1.桜の女中
私は西遠寺家の女中です。そして、その中でも私の仕事は桜様の身の回りのお世話をする、いわば桜様専用の女中です。
西遠寺家のご当主である桜様付きの女中は何人もいるのですが、本当に桜様の命令で動く女中は私を含めて三人しかいません。私は彼女たちの中では最も先輩なのです。
桜様のご結婚のお手伝いをしたのも私です。
あの頃、桜様はまだご当主ではなく、次期当主には桜様のお兄様が決まっておりました。桜様にはお兄様が一人お姉様が一人おられて、どちらも優秀な方でしたから、桜様をご当主候補に挙げられる方はおられませんでした。
桜様は、当時の西遠寺家としてはちょっと特殊でしたしね。
西遠寺家といえば、政府高官の影の陰陽師と言われる家柄で、決して表に出ることの許されない家柄です。権力者を呪う者は昔も今もいなくならないわけですからね。
だから、西遠寺家は常に秘密裏に日本の暗部で活躍してきたといえます。
能力者の確保はいつも一番の問題点でした。口が堅く、そして、能力が高いものの確保はとても難しいことでした。そして、そのようにして一般の人間から集められた能力者は「裏西遠寺」と呼ばれ、一族に取り込まれて行きました。
しかしながら、桜様のお兄様たち当主候補達に望まれたのは、政府高官と信頼関係を築く為の信用の置ける礼儀作法であるとか、話術であるとかいった外交面、そして、能力者たち裏西遠寺を使いこなす能力でした。
つまり、当主には、能力が必ずしも必要ではない‥むしろ、なくても別に問題がないと思われていた。
それが当時の状況でした。そして、それこそが桜様が当時の西遠寺家としては特殊と言われる所以でした。
当時の西遠寺家として、むしろ必要なのは、(さっきも言ったように)「能力者たち裏西遠寺を使いこなす能力」。そういったマナーは、桜様も幼少期からそれはもう厳しく躾けられてきたのです。学校には通われることもなく、何人もの家庭教師によって。(なんといいましても、西遠寺家は目立ってはいけない家でしたからね。あの頃は今よりずっと厳しかったのです)
幼少期からずっとそうだった西遠寺家の方々がそれに対し不満に思われることは無かったのですが、やっぱり時には外に出てみたいと思われるのでしょう。桜様のお兄様やお姉様も買い物など自由時間で外出されることはありました。勿論、デートをなさることもありましたしね。そういったことまで制限されることはないのです。
朝、一日のスケジュールが出された地点で、空き時間を作って外出することを伝える。行き先を告げて、車の手配を支持する。それだけです。
ですが、桜様は行き先も決めずぶらり、と外出されることがありました。その際に、桜様の身辺警護と館との連絡係りとなったのは、私でした。
桜様が四朗様を見かけられたのも、そんな私とお忍びで出かけたお寺でした。四朗様は修学旅行でそこをたまたま訪れたようでした。
当時18歳でいらっしゃった四朗様は大勢の学生の中で、一際目立つ美しい青年でした。
ああ、この四朗様というのは、桜様のご子息でいらっしゃる四郎様のお父様です。一族がみんなおんなじ名前とは、本当に面倒臭い一族ですね。
まあ、生まれる前から名前の決まっている西遠寺家も変わりませんが。
四朗様は、相生の顔しかしていないと思われがちですが、あの気品は確実に桜様のものです。相生の若様(つまり、四朗様のお父様である先代の四朗様ですね)は、少し軽薄そうな雰囲気があるし、おじい様に至っては、固すぎる人形の様です。まあ、基本的に同じ顔なのですけれど。
その点、四朗様は華やかですし、優し気ですし笑顔が美しい。
あの笑顔なんて、桜様そっくりではありませんか。
だけど、本当に相生の若様は男前でした。伝手を頼って四家の恒例の親族会に潜入したときには(別に忍び込んだわけではありませんが)その華やかさにびっくりしたものです。
相崎の先代はまるで咲き誇る大輪のボタンの様な鮮やかさで、
相模の先代は清らかな睡蓮の花の様で、
相馬の先代は、凛とした青竹の様で、
そして、相生は‥まさに月下美人の様でした。
凛としていて、決して出しゃばらず、しかし目を引き付けてやまない、花の様な容姿と佇まい。まさに、魔性の美しさでした。
その危険な美しさに、私も思わず息をのんで見入ってしまいました。
「やっぱり、あの人でなければ、嫌」
桜様が我が儘を言うのを初めて見ました。
「どうされましたか? 美しいお嬢様」
相崎の先代のスマートな態度を無視して、ふらふらと相生の先代の元に歩いて行った桜様は、その瞳を不躾に覗き込んで微笑んだ。
「ああ、本当にきれいな瞳。貴方の瞳には何も映っていませんのね。その瞳に私が映れたらいいのに」
相生の先々代が信じられない様な顔で、桜様を見た。
そして、桜様の元に座られると
「失礼。貴方のお名前をお聞かせいただけますか? 私は、相生 四朗と申します」
桜様の目に自分を映しながら言った。丁寧に、ゆっくりと。周りに座っている人たちが、視線を逸らすのが見えた。「巻き込まれる」のを避けるためだろう。確かに、桜様の隣にいて直接は視線が合っていない私でさえ、ぞくりとするほどその微笑は美しかったのですから。
桜様は、目をそらさずにっこりと微笑まれた。そのことにも、相生の先々代は驚いた様子でした。
「ええ。西遠寺 桜と申しますわ」
相生の先々代が「西遠寺‥」と呟くのが、口の形から分かった。しかし、それでもその表情が変わることはなかった。
できる。この御仁。桜様とこんなに視線を合わせているのに、無事だなんて。
「息子がお望みですか? 西の姫君。では、お心のままに」
まあ。桜様とこの御仁二人に逆らえる人なんて、多分いないでしょう。
だから、‥いまだに、相生の若様(先代)が桜様のことを好きになって結婚したのかは、わからないのです。
だけど、それほど桜様は相生の若様のことが好きになってしまわれたのでした。




