8.世界最強の君
男の人は、恋人が出来ると自分に自信が持てるようになって、ちょっと気が大きくなる。だから、浮気とかする‥。
って聞いたことある。
ホントかなあ、そんなの一部だけの人でしょう。私が選ぶ人はそんな単純な人じゃないわ、と思ったのは中学の頃。
「私の結婚とか、どうでもいいけど、私はくれちゃんの相手は見極めるわよ。私の納得するような人じゃなきゃ、許さないわ」
幼いころから誓ってきた。だけど、そんなこと口にすることはなかった。
くれちゃんとは、そんなこと話せるような感じじゃなかった。
くれちゃんは、「立派な姉であらねば」「立派な娘であらねば」っていつも一生懸命で、真面目で。だから、‥そんな話を出来るような感じじゃなかった。
ただ、それだけだ、くれちゃんが真面目なだけだ。
そう思ってたのに、最近、くれちゃんから「昔虐められていたことがあって、クラスメイトと話すのに苦手意識を持っていた」って聞かされた時には、悔しくて悲しくてやりきれなかった。
その時、私は気付いてあげられなかった。
悔しかった。ただ、自分が憎かった。
くれちゃんのこと気付いてあげられなかった自分が悔しかった。
幼い、悔しさやら悲しさを我慢しているくれちゃんを想って悔しかったけど、‥その時は、私も幼かった。きっと気付かなかった。きっと、何回やり直しても気付かない。気付けない。
くれちゃんは、そんな「ヘマ」しない。
幼い妹に、気付かれるようなそんな「ヘマ」しない。
くれちゃんは小学校中学年になる頃には、もう西遠寺の家に出入りする様になっていた。毎日、剣術の稽古や語学、学校の話をしてる暇もないほど忙しくなった。
だけど、思えばくれちゃんはそのことで救われていた。学校のことでいっぱいにならずに済んで、救われていた。
元来、凝り性で超努力家タイプで、負けず嫌いだった性格も良かった。
打ち込む方向が、いい方向であったのが救われた。
話はそれた、
とにかくその頃のくれちゃんには恋人どころか、親しい友人すらいなかった。
そんなくれちゃんを見てて「私も、そんなカッコいい生き方したい」って思った。男の子の話に盛り上がる同級生が幼く見えた。
中学生になったら、付き合い始める子たちも周りには出て来たけど、それでも私は冷めてた「そんなガキっぽいこと」って思ってた。友達も、私にそんな話をすることはなかった「千佳はお子様だから、恋人とかそんな話興味ないでしょ? 」って、どっちが「お子様」よ!
そんな時、親友があの言葉を言った。
「男の人は、恋人が出来ると自分に自信が持てるようになって、ちょっと気が大きくなる。だから、浮気とかする‥」
って、泣きながら。
‥とんでもないな。男って、最低だな。‥てか、そんな男最悪だ。絶対、くれちゃんがそんな男に騙されないように見とかないと‥。
そう誓った。
だから、私はくれちゃんを見てた。
くれちゃんには、相変わらず恋人どころか男友達の影もなかった。
(四朗だったから当然なのだが‥。そんなこと、千佳にはわからない)
私が高校生になっても「男信じられない」って信念は変わらなかった。
そんな時、姉に恋人が出来たけど、超がつく程真面目な人で、どう考えても「自信を持てるようになって、浮気する」タイプの人間には見えなかった。
案外
そりゃ、そんなタイプになるわな。
ってあっさり納得できた。
だって、くれちゃんだもん。そんな「ヘマ」しないわ。
って。
こんな硬い人間がタイプなわけではないが、私も常識的な人間が好きだ。多分、きっと特に変わらない様なタイプを選んでしまうんだろう。
生まれ育った環境が、紅葉ちゃんと私は同じだ。勿論両親も同じで、何となく両親から学んできたことも同じ。だから、「当たり前なこと(=常識)」もきっとそう変わらない。そして、それが「異性の好み」の前提にきっとあって、それ故そう変わらないタイプを選んでしまう。‥それは、きっとおかしいことではない。
なんか面白くない‥。
って思ってたのに、だ。
まさか、私は「駄目な男」を恋人にしてしまうなんて思いもしなかった。
今日も千佳は、目を吊り上げて
「ちょっと、根暗! この写真何」
ばん、と「証拠写真」を恋人である四朗の前に叩きつけた。
ここは、食堂の一角。
軽食堂が別にあり、机も広く、殺風景なここは昼食時以外はそう混んでいない。だから、放課後は友達同士や恋人同士がレポートを書くために使用する、ちょっとした穴場だった。(ただ、スペースが空いているだけで、食堂で働く人は不在なので、飲食をしようと思ったら、自分で持ち込まないといけない)
スペースが広いので、部活動がミーティングに使用することもあるが、今日は誰も来ていないようだ。
ばん、という音が思った以上に響いた。
机の上には一枚の写真。
凄い数の可愛い女の子に囲まれて座る四朗の写真だ。どの女の子も、結構ガチって顔をしている。
「え? ああ、この前のゼミの打ち上げだね」
と、「根暗」と呼ばれた、恋人がにっこり笑った。
相変わらず、そこにいる周り全員を骨抜きにする、惚れ惚れする様な艶やかな微笑み。
思わず、私の近くに居た佑奈と恵もぽーとなっている。
周りを見回すと、他のグループの女の子もそんな感じだ。
その様子にも、またムカッと来た。
「また! その「タラシ」な微笑み止めなさい! 」
その怒りは真っ直ぐ四朗に向かう。
「ええ?? 」
四朗はきょとん、と目を見開いて、首を傾げている。
そんな様子に、きゅんときて、それにまたムカッと来る。
「それも! 」
「千佳‥、それは無理よぅ」
あまりの友の剣幕に、佑奈が千佳を止めた。
「しかも、四朗先輩を「根暗」なんて呼んでたら、他の先輩方に睨まれるわよ‥」
つまり、四朗と同じゼミのメンバーのことだ。(同じゼミという名の、四朗ファンクラブメンバーだ)
恵も焦って周りを見回す。
また言われるわよ、「貴女は四朗君の恋人として相応しくないんじゃない」って。嫌味たっぷりな口調で! 怖いのよ、先輩方!
