恋人
俺と高宮さんが付き合い始めてから、2週間が経った。
相変わらず彼は、所構わず甘えてくる。
特に、仕事仲間と呑みに行った時なんて、俺たちの仲がバレるのではないかと、ひやひやしたくらいだ。
そして、今日も今から仕事仲間と呑みに行く事になった。
「じゃあ、奥の座席にでも座ろうか」
社長が笑顔で言う。
社員達は順々に奥へと詰めていき、席に座った。
高宮さんは俺の隣だ。
社長の合図で乾杯をした後、社員のほとんどが酒を一気に呑み干し、おかわりを注文した。
「よく呑むよねぇ」
逆隣に座っていた中谷さんが苦笑する。
「凄いですよね。…皆もう完全に酔っちゃってますよ」
俺は酒と一緒に出されたお摘みを食べながら返事をする。
――と、急に右肩が重くなった。
「……?」
見てみると、高宮さんの頭が俺の肩に乗っている。
「………っ!!!!」
俺は一気に紅潮してしまった。
お摘みに伸ばした手の動きも、どこかぎこちない。
その様子を中谷さんは確りと見ていた。
「…佐々木、顔赤いけど大丈夫か?」
突然の質問に驚く俺。
何とか言い訳を考えた。
「はっ…、はい。少し呑み過ぎたかもしれません」
あぁ、この場に酒があって良かった。言い訳としては充分だ。
…だが、中谷さんは鋭かった。
「佐々木、ここに来てから一口も呑んでないだろう。…他に何かあるんじゃないのか?」
「……っ!!」
もう言い逃れは出来ない…、そんな状況だった。
そんな時に、さらに追い討ちが掛かった。
「……ん」
「……っ!!!???」
急に高宮さんの手が、俺の服の中に入ってきたのだ。
高宮さんの手は俺の上半身を無駄なく触り、終いにはベルトまで外そうとしてきた。
「ちょっ…、高宮さんっ」
俺は高宮さんの腕を掴む。
中谷さんは暫く黙って見ていたが、まるで全てを察したように、静かに口を開いた。
「……そうか。だから高宮の事ばかり気にしていたんだね」
少し皮肉っぽくもあり、少し悲しみも感じられる口調で。
「…えっと」
俺は中谷さんに掛けるべき言葉を探したが、それを見つける前に彼が口を開く。
「良いよ、気にしなくて。…ちょっとした僕の独り言さ」
「……っ」
何も言えなかった。
彼が悲しんでいるのを判っているのに…
「…勘定済ませておくね。…ついでに1杯つけておくよ」
中谷さんはそう言うと、直ぐに勘定を済ませ、店を出ていった。
……悪い事、したのかな…?
俺は暖簾をくぐって出ていく中谷さんを目で見送り、再び視線を高宮さんに移した。
彼は
「……ん…、ささ…き」
と寝言を言い、俺の服の裾を掴んだ。
「………っ!!!」
次第に彼は俺の肩から下りていき、遂には俺の膝元まで静かに下っていった。
今俺がこの場を退いたら、間違いなく彼は床に頭を打つだろう。
そう思い、俺は高宮さんの頭を俺の膝の上に乗せた。
……いつも変わらない、綺麗な顔…
俺はそっと、高宮さんの頬を撫でた。
…すべすべ、つやつや。
化粧水とか、沢山使ってそう…
普段は格好良い彼が、寝ている時はこんなにも可愛いなんて…
周りの女性がもっと彼に惹かれてっちゃうな…
俺は高宮さんの寝顔を誰よりも近くで見ることが出来るのを嬉しく思い、また、恋敵が増えるのが物凄く不安だった。
*†*
結局社員全員が解散したのは午前2時を回った頃だった。
「各自タクシーでも拾って帰るように~。…じゃあ、解散~」
酔った社長の掛け声で、各々が各地方へと散り散りになった。
俺は立つことも儘ならない高宮さんを抱き抱え――って言っても肩を貸しただけだけど…
暖簾をくぐった。
「高宮さんっ、大丈夫ですか?」
声を掛けたものの、彼は「んー」と言うだけで、まともに返事をしない。
「…はぁ。帰りますよ。…終電も行っちゃったし、今タクシー拾いますから」
俺は近くを走っていたタクシーを止め、高宮さんを奥に座らせた。
「狭川町まで」
「はい、判りました」
