9.千佳の理想のお兄ちゃん。
「義兄さん、ねえ‥」
結婚前の、姉たちはまだ夫婦ってわけじゃないから、私と武生さんの関係はまだ兄妹じゃない。だけど、遠からず二人が結婚したら、武生さんは私の義兄になる。
血は勿論繋がっていない。そして、私にとって武生さんは「姐さんの恋人(そのうちに・夫)」ってだけ。だのに、義理とはいえ私の兄に‥家族になるんだ。
不思議なもんだ。
昔は、お兄さんがいる子が羨ましかったのを思い出す。
頼りがいがある兄とか、憧れる。
いじめっ子に虐められてたら、「妹を虐めるな! 」ってぼこぼこにしてくれたり(つまり、虐めている側も「やーいやーい」系のいじめっ子という設定らしい。背景は特に設定なし)、で「喧嘩したのばれたら母ちゃんに怒られるから内緒な」って頬っぺたについた泥を拭いながらぶっきらぼうに言うんだ(←そんなに強いという設定ではないらしい)。膝とか怪我だらけなのに、「唾つけときゃ治る」とか言う。だけど、結構勉強は出来て、勉強が分からなかったら、「こんなのも分かんないの」ってため息つきながら教えてくれる。(妹小学生、兄中学生位の設定? この場合、きっと兄は学ランを着ているんだ)バレンタインに女の子が真っ赤な顔してチョコレート持ってきて、(学ラン着た)兄が困った様な顔して受け取るの目撃して、妹(私)がちょっとジェラシーを感じながらも、冷やかす‥。
憧れるじゃないか。
そんなことを頬杖つきながら言ったら
「夢見すぎ。そんな兄はいない」
って皆に笑われた。
「しかも、あんたは虐められない。あんたなら、守ってもらえなくても小学生如きのいじめっ子ぼこぼこにしそうだし、勉強わかんないとかないし、バレンタインのチョコレートも千佳あんた後輩の子に何個か貰ってなかった? あの子たちにとって、‥千佳が理想の兄なんじゃない? 」
と、にやにやと悪い顔をされる。
‥兄? せめて、姉だろう。
‥夢くらい見せてくれてもいいじゃないか。
兄がいる子は
「兄より姉の方が羨ましい。いろいろ相談に乗ってくれるし、一緒に買い物行けるし。‥千佳のお姉さんって、凄い美人だし、優しいし、頭いいし、ホントうちの馬鹿兄貴と替えて欲しいわ」
っていうんだ。
「兄なんて、妹は自分の子分か奴隷。妹の物はオレの物。用事が無かったら、邪険にされ、勉強が出来なかったら馬鹿にされ、お菓子は必ず取り合いになり、‥高校生くらいになったら無視される。そんな感じだよ」
なにそれ、それアンタんとこだけじゃない?? ‥多分。
「それに比べて、紅葉先輩は‥」
うっとりとため息をつかれる。
まあ、うちのくれちゃんは、誰よりも素晴らしいけどね。
美人だし、頑張り屋さんだし。勉強だって出来るし、モテてただろうけど、男の影が無いってのが、またよかった。‥学生時代の私は今よりずっと潔癖っぽいところがあった。
それに、自分の姉さんが誰かとイチャイチャしてるところみたくないじゃない? それが、敬愛してやまない自慢の姉だったら尚更だ。
(※例の四朗時代の紅葉ちゃんだ)
男子にどころか、女子にもどこかひいたところがあったっていうのは、‥でも気が付かなかった。そして、それが小学時代に受けたいじめが原因だという事も(これに至っては、本当にたまたまの偶然で、四朗がただ、誰とも親しくしてこなかっただけなんだけど)
それを聞いた時には、「虐めた奴全員抹殺」とか思ったものだった。
‥今はくれちゃんには、友達も出来て幸せそうなのが嬉しい。
高校で友達になった二人の女子とは、今でも休日にランチに行く位仲良しだ。そもそも、うちの学校は中高どころか、大学まで一貫校だから、そのまま残る人が殆どなんだ。(私は、大学だけ受験組だったけど)理由は、有名大学に進学したい、って理由が殆ど。他は、「学びたい学部がない」「敬愛する教授のいる大学で‥」と様々だ。私は‥、まあ、いいじゃないか。
話を戻そう。くれちゃんの友達って話だ。
確か、名前は小西さんと野上さん。
文学少女とスポーティー少女のデコボココンビ。そして、スーパーモデルみたいなくれちゃん。三人が一緒にいると、‥なんだか目立つし、ちょっと面白い。
研究熱心で真面目なくれちゃんは、案の定、専門的な勉強をする大学のスタイルが性に合っているらしく、それこそ朝から晩まで大学にいる。研究室と講義室、図書館。この三か所がくれちゃんの目撃頻度が高い。時々、くれちゃんを大学に探しに行くことがあるけど、大概、図書館にいることが多いかな。講義室は、いっても授業によって教室が違うからね。
