5.博史は、だけど恋にはまだ興味がない。
相崎さんが、今帰っていった。
正直言って信じられない。あの、相崎さんが兄ちゃんと喧嘩をすることもなく(‥別に談笑もしていなかったが)普通に真面目な話をしていくなんて‥。しかも相崎の将来のことを考えていたなんて。
‥なんだかんだ言って、あの人も相崎の人間なんだな。
なんか安心した。
普段あんなだから、正直「大丈夫か? 」なんて思ってたけど‥。俺とは違うんだな、って今更の事だけど気付かされた。
将来かあ。
なんか、想像つかない。
今、将来について一番キラキラしているのは、やっぱりこの人、だろう。
俺は今、武生宅に遊びに行く前に「相談が‥」と相生家に寄った人物を、ぼんやりと見ている。
なんだか、またちょっと綺麗になった気がする。いや、元から綺麗だったんだけど、今までの「クールビューティー」って感じじゃなくって、こう輝くようにきれいになった。
今まではちょっと表情とかに、少年っぽさがあって、それが兄ちゃんと似てるように見せてたんだけど、今の紅葉さんにはそれがない。もう、ホント、女子にしか見えない。
恋の力って奴なのかな。
あの無表情な武生さん相手だのに、‥恋ってすごいなあ。
さらに、その相談ってのも「くっだらない」。もう「リア充爆発しろっ」ってよく言われるのが「わかるわかる」な感じのくっだらなさだ。
「武生さんって、何が好きなんでしょう? 」
「好きって、‥食べ物だよね? 」
それに、いつもと変わらない真面目な口調で「相談」に乗ってる、兄ちゃんマジ半端なく、大人。ホント、兄ちゃんは凄い。顔とかもだけど、俺は兄ちゃんの方がお勧めだと思うよ。優しいし。頭いいし。運動神経だっていいし。‥ちょっと悩みがちだけど、思慮深い方がいいでしょ。‥いや、支えてあげたいなってことで‥。母性本能くすぐらない??
まあ、ともかく。
紅葉さん、言っちゃなんだけど、趣味わかんない。‥まあ、俺も武生さんはいい人だとは思うけどね(兄ちゃんには劣るけど)しっかりしてるし、頭いいし、運動神経だっていいし。顔面鉄仮面で、表情からは何考えてるかわかりにくいうえに、言葉での意思疎通もそんなに出来てないし、さりげなく気が利くとかもないけど。
まあ、だけどこの相談。兄ちゃんには無理だろうから、俺が代わりに乗ってあげた方がよさそうだ。
「武生さんの好きな食べ物‥。そういえば、聞いたことない‥」
‥ちょっと、俺も気になるしね。興味本位って奴だ。
だって、あの武生さんが‥。好物食べるときってどんな顔するんだろ。‥いや、きっと素だ。絶対変わらない。「うまい」とか言わなさそう。そういうのって、作りがいがないよねえ。
そんな俺の横で
「昔からよく一緒にいるけど、俺も、そんな話はしたことない」
兄ちゃんが眉間にしわを寄せて首を傾げている。
そうだろうそうだろう。何故って、その理由俺はわかるよ。
「兄ちゃんは、普段から食事に興味がないから気が付かないんだよ。そういうことに目が向かないんだよ。それどころか、自分の好きなものも分からないんじゃない? ましてや、人の好みなんてわかるはずがないよ」
つまり、これだ。
「え? 」
兄ちゃんにはこの「当たり前の事」が分からないらしく、ぽかん、とした顔をしている。でも、まあ、これも想定内だ。
兄ちゃんは、普段何でもわかるのに、こういう「当たり前の事」が分からない。流行りやら、女の子の気持ちも分からない。そんな兄ちゃんを見たら「全くしょうがないな~」って思う。※注 博史も女の子の気持ちが分かるとは言い難い。
こういうところは、俺が何とかフォローしてあげないとね、って思う。
「え? 四朗様そうなのですか? 」
と、ここで菊子ちゃん登場。うん、ちょっと早かった。
「え? 」
ってまた首を傾げる兄ちゃんに「俺がさっきメールして呼んだんだ」と説明する。「ふうん? 」って兄ちゃんは首を傾げる。「それはそうとさっきの‥」と兄ちゃんが俺に向き変える。
「人を味音痴みたいに言わないでくれ。美味しいと思うことも、ある(多分。いや、あるだろう)」
きっぱりと、頼りない言葉を断言する。
なんだそれ、器用だな。
「うわあ、すごく自信なさげだな」
あ、つい言っちゃった。
「そんなことは、ない」
と、これもまた断言。ちょっと目が泳いだけど。そして、ふと思い出したように
「あれ、あの煮物、昨日の。あれは美味しかったと思う」
昨日って! 「昔から好きだった」ってものないの、兄ちゃん!
