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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
十三章 未来を想う
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7-1.桜・新しい始まり 跡取り選考会

「紅葉の今後は、紅葉で決めればいい。だけど、年寄りは黙らせたい」

 今日の桜は珍しくメガネを掛けて山と積まれた書類を片付けていた。日常生活に不便はないものの、紅葉は仕事中はこうしてメガネを掛けていることが多かった。曰く「メガネを掛けていると集中できるし、仕事モードに入れる」らしい。傍らでは、桐江が桜のチェックし終えた書類を受け取り、届け先別に分けている。

「桜様。紅葉様の出生をあれこれいう方々の事ですか? 」

 分けながら、桐江は送り先と内容を軽く確認している。そうしたことで、桜と情報を共有しているのだ。

 勿論、桜もそれをしっていて、本当にプライベートな書類は桐江に渡す前に封をしておく。まあ、プライベートな書類なんて特にはないのだけど。

「ええ、実力もないくせに、何て言っている奴らもいる。本当にそれは腹立たしいわ。私が、「姉の子だから贔屓してる」だの言われるのはまだしも、紅葉のことを「あんな駆け落ちした娘の子」とか言われるのは我慢ならないの」

 少々機嫌の悪い声を出したものの、仕事は相変わらず丁寧だ。大きな判子を一つ綺麗に押し、乾かすために横によける。

 桜は、普段はそう感情を表に出さない。

「そうですね。まあ、私は桜様を悪く言われるのも我慢なりませんが」

 相槌を打つ桐江もまた、然りだった。しかし、気持ちは同じといったところか、声に僅かながら怒気が含まれている。

 「でもね」と、桜が今日初めて仕事の手を止めた。

「武生さんとのこと、いいことだと思うわ。あの子が自分で決めたことだから‥嬉しかった。だって、今までの紅葉にはなかったことだわ」

 桐江にふわりと花が咲くような笑顔を向ける。

「そうですね」

 桐江も微笑んで頷き返す。紅葉に甘いのは桐江も同じだ。

「紅葉が幸せになるのが、一番だわ」

「ええ」

「だから、西遠寺の事なんて正直どうでもいいの。アンチ紅葉派が四朗を担ぎだそうとしてたみたいだけど、その動きもこの頃はおとなしくなってきてるみたいだしね」

 仕事を再開しながら、桜は至極どうでもよさそうに言い、書類を桐江に渡す。

「そうですわね」

「表からじゃ無理だったら、四朗を裏から‥つまり、裏西遠寺として西遠寺に入れる計画とやらも、あったらしいけど、あっちの方で「四朗にその才はない」って認められたみたいだし‥いいけど、なんか、傷つくわ」

 と、それは傷つくというより、腹が立つということが正しいらしく、書類を渡す動作が少し荒くなる。

 桐江は、苦笑して書類を受け取る。

「まあ‥四朗様は、そういう才は付加されてませんよね。臣霊としてのスキル的には」

 言ってみたが、「多分」と確証はない。

「一通りのこと位は出来るわよ、私が教えたんだから。それこそ、私の右腕位軽いわ。でも、四朗は楓になることは無いわ。もう、二度とね」

「寂しいですか? 」

「いいえ? むしろ、それでいいと思ってるわ。私が望んだことだわ。私は四朗を四朗様の跡継ぎにしたかったんだもの。なんて、‥私も未練たらしいわね。‥恥ずかしい」

 桜は、大きく息を吐きだした。

「四朗が決めるべきなのよね。四朗の事なんだから。‥私が決めることじゃないのよね‥。分かってるけど、もどかしいわ」

「桜様。我慢ですわ」

 どこか、落ち着かない桜を、桐江が微笑んで優しくたしなめた。

「‥まあ。今は四朗のことはいいわ」

 落ち着かなさを、一度瞳をつむって無理やり飲み込む。

「今は、紅葉の事。紅葉の将来の事。紅葉の名誉にかかわる話」

「そうですね」

 桐江が頷く。

「整理するわね。紅葉は、裏の力こそないけれど、西遠寺の跡継ぎとして、完璧な立ち振る舞いを身に着けている。これは、問題が無いわ。私が教えたんですもの。そして、たとえ総理大臣と対応したとしてもそれに臆することない精神力。これは、場数をどれだけ踏んできたか。これも問題はない」

「これは‥相生で鍛えられた分が大きいですかね。桜様が場数を踏ませてきたのは四朗様ですね」

 と、これは桐江が首を傾げる。

「‥まあ、あのおじい様だわ。容赦なく鍛えてくれていると信じているわ」

「私もそれは問題はないかと」

「だけど、さっき言ったみたいに、西遠寺の親戚の中には、駆け落ちした姉さんのことを悪く思っている者もいるし、その娘である紅葉のことも「駆け落ちした娘の子」と悪く見ている者もいる」

「腹立たしい話です」

「そして、紅葉を跡取りにと推している私に対しても、「身内の贔屓」だとか言っている」

「まことにもって腹立たしい話です」

 相槌を打つ桐江の顔つきが凶悪になっている。桜はそれに苦笑しながら、話を続ける。

「そんな状態で今紅葉が断ったら「やっぱり無理だったんだ。所詮ね」って紅葉の事嫌な風にみられるのは必定。私が怖気づいたと言われるかもしれないわね」

「そうですわね」

 もはや、桐江の凶悪顔は最高潮に達していて、さながら視線だけで人が殺せそうだ。

 「それでね」、と桜が苦笑する。ちょっと、「言おうか、言うまいか」という迷いを数秒見せてから、

「跡取り選考会をしようと思うの」

 ぽつり、と桜が言った。

「選考会‥ですか」

 桐江の目が真ん丸になり、「選考会‥」ともう一度声に出して呟いた。桜が頷き「そうそう、それがいいわ」と自分に納得させるように何度か呟く。

「そう、選考会」

「そこで、紅葉の実力を見せつけてやるわ。‥まあ、それでいい子がいたら、それはそれでみっけものだし」

「‥‥」

「いい考え。早速しましょう」

 もとは頑固で、思い込んだら突っ走るタイプの桜だ。

 こうなったら、もう止めることのできる人間などいないのだった。

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