兄と私Ⅱ
今日も私は侍女にお願いして、兄の元へと連れて行ってもらう。
「にいしゃま」
「また来たのか、お前は。僕は今から勉強の時間なんだ、帰れ」
「邪魔ちないので、いっちょにいたいでしゅ」
「邪魔だ」
「ダメ………でしゅか……」
「ダメだ」
「ダメ………なんでしゅか………」
「フォルト殿下」
「うるさい。勉強に他者は邪魔だ」
「殿下」
「いいからそれを部屋に連れて帰れ。今から僕は勉強だ」
だが、やはりいつも以上に兄からは突き放される。勉強だからと追い返された。一応、この日の勉強は終わったことを確認して、遊びに来たのに。
「にいしゃま、今日のおべんきょうは終わったときいてましゅ。……ダメ、でしゅか?」
「ダメだ。帰れ」
いつもはここで、侍女に抱え上げられて部屋へと戻るのだが、今日は違う。今日はこんな時のために、準備してたものがあるのさ!
「かあしゃま~」
「あらあら。フォルト、今日の勉強は終わったんでしょう? 少しくらいいいじゃない」
「母上……」
「ライカも、フォルトといたいみたいですしね。ねえ?」
「あいっ!」
だから、兄よ。母もいるのだから、一緒にいてください。遊んでください。
「いらっしゃい、フォルト」
「しかし……」
「いらっしゃい」
「しかし、それもいますし………」
「だから、ですよ。いらっしゃい。三度も言わせたんですから」
そうしていると、母が兄を呼ぶ。母のそばには私がいるため、兄は嫌がったが母は容赦しなかった。何度も何度も呼び、最後は若干脅すようにして兄をそばに寄せる。
そして、呼び寄せられた兄は、渋々ながら母の横に座った。ちなみに私は母の膝の上だ。
「さ、フォルト。どうして、そんなにライカを嫌がるのかお母様に言って御覧なさい」
「特に………強いて言う理由はありません。ただ、認めないだけです」
「なら、どうして認めないのか言って御覧なさい」
「こいつが嫌なだけです」
「どうして、嫌なのかしら?」
「嫌なものは嫌なのですよ」
「だから、その嫌な理由を教えてちょうだい。……ライカも知りたいでしょう?」
「あい!」
「それは、ただ返事をしているだけと思いますが」
「違うわよ。分かってるわよね、ライカ」
「あい! おちえてほちいでしゅ!」
さあ、兄よ。私は母の言葉の意味は分かっているのですから、教えてください。ぜひ、知りたいです。
さあ、兄。言ってください。なぜ私が嫌なのか教えてください。さあ! さあ! さあ!!
「………教える必要はありませんね。母上、ライカとライカの部屋へ行ってもらえますか」
「お断りですわ」
「母上……………」
「お断り、です。ライカと触れ合いなさい」
「拒否権はないのですか?」
「ありません」
ふむふむ、やはり兄は父や母には弱いのだな。何かあったら、父や母を味方に付ければ大丈夫だな。にやーり。
「にいしゃま、おはなちちまちょう!」
「ほら、フォルト。ライカがそう言ってるでしょう?」
「…………申し訳ございません、母上っ!」
あっ! 兄が逃げた!!
