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Phase3.テロリストはリア充の夢を見るか?

 翌日、バレンタインデー。天気は快晴。

 当然のごとく予定が無かった俺は、108の一階奥にあるカジュアルなカフェへ向かった。開店直後ということもあり、フロアが一望できる窓際の特等席に案内される。

 目の前には昨日と同じくメイド服姿のメイさんがいて、「うふふ」と穏やかに微笑んでいる。カフェの店員さんは、俺たちのことをデートに来たリア充カップルと思ったに違いない。……ちょっと虚しい。

「……それで、アイツは?」

「お嬢様はお手洗いです。少し時間がかかるかもしれませんし、先に注文してしまいましょう」

 俺はブレンドを、メイさんはバレンタイン限定のホットチョコを頼んだ。かじかんだ指先をマグカップで温めながら、メイさんと軽く雑談をする。主に俺の家族や学校生活のことを。

 ところが、昨日食べたチョコの話になったころから流れは一変。

「えッ、あのトリュフ、一粒五百円ッ?」

「ええ。いつもはお嬢様が独り占めしてしまうんですの。昨日は食べられてラッキーでしたわ」

「すみません、そんな高級品とは露知らず……」

「気になさらないで。むしろ新之助さまには謝礼をお渡ししなくてはならないくらいです。だってあの危険な玩具……『ハカイダー』を闇に葬ってくださったんですもの」

「そういや、アレぶっ壊したのも俺でしたね……ちなみにあの『ハカイダー』はおいくらほどで……」

「一千万円くらいでしょうか?」

「いッ……ゲホゲホッ!」

「全くお嬢様にも困ったものです、昔から男の子の玩具にばかり夢中になって。まあそういうところも可愛らしいんですけどね。あ、お金のことはお気になさらず。あの花の臨時収入でそれくらいは相殺……いえ何でもありませんわ。うふふ」

 お上品に微笑むメイさんに、俺はひきつり笑いを返すことしかできなかった。セレブすげー。マジすげー。

 ……そんな感じで十分ほど経過。

「それにしても、アイツ遅いですね。まさか迷ってるとか?」

「女の子というものは、身支度に時間がかかるものなのですよ。それにお嬢様は今日が“初めてのお手洗い”ですから、少し戸惑っていらっしゃるのでしょう」

「初めてのお手洗い?」

「ハイ、今までは常にわたしが付き添っておりましたから。まさかお嬢様が『一人でできるもん』とおっしゃるなんて……それも全て新之助さまのおかげですわ。わたしとしては嬉しいような、寂しいような……」

 と、どこか遠い目で窓の向こうを見つめるメイさん。さっぱり意味が分からないけれど、ひとまず「なるほど」と頷いておく。

「きっと新之助さまは驚かれると思いますわ。だって今日のお嬢様は……っと、今お嬢様からメールが。新之助さまのおっしゃる通り迷ってしまわれたみたいです。迎えに行ってきますので、荷物を見ていていただいてよろしいですか?」

 いつもより少し早口で告げると、メイさんは長い髪をさらりとなびかせながら優雅に歩き去った。

 残されたのは、一口分だけホットチョコが残ったマグカップと、口の閉じられた小ぶりな紙袋と、冴えない男子高生な俺。

 美人メイドさんとサシでお茶なんて非日常から、いつもの日常へ。これはこれで心地良いと思ってしまう俺は、たぶんダメ人間なんだろう……。

 ため息とともに窓の向こうを見やる。

 一階中央広場は、昨日を上回る大盛況だ。チョコを買い求める一人客はもちろん、バレンタインイベントを愉しもうというカップル客も多い。

 彼らが必ず足を止めるのは、レッドカーペットが敷かれた雛壇の上。そこには巨大なガラスケースが置かれていた。その中にバレンタインフラワーが収まっていれば、きっと入場制限が必要なほどの客が詰め掛けたに違いない。

「……ん? なんだか妙な奴がいるな」

 視界の隅に映ったのは、華やかなフロアにはそぐわない巨漢の男。周囲より頭一つ分飛び出るくらい大柄な体躯を黒っぽい迷彩服に包んだそのいでたちは、あたかも格ゲーに出てくる武闘家キャラのようだ。

