1.四歳の次期当主
四朗達の10歳までの話です。
「うん、よし。篤博を襲名させよう」
さっきまで、顎に手を置いて何か考えておられた麗しのお義父様が、その無表情で端正なお顔を微かに綻ばせて、おっしゃったのは、だけど‥突然だった。
「は? 」
とっさに声の主を振り返った婦人の顔が、心なしか青白く見えるのは、決してお召し物のせいではない。
今日のお召し物は、藤色の落ち着いた単衣だ。夏だというのに、汗をかかれているのを見たことがない気がする。切れ長の目も涼し気に、薄い唇にうっすらと桜色の紅をひき、小さめの形の良い顔にかかる艶のある黒髪は豊かでまるで絹糸の様。その、白磁の様に滑らかでつややかな肌はしかしながら、常から顔色がいい、というわけではない。
身体が弱いというより、(主に伴侶であるお義父様のせいで)気苦労も絶えない。
それを、健気に耐え抜く‥というタイプでもない。
話を、先ずはじっくり聞いて‥というタイプでもない。「また何言いだすんだ」「分かった、何とかする」って見かけによらずきっぷのいい『姐さん』タイプ。
桔梗の花を思わせる美人だ。
私のお義母様にして、愛しの四朗様(!)のお母様でいらっしゃる時子様は、とても若くしてお義父様と御結婚されて四朗様たちをお産みになられたので、まだ随分とお若く美しい。
お義父様とは、幼馴染でいらっしゃったらしいお義母様は、お義父様に対してあまりご遠慮なさったりはされず、一族の中では恐れられているお義父様に対しても、言いたいこともはっきりいわれる。しかし、親しくお話されることはない。いうべきことを一つ二つ、その他は
旦那様のなさりたい様に。
と、一歩後ろを歩いてらっしゃる。その様子は、しかし「慎み深い」や、亭主関白という様子ではない。
横に並んで歩くのは「私たちは、そういうのって違いますでしょ? 」と、後ろを歩かれているに過ぎない。つまり、並ぶという選択肢がないから、後ろを歩いているだけ。
時子様には、おおよそ旦那様に対する甘えやらわかりやすい愛情表現やらそういった姿勢は一切見られないのです。
四家の一つである、相模の家の三女でいらっしゃる時子様は、相生の家のこともご存じだし、勿論、お義父様のお仕事ですとか、『能力』のこともよくご存じなのです。幼馴染であり、一番の理解者だったのでしょう。
相生の者は、代々見かけが他の者と違う。薄い茶色い目の色や高い身長。異人の様に白い肌。髪こそは漆黒なのだが、顔つきが、何と言うか‥はっきりしている。
美しいのだが、とにかく目立つ。
今でこそ、背の高い若者も増えたが、お父様がお若い頃には、今よりずっと目立っただろう。
「異人の子」
と馬鹿にされ、恐れられ差別され続けて周りから孤立していたお義父様の傍にいつもいてくれた、とお義父様がお義母様のことをお話になられていたことがあります。お義父様は、(苦しい時傍にいてくれた)お義母様に頭が上がらないし、きっとそれ以上に愛してらっしゃるのでしょう。多分お互いに‥。だけど、素直じゃないお二人はそのことをお互いお認めにならない。‥認められない。
「誰でもよかった。丁度一番近くにいたのが時子だったから」
だとか
「相模も相生同様特殊能力をもつ家柄だ。だから、能力が強い子供が生まれるだろう」
だとか。
お義父様は「素直じゃない」。誰よりも大好きってこと、お認めになるのが恥ずかしいのね。
お義母様はそれに対して別に何もおっしゃらない。
素直じゃないこと。
って分かってらしたらいいんだけど、ホントにお義父様がおっしゃってるように思ってらしたら、‥お義父様、そのうち愛想つかされてしまいますわよ。
‥まあ、その可能性の方が大きいんですけどね。
因みに、四家とは、相崎、相模、相馬、相生という、苗字に「相」という字がつく家の総称なのです。今でこそ、四軒の家に分かれていますが、昔は‥大昔は兄弟だったらしいです。今でも一緒に仕事をされているらしいですが、私はまだそのことについて詳しくは知らないのです。後々、教えて下さるとのことでした。
私が知っていることについて言うと、四家の人たちが集まって、毎年仕事始めのご挨拶をなさることでしょうか。これには、結婚して以来、4回参加させていただきました。
実は、このお年始の行事(っていうのは、ちょっと大げさですが)には、私はまだ結婚前に参加したこともあるんです。
初めて見たあの光景は‥凄かったです。百花繚乱、ってああいうのをいうんでしょうね。って思いました。
皆さん、美形揃いなんです。目がチカチカしてしまいました。
大輪の赤い牡丹の様な華やかな相崎様、
睡蓮の様な清らかな美しさでいらしゃる相模様、
青竹の様に凛とした相馬様、
そして‥月下美人の如き魔性の美しさをたたえた相生様。
お父様は正に特別に作られた日本人形の様に美しい方で、お母様と並ばれたら、まさにお雛様とお内裏様の様に見えます。そして、息子である景艶様と四朗様。
お二人は、双子のご兄弟なのですが、余り似ておられません。多分、二卵性なのですね。顔は多分似てらっしゃるのだと思います(ご家族や私からみたら全く違うのですが、皆様は似てるとおっしゃいますね)四朗様は、お父様そっくりの人形顔で、景艶様は、お母様に似て柔らかい印象があります。若干、景艶様の方が、全体的に色素が薄いのか、髪の色や目の色が茶色く見えますね。(そのせいで、相生の茶色い方と呼ばれているらしいです)