くれちゃんは、目立つから、聞いたら結構すぐ誰かが教えてくれる。
ぽーと頬を染めた男子学生が殆ど。‥やっぱり、ここでもくれちゃんは大層モテているらしい。(というか、この場合は千佳に話しかけられてぽーとなっているわけだが、千佳はそういうのに本当に無関心なのだ)この人たちは、くれちゃんに恋人がいるのを知っているんだろうか。知ってて、「ぽーとなって」たりするんだろうか。‥知らないんだとしたら、気の毒だ。
だけど、大学生活って特殊な時間だ。
なんとなく憧れてる、憧れてた人がいたんだけど、別に話せないまま大学生活は終わっちゃった。
卒業アルバムの八割は知らない顔。(もしくは、知ってはいるけど話したことがない顔)
え、こんな人、大学に居たっけ? あ~、勿体ないことした! 知ってたら絶対話しかけてたって! 学内広いから、学部が違ったら、絶対会わないよ~。同じ一般教養の授業取るとかしか、他学部の生徒と知り合う機会ないよ~。
それでも、まだサークルに入る人間はいい。サークル内に知り合いが出来る。他大学の生徒と合同でコンパしたりもすることもあるかもしれない。だけど、それもそれなりに大きなサークルだけ。文科系のちんまりしたサークルだったら、それは望めない。
結局、大学時代の友達、結構少ないわ。
ってよくあること。
私は、まだ大学に入学したばかりだけど、新刊コンパだのサークルの打ち上げだので大層華やかな「同級生」たちとは違い、着々と「八割の顔、見たことない」路線を歩みつつある。
講義室・図書館。私は、まだゼミには所属していないので、研究室に行くって選択肢はない。だから、それに食堂や売店が加わる。
中高一貫の学園時代からの腐れ縁、佑奈・恵も大概一緒にいる。
二学年年上の恋人は、もちろんゼミに所属しているから、放課後は研究室にいることも多い。だけど、恋人と一緒の時間を取る為に、レポートやなんかは研究室の自分の机ではなく、食堂で書くことが多い。
それは、大いに結構だ。
なんせ、‥あの研究室は‥、きっと集中できない。
一度、昼食に誘いに研究室に来たことがあったが‥、怖かった。全員の目が怖かった。
「何、貴女、四朗様の何」
って、しゃべってないのに聞こえる‥。
そんな中、私の恋人は、そんなテレパシにーなんてちっとも気付かず、真っ直ぐ私の元に来て、にっこりと、もう周り全員を悩殺させるような笑顔を私に向ける。
で、お姉さま方は、真っ赤になって機能停止して、強制的に私に悪意と殺意の混じった視線を向けることをやめざるを得なくなるんだ。
そして、四朗君は、そんな「お姉さま方」ににっこり微笑んで会釈すると机の上のレポート用紙やなんかを手早く一まとめにする。
‥そんな何気ない仕草さえ、カッコいいってどうだろう。あんなの、意図しなきゃ出来ないぞ。きっと常にかっこつける癖がついちゃってるんだな(←千佳にはそう思えてならない)
「タラシ‥。根暗の癖に、タラシ」
だから、ついぼそって、嫌味を言ってしまう。
四朗君なんて、実は直ぐに悩む根暗なくせに、あのお姉さま方はそんなこと、きっと知らないから、あんなハートマークが見えそうな目で四朗君を見るんだ。‥まあ、外見だけを見てる女子なんて、私の敵じゃないのよね。実際のとこ。
私がライバル‥って認めてるのは、ただ一人だけだ。
これが、さっきからダラダラ考えてきた「他人なのに、兄妹」につながる。
武生さんの、妹だ。
武生さんでさえ、他人だのに、武生さんの妹なんていったら、もう‥ホント何のつながりもない。
だけど、武生さんを兄だというんだったら、‥その妹も‥私にとったら家族になるのかしら。
‥いや‥多分ならない。あいつは絶対家族とかならない。
‥正直あいつが姉だとか妹だとかって、ちょっと怖すぎる。
‥はっきりいって、敵視しかされていない。
正面切っては、攻撃してこない‥、けど、確実に「攻撃されてる」
幼馴染らしく、一緒に居た時間が私より長い。そして、四朗君を好きだった時間も、そう。私よりずっと長い。そして、四朗君が一番ふさぎ込んでいた時も、ずっと四朗君を見ていた。‥愛想をつかすこともなく、だ。
四朗君が、見かけよりずっと弱いことも、ずっと不器用だってことも知っている人。
そして、四朗君の為に綺麗になろう、自分を磨こう、ってずっと頑張って来た人。
「‥私の方が、四朗様を幸せに出来るって、私が判断した場合は、四朗様は私が奪いますから」
誰よりも、四朗様の幸せを願う、って言った彼女は、そういって私に宣戦布告した。
私に託してくれる気は、まだないらしい。