「にいしゃまっ!!」
「待ちなさい、フォルト!」
「申し訳ございません、母上っ! 無理です!」
母が止めるも、兄は必死で走り部屋の扉を開けて逃げて行った。しょぼーん。ライカちゃん、泣きそうです。既に、目に涙がどんどんと溜まってきています。
「ライカ、泣かないで。ね?」
事実、母からは頭なでなでと共に、慰めの言葉を頂戴する。それが、さらに涙を呼び込んだ。
「ふぎゃあああぁぁぁぁ! かあしゃまぁぁぁ!」
「ああ、よしよし、大丈夫よ。フォルトは連れ戻しますからね」
母が私を慰めるためにそう告げると、その瞬間に周りにいた侍女たちが急いで兄を探しにかけていく。えぐえぐ。その間、私は母に宥められながらも号泣中だ。
「もうすぐフォルトも戻ってくると思いますからね。だから、ほら………」
泣き止んでと溢れ出る涙を拭ってくれる母だが、私の涙は全然止まらなかった。だって、逃げるんだよ? 無視するとか、冷たい言葉を投げかけられた方がまだマシなのに、逃げるんだもん。
と、泣きながらも頭の中では冷静に考えていた。でも、体は完全に大泣き中。
そうやって大泣きを続けていると、それを聞いたらしい父が兄を連行して戻ってきた。兄は父に首根っこを掴まれている。
「ライカ、フォルトを連れてきたよ。さあ、泣き止んでおくれ」
「ふみゃああ、とうしゃまぁああぁぁ」
「―――――フォルト、お前はこんなに可愛い妹を泣かせたんだぞ。反省しなさい」
「泣かせてしまったことに関しては…………反省します」
兄から反省の言葉は出てきたものの、私の涙は止まらない。今度は優しく声をかけてくれた父に縋り付いて号泣中。
いや、だってこんなに大泣きできるのも子供のうちだけでしょ? だから今のうちに、悲しいときは目いっぱい泣くよ。
「よしよし、いい子だから泣き止んでくれ、ライカ」
「とおしゃま~」
「ほら、ライカ。フォルトもいるでしょう? そろそろ泣き止んでちょうだい」
「その…………あの、悪かった………」
兄も謝罪し、父も母もとにかく宥めてくれるのに、なかなか涙は引っ込まなかった。しくしく。
そうやって数時間延々と泣きつづけ、ようやく涙が引っ込んでくれたらしく、泣き止んだ。まあ、まだすんすんぐずってはいるのだが。
「たくさん泣いて喉が渇いただろう? ほら、水だよ」
「おみじゅ! ………ひっく」
「焦って飲まないの。また、こぼすからね」
ちなみに今、私は兄の膝の上にいる。上目づかいに訴えた上に、父母からもお願いしてもらった。まあ、兄は嫌そうだが。でも、私はやっと兄に甘えられたので、今日のところは満足。兄も自分が私を泣かせたという負い目があるためか、振り払われはしなかった。
そして、それをいいことに、兄の膝の上でのほほんとして過ごしている。今の私のテンションは、いつも以上にマックスだ。
「ライカはご機嫌だね。よかったよ」
「あい!」
そりゃ、珍しくも兄に甘えられてるんだから、ご機嫌だとも!
まあ、兄は私のテンションと真逆で尋常じゃなく不機嫌だが。
「にいしゃま」
「何だ」
「にいしゃま、こあいでしゅ」
「うるさい」
「こあい」
「うるさい」
「こあい」
「うるさい」
そのためか、何度か話しかけても冷たい言葉しか返ってこなかった。予想はしていたとは言っても、悲しいかな。しょぼーん。
そして、それに耐えきれず結局母の膝の上に逃走。そして胸にぺったりと引っ付く。
「よしよし。フォルト、もう少し言葉を選んだ方がいいと思うわ」
「すみません」
「謝るのは私じゃなくて、ライカに、でしょう?」
「………すまなかった」
母はそんな私の頭を撫でてあやしつつ、しっかりと兄をしかりつける。そのためか、兄も勝てなかったのだね。謝罪が飛んできた。
ので。母から離れて兄の前に立つ。そして、両腕を伸ばして、請求する。――――兄よ、抱っこ。
「え………」
抱っこ。無言で見上げて、両腕は開きっぱなし。
兄よ、そろそろ腕が疲れてきた。子供って、体力あるようでないんだよ? 早く。早く抱っこ。
「……………」
兄。まだ?
「……………」
腕がプルプルしてきたよ、兄。早く抱っこ。
「……………」
ふえっ、まだ? まだ?
腕のプルプルに耐えつつ、必死に兄に向けて腕を伸ばすも、兄は動かない。
少しずつ、涙が浮かんでいく。だが、兄は動かない。
そうやってしばらく待っていると、突如後ろから抱き上げられ、兄の膝に下ろされた。
「フォルト、ライカが辛そうじゃないか」
「とうしゃま、ありあとー」
持ち上げてくれたのは、父だった。腕をプルプルさせながら待ちっぱなしの私を見ていられなかったらしい。
「どういたしまして。フォルト、見ていて分かったろう? 辛そうだったじゃないか」
「すみません」
「その分、ライカを可愛がりなさい。いいね?」
「……………………はい」
父に礼を言い、兄に甘える。だって、兄も可愛がってくれそうな感じ? せめて、父や母がいる間だけでも。
「にいしゃま♪」
「お前は、懲りないな」
「らって、にいしゃまだいしゅき」
「はは、馬鹿だなお前は」
あ! 兄が笑った! 貴重、貴重だ!!
「何が面白いんだ? お前は」
「にいしゃま、わらってう!」
「ん? ああ、そうだな」
「にいしゃまわらってう! ライカもうれちい!」
普段、兄が笑った姿を見ることがないから嬉しいよ。兄、好きー。
というわけで、兄の腹に手をまわして、ギュッと抱き着く。
「にいしゃまだいしゅきっ!」
「お前は懲りないな。いい加減、学習したらどうだ?」
「はくしゅ?」
故意に聞き違えて、ぱちぱちと拍手してみる。もちろん、わざとだよ?