それに、昨日の煮物と言ったら‥
「あ、あれ作ったの、俺」
ちょっと、にやり、ってしてしまう。
「え! 」
と、それに驚いたのは、女性陣、菊子ちゃんと紅葉さん。その反応も、でも想定内だよ。お約束だねえ。
「博史君、お料理するんですか! 」
紅葉さんが驚いて、そしてキラキラとした尊敬の眼差しで俺を見る。
‥この顔は、可愛い。こんな顔されたら、男はもっと頑張っちゃうと思う。
「俺、頑張るから、見ててね! 」って言っちゃうと思う。
だがしかし
「俺のことはいいです。武生さんですよね。今は」
話はとにかく続けたい。
「え! あ、はい」
紅葉さんが慌てた様な顔で、力いっぱい頷いて、「すみません」ってちょっと謝る。
うん。これも可愛い。
もうホント、可愛い。ホント、今すぐ武生さんの恋人、やめないかな。
「ここで、いろいろ言ったところでこのメンバーじゃ答えは出ないだろうから菊子ちゃん呼んだんだ」
「あ~。成程ですね‥」「兄さまの好きなもの‥。そもそも、母さま、鍋料理位しか作らないからなあ」
菊子ちゃんが、「成程なるほど」と二度ほど頷いてから、首を傾げる。「ホント、そういえば‥なんだろ」と、本気で困っている。
‥そうだ。敵は手ごわい。兄ちゃんほどではないだろうけど。
「そうだな、紘子さん鍋好きだよな」
兄ちゃんが頷いている。でも、俺はここでちょっと疑問が。鍋‥
「好きかって言われると‥違うんですけど‥」
やっぱりね!
紘子おばさん、あんまり料理得意そうじゃないもんなあ。‥筋金入りのお嬢様育ちだし。同じくお嬢様育ちのうちの母さんも苦手だし。っていうか、うちの女性陣ほぼ全滅で、結局お清さんが作ってるし。相崎のうちなんて、お手伝いさんがそれこそ沢山いるから、たぶん奥さん料理作らないだろうな。
これからは、男だろうがお嬢様だろうが料理はできんといかんな!
「‥多分あんまり好き嫌いは無い気がします。ええと‥そうですわね。バターのにおいのするものは、多分好きじゃないんだと思います。バタークリームとか、クロワッサンとか、バターケーキとかいうのは、一切手を付けません。でも、ちょっとくらいなら大丈夫なのか、マドレーヌ位なら食べます。甘いものが嫌いってわけではないんですよ」
「甘いものばかりだね‥」
兄ちゃんが苦笑いをする。聞いてるだけで、甘ったるくなったんだろう。だけど、それは俺も一緒だ。紅葉さんだけは真面目な顔してメモを取っている。
「私がお菓子作りをしたときなんかに食べてもらうんです」
私、お菓子作りが趣味なんです。アピールなんだろう。菊子ちゃんが兄ちゃんを見ながら言った。兄ちゃんは、「へえ」って頷いてるだけだけど。‥兄ちゃん。その顔が無かったら、モテてなかったよ‥。女心わかんなすぎ‥。
「‥ご飯類は、なんでもよく食べるんですけどね。母さまは作らないですけど、‥外食したりはしますし」
苦笑いで撃沈した菊子ちゃんが、「そういえば」と、付け加えた。
‥おお、身内を呼んだ俺のチョイス、ナイスだ。こういうの、身内じゃないと分からないもんな。
「あ、あと生クリームも嫌いだよな」
おや、兄ちゃん。発言したね? 見てることもあるんだね?
‥生クリーム? 二人で甘いもの食べに行った?
「それは‥、ケーキについてる位なら食べていたような気がします」
「プリンアラモードだっけ、昔相崎の親父さんが御馳走してくてた時、武生殆ど何だかんだ言いながら菊子ちゃんのお皿に生クリーム置いてってたなあ、って思い出して」
ああ、‥すごい昔の記憶だなあ‥。なんか、あった様な気がするけど‥っていう位昔の記憶だねえ‥。
「ああ、あれ‥ホイップクリームだったんです」
そして、それについ昨日のことのように対応する菊子ちゃん。‥流石だ。
「ホイップ? ああ! 武生。ホイップも嫌いなんだ? 」
植物性、動物性の違いの話してる? つまり、脂っこい甘いものがニガテって話でしょ? つまり。別に不思議でも何でもないよ? 兄ちゃん。
「はい‥」
菊子ちゃんも、それは気付いたみたい‥。ちょっと困った顔して頷いた。
兄ちゃん、ホントに食事にもうちょっとでいいから、興味持って‥?
「バターとホイップがダメ。後は? 」
だから! 「俺は覚えてたぞ」みたいなドヤ顔しない!
「後は、多分ないです」
菊子ちゃんがいい笑顔を兄ちゃんに向ける。はい、菊子ちゃんの今日のお仕事終わり。紅葉ちゃん連れて、武生さんのとこに帰っていいよ!
‥俺は、「兄ちゃんご用達」の煮物でもつくるか!
博史君はまだ、恋愛には興味がないようです。
‥今のまま、何となく時が過ぎていけばいいのにな。無理だって分かるけど、せめて今だけはこのままでいたい。兄ちゃんが、これから先幸せに暮らせたらいいのに、って思う。その手伝いが俺に出来れば、って思う。
だって、たった一人の大切な兄弟なのだから。




