を差し伸べることはしなかった。「大丈夫? 」と心配することもまた、しなかった。「俺は大丈夫ですよ」と安心させることも、また。

 桜は、自分に許しを請うているわけではない。そんなことを望んでいるわけではない。

 そして、自分の立場もまた、それを許される立場ではないように‥桜の話を聞きながら‥思われた。

「あなたのその淡白すぎる性格も、個性といえばそれで問題がないと思っていた」

 ただ、桜の話がどこに行きつくのか、自分はその上でどうすることが望まれているのか、と冷静に聞いていた。

 心臓は煩いほどに鳴っているのに、反対に心は静かだった。

 体中のすべてが耳になったように、自分の心臓の音と桜の声だけが聞こえていた。

「でも、違ってた。あなたは、私の守護臣霊だから、あなたにとってマスターである私の記憶は、あなたの感情‥愛情そのものだった‥」

 ああ、俺には愛情という感情がなかったんだ。だから、今まで「好き」って感情がわからなかったんだ。なるほど、それがわかってよかった。

 澄み切った心でそれを理解した。

「あなたの記憶を封印したことによって、あなたは私に会うまでの間、どんなに愛情を注がれてもそれを理解する術もなく過ごしてきてしまったの。わからないまま、だけど、何となく望まれる様に生きてきたの」

 今となっては、別にそれでも何ら問題はなかった気すらする。

「私が封印を解いたとき、あなたは私のことを思い出したでしょうが、だけどそれは愛情とは別のものだった」

 四朗は、桜と「再会」したときの何とも言えない喜びと、今の両親に悪いという心の入り混じった感情を思い出した。

 そして、確かにそれが「愛情」とは違ったということも、また。

 確かに、自分にはもう愛情というこころはわからない。

 それ故、四朗は桜の臣霊には戻れない。

 真に人間ではない四朗は、人のように暮らすことに魂の代わりである「術」を削り削り生きてきた。

 しかし、それも限界に近づいている。

 愛情という心を持っていればさえ、自分の代わりはあるいは見つけられたかもしれなかったのに。桜はあの時封印を施したことを激しく後悔した。

 否、今からでも、四朗が「こころ」をいっぱいに満たす愛情を持てるものが見つけられることが出来れば四朗はあるいは助かるかもしれない。とも、思った。

 ただ、

 どうしても、四朗に生きていてほしいと、思った。


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