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【さがしもの】

最終話です。

【さがしもの】


 黒い影に自販機の明かりがぼんやりと反射しているように見えた。

 スーツを着ている。

 グレーだ。

 スカートから出た左右の脚は確かに地面についているが……何かが不自然だ。

 雨の降りしきる地面の飛沫が、地に着いた足の下にも見える。

 まるで安っぽい合成写真を生で見ているようだった。

「くそ、写らねぇ」

 中村はデジカメのシャッターを何度も切った。

「ナイトモードだから、自販機の明かりで充分写るはずなのに」

 彼のデジカメのプレビューには、自販機しか写っていない。

 人影は自販機の前でしばらく立ち竦んでいた。

 強い雨で動作は良く見えない。

 千恵も中村もガラス窓に頬をくっつけて奇妙な情景を見入っている。

 人影の首がゆっくり動いた。

振り返る。

 その刹那、僕は二人を後ろに強く引っ張って窓から引き離した。

 何故か、彼女に顔を見られてはいけないような気がした。

 顔を見られたら、後戻り出来ないような、そんな恐怖に襲われたのだ。

「痛ったい」 

「痛てえな」

 千恵と中村はドスンと勢いよく音を立てて畳の上に尻餅をついた。

 僕は二人を引っ張った勢いで、反対側の壁に身体ごとぶつかる。

 再び窓に近づいて自販機を見下ろすと、もう人影は無かった。

 シャーッと飛沫を上げて、車が二台通り過ぎてゆく。


 僕らは一階に降りて外に出た。

 三人共辺りを警戒しながら、足取り遅く自販機の前まで行く。

 雨は弱まって再び小雨になっていた。

 僕は二人に促されるように恐る恐る自販機の返却口を覗き込む。

「無い」

 その言葉に中村と千恵もそこを覗き込んだ。

 静かで湿った空気に、山の匂いがした。

 遠くで稲妻が光るのが見えて、僕らは静かな雨音を感じながら夜空を見上げた。



****



「それは、あれだな。墓地から流れ出たものかもな」

 歴史教師の藤本が言った。

 次の日、僕たちは三人で学校へ行った。

 千恵が言うには、藤本は教師の傍ら地元の歴史の研究やそこにまつわる不思議な出来事にも詳しいらしい。

「墓地から流れた?」

 中村は額の汗を拭いてメガネをかけ直す。

 昨日までの雨模様が嘘のように昊は晴れ渡って、気温はあっという間に真夏日になった。

「流れ出るって?」

 僕もハンドタオルで汗を抑えていた。

 藤本は、自分だけアイスコーヒーのグラスを手にして

「去年の秋、大雨で河が氾濫しただろ」

「ああ、土手が決壊して凄かったって」

 千恵は頷きながら扇風機に近づいた。

 職員室は節電の為とかで、エアコンの電源は入っていない。

 藤本は扇風機の風を僕らの方に向けてくれる。

「あの時、土手脇にあった青雲寺の墓地が根こそぎ流されてな、見つかっていない墓石や骨壺なんかもいっぱいあるんだ」

 去年の秋に、もの凄い集中豪雨があって、街に沿って流れる大きな河が氾濫した。

 土手は決壊し、近くの民家もお寺も、そして古くから在ったと聞く墓地も根こそぎ流された。

 河沿いに住んでいない僕らのような連中には既に記憶から消えかけた出来事で、言われるまで忘れていた。

 その年の冬には、修復途中の土手の上を大勢のヒトが連なって歩いているのを工事現場の作業員が夕暮れ時に何度も目撃したという。

 土手を河原へ下って行くヒトの列を、作業員の一人が追いかけてみた事があるそうだが、川縁には誰の姿も無かったそうだ。

 今年の春先までそんな話は幾つもあった。

 土砂ごと流されて、骨壺から離れ離れになったお金は、いずれ何かの拍子で誰かに拾われる事もある。

 なんだか解らないで、とりあえず何処かで使うケースもあるのだろう。

 それが廻り回って僕の所に来たのか。

 それなら、あの女性は自分が入っていた骨壺も探しているかもしれない。

 という事は、他にも土砂に流されて何処かへ行ってしまったお金を探すアレが存在するというのだろうか。

 もしかしたら、お金というものに限らず、何か想いの強いものを探して、それらを取り戻そうとしているのだろうか。

 僕らが見た彼女は、あの硬貨になにか強い想いがあったのかもしれない。

 そう思うと、探し物を見つけられた彼女はラッキーなのだろうか。

 いや、彼女の風貌はまだ若かった。

 若くして亡くなったのなら、ラッキーな事などない。

 僕たちは校舎を出た。

 昇降口は少し冷涼な風が抜けていたせいか、外へでると暑い陽射しが僕らを焼き付けた。

 校庭の雑木でしきりに蝉が鳴いている。

「なんか、やっと夏って感じだね」

 千恵が伸びをするように両腕を空に向けた。

 白い雲が眩しかった。





  ―終―


最後までお読み頂きまして、有難うございます。

最近はあまり長いものが書けなくて…

実はこの話、実際にあった出来事を一部含んでいますが、全ての設定は完全フィクションとして描いております。

ここ二年の間に、この他にも知人や友人の不可思議な体験がたくさんあるのですが…

それらをお伝えするには、あまりにも悲しい現実や体験と向き合わなければならず、もう少し時間がかかりそうです。

今度は少し明るいお話を書きたいと思っています!

今は、私の手元に在る黒い500円玉をどうしようか、考え中です…。


tokujirou


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