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相生様が偽物だということは誰も気づいていない。  作者: 大野 大樹
二章 柊 紅葉
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2.表向きは懐いています。

「母さん。今日は、ドイツ語の日だから、学校帰りにそのまま寄るね」

「え? それって昨日じゃなかった? 」

 母親は、そう、と家事の手も止めないで言い、怪訝そうな声で聴き返したのは、妹の千佳だった。

「昨日はフランス語とピアノ」

 柊 紅葉(くれは)は、ふふっと笑ってすましたような表情をつくった。

 まったく。

 千佳が大袈裟にため息をつく。

「先週から、今日は服を見に行こうねって約束してたと思うんだけど」

 じとっとした視線で紅葉を見上げる。シスコン気味な彼女は、姉が自分を構ってくれないのが面白くない。

「くれちゃんの為なんだからね」

 しかも、いつも「仕方がない姉を心配しています」って態度だ。

「ごめんごめん。姫がさ、今度の海外研修に私も連れて行ってくれるかもしれないんだ。それでさ、語学が出来る方がいいからって言って、ドイツ語教室を探してきてくだっさったのさ」

 そんな妹に苦笑しながら、紅葉は嬉しそうに「姫」の話をする。それを聞いて、千佳は更に不機嫌な顔になる。

 ‥また、姫! なんなのよ、あの魔性の女!

 「姫」とは、母方の本家である西遠寺家当主の西遠寺 桜のことである。母の実家と言っても、母の生家は分家で本家にいる「おば様」である西遠寺 桜に千佳たちが会ったのは、ほんの二三回だ。初めて会った時に、姉・紅葉は彼女に気に入られたらしいが、何があったのかは千佳は知らない。

 とにかくそんな姫に、姉は「後継者候補」として選ばれ、以来西遠寺家が、紅葉の習い事の経済的援助や、勉強会と色々サポートしている。

 今まで、千佳と遊んでいた時間が、語学だの剣術だのの時間に代わって行ったのもその時からだったわけだから、千佳には面白くない。

 ‥何が姫よ!

 その可愛らしい見かけから、館(西遠寺本宅)に住む者からは「姫」と呼ばれていたが、実際には、姫と呼ばれるほど若くないはずだ。

 しかも、その見かけも真実のものであるとは限らない。

 ‥実際は、凄いブスで年増かもしれないじゃない!

 というのも、西遠寺家は代々「鏡」という秘儀を使う一族であるからだ。

 その秘儀の中にいると、まるで鏡を見ているように、前で会話をしている相手が徐々に自分のように見えてきて、いつの間にかあたかも自分と対話しているような錯覚を覚える。独り言を言っているかのように対話相手は自分の全てをさらけ出してしまう。さらけ出さされてしまう。まったく恐ろしい術である。

 そして、当主である西遠寺 桜は誰よりもその術に優れていた。

 高等な「鏡」は、目の前の相手だけでなく遠くの誰かも映せる。目の前にいる者は自分が向き合っているのが桜本人の姿なのか、彼女が他の誰かを映しているのかは、わからない。それ程、彼女の鏡の映像は自然なのだ。

 見えているものが信じられない奇妙さ。自分のことを見透かされている様な居心地の悪さ。だから、一族の者は誰も彼女と顔を、‥正確に言えば目を‥合わせようとはしなかった。

 昔から館にいる者はみんな壊れ物を扱うように桜に接した。それは、桜にとって居心地の悪いものだった。

 勿論、桜が普段から必要もないのにそんなことをするはずがない。相手の心と「シンクロ」することは、とても難しい。自分と相性の合わない者であったら猶更だ。長時間となると、とてもじゃないが体力がもたない。

 だから、普段はそんなことはしない。それに、人の心を覗くような悪趣味なこと、必要もないのにしたくはない。だけど、そんな彼女の気持ちはわかってもらえない。

 結果、彼女は西遠寺家の中で「引きこもり」生活を送っている。顔だって、「見られたくない」とお面を被るように、鏡の秘儀を用いて隠している。そのお面が「お姫様」なのだ。

 しかし、この呼び方は何も、姫が「姫のお面をかぶり始めてから」ついた愛称ではない。姫に最も近しい使用人は、昔から桜のことを姫と呼んでいた。それがその姫のお面の様子に合っていたので、そのうち周りにも広がった。真相はそういうところだろうか? 実際のところはよくわからない。

 ‥一体誰を映しているんだろう。

 お姫様といっても、いわゆる西欧の「プリンセス」とは違う。西遠寺家の閑静であるが上品なお屋敷にぴったりな「お雛様」のような姫君である。

 そして、そんな深窓の姫君がなんのきまぐれか、分家筋の娘である柊 紅葉を次期当主として目をかけたのだ。そしていまでは、お互いに信用しあう姉妹の様な関係になっていた。

 ‥ホントのくれちゃんの姉妹は私なんだからね! 本当に面白くないったら! 

