9.千佳の認識
くれちゃんが、この頃おかしい。
否。学校以外は殆どあの魔性の女のところに行っているのは相変わらずだし、習い事だって相変わらず大忙しだ。
ただ、表情が変わった。
優しくなったというか、少し笑顔が増えた。
好きな人でもできたんだろうか。そういえば、この前ないことにおしゃれをして出かけて行ったことがあったっけ。
もしかしてデートだろうか。
もしかして‥あの時のくれちゃんにちょっと似た男?!
あの時は、「いや、気のせいだ。くれちゃんが男の人を連れ込むはずはない」と思って「気のせい」「さっき見たのはくれちゃん」って思うことにしたんだけど、やっぱり気のせいじゃなくてくれちゃんの彼氏だったのかな。
え? でもどんなに探したけど、他人が入って来た形跡はなかったんだけど‥。
もしかして、霊的な物??
そんな馬鹿な。
それはそうとしても、あの人は‥ちょっといただけないなあ。
顔が似すぎてるのって、どうだよ。夫婦は似てくるっていうし、もしかして思いのほか付き合いが長くて顔まで似て来たとしてもあれじゃ、兄妹っていっても通るレベルでしょ。
もっと、(おかしいんだけど)ぴったりな表現としては「くれちゃんの男版」
そう! くれちゃんの男版って感じ!
え~。
無いわあ。
「あの、さ」
夕飯の時、千佳が矢鱈言いにくそうに口を開いた。
「ん? 」
紅葉は気にしていないようだったが、そのいつもと違う様子に両親は千佳の顔を見る。
「いや、あ。大したことじゃないからご飯食べてから聞く。それよりさ、もうすぐ修学旅行だけど、その‥班とか決まった? 一緒にまわる‥」
もしかして、あの人も一緒か?!
「うん! 決まったよ。ホント楽しみだよ」
ふわりと花が咲く様に紅葉が笑う。
ほら、笑顔が変わった。
千佳はまた動揺した。
‥前みたいな、作った笑顔じゃなくなって今は自然な感じ。
‥くれちゃんは私にばれてないと思ってるだろうけど、気付いてるんだからね。作った笑顔だって。何かを隠して、一生懸命我慢してるんだって。‥いつか、話してくれたらって思ってたのに、もう解決したってことかな。
それもそれで、複雑な千佳だった。
(なんせ、心は『くれちゃんの保護者』だから)
「小西さんと野上さんの三人で回るんだよ」
と嬉しそうな顔で言った。
「女の子三人? しかも、その名前今まで聞いたことないけど」
正確には、紅葉の口からは誰の名前も聞いたことない。
「友達になってくれたんだ。いい子たちだよ」
嬉しそうな顔には、ついつられて笑ってしまう。
「ふうん? 」
千佳は今まで気配を伺っていたらしい両親の顔をちらりと見た。
‥この二人、なんかくれちゃんに遠慮(?)してるよねえ‥
特に、友達と聞いた時の二人の様子。あからさまに、「腫れ物に触る」ような感じだったぞ。なんだろ。「友達いないだろうから、そっとしておいてやれ」かな。(それも大概失礼だな)
だが、どうやらこの反応の意味するところが両親それぞれ違うようだった。父親は女の子と聞いてあからさまにほっとしているぞ! (そうか、そっちを心配していたのか! )この人、くれちゃんに彼氏がいるって聞いたらどうなるんだろ‥。
もうすぐ聞くかもよ。よかった、両親の前で「あの人、誰? 」とか聞かなくて。
「小西さんも野上さんも小学校から一緒よね」
母さんが何かを思い出しながら言った。
「そうそう」
紅葉が頷く。
あ、そうなんだ。母さんそんなこと覚えてるんだ。
驚いたのは、千佳だ。
そんなこと、覚えてるもんなんだ!
「‥大丈夫なの? 」
と、母親の言葉を聞いた紅葉の顔が一瞬、ほんの一瞬曇った。
‥大丈夫?
千佳の表情が硬くなった。
‥何。大丈夫って。
「小西さんも野上さんも、何も知らないよ」
何を?
母親と紅葉の様子から、何となく聞きにくい様子が感じられので、千佳はそれを聞けなかった。しかし、気になって仕方がなかった。
「それに、子供の時の話だよ。本人たちももう忘れているよ」
「そ、そうね。ごめんね。‥まあ。修学旅行の買い物とか行かないとね。今度の日曜日に行きましょうか」
「分かった」
「私も行く。買い物。欲しいものあるし~! 」
こんな時、末っ子っていうのはムードメーカーじゃないけど、場を切り替えたり明るくいたりする役目を引き受けなきゃダメなのよ。末っ子っていうのも、なかなか大変なんだからね!
決して、ついて行って親に買ってもらうのが目的では、ないよ?