それは、喜ばしいと喜んでいいところなんだろうけど、‥四朗君のご両親や兄弟でもあるまいし、あいつに認めてもらうってのも、変な話だ。私からあいつに何かアプローチをかけることなんて、勿論ない。
わざわざ、宣戦布告に乗ることも、だ。
あの時の‥
普段、「大和撫子然」としたお嬢様の、意外なくらい勝気な目が頭から消えない。漆黒の、切れ長の目はちょっと武生さんに似てた。この前、家族で顔合わせをしたときに、あいつの両親を見たとき、その目が母親のものということが分かった。‥父親の目はちょっとブラウンっぽかった。
相馬氏(相馬・父)は、華やかな感じのイケメンじゃない。だけど、清潔でさっぱりとした「醤油顔」って感じの人だった。相馬・母は、性格はアレだけど、顔は綺麗だ。でも、‥なんていうか、今時じゃない。ちょっと、江戸っ子の「粋だね! 」って感じの顔。‥性格が顔に出たのかな‥。
武生さんは、二人の地味‥? なところをわざわざ集めたみたいな、地味さに、父親譲りの清潔できっぱりとした雰囲気を受け継いだ、‥武士だ。
侍兄ちゃんだ。
‥きっと、あいつが虐められてたら、片手でさらっとかばってくれそうだ。怪我どころか、頬に泥すらつかないだろう。で振り向きもせず「帰るぞ」と不愛想に言うだけ。きっと、「そんなものも分からないのか」と勉強は教えてくれなさそう。そして、チョコも「要らない」って貰わなさそう。
と、千佳は想像しているが、実際のところの武生氏は妹・菊子に甘い兄だ。もう、でれっでれに甘くって、虐められていると聞いたら、それこそぼこぼこだったし(小学生になる前とか、なったころ位は武生はガキ大将だったから)、勉強なんて、聞いてもいないのに「分からないところはないか? 」だったし、甘いものなんてあんまり食べないくせに妹からの義理チョコに素直に喜んでたし。まあ、その傾向は今も続いているんだけど、そんなこと千佳は知らない。
「こうして、見てると‥理想の兄なんていないかもなあ」
って、千佳はため息をついた。
‥全部、千佳の妄想なんだけど。
さて、さっきの兄像。多分にあれにわりと該当するのが、四朗だ。
四朗は、博文の兄だ。
四朗は。博文が年上のいじめっ子に「生意気だ」って虐められてた時だって(あの頃から、博文は年上の女の子たちにちやほやだったからね。多分にやっかまれたのだろう)、一人で立ち向かっていって、それこそぼこぼこにしてた。それも、‥人に告げ口なんてする気にならないレベルの一撃。つまり「一瞬、星見たわ」レベル。「これ、誰かにしゃべったら今度こそ殺される」レベルの恐怖を小学生のいじめっ子に植え付ける感じだと思ってもらえれば‥。しかも、その時間、ほんの数分。人が喧嘩に気付いて集まるより早い。もはや、頼れる兄っていうか、プロのアサシン。
で、勿論勉強も教えてくれる。「家庭教師か」ってレベルの分かりやすさで。チョコは、‥でもこれは、家の前に兄弟そろって女の子が集合してたから、‥はにかんでも、冷やかすも、ない。
バレンタインの前後、チョコ入り段ボールが数箱、居間に積んである光景は、相生家の年間恒例行事で、誰も気にする感じはない。
チョコは、意外と甘党な父さんが、帰って来たときに食べてた。
「これだけ? 」
って言いながら。
‥父さん、どの位貰ってたんだろうって、博文は青くなっていた。
まあ、これも千佳の知らない話。
「だけど、まあ‥。楽しみな気もする」
この先の楽しみは、姪っ子甥っ子が出来ることだ。
小さい手を伸ばして
「千佳のお姉ちゃん、遊んで~」
って、くれちゃんそっくりの愛くるしい子供が私の後をよちよちついてくる‥。
「こらこら、千佳のお姉ちゃんは今からお仕事だから、今日は私と遊びましょうね」
って困った様なくれちゃん。
「ごめんね。帰ってきたら遊ぼうね」
って、でれでれの私。
絶対、叔母馬鹿になる自信あるわ。
‥実際のところ、紅葉の子供っていうと、まず、月桂、鮮花だから、そんな愛くるしい感じの幼児にはならない。‥他の子供が生まれるころには、きっと千佳は夢破れてうんざりしているだろう。
「姪っ子ちゃんが「これ、お母さんには言っちゃダメなんだからね」って私だけに、好きな子教えてくれたりするのかな~。可愛いなあ~」
へへへって想像でにやにや。
‥千佳は、四朗と違う感じで「暗い」。夢見がち通り越してちょっと暗い‥。
でも、そんな千佳を「可愛い」って微笑んでみている、(元祖・暗い)四朗君がいるから、大丈夫だ。彼なら、スーパーお兄ちゃん並みに、千佳を守ってくれるだろう。