景艶様は剣術が何よりもお好きで、「剣術をしている方がいい」って、次期当主もさっさと兄に譲って(四朗様は、押し付けて、と言っておられた)一人暮らしをされている。
行動力があって、活発な性格も、四朗様とは違いますね。相生第一の四朗様とは違い、四家に全く興味がないとばかりに、お正月のご挨拶に相生の家には来られるけれど、四家のご挨拶には来られることはあまりない。
‥そういえば、この頃はこちらにも来られていませんね。‥私がお嫌いなんでしょうか? お母様は、「いつものことよ」とおっしゃってくださるのですが‥。‥ちょっと心配です。
景艶様に、嫌われても‥仕方がないんです。私はたった一人のお兄様である四朗様に無理矢理結婚をせまった女なのですから‥。そんな女と会いたくない、と景艶様が思われても仕方がないことです。
だけど、私はどんなに酷いと思われようと、一目会ったその時から、四朗様しか考えられなかったんです。
結婚をしたい、なんてそれまで思ったこともなかったし、きっと四朗様と以外は結婚なんて考えられない。
一生にたった一度の恋だと思いました。
分かってますわ。‥すべて私の我儘だってことは‥。
「桜さんのせいなんかじゃないわ。あの子、お付き合いしている方がいて結婚を念頭に置いているって言ってたから、帰ってくるのはその方をお父様に紹介する時でしょうね」
それまでは、お父様にいろいろ言われるのが嫌だからもどってこないのよ、とも。
お義母様のお優しさが嬉しいです。
でも、景艶様のお相手の方‥どんなお方か気になりますね。
「貴方、何をおっしゃられてるの? 」
お義母様の声が若干きつくなったのにはっとして、我に返りました。私は随分長い時間回想していたようです。
「何か問題でも? 」
と、お義父様は、しかし、お義母様を見てはいらっしゃらない。お義父様の視線の先にいるのは、我が息子‥、篤博だ。
「篤博は、まだ四歳ですよ? 」
「問題ないだろう。この子は、並みの子じゃない」
と、篤博の頭を撫ぜる。
我が息子ながら無表情の篤博は、お義父様が‥篤博からみたらおじい様が自分の頭を撫ぜていらっしゃるというのに、目線をちらりと上げ、おじい様をきょとんと見上げているだけだ。
特別おじい様に‥懐いていないわけではない。
篤博は、誰に対してもこうなんだ。
唯一、母親の私に対して以外は。
「やっぱりお母様が一番好きなのね」
なんて言って頂けるのも、小さいうちだけだぞ、‥なんとかせねば‥。焦るが、多分こればっかりは、「何ともしようがない」。これは、もう仕方がないとしか言いようがない。
篤博は、‥人間ではない。
私の臣霊なのだ。
それでも、篤博が産まれた時、どう見てもただの赤ん坊‥しかも四朗様そっくりの赤ん坊‥で、それをみた時は、
もしかして奇跡が起こって(人間の子供が)産まれたのか?!
って思ったけど、成長してだんだん「普通の子」らしからぬ片鱗を見せ始めた我が息子を見て、私が感じたのは「ああやっぱり」っていう落胆とも、脱力とも、悲観ともつかない感情だった。
‥ああ、やっぱり人間じゃなかった。
って。
あれがただの人間な訳がない。他の者がいるときは、何とか上手に隠してはいる様だが、傍に私しかいない時は、(舌足らずなのは構造上しかたがないのかもしれないものの)きっちりと「私」に敬語を話し、私を敬う態度をとっている。
私をマスターとして、扱っている。
私が臣霊である彼のマスターだから。
臣霊は、ハイスペックな式神だ。そして、臣霊にとって、マスターが唯一絶対の存在なのだ。
本来、臣霊はマスターにしか見えないのだが、今この状態は、臣霊という存在を魂の代わりにして、人間の身体を依り代に操っている状態といってもよかろう。常に空っぽな状態の「篤博」という身体に臣霊という魂の代わりが入っているっていうのが正しいか。
とにかく、そんな風で、人間ではない篤博は、まあ、勿論普通じゃない。普通ではありえない。
身体は一応人間の形をとっているから、体力その他はそっちに引っ張られはしようが、能力・知識は高い。子供だってのに、異常な学力を有している。しかも、それを隠そうという考えがあまりない。‥どれ位が普通とかわかってないからね。
そんな子供、普通なら、「気持ち悪い」って思ってしまうそのことを、だがしかし相生の前当主であるお義父様は、そうは思わなかったらしい。
「この子は、相生の申し子だ! 」
って嬉しそうに言った。
で、周りの親戚もそれを見て
「神童だ。こりゃ、じいさんを超えるぞ」
って賛同した。(まあ、お義父様に逆らえる人なんて親戚中探してもいないだろう)
‥正直助かったって思った。
そして、それが普通になって、皆が篤博をただ、褒めてくれた。異常な子じゃなく、ただの「よくできる子」といってくれた。
私はただ、誇らしかった。相生の方々に認めてもらった、それが本当に嬉しかった。
そうなると、なおのこと篤博が相生の方々に‥それどころか、私以外の誰にも‥懐かないのが気になった。仕方ないって分かりながらも、焦った。
そんな風だったら、皆に愛想をつかされてしまうんじゃないかって。
そんな時の
「篤博を襲名させよう」
だ。
篤博が後々、「相生四朗」になる。
篤博が‥私が完全に相生の皆様に認めらる。って思った。
そして、程なくして、篤博は、相生四朗になった。
‥まさか、あのあと直ぐに私が西遠寺から呼び戻されるなんて思ってなかった。
離婚させられて、西遠寺の家に返されるなんて思ってなかった。
だけど、篤博は私にしか懐かない。だから私は‥。




