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欲望

佐々木慎司は、憧れだった上司、高宮壮介の家に泊まる事になったその日から、彼の知らない一面を見る事になる。

俺はそっと、静かに彼の唇に自分の唇を重ねた。

冬場なので乾燥しているのか、少しパサパサしているのに気付いた俺は、自分の舌で彼の唇を潤した。

ここまでで止まれば良いものの、俺の悪い癖―一度ストッパーを外したら、止まらなくなるという事が、この場でも起きた。

「……くふ、…ん…」

俺は1回のキスでは気持ちが収まらず、4回、5回と繰り返した。

彼はまだ、爆睡中だ。

6回目のキスをする前に、俺は新たな欲が生まれ出していた。

―――もっと深いモノがしたい

思ったらすぐ行動。―これも俺の良い癖でもあり、悪い癖でもある。

俺は自分の舌を彼の舌に絡めた。

いやらしい水音が部屋中に響きわたる。

…彼は決して俺の事を恋愛感情で好きにはなってくれない。

だから犯し犯される事もできない…

………ならせめて、口内だけでも犯させてください…

俺は息が続かなくなるまで彼の口内を犯し続けた。

「……くふ…、ん…」

……と、突如彼が目を覚ました。

「……………っ!!!」

沈黙が生まれる。

先に口を開いたのは高宮さんだった。

「…おはよう、佐々木。…何やってんの?」

引き吊った顔で。

「…お、おはようございます。…えっと………」

……………どうしよう。

………とにかく謝らなくちゃ…っ

「すみませんでしたっ!!」

俺はベッドの上で土下座をした。

…許して貰える訳がない…

「…俺っ、高宮さんが寝ているのを良い事に、酷い事を…っ」

…あぁ、どうしよう。

……物凄く泣きそうだ

しかし、高宮さんは全く怒らず、まるで何も無かったかのように接してきた。

「とにかく顔上げて。…飯、支度するから待ってろ」

「………っ」

普通に接してくれるのは有難い。

…だが、俺はそれを少し寂しくも思ってしまった。


*†*


次の日―。

今日は休みだ。たしか会社のお偉いさんの都合で何だか…、とかいってた気がする。

まぁ、どちらにせよ休日は休日だ。家でゴロゴロしていよう。

俺は最近仕事に追われていて中々読めなかったマンガを手に取り、ソファーに寝転がり読むことにした。

読み始めてから40分程度が経過した。俺の眠気は最頂点に達していた。

…そう言えば、昨夜全然眠れなかったもんな…

ふと、昨夜の事件が脳裏を過る。

……っ

思い出すだけで身体が熱くなったように感じた。

……高宮さん、今何してるかな?

そんなカレカノみたいな考えに囚われて、俺は携帯をズボンのポケットから取り出した。

メールボタンを押し、新規メール作成を選び、電話帳を開く。

………あれ?

電話帳を見て、俺は大変なことに気がついた。

…高宮さんのメアドが無い…

いや、メアドと言うより、高宮さんのデータが入ってないのだ。

そう言えば、アドレス交換をした覚えはない。

……最悪だ。俺ってなんでこんなにバカなんだろう…

俺は自分の情けなさに落ち込んだ。


夕方になってからだった。テレビのニュースを見たのは。

そこには思わず手に持っていたマグカップを落とし割ってしまう程衝撃的な内容が流れていた。

『続いてピックアップニュースです。…成瀬印刷会社の社員である、T・Sさん(24)が会社の資金を横領していた事が判明しました』

"成瀬印刷会社"とは、俺が勤めている会社だ。そして、容疑者として取り上げられている人のイニシャル…

T・Sって…

T⇒高宮

S⇒壮介

……なのか?

などと、考えてはいけない事を考えてしまった。

…いや、まさか高宮さんが横領なんかする訳がない。

そんなことはわかっていても、頭の何処か片隅で疑ってしまっている俺も居た。

…そう言えば高宮さん、会議室で怒られてたっけ……

処分がどうたら…とか……

俺はそこまで考えて、首を横に振った。

何考えてるんだ、俺!高宮さんの事を疑うなんて最低すぎるだろ!

