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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
補充の章それぞれの『克服』
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1-1.武生の嫌悪感の正体

武生目線

 紅葉さんが当主の仕事を手伝っているのを、初めて見た。

 穏やかな微笑みで、依頼主から緊張が抜けていくのが分かった。

 紅葉さんらしいって思った。

 これが、西遠寺の鏡の能力の入りだしだということは聞いていたからわかる。

 ふと

 四朗のことを思い出した。

 あの時、確かまだ十歳になってなかった時だ。

 (つまり、四朗が紅葉さんと入れ替わる前)

 四朗が英会話だか何かの講師と話していたのをほんの偶然見てしまった。

 相手の目を見て、四朗が表情を緩める。

 絡まるような視線が相手を捕らえ、四朗の琥珀色の瞳が、ハチミツみたいにとろっと溶けだす。溶けだして、相手の瞳と混じりあう。

 そんな錯覚をした。

 妖艶で、美しくって、きっと目の前であの笑みを向けられたら目を逸らせない。惹きつけられずにいられない。

 同時に、耐えられないような嫌悪感に襲われた。気付けば、その場から逃げ出していた。

 ‥不潔だ。

 でも、そんなこと幼馴染に感じてしまうことに、また、嫌悪感を持つ。

 だって、あいつは相生なんだから、仕方がない。「仕事」なんだから。

 あの時から、多少大人になったが、四朗の仕事の時にする表情に対する嫌悪感は変わらない。

 軽蔑はしない、でも

 好きになれない。

 相生は、影だ。

 紅葉さんの陽だまりの様な笑顔を見たときに、初めて今までの嫌悪感の正体が分かった。

 光があって影があるって話ではない。明るいか、暗いかっていうと「暗い」っていう意味での「影」だ。

 ‥いや、暗いではないな。「明るくない」。更に言うと、健康的ではない。

 ああ、それだ。

 紅葉さんは、健康的で、四朗は病的なんだ。

 四朗が一部の女子から「魔性の‥」って言われてたけど、まさにそれだ。

 聞いた時には「四朗のこと知りもしないのに、嫌なこと言うなよ」って思ったけど、‥あの四朗を言葉で表すときっと「魔性の‥」になるのだろう。

 魔性の四朗も、ぼーとしてあれこれ悩んでばっかりいる四朗も、意外と鈍かったり、不器用だったりする四朗も、全部四朗なんだ。

 四朗らしくないって嫌うのは‥それこそ本人に失礼なんだろう。



 相生そのものの四朗だって、俺の幼馴染だって、四朗には変わりないって話。

 紅葉さんから、西遠寺の跡取りの話を聞いた。西遠寺 春彦が当主、柊 紅葉がその補佐。今までの様に、夫婦で支えあってではなく、仕事として春彦氏だけが西遠寺の当主になる。そして、それは紅葉も一緒。それと、‥四朗を推す声もあったって話も。

 


 俺には、旧家の事情やなんかは、正直分からない。だけど、四朗が関わらずに済んで良かったって思う。‥じゃあ紅葉さんはっていうと、四朗とは事情が違う気がする。

 彼女は、四朗とは違う。もっと、しなやかで大人で、物事を割り切って考えられる。

 四朗みたいに「可哀そうな」感じにならない。

 だから安心できるんだ。

 器用じゃないくせに、器用っぽく馴染んだ振りなんてして、ガラでもないのに何でも分かってる大人みたいに振舞う四朗なんて、もう見たくない。

 四朗がそうなったの、‥そうするのは別に俺のせいじゃないし、俺がどうこう出来るものでは無い。

 俺が嫌だって言っても、どうすることも出来ないし、四朗だって「じゃあ止める」なんて言わないだろう。

 ‥別に、俺も何としても何とかしたいって思ってるわけではない。

 この頃では、「難なく何でもこなせる四朗って、凄いな。頼りになるな」と認められるようになってきた。‥やっとだ。

 あの頃程、青くなくなったってことだろう。

 だけど、俺だけは‥四朗を知ってる俺たちだけは、四朗が本当はそうじゃないって分かってあげないとって思う。四朗のこと、ちゃんと見ててやらないと、って思う。

 