俺はドライバーにそう言い、寝ている高宮さんに自分の上着を掛けた。
ちなみに「狭川町」とは、高宮さんの家のある町だ。
タクシーは静かに運転し、外も夜のため物音が殆ど聞こえない。
だからだろうか。
隣で寝ている高宮さんの寝息が、際立って聞こえる。
…とん
「……っ!!!」
また、彼の頭が俺の肩に乗る。
「……く、ふ…ぅ…」
耳許で聞こえる声は、何とも云えない色気を帯びていた。
「……っ」
心臓がバクバクする。
…高宮さん……、エロすぎます…
気付いたら俺の手は、汗でびしょびしょだった。
「…お客さん、狭川町着きましたよ」
ドライバーが寝ている高宮さんを起こさないようにと小声で話し掛けてきた。
「ひっ…!…あ、はい。有り難うございました」
俺は突然声を掛けられたため驚き、焦ってしまった。
「……ん?あぁ、家か」
俺の声で起きた高宮さんが目を擦りながら呟いた。
「…あのっ、寝ているところを起こしてしまってすみませんっ」
俺は自分の大声で高宮さんを起こしてしまった事に罪悪感を感じていた。
しかし彼は、
「え…?あぁ、良いよ。寧ろ起こしてくれた事に感謝してるし…」
と言い、鞄の中から財布を取り出した。
「…でも……って、あっ!!ダメですよっ、お金なら俺が払いますからっ」
俺は彼が財布を手にしたのを見て、急いで彼の腕を掴んで止めた。
「あっ……」
彼の口から声が漏れる。
両腕を俺の両手が掴んでいるこの状況で、彼は何かしらを感じてしまったようだ。
「……えっと」
彼の艶のある声を聞き、俺は一気に身体が熱くなった。
「…と、とにかく俺が払いますから…。家、ここでしたよね?…えっと、じゃあ、お疲れ様でした。おやすみなさい」
俺は緊張のせいか、少し早口で別れの挨拶をし、彼の背中を押した。
「えっ、ちょっ…」
彼はタクシーから下りたものの、まだ何か言いたそうに此方を見てきた。
俺は今彼と目を合わせたら、恥ずかしさのあまり倒れちゃいそうだったので、彼から目を逸らし、タクシーのドアを閉めた。
そして、
「釜灯町までお願いします」
自宅のある場所までの運転を頼んだ。
――その時
…バンッ!!!
「っ!!??」
急にタクシーのドアが開き、必死そうな顔の高宮さんが現れた。
「…高宮さん?どうかしたんですか?」
俺はドアを開けたまま何も喋らない彼に話し掛けた。
彼は一呼吸おいてから、
「…佐々木、今日は泊まっていけ」
俺からしてみれば夢のような事を言ってきた。
……高宮さんからのお誘い…
……だが、ここであっさり「泊まる」とは言ってはいけない。
軽い男に見えるから。
なので俺は少し言葉を濁す事にした。
「…有り難うございます。…でも、せっかくのお誘いですが今日はこれで帰らせて頂きます」
高宮さんは少し、戸惑ったような表情を浮かべ、
「…だが、こんな時間にお前を帰す訳にはいかねぇ。…とにかく来いっ」
俺の腕を引っ張り、俺の身体をタクシーから出した。
お金は払っておいてあったので、ドライバーは一礼して、去って行ってしまった。
「……っ」
困惑している俺を見て、高宮さんが後ろから抱き締めてきた。
「……っ!!!」
肩許で香るシャンプーの香りがとても色気を出す物だった。
身長差のため彼が少し屈んでくれるのも、とても胸が高鳴るものだった。
「…高宮さん、酔ってますか?」
ぎこちなく話し掛ける俺に、高宮さんは直ぐに返事をしてきた。
「いや、寝てたら酔いが冷めた。…それよりこんな時間だ。…部屋入るぞ」
「…えっ…、あ、ハイ……って、ひぁっ!!」
高宮さんは俺が返事をしたのと同時に俺を軽々しく抱き上げた。
「やっ…、降ろしてくださいっ」
手足をバタつかせ抵抗する俺に彼は澄まし顔で言う。
「静かにしろ。もう夜中だ。…これ以上抵抗したらキスするぞ」
「………っ!!」
仕方なく俺は抵抗するのを止めた。
すると彼はマンションの部屋へ向かっていた足を突然止めた。
「……?」
…何かあったのかな?
