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コメットさん放浪記  作者: サトノハ
旅立ち
3/5

002 森の正体

 迷いの森に敢えて迷い込んだコラル族の若者コメット。傍から見れば無謀とも言える行為である。本人の知らぬ所で、森から標的にされ、五日。絶賛さ迷い中である。しかし、知らないとは恐ろしい。森がいくら排除を試みようとも暖簾に腕押し、糠に釘。もういっそ暖簾に五寸釘の様相でコメットは森の探索をやめない。その様は実に楽しそうである。

 森に棲む者たちとしても、最初は放置で良いと思った。幾ら過去の迷い人と勝手が違うと言っても、そこは人だ。少し惑わせてさえやれば、後は勝手に逃げるように去るだろうと先例に照らし合わせ達観していたのだ。しかし、この若者は本格的に毛色が違った。翌日になっても、そのまた翌日になっても森の中を彷徨い歩き続ける。奥へ、中心へ。彼らの方へ。このままでは見付かってしまう。焦った彼らは、本腰を入れてコメットを森から排除しようと試みた。


 あれやこれや。

 それやこれや。


 それはもうありとあらゆる手段を講じたのだが、コメットはどこ吹く風。結果を言えば通じなかった。

 対象の命まで奪うのは彼らの本意ではない。本意ではないのだが、臨時緊急会議の激論の末、種族の存続と矜持の維持という結論から、それも()しと可決、承認された。これまたコメットの預かり知らぬ所で、何やらきな臭くなっていた。

 一度ならず何度も、森の浅い所まで木が移動したかのように誘導された。森の中心へ向かっていたはずが、気が付いたら森を突き抜けようとしていたのだ。その間も、落とし穴や草を結んだ罠、何故か飛来する木の実による集中砲火など、地味な嫌がらせが其処彼処に仕掛けられていた。

 どうやら、この森の秘密は、中心部にあるようだ。

 折角森の入口付近に戻って来たので、これ幸いと、点在するシタタリの実、木の実やキノコ、小動物といった心許無くなってきた食糧を補給し、一息吐くと、もう何度目かになるかも分らないが、コメットは森の奥、中心部を目指し分け入った。

 順調に森の奥へと進むコメットの目前に大型の獣が姿を見せた。気配はなかった。クマほどの大きな体躯を持ちながら、ほとんど気配を発さないその獣の危険さをコメットは瞬時に理解した。


―これは、ヤバい。かなぁ。威圧感が半端ない。


 コメットはとりあえず、獣の爛々と光る目を見、視線を逸らさないようにする。

 迷信の類で死んだ振りをすると助かる様な事が言われているが、あれは真っ赤な嘘である。振りをしているはずが振りで無くなり、そのまま還らぬ人になること請け合いだ。それはそうだろう。無防備な姿を晒すのだから「どうぞ、お食べ下さい。」と言っているにも等しい行為だ。その精神に違いはあるが、釈迦のために自ら火に飛び込んだウサギと何ら変わらない。万が一にも助かる為には、獣から決して目を逸らさず、そおっとその場を後にするしかない。それでも『運が良ければ』という条件付きで、やっと助かる見込みが在るか無いかだ。

 そんなことより、目の前の獣は狩人の父が過去、仕留めてきたどんな獲物より大型で、獰猛そうだ。しかし、コメットの目的地はその獣の更に先。森の奥にあるのである。ここで退く訳にはいかない。しかし命は当然惜しい。

 家を出る時、命を掛ける覚悟は決めたが、それは、無茶や無謀で命を無駄にすることではない。ここは森の謎を諦めてでも命を最優先する場面だ。コメットは割とあっさり方針を切り替えると、じりじりと獣から目を逸らすことなく距離を開けようと後退る。

 しかし、獣は許してくれない。基本的に四足歩行だが、敵に遭遇した際、また、同属との縄張り争いなど、その獣は争う姿勢を見せる時、後ろ足二本で立ち、大きな体躯をまざまざと見せ付け威嚇する。その辺りもクマにそっくりな獣である。コメットが三歩、後退る毎に、獣も一歩、前進する。たったそれだけのことでやっと開いた距離が戻されてしまう。正に一進一退と言える。


―敏捷性では、こちらに分がありそうだけど…


 獣を観察するに、その動作は緩慢だ。コメットが勝機を見出せるとすれば、そこしかない。しかし、だからこそ、これほど接近するまで気配すら感知できなかったことが悔やまれる。恐らくだが、コメットと獣の間に横たわる僅かな距離は、この獣の間合いである。だからこそ姿を見せたのだろう。ネコが追い詰めたネズミを甚振るように、この獣もそんな心持ちなのかもしれない。

 狩人の本能が命の危険を警告する故か、額を伝う冷や汗が煩わしい。目に入ろうものなら、それは、獣に絶好の機会を与えてしまう事に他ならない。更に、額とは比べ物にならないほど大量に噴き出した冷や汗がコメットの背をぐっしょりと濡らす。緊張感で張り詰められた空気の中、獣を刺激しないよう慎重に額の汗を袖で拭う。そのまま、背負った矢筒から矢を二本抜き取った。更に後退りながら、肩に掛けた弓を外す。


― 一、二、三!