 良く見れば、同じような服装の男たちがフロアのあちこちに散らばっている。ここから見えるだけで数十名はいるだろうか。

 怪訝に思いつつ見守っていると、ひときわ大きな一団が現れた。本物の軍隊のように隊列を作りながら進んでくる。異様な雰囲気を察し、客たちは自然と彼らに道を譲る。

 フロア中央の雛壇に到着した彼らは、バレンタインフラワー展示用ケースの脇にずらりと整列。

 そして、一歩前へ出たリーダーらしき男が、拡声器を掲げた。

「――我々は『リア充爆発同盟』である! この建物は我々が占拠した!」

 一瞬シンと静まりかえるフロア。皆何が起きたのか分からず、唖然とした顔で彼らを眺める。そんな客たちを小馬鹿にするようにククッと笑い、リーダーはさらに声を張り上げた。

「さあ同志たちよ、鬨の声を上げよ! R・J・B!(Ria Jyu Bakuhatsu!)」

『R・J・B! R・J・B! R・J・B!』

 その後の出来事は、まるでパニック映画のようだった。

 客も従業員も、フロアに居た全員が悲鳴をあげながら我先にと出口へ向かい走り出す。押し合い揉み合う彼らの姿を、テロリストたちは冷酷に見つめる。

 結局、誰ひとり逃げることはできなかった。数ヶ所あるドアは堅く閉ざされ、それらのドアの前には迷彩服の屈強な男が仁王立ちしていたのだ。

 ――ガシャン!

 喧騒に包まれるフロアに、突如轟音が響いた。全員がその音の方へ注目する。

 バレンタインフラワー用のガラスケースが、リーダーの男によって粉々に砕かれていた。

 人々の顔に絶望の色が浮かぶ中、すかさずリーダーが叫んだ。いつの間にか取り出したマシンガン――たぶんモデルガンと思われる――を高く掲げながら。

「無駄な抵抗はしないことだ、そうすれば我々も危害は加えないと約束しよう! 全員その場に座れ!」

 見事な飴と鞭だった。

 逃げる気力を失った客や店員たちが、次々と降伏の意思を見せる。その場に座り込み、俯き震えるばかりの子羊に変わる。恋人同士は堅く手を繋ぎ合い、見知らぬ者同士も寄り添って。

 そんな彼らを高みから見下ろし、リーダーは次の指令を発した。

「では今から“男だけ”逃がしてやろう。命が惜しい奴は、愛しい彼女を置いていくことだなッ!」

 フハハハハハ、というリーダーの高笑いが響き渡る。

 まさにカップルクラッシュ。

 立ち上がった男性客たちは、泣きじゃくる恋人を残し、苦渋の面持ちでその場を後にした。「俺は残る!」と主張する剛毅な男もいたものの、銃口を向けられると虚勢はあっさり崩れた。

 そして俺自身は――

 速やかに隠れていた。メイさんのカップに残っていた一口分のホットチョコを啜り、軽く異能を発動。蜘蛛のごとくカフェの天井にピタッと張りついて、店舗を覗きに来た下っ端テロリストをやり過ごす。