 四朗に、紅葉ちゃんが西遠寺に就職するって話した時、四朗は驚いたような顔を一瞬して。

「そっか。良かったな」

 って、笑顔を向けられた。

 その笑顔は、見慣れた、営業用スマイル‥相生の微笑み。

 四朗にとっては、条件反射なんだろうけど、‥‥他人行儀かって無性に腹が立った。

「その笑顔、ヤメロ」

 感情のまま言ってしまった。

「またそれか。‥前も言ったよな。何なんだ」

 四朗が呆れた様な顔で見てきた。

 俺は、でも「一度ちゃんと話した方がいい」って思ったんだ。そして、それは今だってことも。一度ばしっと言ってやる。「冷めた顔して分かったふりするな」って。

 だけど

「‥俺とお前はそんなに親しくないか? ‥離れて暮らしても幼馴染には違いないだろ? 他人行儀な態度はやめろよ」

 思ったのとちょっと違った言葉が出てしまった。

 だけど、‥言い直しはしないでおこうと思った。それは、きっと自分の本心だったから。

 俺は、思えばずっと不満だったんだ。四朗が自分にまで、弱みを見せないのが。

「そう見える? 」

 四朗は、小さくため息をついて視線を落とした。

「そう見えるじゃなくて、そうだろ。寂しいなら寂しいって言えよ」

 ただ、真っ直ぐ四朗を睨み付けた。

 言い逃れなんて、させないって思った。

 四朗が、困った様な顔になったけど、でも、目は逸らさなかった。

「‥お前、ホント変わったなあ。なんで、俺がお前がいなくなって寂しいとか言うと思うんだよ」

 ため息と一緒に吐き出された言葉が苦しそうだ。

「俺が思ってるんじゃなくて、お前が‥」

 俺は、でも追撃の手を休めてなんてやらない。‥今止めたら今までと一緒だ。

「ストップ」

 四朗が武生の言葉を制止する。

「わかった。認める。俺はお前が羨ましい。それに、俺はお前がいないときっと寂しい。‥武生はどうなんだよ」

 降参‥って、弱弱しく笑う。

「寂しいよ。‥凄くな」

 真っ直ぐ四朗を見て、言う。

「お前みたいな、素直じゃなくて、寂しがりで、無理ばっかりする幼馴染置いていくなんて、心配で仕方ないし、‥寂しくて仕方ない」

「な‥! 」

 目の前の四朗が赤面する。

「‥昔、俺はお前が相生で働くのが嫌だったんだ。‥幼馴染が、婀娜っぽく笑うのを見るのがホントに嫌だったんだ。不潔だって思った。‥同時に可哀そうで、見てられなかった。だから、俺はお前を相生から逃がしてあげられたら、そう思ってた」

「逃がすって‥。というか、武生お前そんな風に思ってたのか? 」

 四朗が眉間にしわを寄せて、俺を見た。呆れた様な、不満そうな‥複雑な表情を浮かべている。

 俺はそんな四朗に構わず、言葉を続ける。

「だから、菊子のことといいながら、‥傍にいたらお前の事ちょっとは守れるかも、って思ってたんだ。だけど、お前は俺が守らなくても、当たり前だけど、ちゃんとやってる」

「そりゃあ、そうだろう」

 四朗の顔が、いつの間にか無表情に戻っている。

 ああ、ダメだ。ここで「なあなあ」でながしてちゃ、ダメだ。

「お前に失礼なことしてきたなって」

「うん」

 四朗が、俺の言葉の裏の裏を探ろうとして来てるのが分かる。

 ‥ホントにこいつは、人の話を素直に聞かない。

 もっと、シンプルに人の話を聞けばいいのに。

 だから、俺は‥せめて、俺はシンプルに言わなきゃって‥。

「それにあの時の事だって‥」

 俺が、だけど、言いにくさからちょっと言い淀んだ後、意を決して言い始めると、四朗が息を呑むのが分かった。

「あの時? 」

 丁寧に俺の言葉を拾うように、四朗が相槌を打つ。

「子供の時の」

 意を決したものの‥なかなか言い出しにくい。

「子供の時? 何? なんかあったっけ? 」

 四朗が眉間にしわを寄せて、首を傾げる。

「‥俺が、一緒に風呂に入った時「なんで、お前ないのって‥」」

「ん? そんなこと言ったっけ? 」

 赤面した四朗が咄嗟に周りを見回して、誰もいないことに安堵する。

 ‥そりゃいない。いくら俺だって、人がいるときにこんな話なんてしない。

 人の気配を読むのは得意だ。

「‥忘れているわけはないだろ? だって。あの後お前、あきらかにおかしかったじゃないか」

「「ああそうか、そういえば、皆と違うんだから、一緒にお風呂に入ったりしない方がいいんだな」って自覚した、それ位? あの後おかしかった‥? 」

 きょとん、とした顔をして首を傾げたあと、何やら記憶を探って「そうだったかも? 」と思い当たる節にぶち当たったようだ、二・三回頷いた。

 が、

「武生。まあ。とにかく、これ以上お前はそのことで俺に対して、後ろめたい気持ちを持つのをやめろ。寧ろ恥ずかしい」

 赤面しながら、俺から視線をそらした。

「‥ああ」

 まあ‥そうだな。そんな風な目で見られてると気付くと、嫌だわな。

 そこで、やっと俺も「ちょっと悪いことした」って‥正気に戻った。

 ふ、と四朗が困った様な笑顔で俺を見る。

「気になってたこと‥、聞けてよかったな。武生のことだ、ずっと言えずにいたんだろ? かえって、ごめんな」

「いや‥」

「俺はね。もう、素直じゃないのは、‥骨身に染みついちゃったもので、仕方ないと思ってる。でも、そうだね。武生といる時くらい「俺はホントにそう思ってるのかな」って考えてみるのもいいのかもしれないな。‥でも、それも疲れるから、毎日やらない方がちょうどいいのかもしれない」

 俺は、恥ずかしさから、俯いて目を伏せて、ただ目の前の幼馴染の言葉を聞いていた。

 四朗の顔は、もう赤面してはいなかった。

 その声もいつも通り穏やかで、どっこも作ったようなところは無くって‥それにちょっと不満を持った。

 でも、

「‥遠くに、でもそういう存在が自分には確かにいるって‥いいことだね」

 小声で付け加えて、ちょっと目を逸らした四朗の耳はやっぱり真っ赤で、

 それは、見逃してやった。

ちょっと、いろんな人の主観が混じっていてわかりにくかったので、主に武生目線と、武生以外の目線に分けました。


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