「…あの、高宮さん…?」
不思議に思い、問いかける俺に急に影が被さった。
そして唇の体温を奪われる。
「………っ!!??」
何を思ったのか、高宮さんがキスを落としてきた。
「…っ、何でですか?…もう抵抗してないのに…」
訊ねる俺に彼は2回目のキスをする。
「…んっ……」
声が漏れるのは仕方がないだろう。
俺は呼吸し辛さに涙目になりながら彼を見た。
彼は、
「抵抗したらキスするって言ったら抵抗するのを止めるのかよ…」
苛立ったような口調で、そして少し寂しそうに言った。
「……っ、そんなこと…」
「…やっぱり俺だけだったんだな。…俺だけ片思いをしてるんだな。昔も…今でさえも…」
俺の言葉を遮るように、悲しみに満ちた声で高宮さんは呟いた。
………違う
俺だって高宮さんの事……
「……んで?何でそんな事言うんですか?」
何時の間にか俺の口調は強まり、彼に向けて言葉の矢を放っていた。
彼は俺を抱き抱えたまま、
「…タクシーを降りる時もそうだった。今さっきキスしようとした時も…。まるで俺の事を避けてるかのような言動を…」
今まで彼が抱えていたのであろう心の中に潜む悲しみの塊を全て吐き出した。
……違います、高宮さん…
「違うんです、誤解です」
俺は彼の胸の中で叫ぶ。
彼は静かに微笑んだまま、
「…良いんだ。もう、終わりにしよう」
別れ話を切り出してきた。
「…………っ!!!???」
嫌だ。彼と――高宮さんと離れたくない。
「何でそうなるんですか!?俺はこんなにも貴方の事を愛しているのに…!」
俺は彼の服の袖許を力強く掴んだ。
「……っ」
高宮さんは俺から目を逸らす。
「…嫌だ。…嫌だよ…っ。お願いだから、そんな事言わないでくださいっ」
俺は彼にすがり付いたまま、泣き叫んだ。
高宮さんは暫く黙っていた後、俺の頬を伝う涙を舐めた。
「……っ!!」
俺が目を見開くと彼は強く、でも優しく俺を抱く手に力を入れた。
「…あのっ、高宮さんっ…」
「泣かれるのは困る。…好きなヤツの泣き顔なんて見たくねぇ…」
俺が彼の袖を軽く摘まみながら言うと、彼は悲しそうな顔をしながら言ってきた。
――高宮さん…
俺はその言葉を貰った嬉しさのあまり、心に張り詰めていた糸が緩んだ。
―トンッ
「………っ!!!」
俺が彼の胸の中に顔を埋めると、彼の顔は一気に紅潮した。
「なっ…!!佐々木っ」
おどおどする彼がたまらなく可愛い。
俺はその体勢のまま高宮さんを急かす。
「…早く帰りましょう?」
彼は一度俺の目を見た後、
「それ相当の覚悟が出来てるようだな」
と言って、部屋の鍵を開けた。
*†*
「あっ、いやっ…。ダメっ…、高宮さっ…」
「…うわ、すげぇ中トロトロ…。可愛すぎんだろ」
「…えっ、ひぁっ!高宮さんっ!!」
部屋に入ったなり彼は俺を寝室へ連れ込み、指先で俺を犯そうとした。
「…あのっ…、声隣に聞こえて…」
「防音性だ。心配するな」
彼は俺のストップを無視して、さらに指の動きを速めた。
「…ん、あっ…」
もう…、限界だ…
「ダメ…ですっ。…もう、イっちゃう…っ」
うつ伏せになった俺が高宮さんに向かって言うと、彼は指の動きを止め、指を俺の穴から出した。
「……ふ、ぅ…」
……助かった
そう思ったのだが――
「指でイかせたくない。…そろそろ俺の、挿れて良いか?」
「………っ!!!」
そう言って自らも脱ぎはじめた。
「えっ、ちょっ…、ダメですって!」
俺は逃げようとしたが彼が俺の腰に手を回して止めたので動くことが出来なかった。
「…じゃあ挿れるぞ。…優しくシてやるから安心しろ」
彼は微笑みながら自らのモノを俺の穴へと挿してきた。
途端、身体中に痛みが回る。
「いっ……!」
頑張って踏ん張ろうと、俺はシーツにしがみ付いた。
「んっ…」
彼は苦しいだろうに俺のためを思ってか、ソレを一気には挿れず、少しずつ、挿れたり抜いたりした。
「…高宮…さんっ、…も、良いです。…挿れてください」
俺は首だけ振り向き、彼に言った。
彼は少し驚いたような表情を見せ、その後優しく微笑んだ。
「…そうか。…なら挿れるぞ」
その言葉が言い終わってすぐに、彼のモノが完全に俺の中に入る。
「…んあっ!!…くふっ…」
苦しさのあまり悶える俺を彼は優しく抱き締めた。
「……っ」
抱き締めてくれる事自体はとても嬉しいのだが、彼が俺を抱くために身体を曲げたので、俺と彼を繋いでいる境がさらにキツくなり、痛みが強まる。
「……んっ…」
暫く時間が経つと痛みは大分消えていた。
「…動かすぞ」
静かな空間の中で彼の発した言葉が静かに響く。
俺は頷いた。
彼は優しく、それでも必死に腰を動かした。
「…ふっ…あっ…!!」
俺の声が漏れる度に少し動きを弱めてくれる。
………なんでそんなに優しいんですか?