……本当に…高宮さんな訳がないじゃないか…

"もしも"の事を考えると、胸が痛くなる。

もう高宮さんに会えなくなったらどうしよう、とか、最後に告白くらいしておくべきだった…とか…

そんなことを考えてしまう俺が何れだけ醜いことか…。俺だって判ってる。


そんな時、俺はふと、あの優しい上司…って言っても高宮さんも十分優しい上司なんだけどな

中谷さんの事を思い出した。

……そう言えば俺、中谷さんの電話番号知ってる…!

俺は急いで中谷さんに電話をした。

思いの外中谷さんは早く出てくれ、余り待ち時間はかからなかった。

「あのっ、突然お電話してしまい申し訳ありませんっ」

「…ん、別に良いよ?」

焦る俺に対して、温かい態度な中谷さん。

本当に中谷さんは良い人だよな。…とかつくづく思う。…と、言うより今はそんな事を思っている時間じゃなくて、

「あの…、もし良ければ、高宮さんの電話番号と住所、教えて戴けないでしょうか…?」

俺は中谷さんのゆっくりとした対応のお陰か、大分落ち着いてきた。

「ん~、そうだなぁ。本人の許可が必要なんだけど…」

困る中谷さん。

「えと…、今、俺急いでるんですっ!どうしても高宮さんと連絡取りたくてっ」

俺はまた焦り始めた。

ついに中谷さんは折れてくれたのか、苦笑混じりに

「…わかった。じゃあ、先ずは住所から教えるとするか。…メモ、取れるかぃ?」

と言って、俺に高宮さんの家の住所と電話番号、そしておまけにメールアドレスまで教えてくれた。

「…後で高宮にちゃんと言うんだよ?…それにしても本当に佐々木は高宮の事が好きなんだな」

通話の終わり際に、中谷さんは少しため息混じりに言った。

この詞は前にも聞いた覚えがある。

「…はい。大好きです。…もう、誰にも渡したくないくらいに。…勿論中谷さんにも渡しませんからね?」

「ハハハ、冗談を。…やはり高宮は可愛い部下を持ったようだね。…嫌になったらいつでも此方にお出で。キミのような出来る部下を貰いたいと考えてるんだ」

中谷さんはそう言い「じゃあ」と言って電話を切ってしまった。

中谷さんとの通話が終わった後、俺は上着を羽織り、カバン―って言っても余り大事な物は入ってないんだけど

を持って、急いで外に出た。

先ずは連絡が先だ。

俺は寒空の下、悴む手を吐息で温めながら、上着のポケットから携帯を取り出し、先程聞いたばかりの高宮さんの電話番号に電話を掛けた。

Tellll....

