1-3.武生の想い、四朗の気持ち。
113部の四朗目線。
重複が多く含まれます。
武生に、紅葉ちゃんが西遠寺に就職するって聞いた時は、驚いた。
ただ、「時代だなあ」って思った。
武生は、普通に会社員として就職するらしい。
西遠寺で働く紅葉さんと結婚して、一緒に暮らしながら、つまり、‥関西で。
三郎さんみたいに、相馬の仕事に左右されることもない。
がっつりと、普通に働くらしい。
「そっか。良かったな」
って、ちょっとうらやましくも、なんか置いていかれるような寂しさもあって、つい他人行儀な笑顔を向けてしまった。
ほんの、無意識に
にっこりと。
慣れ親しんだ相生の微笑み。
ホントに、ほんの無意識に、だった。
「その笑顔、ヤメロ」
武生がしらっとした顔をした。
「またそれか。‥前も言ったよな。何なんだ」
‥こんなのは、俺にとっては無意識で、癖の様なもんだ。
それを、いちいち言われたことに、むかっと来た。
‥そんなこと位で、不機嫌になるの、本当にやめて欲しい。
とも。
俺にとっては、その程度のこと。でも‥武生にとってはその程度ではなかったらしい。
「‥俺とお前はそんなに親しくないか? ‥離れて暮らしても幼馴染には違いないだろ? 他人行儀な態度はやめろよ」
不機嫌さはそのまま、いや更にその声が低くなっている。武生がちょっと怒った様な顔で、俺を見る。
真剣な目に、つい目を逸らしてしまう。
あれだ、隠している言葉まで見透かされるような気がする、そんな目だ。
「そう見える? 」
小さくため息をついて視線を落とした。
「そう見えるじゃなくて、そうだろ。寂しいなら寂しいって言えよ」
あからさまに目を逸らしたってバレただろう。
武生は、それでも目を逸らさなかった。幼馴染である俺に容赦なんてない。
「‥お前、ホント変わったなあ。なんで、俺がお前がいなくなって寂しいとか言うと思うんだよ」
誤魔化すみたいに、ちょっとため息交じりに言った。
目は、伏せたままだ。
‥ホントに、たまらない。
正直に生きている人間には、何年かかっても敵う気がしない。
真っ直ぐに生きている人間には、絶対一生かかっても、勝てる気がしない。
「俺が思ってるんじゃなくて、お前が‥」
「ストップ」
武生の言葉を制止する。
‥もう、‥無理。
「わかった。認める。俺はお前が羨ましい。それに、俺はお前がいないときっと寂しい。‥武生はどうなんだよ」
ちょっと逆ギレみたいになってしまった。目線を挙げて、武生を見る。
睨み付ける気持ちで見る。
「寂しいよ。‥凄くな」
真っ直ぐ俺を見て、武生が言った。
その目は、怒ってる、でも、不機嫌、でもなかった。
何の表情も‥その目には映ってなかった。
ただ、静に俺のことを見ていた。
「お前みたいな、素直じゃなくて、寂しがりで、無理ばっかりする幼馴染置いていくなんて、心配で仕方ないし、‥寂しくて仕方ない」
ああ、違う。何も映っていないんじゃない。映っているんだ‥
俺が。
ただ、心から心配みたいな目。そんな目で武生が自分を見たことなんてなかった。
一気に顔に血が上った。
「な‥! 」
言葉に詰まった俺に、武生は続けて
「‥昔、俺はお前が相生で働くのが嫌だったんだ。‥幼馴染が、婀娜っぽく笑うのを見るのがホントに嫌だったんだ。不潔だって思った。‥同時に可哀そうで、見てられなかった。だから、俺はお前を相生から逃がしてあげられたら、そう思ってた」
そんなことを言い出した。
‥まるで、告白だ。
俺は、もう恥ずかしくって、‥もう武生の顔なんて見ていられなかった。
慌てて、視線を逸らして俯く。
「逃がすって‥。というか、武生お前そんな風に思ってたのか? 」
つい、眉間にしわが寄った。
強がるのが、精一杯だった。
‥何もかもが初耳だ。
武生がこんな話を俺にしたこと、今までにあっただろうか?
