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ねた、なな〜虚弱娘のお話

先日の活動報告の加筆版。



 わたしは孤児だ。しかも親も身元もわからない孤児。

 ある極寒の吹雪く年末の日の明け方、田舎の教会にて激しく入り口の扉をノックする音がした。

 何だか何だとシスターがノックが続く扉を開ければ――不思議なもので、そこには人影が全く見当たらなかった。ただし、足元で白目をむいて痙攣していた赤ん坊のわたしを除いて。

 発見当時のわたしはといえば、襤褸同然のおくるみに包まれ、臍の緒がついたままの状態であったという。

 顔色も悪く、半分棺桶に足を突っ込んでいた状態の捨て子の赤ん坊は、すぐさま近くの医療所へ運ばれた。そして他の孤児のように、あれよあれよと教会から孤児院に引き取られ――ることもなかった。

 あれよあれよのパターンを止めたのは、わたしが運び込まれた医療所の薬師さんだった。


『こんな弱い子を孤児院に? はぁ、アンタらこの子を殺す気ィかい? 違う? 違わないさ、きちんとした医療が受けさす気はさらさらないんだろ? なわけないぃい? どのクチがいってんだい。孤児院への往診のたびに――生きてる子より死んだ子を見るほうが多いんだよ!!』


 当時の孤児院は、目もあてられないくらいに杜撰で、酷いの一言ではすまないくらいな管理体制だったそうだ。国からの税金や、多くの理解ある人たちからの寄付金を、上層部が着服し、子供らに使われるべきお金は汚い使い方をされていた。

 五年前のある事件がきっかけで、今ではそんなことはない。しかし当時のそんな孤児院にわたしをやれば、一日とも持たないほどだったそうだ――当時のわたしの命の灯火も、孤児院も。

 奥さんは普段から男前な方で、変人・バカと天才は紙一重な医師の旦那さんを尻に敷くことで有名な、とても姉御肌な人だった。


『いいかい?! この子はあたしらが引き取る! だからさっさと()ね!』

 あのときの啖呵は今でも語り継がれていて、わたしは患者さんたちから、よく絵物語の代わりに読み聞かせられて眠りについたものだ。

 ――まあ、とにかく。

 当時のわたしは、自分でいうのも何だが、かなーりやばかったらしい。

 あのひきつけは寒さから起こしていた類いのものではなく、超のつく瀕死状態故に、だったそうだ。おそらく、瀕死の状態で生まれてきたから、だとか。当時のわたしは、これでもか! というくらいのたくさんの病をその小さな併発していた。よく生まれてこれたな、と変人の旦那さんが、たまにしか見せない真面目な顔を見せたぐらいには。

 ――結果、どうにか命の危機を脱し生き延びたわたしだけれど、わたしは超が幾つもつく虚弱体質となった。生きて自発呼吸をするのが奇跡なくらいに。

 そして生き延びた後も、何度も何度も繰り返し死にかけた。

 ――ひとくち固形物を口に含めば咀嚼しきれずにつまた挙げ句に吐き、しかもうまく吐けずに気管支につまらせ危うく窒息。うまく咀嚼しても、なぜかつまらせ吐き、やはりうまく吐けず以下同文の有り様。

 結果、咀嚼がきちんとできる筋肉と体力がつくまで、経口接種は固形物から流動食に切り替え、栄養を補うために常に点滴。きちんと自分の歯で固形物を噛めたのは十を迎えてからだ。

 そんなわたしは、少し歩いただけで倒れた。当たり前だ、十までまともに食事を最後まで摂取した覚えがないからだ。食事といえば死と隣り合わせの苦行、毎回必要最低限な栄養をとるだけで死にかけたのだ、わたしは。

 そんな食事でまともに体力に必要な栄養がとれるわけがないだろう。今は一応固形物の経口摂取は可能になった。ここまで文字通り血と死と隣り合わせの訓練だった。

 このようなわたしは、もちろん金と手間がかかる患者であった。しかも薬代などを要求する相手が存在しない孤児ときた。

 実の子ではないのに。お金もかかるし、何しても死にかける子なのに。おふたりは、とてもとても愛情を注いでくれる。わたしが生還するまで寝ずに待ってくれるし――もしかしたら死ぬかもしれないのに、片時も離れませんと。

 奥さんはかなり照れ屋で恥ずかしがり屋でめったにでれないし、旦那さんはマッド過ぎて新しいお薬を開発しては爆発させるし。

 まだ、お母さんとお父さんと呼びたいけど、わたしも照れ屋でなかなかいえない、いまだに。

 おふたりとも、子育てを終えて老後に、わたしを育ててくれてありがとう。

 本来ならこんなわたしを引き取る人はおろか、わたしをこうして甲斐甲斐しく面倒を見てくれる人もいなかったろう。

 だからわたしは幸運なのだ。

 こんな境遇に生まれついたわたしを、見放すことなくここまで育ててくれたの十五まで育ててくださった。今この年になるまで、わたしはどれだけ死の淵に旅立ったか。一ヶ月に二、三回は旅立っていたような気がする。