 流れるように弓に矢を番えながら後退ること三歩。獣が足を動かすその瞬間、その足を狙い、矢を射掛けた。その矢は風切り音を発し、鋭く獣に飛来する。


 が、あり得ないことに矢の軌道が僅かに逸れた。


 まるで見えない、風の様な何かが邪魔をしたようだ。


 コメットは驚いたが、それ所ではない。刹那、獣が大きな口を開け、咆哮を発した。


「グァァァァオォォォ!」

その、耳を劈く大音声が、唯でさえ他種族より耳の良い事で知られるコラル族であるコメットに、予想外の大ダメージを与える。鼓膜の振動で、三半規管が悲鳴を上げる。脳を直接揺さぶられた様な眩暈に耐えられず、思わず目を瞑ってしまった。


―しまった!


 暗転する視界の中、後悔するが遅い。獣が大きな隙を逃す筈もなく、一息に距離を詰めると、右前脚を振り上げる。そんな気配を察知し、次の瞬間にはその太く鋭い爪で、引き裂かれるのを覚悟した。

 覚悟はしたが、抵抗は止めない。不幸中の幸いか、敏捷性には分があるコメット。手探りで弓に矢を番えて、後ろに倒れながら一息に引き、絞り切ると、超至近距離でお見舞いした。イタチの最後っ屁である。流石の獣もまさかの抵抗に遭い、その矢は避け切れそうもない。それに、振り下ろした先にいた筈のコメットの身体は既にない。しかし、前脚を振り下ろす。ここでまた不可思議な現象が起こった。

 振り下ろされた獣の前脚が「グンッ」と、急加速し、その厚い毛皮を貫こうとした矢を(はた)き落した。自画自賛できるレベルの超人的な最後っ屁を見届けようと根性で目を見開いたコメット。


―えぇぇぇ。


 それは無いだろう。誰に向けて良いものかもわからないツッコミを入れた。


 森に棲む彼らにとって、まさかの抵抗を見せるコメットにも似たような評価を下されているのだが…。


 コメットにとって、得体の知れない何か、森に棲む者たちがこの獣の背後にいる。それはもう間違いないだろう。

 そこまで計算していた訳ではないが、背負い袋のお陰で後ろに倒れた際の衝撃は緩和された。ゴロリと横に転がることで、獣と再度距離を取る。

「グルルルル」

 喉を鳴らし、間合いを詰めようと迫る獣。その間合いを詰めさせまいとするコメット。攻撃に転じても獣の背後にいる何者かが邪魔をする。コメットに取れるのは逃げの一手しかない。が、それにもやはり問題がある。体力だ。一瞬の気の緩みが命の終わりに直結するこの状況下で、コメットの体力はゴリゴリと容赦なく削られていく。このままではジリ貧である。

 しかしながら、余程にコメットは動転していたのだろう。まだ、袋を背負ったまま獣と対峙していたことに背負い袋に助けられたことで漸くにして思い至った。荷物を捨てるという発想がこれまで出てこない程、獣との遭遇に面喰っていたのである。


―間抜けだよなぁ。


 全くである。

 しかし、己の間抜けさを認識したことで、冷静さを取り戻した。

 冴え渡る頭。拡がる視界。ここで状況を打破する光明が射す。

 拡がった視界の端に映るある姿が目に留まった。獣の向こう側。木の根元にひっそりと咲く一輪の花。淡い緑の茎や葉、くすんだ緑の(がく)に守られた、外側に行くほど青く、内側に行くほど白くなる天然のグラデーションを持つ花弁(はなびら)が折り重なるように八枚。その中心には黄色い(しべ)。儚げな印象を抱かせるそれは、淡い光を追いかけ、見失った場所で咲いていた、コメットに見えないように笑ったのと同じ花。

 コメットは、油断なく獣から目を離さずに距離を取り続けながらも、その花が妙に引っ掛かっていた。

 冴え渡った頭の片隅で、この森で遭遇したあれやこれや、それやこれや、地味だがどこか作為的な嫌がらせがフラッシュバックする。そのどの場面にもこの花の姿が見て取れる。初見の花の生態など知る由もないが、それにしては、余りにも偶然が過ぎる。この花がこの森の正体に何らかの関係があるのではないか。ここへ来て、コメットは一つの推論を得た。


―ならば!


 コメットは獣との距離を保ちながら、矢を番えると、ギリギリと引き絞って狙いを付けた。


 ドビュンッ!


 今までにないほど勢いの付いた矢が飛来する。その軌道は獣ではなく、花を目指して飛んで行く。が、その軌道上に獣が移動し、邪魔をする。そうなれば当然、


 ドスンッ!

「グァァオ!」

獣の腹に矢が突き刺さり、獣は、その余りの痛さに声を漏らす。左の後脚は膝を付き、右前脚で腹に突き刺さった矢の辺りを抑える。どこか人間臭い獣の姿を後目(しりめ)に、コメットは再度、矢を番え狙いを付けた。


「待って!」

静かな森に、澄んだ声が木霊した。

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