「だから、菊子のことといいながら、‥傍にいたらお前の事ちょっとは守れるかも、って思ってたんだ。だけど、お前は俺が守らなくても、当たり前だけど、ちゃんとやってる」
「‥そりゃあ、そうだろう」
その言い草に、ちょっとムカッとした。
否
無理に、ムカッとした。
さっきから、心臓はバクバクいってるし、考えもまるでまとまらない。
「お前に失礼なことしてきたなって」
「うん‥。え? 」
急に懺悔を始めた武生の意図が分からなくて、さっきから四朗は会話を先回りして、そればっかり気にしていた。これは、思えば癖みたいなものだ。‥多分職業病。
よかった、‥頭がちょっと冷えてきた。ちょっと‥冷静になって来た。
考えられる。この状況が‥把握できる。
‥でも、ちっとも分からない。ただ、「武生はさっきから、言いにくいことを言おうとしている」ということだけは分かった。
だけどそれは何なんだろう。
「それにあの時の事だって‥」
ちょっと間をおいて、武生が意を決してって感じで切り出した。
‥来た。
「あの時? 」
丁寧に言葉を拾うように、相槌を打つ。
たぶん、もう、顔は赤くない。
俺は顔をあげて、武生を見た。
「子供の時の」
今度は、武生が俯く。
きのせいか、ちょっと耳が赤い。
‥今度は武生か。一体何なんだ。
「子供の時? 何? なんかあったっけ? 」
‥子供の時? なんだ、急に古い話?
「‥俺が、一緒に風呂に入った時「なんで、お前ないのって‥」」
「ん? そんなこと言ったっけ? 」
‥急にそんなこと‥言われたら恥ずかしいんだけど‥。
四朗は思わず周りを見回す。
だけど、当たり前の事ながら周りには誰もいなかった。
そりゃそうだろう。人の気配を読むのが上手い武生が、しかも、こんな人に聞かれたくない類の話をする時に、そんな手抜かりをするはずがない。
「‥忘れているわけはないだろ? だって。あの後お前、あきらかにおかしかったじゃないか」
俺に確認してきたが、でも、確認相変わらず視線は俺から外したままだ。
‥まあ。今視線を合わされても‥困る。
「「ああそうか、そういえば、皆と違うんだから、一緒にお風呂に入ったりしない方がいいんだな」って自覚した、それ位? あの後おかしかった‥? 」
なるべく普通に、俺は言った。(大丈夫かな、声が裏返ったりしていないかな)
‥ああ、あの後、紅葉ちゃんとすり替わったからな‥。いや、確かにちょっとはおかしかったっけ‥ちょっと間武生と顔は合わせたくないとは思ったか‥。そりゃあ、繊細な少年時代だ、思っただろうな。‥まあ、幼馴染にそんなこと改めて言われたら、嫌だわな、
だけどその後のことが大変過ぎて‥けっこうそれどころじゃなかったかも‥。
でも‥。
「武生。まあ。とにかく、これ以上お前はそのことで俺に対して、後ろめたい気持ちを持つのをやめろ。寧ろ恥ずかしい」
寧ろ、それだ。俺は、ちょっと武生から顔を逸らした。
顔がちょっと熱くなっていたから‥。
「‥ああ」
‥まあ‥そうだな。そんな風な目で見られてると気付くと、嫌だわな。
武生も、それに気づいたようだ。
そして、俺は‥
「気になってたこと‥、聞けてよかったな。武生のことだ、ずっと言えずにいたんだろ? かえって、ごめんな」
ぽつりと呟く。
ふ、と小さく笑ってしまった。
「いや‥」
ぽつり、と武生が言って、小さく「俺こそ、変な話してすまん」と謝った。
「俺はね。もう、素直じゃないのは、‥骨身に染みついちゃったもので、仕方ないと思ってる。でも、そうだね。武生といる時くらい「俺はホントにそう思ってるのかな」って考えてみるのもいいのかもしれないな。‥それも疲れるから、毎日やらない方がちょうどいいのかもしれないね。‥遠くに、でもそういう存在が自分には確かにいるって‥いいことだね」
不器用な笑顔になってしまった。
でも、‥この笑顔は作ったものじゃなかったのかもしれない。
俺も大概、不器用だよなあ‥。
幼馴染の武生は、不器用で、不愛想で‥でも、本当に真っ直ぐで優しい。
俺の当たり前だと思ってきたことを、心配してくれたり、怒ってくれたり‥。きっと、最後の良心だとか、代弁者だとかそういう存在‥。俺は、そんな幼馴染との付き合いは、これからも変わらず続いていくんだという事に、ただ‥
嬉しい気持ちになったんだ。




