7-2.桐江の困惑 跡取り選考会の選考方法
そういえば‥今まで、跡取りを外から迎えたことはなかった。
はた、と桐江は思った。
今までにも後継者問題が全くなかったとは言えないが、こんなことになったことは思えば、ない。
必ず何人かいる姉妹、もしくは兄弟のうちの誰かが継いでいた。大概が、長女が当たり前のように。問題といっても、長女がどうしても嫌がったとかいう程度だ。確か何代か前にそういうことがあったらしいが、その時は結局次女が継いだはずだ。
今回の長男死亡次男逃走、長女駆け落ち、三女死亡なんていうことは、かって無かったことで、何もかも前例がないことずくめになっている。今はそう表には出てこられないが、先代の奥様旦那様も大層苦労なさったはずだ。
前例通りにいけば、なにも悩まなかった問題。それが、今最終段階として桜様にかかってきているのだ。そして、更に悪いことに、桜様にはお子様がおられない。
当主に子供がいない場合は、兄弟・姉妹の子供が次の当主となる。別に問題はない。
実は今回だって、それは変わらない。
桜様が継ぎ、桜様のお姉さまのご息女である紅葉様が後継者となられている。
だけど、紅葉様のお母様である蕗子様が駆け落ちという形で西遠寺を出ている。それが、西遠寺の年寄り衆の気にくわない点なのだ。
まあ、いちゃもん付けて自分の思う通りになる者を後継者につけたいだけなんだろう。そんなこと、おくびにも出さずに「やれ対面が」と言うみっともなさ。そんな考え、透けて見えてないとでも思っているわけは、しかしながらなかろう。‥完全に嘗められているのだ。
残り物の後継者が、偉そうな口を聞くなといったところか。
桐江は、ぎりっと歯がみした。
「反対されませんかね」
「言わせないわ。いいじゃない、公正で」
ふふ、と桜様が笑う。が、その目は笑っていない。何か、挑むみたいな目をしている。
「選考会‥。誰が審査するんですか? 」
桜様が「その気」なら、私がすべきことは、反対することではない。‥どうせ、反対したところで無駄なんだ。だから、失敗が無いように、案を詰める。‥桜様は、ちょっと行き当たりばったりなところがある。そして、そこには、必ずいくつか穴がある。責任感のあるお方だから、勿論その穴はご自分で陰ながら埋められるのだが、まあ、先につくらないに越したことはない。そして、それが私たちの仕事だと思っている。そして、そんな桜様の勢いを面白いと感じているのも、事実なんです。
さて、今回はどうだろうか。
「そりゃ、皆よ。気にくわないと文句を言っている年寄り全員と、あとは西遠寺の重鎮‥つまり、私の両親と祖父母ね」
ああ、やっぱりぼんやりしかビジョンがない。こんな時には、またそれとなくお手伝いをさせていただかなければなりません。
「どう審査いたしましょう? 」
と、ここで小菊にも話し合いに参加してもらう。意見を出し合うなら一人でも人数が多い方がいい。小菊は年齢も私たちより若いから、違った発想が出るだろうし。
「それなのよね‥、皆にぶっちぎりで認めさせたいし、こうなんか派手なことがしたいわ。もみ消せない位の。何かないかしら‥」
桜様のぼんやり発想も、ここで文句言っちゃだめ。注意しちゃダメ。我慢我慢。
「派手‥。クイズ大会でもしますか? 」
と、小菊。小菊は色んな意味で発想が、違う。皆と。「クイズ大会ってなんじゃ?! 」突っ込みたいがここは、スルー。「成程ねえ」「他は? 」とお決まりの議事進行。ブレーンストーミングの手法だ。ブレーンストーミングのルールは他の人の意見に意見を言わないこと。自由にアイデアを出し合うことが目的なのだ。批判されたりしたら、萎縮しちゃって自由にアイデアが出せないですからね。自由人な桜様達と一つの議題について議論するのにもってこいの手法だ。メモ係は私、桐江の仕事だ。
「派手ね確かに。他には‥」
ふと、桜様の動きが止まった。一瞬の沈黙の後、にやりと悪い笑いをする。‥嫌な予感しかしない。
突っ込まない。突っ込まない‥。桜様がどんなにくだらないこと言っても突っ込まない‥。
聖人の姿勢で私は桜様に発言を促す。「桜様、どうなさったのですか? 」
「例えば、四朗の魔性の笑みに勝てる精神力だとか‥」
今度は私と小菊の動きが止まった。
‥なにそれ、面白い‥。
「‥それは手ごわいですわね‥」
「まあ、嘘だけど。ちょっと面白いかなと思ったのよ‥」
実際に口に出して言って、桜様は顔を真っ赤にして照れている。