暫く時間が経ってから、高宮さんが電話に出た。

「…もしもし?」

高宮さんの詞が疑問系なのは恐らく、電話を掛けてきた相手が誰だか知らないからだろう。

「もしもしっ、あのっ、佐々木ですっ。佐々木慎司ですっ」

「…え、佐々木?」

「はい。…あの、今そちらに向かっているのですが…」

「えっ…"そちら"って俺の家か?」

高宮さんは相当動揺しているようだ。

「はい。…詳しい事は後で話しますね」

俺はそう言って切ろうとしたが、

「まっ…、待てっ!!…もう少し…あと1.2分で良いから待ってくれっ!」

高宮さんが引き延ばしてきた。

「……えっと」

「…その……、だな。…か、片付けしてねぇから…」

モゴモゴと口ごもりながら言う高宮さん。

……何か凄く可愛い…

「…フッ、わかりました。家の前で待ってますね」

「あぁ。そうしてくれ。…と言うより、お前笑っただろ…」

「はい」

…貴方が可愛すぎるから

「…っ。後で覚えとけよ」

「はい」

…貴方が好きです

「…じゃあ、今から片付けるから。…一応家に着いたらチャイム押せ。…っていうか、俺の家わかるか?」

「はい。中谷さんから教えてもらったので」

「そうか。…じゃあ、待ってるから」

「はい。…では、失礼します」

―通話が切れた。

……高宮さん…、貴方に『待ってるから』なんて言われたら俺…

俺は嬉しさの余り、跳び跳ねそうになったが、電車内で暴れる訳にもいかず、頭の中ではしゃぎまくっていた。

高宮さんの家に着いたのは、俺が自分の家を出てから30分程度経った頃だった。

午後8時30分を少し過ぎた頃―

ピンポーン…

チャイム音が響く。暫くしてから「ちょっと待ってろ」と言う声が聞こえ、ドアが開き、高宮さんが顔を出した。

……安心した

「何突っ立ってんだよ。風邪ひくぞ。…中入れ」

高宮さんは俺を手招き、部屋の中に入れてくれた。

男1人が暮らすには、充分すぎる広さの部屋だ。

…もしかして、誰かと一緒に住んでるのかも…

もっとじっくりと見たかったけれど、流石にまじまじと見廻す訳にもいかず、自分が座っているソファーに視線を向けた。

コーヒーを持って、高宮さんが俺の隣に座る。

「そう言えば、お前は此処にくるの、これで2回目になるんだな」

高宮さんはコーヒーを一口飲んでから言った。

…そう言えば、そうだ。俺は前にも此処に来ている。

「…はい。あの時は有り難うございました」

俺は横を向き、頭を下げた。

「そんなに堅苦しくしなくても…。…で、今日は何の用だ?随分急いでたみたいだけど…」

高宮さんが俺の目を見てきた。

そんな事ですら胸が高鳴る俺が辛い。

「…いぇ、何でもありません」

貴方が此処に居ると言うことは、あの容疑者は貴方じゃないって事だから…

「…少し、確かめたかった事があったんです。…でも、もう大丈夫です」

俺は微笑み、コーヒーを一口飲んだ。

「…………」

高宮さんは隣で、ずっと俺を見てきた。

…緊張するな

とか思った瞬間、

……チュッ

「…え」

急に高宮さんが俺の唇にキスを落としてきた。

「……あ、の…、高宮さん…」

俺が彼の方に正体すると、彼は俺をそのまま押し倒した。

…カシャンッ

その弾みで手に持っていたカップが落ち、コーヒーがこぼれる。

「…たっ、高宮さん…、コーヒー…。絨毯に染みちゃいます…っ」

俺はもがきながら、高宮さんに言った。

だが彼は「そんな事はどうでも良い」と言って、俺を離そうとはしない。

………嘘、だろ…?

こんな夢みたいな事が、俺の身に…

いや、これは多分夢だ。余りにも高宮さんの事を想いすぎた為に見た、空想だ…

俺はそう考えた。

―が、

「夢じゃない。…夢だったら覚めれば良い」

「…え?」

意味が判りません…

「…佐々木、あの日お前は俺に何をした?」

急に話題を…

しかもあの日って…

「答えろ、佐々木!!」

そんな…、そんな事を言ったら…

「…俺は…、高宮さんに嫌われたく…ない…です…」

知らない内に涙が一筋、頬を伝っていた。

高宮さんはそれを優しく撫で拭き、頬にキスをしてきた。

「…え、あ…あの…っ」

戸惑う俺に彼は澄まし顔で言った。

「…俺は受け入れる自信あるぞ。…お前の事」

「………っ!!」

…何だよ…、その言い方…

「…そんな言い方…しなくても良いじゃないですか…」

俺は彼を睨んだ。

「……佐々木、怒ってるのか?…なら謝る。すまない」

…何でそんなに軽々しく謝れるんだよ……

俺はバカだ。せっかくの高宮さんの好意を踏みにじった。

「……俺は好きだ。…佐々木の事」

……え

「勿論"部下"としても好きだが"恋人"としても大好きだ」

「…こ、恋人……?」

高宮…さん……

「…?お前は俺の事が好きじゃねぇのか?…俺たちは両想いじゃねぇのか!?」

高宮さんは俺に覆い被さるような状のまま、叫ぶ。

………夢じゃないんだよな…?