 そんなわたしは虚弱体質だけれども、だからこそお二人に恩返しがしたい。

 虚弱だからと、恩返しが出来ない……実はそんなわけがなかったり。




 わたしには、健康な身体と引き換えに得たのかと思ってしまうくらいに、過ぎた不可思議な力がある。


「………」


 今日もわたしは自室の寝台の上で、上半身を起こし、窓の外を見る。窓硝子に映るわたしは、今日も素晴らしく蒼白だ。

 しかし蒼白はまだ良い方だ。下手したら土気色で、死の近い人が纏うという臭いまで放つ時がある。

 そして今日も、わたしには――


「いた、いた」


 わたしのいる自室(もと病室、病室から離れられなかったわたしは、結局医療所の病室のひとつを自室にしてしまった)からは医療所の玄関がよく見える。ほら、今日も常連患者のホセじいさんがこちらに手を振ってる。だからわたしも振り返す。


(ホセじいさん、マリアナばあさん)


 今の時間帯は、医療所が開始したばかりの時間帯。ホセじいさんを始め、たくさんの常連患者(血圧はかりに来たとか、薬もらいに来たとか、井戸端会議しにきただけとか)がたくさんくる。あ、マリアナばあさんも来た。今日はお薬をもらう日だね、確か。ホセじいさんは血圧はかりに、か。

 楽しげに笑いあう、平均年齢が高めな常連患者たち。そこへ混ざる、たまにくる普通の外来の患者。あ、今日は花屋のヴァネッサ姉さんだ。咳き込んでる、風邪の引き始め?


「………」


 寝台から、窓ごしにこちらを見る病弱で虚弱な娘――患者から見れば、わたしはそんなふうに見えるだろう。ニコニコと笑い、手を振るのが好きなおとなしい娘。

 しかし違う。確かにニコニコ笑うが、目的が違う。


「いた」


 わたしが見るのは、患者の肩や頭。そこにヤツラがいる。

 見た目は虫。それこそ蚊。やたらカラフルな、赤やら青やらドぎつい原色マーブル模様の蚊。しかし、ヤツラは蚊ではない。色からして蚊ではない。

 その、大きさも。


(あぁ、気持ち悪ぅ……)

 拳大の、カラフルなマーブル模様の蚊。それが患者の肩やら頭にいる。経験から大きさと症状の悪さが比例する。マーブル模様の色合いは、どこが悪いかの目安。

 ヤツラは、私にしか見えない。

 わたしの恩返し、それはヤツラ(蚊)の駆除。寝ているだけのわたしが、どうやって駆除するか。


(去ね去ね去ね!)


 それは“去ね去ね念じながら、視界にいれてにっこり笑いかける”。視界にいれて、がとくに重要。

 一匹一匹、念入りに笑いかける。


『&◇@§∞∴γゐΧ〜!!』


 すると、変な言語? の断末魔をまず叫ぶ。


 ――きゅっぽん。


 そして、何かを吸い込むかのような音をたてて、ヤツラは消える。

 ヤツラが消えると、患者さんは少し症状が芳しくなる。ヤツラは自覚症状のあらわれ、しかも氷山の一角みたいな感じで、ヤツラを消したからって、病のもとを根絶して完治するわけではない。

 彼ら患者が、おふたりのもとへいくころには症状がやわらぐ、つまりおふたりの負担が減る。


「っ、かはっ」


 そしてわたしは吐血する。あの蚊を消すと、蚊が憑いていた患者の症状がわたしにはねかえってくる、のだ。蚊イコール、症状の一部。蚊を消す、イコールわたしに症状がはねかえる。

 病気の症状が蚊として見えて、念じながら笑いかけることで消す、そしてわたしにはねかえる、それがわたしの力。

 ああ、ヴァネッサ姉さん血も吐いてるのね、風邪の引き始めじゃないのね。

 なぜ見えるかはわからないけど、わたしはこの先も消し続けるだろう。おふたりのためにも。おふたりは望んでいないかもしれない、でもこんな力があるなら使わないと、と考えるのがわたし。

 だから、さ。


「……げふ、あんたも消えてよ……」

『消えません。あなたは運命を上書きしているので、あなたをやめさせるまでは消えませんよ』


 わたしの自室の隅っこにいる、わたしとどっこいどっこいな顔色の自称死神。首から下が、真っ黒なてるてる坊主みたいな格好。右手には鎌を、左手には手帳。

 あの鎌で何をするかは聞いたことないけど、あの手帳には人の進むべき人生がおおまかに記されているらしい。あの手帳によれば、ヴァネッサ姉さんは病ですぐにも死ぬはずだった。しかしわたしが関わって、それが伸びた――つまり、ヴァネッサ姉さんの進むべき人生を、わたしが上書き修正したわけだ、蚊に笑いかけることで。

 自称死神いわく、わたしみたいな“変な力がある一般人が勝手に上書き修正するのは言語道断、なんたらの刑法何条の〜”……つまりは、神様が決めた運命を勝手に触って変えてしまったから、神様の法律に違反して罰を受けるとか。

 で、今ならまだ小さな変化しかしていないので、“注意”で済んでいるらしい。自称死神が説得といってるのも、“注意”しているからだ。

 自称死神は、わたしが力を使い始めた十の頃からいやがる。ずーっと、変わらずに。

 金髪の、線の細い病弱そうな死神。意外に美形で、目の保養になってて、実は自室から出れないわたしの少ない趣味(観賞)になってたりとか、ぶつぶつ細かいし頭固いけど、わたしが死にかけたら、必ず半泣きでうろうろ狼狽えるのが、わたしのためだからって実は嬉しかったり……なんて、言えないけどね?

 ああ、また血吐いちゃった。そろそろ白目むく頃だね。またうろうろしてる、わたしの前だけにしてね、可愛く狼狽えるのは――

 わたしの意識はそこで途絶えた。泣きじゃくって涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった美しい顔が、わたしだけを見ているのに満足しながら。


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