って、もう、ドキドキだ。
「‥全く、千佳ってば、四朗先輩の後を追っかけて同じ大学に入るくらい、先輩の事好きだのに、憎まれ口ばっかりなんだからぁ」
高校からの友達・佑奈は呆れた顔をする。
そして
「ホントに。未だに千佳が四朗先輩と恋人同士って信じられないわぁ」
ってため息をつく。
「千佳はもっと、危機感を持った方がいいわぁ」
‥危機感って、浮気な恋人をもつことに対する危機感か? そんなの、持ってるわぁ!
「違う。怒ってばかりいて、四朗先輩に愛想つかされる危機感。周りは敵だらけなんだよ? 」
「その敵を作ってるのが、根暗なんでしょ! 」
「はあ‥」
ため息をつく佑奈、「大変ですね」っていう恵。
‥大変なのは、私だ。
大体、無自覚すぎるんだ。
タラシな笑顔や、誰にでも親切なところとか(思わせぶりよね! )、王子様然とした振る舞いや(ちょっとチャラいのよ! )、‥それらが全部スマートに似合ってしまうところとか、万人を惹きつけてしまいかねない容姿とか‥。(あれ? 後半ちょっと褒めたか? )
私と二人っきりじゃなかったら手すら握れない程奥手だのに、この人は、タラシな立ち振る舞いが身に付きすぎてる。タラシな笑顔が習慣になっている。
それは、彼の仕事に‥家に関係している。
だから、彼の本質はどうあれ、そんな風に見える様になってしまった。
生まれながらの王子様に見える様に‥。
‥分かってる。四朗君は気が大きくなったりなんてしてない。
昔のくれちゃんと一緒。
ただ頑張って、笑顔で武装しているだけ。
だけど、私と居るときは、少しは心を許してくれるようになった。
そして、その「心を許す」範囲がちょっと広くなった。
‥実はそれだけなんだって分かってるんだけど‥、
「千佳、独占したくなるの分かるけど、ちょっと、‥穏やかに行こうよ‥ね? 」
佑奈が苦笑しながら言った。
「はあ!? だれが独占! 」
は?! ホントに、は!? だ。
誰が独占!
「「千佳」」
佑奈と恵の声がハモる。
千佳は、怒った口調のまま
「そもそも、恋愛ってそうじゃない?! その人だけでいいんじゃない?! 誰彼やたらにいい顔してるのは、タラシなんじゃない?! タラシこんでどうするつもりよ、それって浮気じゃない?! 」
力説した。
その様子をみて、恵ははあ、とため息をつき、佑奈はにやにやとした表情になった。
‥佑奈のスイッチが入った。
「千佳‥それが独占っていうのよ‥。まあ、他の人だったら「あんたが思う程、彼氏はモテてないって」って思うけど、‥四朗先輩の場合は‥、まあねえ」
そんな感じで、佑奈はにやにやと千佳を揶揄うのが好きなんだ。
「まあ、何‥」
千佳が、ちょっと押され気味になって、小声で聞き返した。
「わかるでしょ‥。四朗先輩はモテて当然の要素だらけだって」
恵がちらっと、隣でレポートを書いていた四朗を見た。
真っ赤になって俯いてノートパソコンを打っている。
カタカタカタカタと凄い速さだ。
「‥私一人で充分なんだけど‥」
「「「‥‥」」」
と、ここで三人‥佑奈・恵と四朗の動きはフリーズした。
‥駄目。
可愛すぎる。
机に突っ伏す佑奈。耳が真っ赤になっている。
同じく真っ赤になって唇をかみしめる恵
顔を背けて、ちょっと怒ってるの? って顔してる耳まで真っ赤な四朗。
「ちょっと、何よ! 」
無自覚な千佳がムッとした顔で三人を見る。
「‥コーヒー買ってくる。苦いの」
「私も‥」
がたた‥と、耐えきれなくなった佑奈と恵が席を立つ。
四朗はまだ真っ赤な顔して顔を逸らしたままだ。
それで、ちらっと千佳を見る。
「‥無自覚なのは、千佳ちゃんだよ」
って、困ったような笑顔。
~~~っ!
今度は千佳が盛大に赤面する番だった。
好き過ぎて、もう、駄目になっちゃいそうだ。
‥嬉しいことに、それはお互いらしくって‥
コーヒーを四本持って帰って来た佑奈と恵は、そこに戻ることも出来ず立ち尽くす羽目になるのだった。