「‥父さんも行こうかな」
「要らないと思う」
と、ここだけはびっしり言わせてもらう。ちょっと、しょげた父さんの顔とか可哀想だけど。
「千佳。さっき言ってた話って? 」
部屋の扉がノックされて、紅葉がちょこりと顔を出した。
「私の方は、まあ、いいんだよ。大したことじゃないから」
二人でベッドに座って話をする。そう言えば、ついこないだまでこんなこともなかったな。
もっと、他人行儀だったような気がする。
千佳は思った。
一度気付けば、違和感はあれも、これも、だ。
「あのね」
ぼそり、とくれちゃんが口を開いた。
千佳が紅葉を見る。紅葉の目が少し不安そうに見えた。
‥どうしよう。心配させるだけではないか。話すのをやめようか?
でも、隠すのは違う気がする。
紅葉は、一度大きく息を吐いた。そして
「私、小学校の時、いじめって程じゃないけど、なんか言ってくる子とかいて。あの時はちょっと落ち込んだりしたこととかあったから、それで母さんその時の事気にしてるんだよ。ホントに昔の話なのにね」
ぼそぼそと話し始めた。
「いじめ! 」
思わず、千佳はベッドから立ちあがって叫んでしまった。
「いや、そんなに大したことじゃないから。ただ、私の目の色ってちょっと変わってるでしょ。そのことで、怖がらせちゃったんじゃないかな」
紅葉がそんな千佳を座らせながら、困った様に笑った、
「何処が変なのさ」
千佳の興奮は収まらない。
‥本当に、何それ! 腹が立つ! 何よ! いじめって! 誰、私が殴ってやるわ!
「この目ね。この頃は、随分色が落ち着いて来たけど。それこそ、小学校に入ったばっかりの頃はもっと金に近い程、色が薄かったんだよ」
そうだっけ。そういえばそうだった気がする。千佳が首を傾げた。
「そのことを言われて、‥落ち込んだりしてて」
その時のことが思い出されて、頭が少し痛くなった。
‥紅葉ちゃんの目、怖い。
‥肉食動物の目だな! 。
そして、下校途中に西遠寺の本家の人が見に来て
これは‥この目は。っつ!
本家の人が、「この目は、西遠寺の力の象徴だ」って言って。裏と呼ばれる養子を進められたんだけど、当主である桜様が私を見て「この子は、西遠寺の直系の娘です」と言ったの。
そして「間違いなく、姉の子だ。そっくりだもの」って。私は母さんが駆け落ちして家出した家が西遠寺だって知った。だけど、母さんには言わなかった。母さんが今まで黙ってきたことなのだもの。多分、言いたくなかったんだろうって。
だから、私は桜様にもそのことを黙っていてほしいって言ったの。私が気付いているっていうことは黙っててって。だから、母さんの方に「娘が産まれたなら合わせてほしい」って連絡が入った。母さんは「何故私がここにいるってわかったの」なんて今更なこと、勿論じゃないけど言わなかった。西遠寺なら探そうと思えば、不可能なんてない。
今まで探さなかっただけなんだ、と。
「変わった目をした子供の噂があなたにも聞こえて来たのね」
母さんは桜様にそう言ったらしい。それっきり。
桜様と母さんが話したのはその時だけだったらしい。西遠寺のお偉いさんは、家出した母さんが桜様と会うことを快しとはしなかったようだ。お兄様が亡くなられた今、桜様にとってはたった一人のご姉妹なのに。
でもそれは、母さんにとってもそう。
だから、私は頑張って後継者になって、認められたら母さんたちもまた、会えるようになるかなって思った‥。
はじめ、小学校の頃のことを考えていたはずなのに、後は別なことを考えていた。
そのせいで、紅葉の沈黙が長くなり、千佳は更に心配になり、同時に更に怒りが募った。
「そんな事って! その人たちには関係ないじゃん! それに、くれちゃんの目は綺麗だよ! 」
千佳の怒気を含んだ叫び声でふと、紅葉は正気に戻った。
‥しまった、余計に心配させてしまった。
しかし、心配してくれたことについては、素直に嬉しかった。
「いや、ごめん。でも、ありがとう」
嬉しくって恥ずかしくって、小声でごにょごにょいう紅葉を視線の片隅に見ながら、
‥もしかして、くれちゃんが大人しくなってあんまり話さなくなったのって、それが原因? 事故以降って勝手に思ってたけど、そういえば、事故以前も少しおかしかったかも‥。
千佳は、考察を深めた。
そして、紅葉についてもそのことと一緒に思い出した(正確には分かった)ことがあった。
‥ああそうか。私は事故に遭った時、それを忘れたかったんだ。‥結果、全部忘れちゃってたんだけど。だから、そのことを思い出した時、記憶が戻ったのか。(全て戻ったのは、「自分の顔」を見たときだったけど)