「拍手じゃない、学習、だ」
「がくちゅ」
「学習、だ。言ってみろ」
「がくしぅ?」
「惜しいな、学習、もう一度ゆっくり言ってみろ」
「が、がく、しぅ?」
「一文字ずつ言ってみろ。がく、までは問題なく言えてるんだ。その後をゆっくり言ってみろ」
「がくし……し……しぅ?」
「どうして拍手は言えるのに、学習は言えないんだ」
「がく………しぅ……しゆ………しゅう!」
「そうだ。さっきので、続けて言ってみろ」
「がくしゅ! がくしゅう!」
「よく言えた。頑張ったな」
何度も何度も言わされて、ようやく言えたらしい。………というか、私的にはずっと言ってたんだけどね。言えてなかったんだね。しょぼん。
だけど、今度こそきちんと言えたらしく、兄からはまたも珍しい笑顔を頂戴した。そしてとどめとばかりになでなでも頂戴する。
「さ、言えたんだからきちんと学習しろ」
「にいしゃまだいしゅきっ!」
やだなあ、兄よ。私が兄から離れるのは結婚する時だ。……考えたくないけど。
でも、それまでは私は兄と共にあるのだ。だって、兄だもの。
「ほら、もういいだろう? 父上か母上のところへお行き」
「やでしゅ! にいしゃまといるのっ!」
せっかく甘えられるのを、逃すものかっ!
「ライカは本当にフォルトが好きだね」
「あいっ!」
「フォルト、ライカは可愛いだろう?」
「そう、ですね………」
「だから、もっと可愛がってあげなさい。ほら見なさい、今のライカの嬉しそうな顔を」
父はそう言うと、私のほうを見る。が、本当にいい笑顔だと思うよ。だって、生まれて初めて、兄にこんなに甘えられてるもん。
「だけど、父様そろそろ寂しいんだけどね、ライカ?」
暗に、父のところへ来いと言われているが、敢えて無視。だって、兄に甘えられる機会なんて、ほとんどないのだ。父は、会えれば甘えられるから、今は無視。
「ライカ?」
「ヤ」
「ラーイカ?」
「やなのー」
「お前、父上の元へ行ったらどうだ?」
「や! にいしゃまといるのっ!」
「はぁ………仕方ない」
父はそう言うとすぐに立ち上がり、こちらへとやってくる。……あ、なんか嫌な予感。
「ライカ、こちらへおいで」
そしてその予感は的中し、力ずくて父に抱きかかえあげられた。もちろん、暴れる。
「やーっ! とうしゃまやーっ!!」
「嫌、じゃないだろう。ライカはしばらくこちらへおいで。しばらくしたら、またフォルトのところへ戻してあげるから」
「やーっ! やなの、いやー!」
今は兄に甘えたいんだから、邪魔しないで父!
「やなの! やー! にいしゃまがいいのー」
徹底的に、暴れまくる。父に抱え上げられたままで、危ないだろうと叱られつつも暴れる。だって、嫌だもん!!
「―――――――殿下」
そうしていると、突如傍観を貫いていた母が口を挟む。は、母怖い………。がくぶるがくぶる。
後ろを振り返り、兄を見ると兄も怖いのか顔が青かった。母、怖すぎです。
「ああ、ごめんなさい、ライカ、フォルト。怖かった?」
母が言うと同時に、父が何かを感じ取ったのか静かに私を降ろしてくれる。ので、これ幸いと兄の元へ駆け寄って、抱き着いた。怖い。
「ライカをお願いね。ライカ、フォルトといい子にしてなさいね」
「あい………」
ちなみに、今回は兄も怖かったためか、抱き着くとすぐに兄は抱き着きかえしてくれました。
「母様は、父様とお話があるから少し席を外しますからね。二人とも、いい子で待ってなさいね」
母が言うと、私は無意識に頷いていた。見てみると、兄も頷いている。
「にいしゃま、かあしゃまがこあいの………」
「あ、ああ………。僕も怖い……」
兄と共に、母の恐怖を見た一日であった。お終い。
「め~ら~、かあしゃまこあい~」
「大丈夫ですよ、ライカ様。ですから、泣き止んでください」
ちなみに、後からまたも母の恐怖と対面させられることとなり、その時は兄もそばにいなかったため、メイラに泣きついた。
母、こあい。
兄の態度が多少軟化しました。