「年寄りは冗談は通じませんからね‥」
ふふ、と小菊と私も誤魔化したが、如何せん好奇心が勝る‥。
「でも、目に見てわかるし、周りが全員体感できるし、派手よね‥」
と、それは桜様も同じだったようだ。
「あり‥、かと」
「考えとくわ」
結局、何だかんだで実行されるんだろう。
‥本当に楽しみだ。
「まあ、それはあれだけど、ちょっと考えてることはあるのよね」
「考えていることですか? 」
私は、さっきまでと違う桜様の真剣な顔に、メモを書く手を止めた。
「ええ」
真剣な顔のまま、桜様が頷く。
「鏡の秘術を体感してもらうわ」
そして、自分の言ったことに満足がいかなかったらしく、二三回首を捻り
「秘術‥。違うわね。‥鏡を体感してもらうわ」
言い直した。
同じようで、全く異なることを。
「鏡」
私と小菊の声が被る。
桜様が、ふふ、と意地悪く笑うと常より低い声で話し始めた。
「闇の中で、何人もの自分と対峙してもらうわ。‥結構怖いのよ。これ」
「桜様は体験なさった事あるんですか? 」
「よくあるわ。悪夢を見てうなされて起きた時、鏡の秘術が暴走する時があるの。そしたら、‥会いたくないような時の私やら、幼い私やらの残像が形を結んでいるか結んでいないかの状態で部屋中に「あって」私を見てるの。思春期によくあったわ」
私と小菊は、声なくぞっとする。
益々、桜様の声が低くなる。完璧に「怪談を語る声」とテンションだ。
「全部自分だから、映像はぼんやりしてても、自分だってわかるのよねえ。それが全部こっちを向いて、何か語り掛けてるの。実際は声なんて出してないんだけどね」
「語り掛けている気がする‥。怖いですわね‥」
小菊がゴクリ、と唾を飲み恐る恐る声を出した。
「しかも、真夜中なんですよね‥」
と、私。
「しかも部屋中よ」
と、桜様。
三人はしばし黙った。
‥それは、絶対に嫌だ。
「自分の嫌な部分ってのは、ずっと自分の頭にあるわけだから、私が「見なくても」本人でずっと覚えてて頭にある。私は、それを「映す」だけ」
本当に、嫌だ。
「真っ暗な中でやりましょうねえ。しかも、一人ぼっちで」
小菊が黙ってぶるっと震えた。私も顔色無くしそうになったけど、ここはベテランの意地。なんとか留まりました。
「‥でも、それでは、いつも一緒にいる紅葉様が有利に見られませんか? 」
実際は、紅葉様もそんな体験はしたことがなくても、だ。周りはそうは思わない。
「どうでもいいわ。有利に見られようが、他の子に「これは出来ない」って認めさせたらいい。それだけだわ。駄目押しに、四朗。面白そうだわあ」
「‥男性の方にも、効きますかね、四朗様の‥色仕掛け」
「問題ないわ。四朗のあれ、は人間の一番弱いところに付け込んでくる‥催眠術よ。それこそ、月桂なんか目じゃない位の強力なね。それが四朗の顔でやるから色仕掛けに見えてるだけ。ナルシストな相生だからこそ極められた、お家芸よ」
「‥催眠術」
さっき桜様に精神的にやられて、またその息子の四朗様に催眠術で騙されて。参加者の皆様、無事で帰れるんだろうか‥。審査員の方も無事でいられない気がする。
「四朗様、参加してくださるかしら」
‥なんで小菊ちょっと面白そうって顔してるの。
あなたも、怖いわ。
「まともには頼まないわ。勿論、だって無理でしょ」
桜様なんて、あからさまに楽しそうだし。
私は、静観することにしました。
「そうですね」
桜様に付き合うのには、達観しないと無理ですからね。
「何となく、誤魔化して、騙してきてもらうわ。西遠寺の能力を思い出させる手掛かりを餌にしてもいいわ」
「あるんですか? 」
小菊がはっとした顔を桜様に向ける。なんだかんだ言って、小菊は弟のように四朗様を心配している。四朗様の憂いが晴れる手掛かりになるかも、と期待したのだろう。
が、桜様は首をちょっと傾げて
「もう一度入れればいいんじゃない? 西遠寺の能力」
適当。考え方が適当。
小菊もひきつった顔で固まっている。
しかも、‥四朗様、もはや玩具扱い‥。おかわいそうに‥。
「あ~でも、四朗を年寄りに見せるの嫌だなあ。欲しがられたら困るなあ。‥年寄り連中、口には出さなくてもそう思ってるだろうし。いや、四朗の口から断らせたらいいか。うん。いい機会だ。きっぱり断らせよう。いざとなったら、力ずく‥も四朗と紅葉相手じゃ効かないだろうし」
桜様が悪い笑顔で、にやり。
「‥‥‥」
‥悪魔がいる‥。




