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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
二章 柊 紅葉
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3.相生と西遠寺

「私はあなたがかわいいわ。命を狙われているのを知っていて、みすみす放っておくことなんてできないわ。だから、あそこに置いておくわけにはいかないの。あそこにはあなたのこと守れる人間はいないわ」

 誰かに聞かれるとまずい話だ。あの日、目の前のその、母と名乗った女性「西遠寺 桜」は抑えた声で話し始めた。

 俺は神妙に頷くと桜の顔を見た。長い黒髪とシトリントパーズの目が印象的な、美人‥というには、幼い印象のある女性。

 ちえちゃん、とは違った印象だ。こう、もっと高貴な日本人形を思わせる雰囲気だ。

 すごいな、じいさんより人形っぽい。

 当時、十歳の俺が思ったことは、確かそんなことだった。あの頃の俺は、自分がいうのもどうかと思うが、なんか冷めたガキだった。

「あっちも、まさか私の近くにいるとは思わないでしょうし。

いいこと、あなたはこれから私の遠縁で、後継者候補である「柊 紅葉(くれは)」として生活するの。そして、彼らに対抗できるだけの力を私の下で身につけてもらうわ。

自分の身は自分で守らないとね。その間は、紅葉が相生 四朗として生活する。表向きには、何一つ変わっていない」

 十歳の子供にそんな話をする桜もどうかと思うが。

「俺は命を狙われているのでしょう? じゃあ、俺に化けた紅葉という人が今度は狙われるんじゃないんですか? 」

 なんて返した当時十歳の俺も、相当なもんだろう。

 普通、もっと動揺するだろうが、あの時の俺は何故か、少しも動揺していなかった。

 動揺するとかそんな次元の話ではなかったからかもしれないが、今となってはよくわからない。

 とにかく、ひっそりと話し合いは行われた。

 だけどさすが十歳だ。誰に命を狙われているのか、とか、何故命を狙われているのか、とか何故それを桜が知っているのか、ということまでには考えが及ばなかったようだ。



それどころか、悲しいかなこの疑問に気づいたのも、最近だ。

 この疑問に気付いたから、「あの時」のことを思い出したということもある。



 あの時の事は、記憶力がいい(自分で言うのもなんだけど)俺は昨日の事のように覚えている。


 あの時、紅葉ちゃんの事を心配した四朗に、

「あの子は、貴方より才能があるから。西遠寺としての才能がね」

 桜はにやり、と笑った。

「西遠寺として才能? 」

 首を傾げる四朗に、桜が頷く。

「鏡の能力、よ」

「これですか? 」

 四朗は、自分の腕をしげしげ見ながら言った。

 筋肉のついていない、ほそっこい腕‥見たこともない、他人の腕だ。

 鏡の秘儀というらしい。さっき、桜に掛けられた。手足を動かしてみても、自分の感覚はちっとも変っていないが、鏡で見るそれは、全く違う。すごく変な感じだ。

 鏡の前で、よく似ているけれど「違う」顔が俺の動きに合わせて動く。動きだけ見たら、それは普通の鏡に映る自分と全く変わらなかったが、その顔も体つきも少し違った。

 感覚は、自分だし、触った感じも「正しく自分」なのだ。

 ほっそりとして見える腕も、自分で触ると筋肉がついたいつもの四朗本人の腕だ。

 何とも変な感じだ。

「見た目だけよ。自分で触ってわかったでしょ。だから、他人には触れられないように気を付けて。見られる位ならいいんだけど」

 ‥どういう仕組みなんだ。

 桜曰く、被り物をしているよりも、まだ出来の悪い状態、らしい。

「見た目の話をしているんじゃないの。流石に紅葉にも、鏡の秘儀は出来ないわ。そうではなく、技術の問題よ。

西遠寺は、鏡のように、あらゆる他人の力に合わせることが出来る一族なの。例えば、前から剣をふるった敵が来ても、その力そのままに返すことができる。反射的にね。

紅葉は、それが特別うまいの」

「つまり、すごく反射神経と適応能力が高い、と」

「まあ、そうね」

 桜がちょっと笑った。四朗は大きく頷く。

「相生の力にも共通する点がありますね」

「そう? 」

「相生は、水の一族と言われています。水の様に相手に合わせる一族と。でも、言語に関してのみです。相手の話す言葉がまるで自分のいつも話している言葉かの様に自分の頭の中に「入って」きます。だから、話している相手の言語が例えば、英語だとかフランス語だとか‥。相手に合わせて話しながら、俺たちは観察するんです。

