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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
十三章 未来を想う
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8-3.四朗パワーアップ

 頭を空っぽにすると。

 かえってざわざわと色んな声が聞こえてくる。

 そこで、努めて目の前にいる人に意識を向ける。その人の今話している声ではない、何か大事にしている言葉の様なものがどことなく聞こえてくる。

 大概は子供の頃の記憶‥って程でもないが、楽しい‥時に悲しい映像。

 ああ、‥この言葉は関西の方の言葉だな‥とか、意外にも英語だったり。外国の人だったら、もっと言葉も多様で、アメリカ人でもスペインの言葉が浮かんできたり。

 そんな情報がぶわっと心に入ってくる。それを一つ一つ整理する。

 所謂、記憶を読むわけではない。

 その人の中にある、言葉の記録を読む作業。

 それを、目の前にいる人と一緒にしていく。

 言葉の壁は、一つの大きな壁だ。

 時に、無駄だとわかっていても、東京の人間に見られたくて関西弁を封印したり、‥同郷の言葉につい涙したり。

 相生の力は、相手の言語脳を読み取る能力。

 ‥正直、何の特殊能力か、と思う。


 でも、そんなこと不思議に思ったことなかった。当たり前のことだったし、この力が消えたこともない。多分、消えないだろう。

 もし、そんな言葉が聞こえなくなったら、‥きっと寂しい。

 スマホ依存症なるものが巷でささやかれているが、‥そんな感覚にも近いかもしれない。

 ひいじいちゃんは孤独に耐えきれなくなった、と言っていた。

 つまり、若くして相生の『力』が消えたのだろう。

 だけど、自分は『臣霊』で、所謂人間ではない。自分に、力の枯渇は無関係だ、ただ、一人のマスターの関与が無ければ。


 マスター・桜。

 彼女は、唯一自分から力を‥記憶を奪える者。


「四朗。相手の呼吸に合わせて。それから、自分の頭を空っぽにして相手の気持ちに‥侵入して」

 侵入‥。その感覚がまだよくわからない。今までのように感じるだけとは違う。

 無理して相手の意識に入ろうとする。

 ぬらっと、というか、ぬめっというかこう生暖かい温い感覚に襲われる。

 ‥この前感じた気持ち悪さだ。

 ‥これを乗り切らないといけない。

 ‥気持ち悪い気持ち悪い‥。

 いつまたっても心の中にそんな感覚が居座って、いつまでたっても空っぽにならない。

 ざわざわ‥じゃない、ぬるぬる‥。

 絡まりつく、息が苦しい。‥溺れる‥。


「は‥」

 あんまり気持ち悪くて、噛みしめていた口がちょっと開く。

 ため息なんだか、うめき声なんだか、無様な声が漏れたのにも気にしてられない程、苦しい。

「つっ‥」

 だけど桜は容赦なんてしない。顔色一つ変えない。

 じっと四朗を見ている。

「四朗、目を逸らさないで‥」

「目を、見て! 」


 す、っと霧が晴れたみたいに、気持ち悪さが消えた。

 辺りは、真っ暗だ。自分だけが立っている。否、もう一人自分が居る。大きな鏡‥、違う、これは‥水面だ。

 静かな水面。

「手を伸ばして、目の前の貴方に手を合わせて」

 桜には、四朗の見えているものが見えるのだろうか。

 手を伸ばして、四朗は目の前の自分の手に手を合わせた。


 ふっと、目の前の自分が笑う。


「‥! 」

 四朗‥。

 ‥楓‥。楓‥。

 穏やかな、桜の「自分」を呼ぶ声。そして、桜と四朗の子供として相生の家で暮らすことになった記憶。そして、父さんが自分を見る優しい目「篤博」って呼ぶ声。そして、何か大切なものを失って不安で仕方なかった自分を立ち直らせてくれた弟の存在。優しい静の母さん。

 全部、全部「四朗」そのものだった。

 父さん‥母さん‥。

 俺は、自分が『偽物』だって、どうして思っていたんだろう。

 失われた記憶ばかりが大事で、無いものばかりが重要で、他人と違うところばかりが気になっていた。

 どうにかその感情を克服したと思っていた。でも、違ってた。気にしないふりしてただけだった。

 

 ふっと、夜が明ける様に

 闇が輝く光に包まれた。


 そこには、桜の姿があった。

「いざ」

 道着姿の桜が木刀を構える。

 周りが止まっているみたいに、桜の姿だけが見える。

 動きが流れる水の様に見える。

 

 俺はその流れに逆らわない。そのまま木刀をかわして、暫く剣を交える。

 と、

 今だ!

 俺は踏み込んで、桜の喉元に木刀を突き付けた。

「お見事」

 わっと音が戻ってくる。

 ‥あの感覚‥。それに、俺‥。

「四朗。‥分かった? 」

 膝から崩れる様にその場に座り込んだ。手を差し出す桜を見上げて、無言でうなずいた。

 桜がふふ、っと笑う。

「濁った水じゃ、駄目ってことよ」

「‥はい‥」

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