「…高宮さん……、俺…、高宮さんの事が好きです。…大好きです」

俺は微笑んだ。―彼だけに向けて

高宮さんは小さく頷き、俺の上からどいた。

そして、俺の腕を引き、

「…今から何処に行くか、判るな?」

妖しげな笑みを向けてきた。

「………っ!」

…これって…まさか…

いや、自意識過剰すぎるか…。何考えてるんだろ、俺

俺は黙って高宮さんについていった。


*†*


連れて来られたのは、案の定寝室だ。

「…此処も2度目だろう?なら問題はないよな」

高宮さんは俺の胸を軽く押し、ベッドに倒してきた。

「こっ…、この間のはただ睡眠を…」

俺がそこまで言い掛けた時、高宮さんの口から衝撃発言が飛び出る。

「……お前、あの時俺が寝ているお前に対して何もやらなかったとでも思ってんのか?」

「……え?」

…それって、どういう意味なんだ…?「俺、こう見えてかなり短気だから。…ずっと我慢してたけど、あの時に全て爆発した」

…言っている意味が……判りません…

「あの時俺は、お前の事を寝込み襲ったんだ」

「…………っ!!!!!!」

…言葉が出なかった。余りにも衝撃的すぎて。

ショックで。…それでも嬉しくて。

「悪い事をしたとは思ってる。…だが、仕方ねぇだろ。目の前で、ずっと好きだったヤツが裸で寝てたら誰だって襲いたくなるだろ?」

……好きな…ヤツって……

「…あの……、高宮…さん」

「…好きだ。俺は佐々木の事が大好きだ。…お前が入社して俺の下に付いてから、ずっと…ずっと好きだった…」

……俺もだ

「…もう一度言う。…俺は佐々木の事が大好きなんだ」

その途端、俺の中の内に秘めた気持ちが全て外に出ていった。

「………っ、佐々木っ!!」

俺は知らない内に、彼の服を脱がしていた。

彼は抵抗をしない。

おとなしく、俺が全てを脱がし終わるまでずっと黙っていた。

流石にこの体勢で脱がしたため、上下とも完全には脱がしきれてはいなかった。

それでも彼は微笑む。

「…佐々木に脱がされるなんて、新鮮だな」

笑顔でそんな事を言うなんて…、反則じゃないか…

「脱がしたって事は、俺の事を誘ってると見なして良いよな?」

高宮さんは再び妖しげな笑みを浮かべる。

「…えっと」

何も言い返せない…

「…まぁいい。たとえ許可が下りなくても、俺は自分のしたい通りにやる。…覚悟しておけよ」

高宮さんはそう言うと、俺の服を脱がしてきた。


上下綺麗に脱がされた俺は、上から高宮さんに抱きしめられる。

「………っ!!」

高宮さんの腕の中にいる…

そう考えると、身体が熱くなった。

腰に回していた彼の手が、だんだん下へ下りてくる。

そして―

「………っ、あっ…!!!」

優しく撫でるようにして俺の穴の回りを触る。

「…っ、あっ…、た…かみ…や…さ…」

漏れる声と共に、彼の名を呼ぶ。

彼は手の動きを止める気配は無い。

喘ぐ俺を見て、嬉しそうに微笑むだけだ。

次に彼は反対の手で、俺のモノを掴んだ。

「……い、ゃっ…」

無意識の内に身体がビクッと動く。

彼は暫く揉んでいたが、硬くなり初めた頃に、ソレを口に含んだ。

「……あっ、だっ…ダメですっ…!!…高宮さんっ…」俺は必死にもがき、高宮さんをソレから離そうとする。―が、高宮さんはソレをくわえたまま、一行に離れようとしない。

「……ひぁっ!!」

ついには、ソレに舌を絡めてきた。

いやらしい水音が部屋中に響き渡る。……高宮さん…、上手すぎだろ…

彼の犯し方は凄く上手だった。―…過去に誰か、男を犯した事があるのか…?