 何か話し方に癖はないか、自国語で話すことによってみせる、相手のちょっとした気のゆるみも見逃さないように‥ただ、穏やかな関係を目を合わせている目の前の相手と築くんです。地味な力です」

 四朗の、優れた観察能力、記憶力はいわば職業病だ。それは、彼の祖父にも父親にも共通している。

「それも、反射神経と適応能力のなせる業? 」

「違うような、そうなような。無意識だから、超能力の様な特別な力なのか、反射的‥身体的なものなのかはわからないですね」

「まあ、西遠寺の力もそれとそう変わらないと思うわ。だけど、理論を納得しても出来なきゃ意味がないでしょ。貴方にはそれを覚えてもらうわ」

 俺は頷いた。

 それにしても‥と桜が呟く。

「ふふ、それで四郎様‥貴方のお父様は私と結婚してくれたのかしら」

「え? 」

「四朗様はご自分に相生の力がないことを嘆いておられた。だから子供には‥って。失礼な話よね」

 その顔は懐かしそうで、どこか寂しげだった。

「よく、受けましたね」

 自分が産まれる前の親の話は、なんとなく聞きたくない。それが、離婚をしているならなおさら、だ。

 俺は、話が暗くなるのを避けようと、わざと苦笑いの表情をつくって言った。

「そんなことどうだってよかったのよ。私は、あの人と結婚できればさえ」

 あっさりと桜が言う。

「好きだったんですね」

 あまりの現実味のない話に、自分の父親の事だ、と一瞬忘れていた。

 で、思い出し、ちょっと嫌な気分になる。

「ええ。そうね。一目惚れだったの。何て言っても、四朗様は凄く綺麗な人だったから」

「‥ああ」

 その答えには、ちょっと脱力した。

 顔だけ。なんか、父さんらしい見染められ方‥。

「正直なのもいいし」

「‥はあ」

 ‥この人と父さんは、どういう経緯で結婚したんだろう。

 じい様が許したってことは、なんか相生家にメリットがあったってことだよね。

 メリット‥なんだろ。

 ただ、そういうことを考えるのは、ひどく無駄で嫌なことに思えて、四朗はそれ以来、四朗から桜に聞くことは無かった。



「お加減はいかがですか? 」

 お茶を持ってきた女中が、気遣うように紅葉のふりをした俺を見た。

 現在の俺の状況は、「事故にあって数日寝ていたが、回復したので、入院を手配してくれた桜に快気祝いを持ってきた」だった。

 もちろん、事故は俺たち(紅葉と四郎)が入れ替わる為に桜が仕込んだことだ。

 俺も特に怪我もないが、大事を取って先日まで自宅療養をしていた。たぶん、紅葉も同じ状況だろう。

 精密検査をされたら、一発アウトだ。レントゲンなんてもっての外、触診も駄目だ。そこらへんは、何とか桜がごまかしてくれた。

 なんだか、今思っても偽装で入院する悪徳政治家みたいだった。

「ええ」

 と、女中に俺も言葉少なめに頷く。

 ‥あの頃は声までは無理だった。

 女中に、桜は何か言うでもなくにっこりと微笑んで見せた。そう言えばあまり、他の人と話しているのは見たことがない。

 女主人と、使用人。

 館に大勢いる人達と桜の関係は、その様に見えた。(多分、そうなのだろう)

 失踪している弟が一人。彼女の身内は今はそれだけだ。


 俺(=四郎)のことは、周囲には隠している様だった。戸籍には載っているから、隠し子ってわけではない。隠しているのは、存在そのものではない。多分、その辺りが俺が命を狙われている理由なんだろうな、と今では安易に推測できた。

 だけど、何を隠しているんだろう?

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