大分時間が経った時、痛みは完全に消え、代わりに快感が生まれていた。
「……あっ」
「…っ!!」
俺の喘ぎ声に少し変化があったのだろう。高宮さんはゆっくりとモノを抜き、動けないでいる俺を抱き締めてきた。
「…っ!!高宮さん!?」
驚いて首を振り向かせると、彼は泣きながらも微笑んでいた。
「……どうしたんですか?」
焦る俺に彼は嬉しそうに、
「いや…、あんなに下手だったのに感じてもらえたのが嬉しくて…」
と恥ずかしい事を言った。
「………っ!!」
途端、俺は紅潮した。
「…腰、大丈夫か?」
彼は優しく俺の腰に触れる。
「……ぅっ!!」
俺の身体が震える。
「…やり過ぎたか?」
彼は心配そうに俺の顔を覗き込む。
俺は首を横に振った。
「……いえ、大丈夫です。…凄く気持ち良かったし…」
顔を背けながら言う俺に、彼は一瞬頬を赤く染め、静かに俺の腰に口付けてきた。
「…くぁっ!!」
震える俺を見て彼は静かに頷いた。
「今日はもうシャワー浴びたらすぐ寝るぞ」
……終了の合図だ。
「…判りました」
俺は立ち上がろうと思い、身体を起こそうとしたが腰の痛みが激しく、すぐに倒れてしまった。
「……っ」
「佐々木っ、大丈夫か?」
そんな俺の傍に高宮さんはすぐに駆けつけてくれた。
「…はい。大丈夫です。…すぐ後を追うので、先にシャワー浴びててください」
俺は痛む腰を手で抑えながら言った。
…が、彼はシャワールームに行かず、またもや俺を抱き抱えてきた。
「えっ、あっ…あのっ」
抵抗出来ない俺に彼は優しく
「そんな状態で歩ける訳ねぇだろ。…俺が運んでやるから」
と言って、そのまま俺をシャワールームまで連れて行ってくれた。
彼の部屋に設置されているシャワールームは広かった。…と云うより風呂桶まであったので、シャワールームというよりバスルームといった方が良いだろう。
「…俺が汚した分、すぐに綺麗に流してやるから」
彼は立てない俺を抱き抱えたまま俺の身体を洗ってくれた。
「…すみません。こんな事……。俺、何時も高宮さんに迷惑ばかりかけて…」
俺は申し訳なさのあまり俯き、謝った。
彼はその様子を見るなり痛む腰を優しく撫でてきた。
「…あっ」
まだ…、気持ち良い
未だにあの時の快感が忘れられない。
「迷惑?全然かかってない。…寧ろもっと俺を頼れ。……俺と佐々木は恋人同士だろ?」
ボディーソープをシャワーで洗い流しながら彼は微笑んだ。
………っ
……「恋人同士」……
嬉しかった。
本当に嬉しかった。
彼に俺の事を「恋人」と認めて貰えたことも、もっと彼に甘えても良いという事を言って貰えたのも…
…俺と彼は繋がっている
そう思うだけで俺は幸せだった。
*†*
次の日俺は目映い光で目を覚ました。
「う……ん」
カーテンから差し込む朝日。時計を見るともう午前8時を回っていた。
隣を見るとまだ全裸の高宮さんが倒れ込むような状で寝ている。
……起こしちゃ悪いよな
俺は高宮さんを起こさないように静かに立ち上がり、朝食の用意を整えようとした。
――が、
「痛っ…」
昨夜の痛みがまだ消えていないようで、中々身体を起こす事が出来ない。
暫く頑張って起き上がろうとしていたが、
「あっ…」
バランスを崩してしまい、そのまま後ろに倒れてしまった。
「ぐふっ…」
その勢いで高宮さんが目を覚ます。
「…えっ、あっ、あっ…、高宮さん、おはようございますっ」
おどおどする俺に対し彼は、恐らく俺が倒れてきた時に当たったのであろう鳩尾を抑えながら身体を起こした。
「…あぁ、おはよう。…で、何しようとしてんだ?」
欠伸をしながら彼は訊く。
俺は一瞬戸惑ったが、言うことにした。
「……高宮さんのために朝食を作ろうと思って…」
彼は目を見開いた。
「…飯、作れるのか?」
……う。
痛い質問だ。
実は俺、手先が不器用すぎて料理なんかまともに出来た試しがない。
…だけど、そんな事言って高宮さんに愛想つかされるのも嫌だしな…