そう思うくらいに…

彼が手と舌の動きを同時進行しているため、俺の身体はもう、限界寸前のところまで達していた。

「……あっ…、も…、ダメ…っ。イクっ…、出るっ…」

身体が震える。

俺は高宮さんの髪を毟ようにして、引き離そうとしたが、彼はまだ離れない。

「…っ、ダメですっ…。高宮さんっ…、もう…良いですからっ…」

俺が言うと、彼の動きは止まった。

そして静かに俺のモノから口を離す。

ほのかに光るライトの灯りでモノと彼の口を繋ぐ糸が光って見える。

……エロい…

彼は此方を見て、不満げに言った。

「何が"もう良い"なんだ?俺はまだ納得がいかねぇ。…満足してねぇんだよ」

…真顔でよく、そんな事を…

此方が恥ずかしくなってくる…

彼は口を拭い、話を続けた。

「…それに俺、別に出されても良かったし。…寧ろ出して欲しかった…」

高宮さんの刺激的すぎる衝撃発言に俺は戸惑うばかりだ。

「…佐々木の出したヤツなら、何でも飲んでやるから」

最後に澄まし顔で、とんでもない事を言う彼―



……今日のこの何時間かの間で、何時もとは大分違う彼の一面を見る事が出来た気がする…

俺は彼に何と話し掛ければ良いのか判らずに、近くにあった掛け布団を手に取り、それにくるまった。

―と、後ろから彼が抱きしめてくる。

「……っ!!高宮さん…」

何でですか…。何で貴方はそんなにも俺に優しくするんですか…?

…そんな事を問いたかったけど、答は大体予想がつくので言わない事にした。



――俺は今、幸運を手にしているのかもしれない そんな事を不覚にも思ってしまった。

………自惚れすぎかな?




この日の夜は、これ以上は進まなかった。

…高宮さんに聞いたところ、明日出勤しないといけないから、という理由があったからだそうだ。

俺も明日、出勤しよう。当たり前の事だけれど、一つ確かめたい事があるから、絶対に出勤しよう―

俺は心の中で、そう決めていた。


*†*


「佐々木、遅いぞ」高宮さんが電車のホームで手を振る。

「待ってくださいっ」

俺は全速力で彼を追いかける。

「…2番線、もう来るぞ」

彼が振り返った時、俺は彼に追い付いた。

「…はぁっ…はぁ…」

息が上がって会話が出来ない。

そんな俺を暫く見ていた彼が発した詞…、それは……

「…ちょっ、佐々木っ…、エロい」

……エロい…

「そういう事されると、俺我慢できなくなるから」

…誉め言葉なのか貶してるのか……

高宮さんは顔を赤くしながら、「行くぞ」と言い、俺の手を引き、会社へと向かう電車に乗り込んだ。


車内は通学・通勤の人々で混雑していた。

隣の人の肩が押してくる。―と、

「…あっ!!」

その弾みによろけてしまった。

「…っ!!佐々木っ」

――その瞬間、俺は彼の力強い手によって、彼の腕の中に助けられる。

「………あ」

顔が熱い。

「…怪我、無いか?」

「…は、はい……」

心配してくれるのは有難い。…だが、公共の場でこんな体勢…

「…あ、すまない」

彼もその事に気付いたのだろう。俺の腕を放してくれた。「…すまない」

「……いえ、有り難うございます」


端から見れば、只の上司と部下だ。

だが俺たちは違う、違うんだ…

もう俺は、高宮さんの恋人なんだ。

胸を張って恋人なんだって言える立場になったんだ。


会社の最寄り駅に着いた。

改札を出た後も彼は、人混みに飲まれている俺の事を待っていてくれた。

やっとのことで改札を通過する事が出来た俺に彼が声を掛けた。

「佐々木は小柄だから、波に飲まれるんだよ」

「こっ…、小柄なんかじゃありませんっ」

否定する俺に、彼は

「…ん、可愛い」

と言って、額にキスを落としてきた。「…なっ!ひっ…、人が見てますっ」

動揺する俺に彼は言ってきた。

「別に人が居ようが居まいが関係ねぇ。…本当に好きならそんなもの気にしない筈だ」

「…それとこれとは話が別っ…」

反論しようとしたが、出来なかった。

あまりにも彼の目が真剣だったから…

彼は本気なんだ。

本気で俺の事を好きでいてくれてるんだ――


そう思うと、何も反論出来なかった。

「…じゃあ、一つだけ約束してください」

「何だ?」

俺の出す条件はこうだ。

「社内ではキス、禁止ですよ」

彼は少し躊躇った後、

「……判った」

渋々了承した。

そして、彼は会社の入り口前で、出勤前最後のキスを俺の唇に落としてきた。


*†*


ちなみに、ニュースで放送されていた、容疑者のT・Sは、全くもって高宮さんに関わりがなかった。

T⇒十池

S⇒志貴

と言う、入社4年目の真面目そうな人だった。

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