3.水鏡
「相生様、テニスも上手いんだね。あの相崎様とラリーがあんなに続いて」
「まさに、互角って感じよね」
女子がうっとりした声をだす。相生君たちは一部の生徒の間から様付で呼ばれて、ファンクラブまである。全く、ドラマか漫画の世界だね。
相生君と相崎君か。親戚だから、息が合うのかも。
と、考えかけてすぐに、「ないな」とその考えを消した。
‥関係ない。親戚関係ないよ。
相生君と相崎君、相馬君、そして相模さん(という人)は、親戚ならしい。この間じいちゃんから聞いた情報だ。人気者の接点。皆が喜ぶレア情報だ!
このレア情報を披露したいが、披露する場がわからない。
「相生君と相崎君と相馬君って親戚らしいよ」
「へ~」
終わりだ。だからどうした、だ。
せっかくのレア情報。いっそのこと、言わないで僕だけの秘密というのもいいかもしれない。
でも、言いたいなあ。ちょっとは、注目浴びてみたいよ。
「でも、体力はないんだよな。相生君。ここらでそろそろ強烈サーブ打って試合終了、だな。おっと、今回は相崎君に返されて相生君の負け、か」
隣にいた友達の池谷が面白そうに言った。頷いて僕も相生君を見る。肩をちょっとすくめて悔しそうにしている。凄いな、イケメンというのはそういうしぐさも様になるんだ。
「うん、相生君は体力ないよな。しかも、相崎君とこんなラリーしてるかと思ったら、田中相手にガタガタ、とか、波があるよな」
と、今度は佐藤。
う! 僕の話?
「田中君が下手過ぎて調子が狂うんじゃない? 」
女子の話題も何故か相生君から僕に移った。ちらっと僕を見た視線が冷たい。口調も冷たい。それもこれも佐藤のせい。なんだ?? 佐藤。そんなこと言われるほど、僕はお前と親しくはないはずだ!
そもそも、何だ?? 僕って完璧にとばっちりじゃない?? 僕がテニスが下手だとか関係なくない??
「いや、調子はくるってない、下手なラリーが続いて、まあ、結局あのサーブだ」
う! 池谷まで‥。
「あのサーブ、あのサーブ、あのサーブって相手に打たせないってゲームもあるよな」
佐藤が面白そうに笑う。
「あるある。相生君は体力がないから」
池谷も笑いながら相槌を打つ。‥言われたい放題だな。相生君、と僕。
ほらほら、女子の皆さんに呆れたような顔をされていますよ。
「パワーだったら相馬君よね。技術の相生様、パワーの相馬君って感じ? 相崎君はその間かなあ。バランスがいいのよね」
またうっとりした顔をする。女子ってイケメンが好きだよな。ま、相生君はいい奴だから、男にも人気があるんだけど。
「何々? 僕たちの悪口? しんちゃん。駄目だよ? 女の子には優しくしなさいっていつも言ってるでしょ? 」
「相崎様! 」
ハートマークになった目で相崎君を見る女子の皆さんに構わず、相生君はタオルを取りに相崎君から離れる。その間、会話なし。思えば、相崎君から相生君に話しかけているのはよく見るけど、相生君から相崎君に話しかけているのって見ないな。
仲わるいのかな?
でも、相崎君は相生君の事「しんちゃん」なんて呼んでいつも親しげに話し掛けてるよな。
そもそも、しんちゃんって? 四朗だから、しんちゃん? 変なの。信濃だからしんちゃんっていうなら分かるけど。
「しんちゃん。本気出してよ」
つかつかと相生君のところに歩いて来ながら、相崎君がちょっと怒ったような顔をする。相崎君も、イケメンなんだけどなんて言うか、チャラいんだよねぇ。女子は「親しみやすい」っていってるみたいだけど。
「何が? 」
相生君は、顔もあげない。
「わかるんだよ? しんちゃんが本気出してるか出したないか」
「ふうん」
あ、ぴりぴりしだした。こういうのは完璧相生君のせいだ。相生君は相崎くんに冷たすぎる。ほら、いつも一緒にいる相馬君が様子をうかがっている。相馬君は本当に面倒見がいい。
無表情だけど。
「目を見たらさ」
ドヤ顔で相崎君が言う。
「め? 」
初めて相生君が顔を上げて相崎君を見る。もう、ドン引きって顔をしていた。
でも、そうそう、相生君と相馬君って相崎君にこの顔よくするよね。つまり、そんな顔する位、するのが許されるって位親しいってことか。あまりにもタイプが違うから今までその考えに及ばなかったけど。
そうだな、親しくなかったら「しんちゃん」なんて呼ばないわな。
「目を見たら‥って、なんか意味深っ」
女子が騒いている。
「‥気持ち悪い事言うなよ」
と、呆れ顔の相生君。
「え? だってそうだよ。しんちゃん、真剣になったら、目の色がちょっと変わるんだよ? 自分のことだから気づいてないでしょ? なんていうか、アンバーっていうの? 薄い目の色がさらに薄くなるの」
「え~見てみたい! 」
相崎君がますます騒ぐ女子に囲まれる中、相生君はそっとその場から離れていった。相馬君も相生君についてその場を離れる。
相馬君は、なんだか相生君の影みたい。一部の女子が「ちょっと怪しい」なんて騒ぐのもなんかわからないでもない。
相崎君って、相生君をわざと怒らせたいのかな。ちょっと意地悪なこと言ったりすることあるよね。
僕は、相生君の後姿をそっと目で追った。
どちらかというと、華奢な背中。
「鏡、みたいなんだよね。ほら、水とか鉄とかに自分がうつるじゃない。キラキラしてる鏡じゃないんだけど、自分が映る‥みたいなさ。ああ、鏡って良いこと言ったな。眼だけじゃなくって、しんちゃんのテニスも剣道も丁度鏡みたいなんだよな。目の前の相手と互角の力で‥丁度、流されるみたいに‥」
「え~凄い! ]
また女の子が騒ぐ。
‥水みたいに、自分に、あいつに溶けそうになる。流されたら負ける。それがひどく気持ち悪い。
‥そういえば、「相生は水の一族」って父さんが言ってたな。成程、そういう意味か。
心の中で、相崎 信濃は思った。
因みに、相崎は、火の一族と呼ばれている。すべてを巻き込んで燃やしきる火。
‥合わないはずだ。