嫌われるのが怖かった俺はぎこちなく頷いた。
すると彼は笑顔を見せ、
「そうか。出来る嫁を貰った気分だ。…抱えててやるから何か作ってくれ」
と言った。
「…………え」
途端、俺の身体が宙に浮く。
彼は俺を抱き抱えたままキッチンへと行くと、冷蔵庫に入っていた食材を全て並べた。
「あっ…、あの…」
戸惑う俺に、
「何でも良い。…食べれる物ならな」
彼は優しくキスを落としてきた。
「……っ」
…………そんなに期待されても困る…
俺はとにかく簡単に、克つ綺麗な見た目、美味な物を作るため、並べられた食材を一通り見回し、俺でも作れそうな物を選んだ。
………サンドイッチにでもするか
俺はサンドイッチ用の薄く小さめのパンが入った袋に手を伸ばした。が、自由に動けないため、手が袋に届かず困っていた。
彼はそれに気付き、「あ、すまない」と言って袋を取ってくれた。
「あ…有り難うございます」
……やっぱ何か恐れ多いな
俺は身体を縮めた。
彼はそれをどう受け取ったのか、またもや腰を撫でてきた。
「えっ…、やっ…、ダメですっ」
慌てふためる俺を見て嬉しそうな微笑みを浮かべる彼。
「もっ、もう朝食作りませんよ?」
俺は恥ずかしさのあまり彼の胸から顔を離した。
彼は少し申し訳なさそうな顔をして、
「…悪い。ふざけ過ぎた。…朝食、作ってくれ」
離れた俺の頭に手を回し、抱き寄せてきた。
「……っ!!…こんな体勢じゃあ作れませんよ…」
困惑する俺を見て彼は「あっ」と言い、手を離した。
……本当にずるい。
何でそんなにカッコ良いんですか…
俺は再び朝食作りに取り掛かった。
*†*
「………おぉ、これは凄い」
高宮さんはテーブルの上に乗った料理を見るなり第一印象を述べてきた。
「…本当にすみません」
俺はただただ謝る事しか出来なかった。
「いや、良いよ。せっかく佐々木が作ってくれたんだ。食べなかったら勿体無いだろう?」
彼はそう言うと、奇妙な見た目の物体に手を伸ばした。
「ああっ、ダメですっ!そんな物食べたら確実にお腹壊しますって!!」
俺の忠告も聞かずに彼はそのまま怪しげな物体を口へと入れる。
「ん………っ」
一瞬彼の動きが止まった。
……どっ、どうすれば良い!!??
焦った俺はすぐに高宮さんの肩を擦った。
「絶対気分悪くなりましたよね?吐いてくださいっ!我慢なんかしなくて結構ですっ!!」
俺はずっと擦り続けていたが、彼の手が俺の手の動きを止めた。
「…高宮……さん?」
不思議に思って彼の顔を覗き込むと、彼が必死に物体を飲み込もうとしているのが判った。
…………っ!!!!!!
「もう良いですからっ!止めてください!貴方の身体が壊れたらどうするんですか!?」
俺は必死に止めようとしたが彼は聞かず、遂に物体を飲み込んでしまった。
「…………っ!!!!」
声にならない叫びが沸き上がってくる。
彼は苦しそうに物を喉に通した後、またすぐに残っている物体に手を伸ばした。
「ちょっ…、高宮さん!人の話聞いてますか!?俺の料理は殺人的威力を持ってるんです!!もうこれ以上食べないでくださいっ」
俺は必死になって高宮さんの手を掴んで止めた。
高宮さんは暫く俺の顔を見ていたが、奇妙な物体に目を移し、
「大丈夫だ。美味かった」
笑顔を向けてきた。
「………っ!!!」
…何でだよ
「何でそんな事言うんですか…。何で…」
自然と涙が溢れてきた。
――と、
俺の身体を彼が優しく包む。
「……っ」
声が出せない…
彼は優しく耳許で囁いた。
「…俺は佐々木が作ってくれた物なら何でも食べる。佐々木が俺に向けて贈ってくれた気持ちなんだから。…俺は佐々木の全てを受け止めるから…」
……涙が止まらなかった。
高宮さんがこんなにも俺の事を大事にしてくれていたなんて――
…本当に大好きだ。
この人が俺の恋人で良かった。
……世界一愛してる
この時俺は、改めて高宮さんに感謝した。