【返却】
【返却】
次の日、昼頃になって中村が僕の部屋にやって来た。
僕は昨日の事やその前の晩の出来事を話して聞かせた。
「へぇ、佐々木千恵と夜まで一緒だったんだ」
「そこじゃねぇよ」
中村の冗談と判るセリフに突っ込みを入れる。
実際、冗談を交えないと、とにかく気味の悪い現実だけが残ってしまう。
中村はメガネに指を添えると
「その黒い硬貨見せてくれよ」
彼はどこか冷めている。
僕はテレビを乗せてあるカラーボックスの小物入れに手を伸ばして、その中から硬貨を3枚彼に差し出す。
中村は取ろうとして出した手を、すぐに引っ込めた。
「おまえ、それあれだよ」
硬貨を差し出したまま僕は「どれだよ?」
彼のこんな慌てた口調は珍しい。
「火葬の時に棺に入れたお金だよ」
中村は座ったまま後ずさりした。
「はぁ?」
小さなテーブルの上に硬貨を並べた。
「俺、去年爺ちゃんの葬儀に出たから間違いねぇよ。一緒に火葬されたから黒いんだ」
彼は座ったまま押し入れの戸まで下がっていた。
「何処から出てきたって?」
「自販機」
自販機でカチャカチャやっていたあの女性は何かを探しているようだった。
この硬貨を探していたのだろうか?
この焼かれた硬貨は、彼女のものなのだろうか?
そう考えると、硬貨を千恵に渡したから彼女はそこまで行ってしまったという事か。
この硬貨を取り戻したくて、導かれるように千恵の家に現れたのだろうか?
陽が暮れてから、僕は千恵が心配で電話してみた。
その後は別に何事も無いようで、逆に彼女の方が僕を心配していた。
中村は一緒に夕飯を食べながら
「自販機にお金を返した方がいいんじゃないか?」
メガネに指を添える。
「返すって、自販機に返して意味あんの?」
「しらねぇよ。そもそもどうして自販機から火葬された小銭が出てくんだよ」
僕はどうしてこの焼けた硬貨が自販機のお釣りとして出て来たのか考えていた。
どういう経緯で一度火葬され、骨壺に入ったであろうお金が自販機のつり銭になってしまったのだろう。
「とにかくさ、それしかねぇよ」
中村は押し入れの戸に寄りかかったまま手を伸ばして、小さなテーブルに置かれたコーラを取る。
返さなければ、また来るのだろうか?
中村は一度家に帰って自前のデジカメを持ってきた。
スマホのカメラではズームが足りないと言い、硬貨を取り戻しにくるアレをカメラに収める気でいる。
中村と話した内容を千恵に伝えると、何故か彼女も僕の部屋へやって来た。
部屋の電気を消して、息を潜めて待つ。
夜の10時を過ぎると、小雨が降ってきた。
「雨降って来たね」
千恵が窓ガラスに着く水滴に目をやる。
北側の窓から下を覗くと、通り向かいの自販機が見えた。
僕らは三人で窓ガラスに顔をくっつけるようにして外を覗いていた。
小雨に打たれてぼんやりと二台の自販機が小さな明かりを放っている。
「ちゃんと置いて来たんだろ?」
中村がメガネを指で押さえる。
「ああ、置いて来たよ。通りかかった誰かが持って行かなけりゃいいけどな」
僕の心配は無用なようだ。
何時もなら僅かながら人通りのある通りに、誰の姿も見えない。
直感みたいなもので、僕は彼女が現れると思った。
急にバタバタと地面を弾くけたたましい音が近づいてくる。
雨脚が強まる音だ。
窓ガラスに激しく水しぶきが降りかかる。
「すげっ、雨」
中村が窓から少し顔を離す。
「来たっ、誰かいるよ」
千恵は反対に頬を窓ガラスに押し付ける。
僕も額をくっつけて目を凝らした。
人影だ。
何処からやって来たのか気付く間もなく、アレはそこに立っていた。
つづく