 ……このフロアのどこかに、あの少女とメイさんがいる。二人を救出するくらいならできるだろう。だが、いくら俺でもこの人数を守るのは無理だ。何か策を考えなければ……。

 俺が思考を巡らせている間に、男性客は完全に追いだされた。再び外部へ通じる扉が閉ざされ、フロアは巨大な密室となる。

 その後、テロリストが起こした行動は常軌を逸するものだった。

「ではこれより『チョコ狩り』を行う! 店の商品も、女どもが隠し持っている物も、全て踏み潰せ!」

 再び場内は、女の子たちの悲鳴で埋め尽くされた。

 好きな男と引き離され、大事なチョコが目の前で粉々に砕かれる。薄汚いコンバットブーツに踏みにじられてしまう。

「フハハハハ! チョコレートなど魔性の食い物だ! チョコレートも、チョコレートの花も、この世から消えてしまえばいい!」

 狂気を宿したテロリストの笑い声。その主張はどこかで聴き覚えのあるものだった。

 それなのに、一ミリも共感できない。むしろ怒りのあまり吐き気がする。バレンタインフラワーを盗むくらいならまだしも、コレはさすがにやり過ぎだ……。

 義憤にかられた俺が、奴らの前に飛び出そうとしたとき。

 突然一人の少女が立ち上がった。

 ピンと張られた背筋。ふわふわした純白のワンピースにショートカットという小柄な後姿は、小学生くらいにも見える。

 あまりにも可憐なその姿に、テロリストを含めたその場にいた誰もが息を呑んだ。

 しかし、次の瞬間澄み切った声で響いた第一声は――

「ふざけんじゃないわよっ!」

 という意外なものだった。

「あたしがどんな思いでこの日を迎えたと思ってるのよ! 何年待ったと思ってるのよ! やっと、やっとあいつにチョコをあげられると思ってたのに! やっとあたしのバレンタインデーが来たのに! 邪魔しないでよ!」

「……う、うるさいうるさい! 誰かあの小娘を掴まえろ! 手足を縛って倉庫にでも放り込んでおけ!」

 リーダーの罵声が終わらないうちに下っ端たちが動いた。可憐な少女は抵抗する術もなく、強制的にフロアを連れ出されていく。

 そして彼女が最後に放った台詞は……。

「あたしは絶対諦めない! 好きな人にチョコを渡して、あたしの気持ちを伝えるんだから!」

 その一言で、全ての女子に闘志の炎が宿った。

 命じられるがままにチョコを差し出していた彼女たちが、ささやかな抵抗を始める。

 テロリストにとってそれは想定外の出来事だったのだろう。所詮はモデルガンで脅すような真似しかできない半端者だ。本気で抵抗する女子に危害を加えてまでチョコを奪うことはできない。

 そして俺は……。

「チョコレートが欲しい。もっと濃厚なやつが」

 既にカフェの厨房は荒らされ、チョコレートは全て奪い尽くされている。ホットチョコ一口で得た力はそろそろ切れる。

 そんな中、右目がピクンと反応した。

 メイさんが残していった紙袋から、微かなチョコレートの気配がしたのだ。

「勝手に開けて悪い」

 一旦床に降り、観葉植物の陰に身を隠しながら手早くその袋を開く。

 そこには、予想通りの物があった。可愛らしいピンクのリボンでラッピングされた小箱が一つ。

 リボンの隙間に挿されたメッセージカードを見て、俺は思わず微笑んだ。

『新之助へ』

 これは俺だけのために用意された特別なチョコレート。これを食べれば俺は無敵のヒーローになれる……。

 蓋を開け、一粒だけ収まっていたハート形のチョコレートを手にすると、俺は店を飛び出した!

 蹲る女子たちを避け、迷彩服の男をすれ違いざまに蹴りつけながら、フロアの中央へ突き進む。

「男が居たぞ!」

「掴まえろ!」

「くそッ、なんだアイツは!」

 この組織、あのリーダーを潰せば瓦解する。

 勝負は一瞬で決まる。

「ウオォォォォォォォォォ――ッ!!」

 渾身の力で床を蹴り、空中を二十メートルほど飛んだ俺は、見事リーダーの前に躍り出た。

 動揺のあまりモデルガンを取り落としたリーダーが、一歩二歩と後ずさる。間近で見れば俺より小柄な若い男だ。顔の下半分をバンダナで隠しているものの、瞳には恐怖の色が滲んでいる。

「……お、お前は何者だッ」

「貴様ごとき、名乗る価値などない」

 吐き捨てるように告げ、俺は手にしたチョコを口に放り込んだ。

 その瞬間、カーッと身体が熱くなる。

 ――美味いッ!

 一瞬で溶けてしまうほど滑らかな口どけ。香ばしいカカオの風味が、芳醇なアロマとなって鼻孔をくぐり抜けていく。

 昨日食べた大量のチョコも、昔懐かしいチョコ菓子も、そして思い出の女の子のチョコも……全てを凌駕するほどの美味さだった。

 感動のあまり打ち震える俺は、しばらく気づかなかった。

 右目にも左腕にも、何ら変化がない。むしろさっきのホットチョコの残滓までもがスッキリと消えていることに。

「……お前、本当に何者なんだ?」

 三秒後、テロリストたちにあっさり組み敷かれた俺は……ただの平凡な男子高生だった。

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