 千佳、怒り心頭である。

 母親の蕗子は、そんな紅葉のことを心配しながらも、「西遠寺の家を家出同然に出た」という後ろめたさから、西遠寺に対して強く出れない。(もとより、あんな大きな家にたてつくことなんてできない気がする)父親についても、同じような気持ちなんだろう。

 西遠寺の家からしてみたら、蕗子をかどわかした(もちろんかどわかしたわけではないのだが)男だ。快く思われているわけがない。

 だから、桜のすることについて二人は強く反対できない。だけど、何か思うところがある。といったところだろうか。

 そんな二人の心配をよそに、紅葉は西遠寺 桜のことを尊敬して、懐いていた。

 これが、今の桜と紅葉の周りから見えている現状である。

 表向きは。

 あくまで表向きは、である。

 実際は、桜は周りの視線や対応など気にするたちではないし、たぶん、あのお面も趣味だ。紅葉をかわいがっているというより、ある理由の為鍛えているに過ぎない。

 それも、その鍛え方が‥!

 外国語、剣道、座禅。もう、てんこ盛りだ。

 それらの知識を桜は紅葉に無理やり詰め込んだ。それはもう、寝る間も惜しんでの作業だった。そのあまりの事態に、勿論紅葉にあった反発なんかは、桜の有無も言えないような迫力によって完全拒否された。

 そして、紅葉は西遠寺家の後継者候補にふさわしい態度と技術、知識の基盤を手に入れた。

 そんなある日桜は紅葉に最上級の礼儀をとって(と、桜は言っている)頼んだのだ。

「息子の命を助けてやってほしい」

 と。

 桜によると、話を聞いた紅葉は、涙を流して感動して快諾してくれたという。

「私にできるのであれば」

 ‥あくまで桜の話だから真実は分からない。

「そんな優しい紅葉の心を無にしない様に、貴方は修行に力をいれなさい。それは、貴方が生き残る唯一の方法で、紅葉をあの家に戻してあげる唯一の方法なのよ」

 普段の優しい表情からは想像もつかない様な厳しい口調で母、西遠寺 桜は言った。

 まあ、俺に対する態度はこの七年間ほぼ、こうだ。

 十歳の時‥、そう、あの「事故」以来、だ。

 当時、命を狙われていた(らしい)俺は、桜によってここに連れてこられた。そして、事故を装って、俺と紅葉のすり替えは行われた。つまり、紅葉の代わりに相生の家で相生 四朗として暮らしているのが、本当の柊 紅葉なのだ。

 姫様も認める霊能力者で本物の柊 紅葉は、現在鏡の秘儀により相生 四朗として暮らしている。

 実際、鏡の秘儀を行っているのは、「臣霊」と呼ばれる桜の式神のようなものの力だ。その秘儀により、紅葉は普通の人には相生 四朗に見える。

 そして、俺=相生 四朗もそう。

 俺も、見かけは柊 紅葉に見える。自分で鏡を見ていても、柊 紅葉にしか見えないから、すごいものだ。

 だけど、中身は相生 四朗だ。

 では、あちらの相生 四郎は、中身は紅葉なのだろう。じゃあ、俺が命を狙われているであったら、彼女が危ないのではないか? と思うが、桜曰く、

「あの子は大丈夫」

 なのらしい。何が大丈夫なんだろうか? 。

「あの子には、鏡の臣霊と別に、用心棒をつけているから。その名も、月桂、最強の男よ。それより、問題は貴方よ。あんな遠隔地。臣霊を使っているとはいえ、鏡が持つのはせいぜい八年位。その間に、自分を守る力を身につけなさい」

 西遠寺家で、何の力もないのに「西遠寺として望まれる力」の修行をする。その地獄の日々! (例の紅葉に十年かけて詰め込んだそれ、だ)それを桜は

「私の息子である貴方にできないはずはないわ。それに、出来るようにならなきゃ、生きてはいけないわ」

 なんて、ことあるごとに言うんだ。

 本物の柊 紅葉はどうしているんだろう? 

 時々、そんなことを考えたりもする。言うなれば、命を狙われていたのは俺で、何の関係もないはずの柊 紅葉は、俺の為に彼の地で不自由な生活を強いられているわけだ。それが、心苦しい。


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