父と私……と母
「ライカ!」
「とうしゃま~」
この日、私はメイラに案内を頼み、父に会いに来ていた。理由はもちろん、兄の態度軟化のための方法を尋ねるためだよ? 直接的でなくても、間接的に尋ねるためだとも!
だって、あの兄がどうしてそこまで私を嫌うのか、分からないと対策の練りようもないでしょう?
それに、母は適さない。だって、母と兄は実際に関係ないから。兄は父の子であって、母の子ではない。だから、今日の目的は父なのだ。
「とうしゃまー、にいしゃま、どうちてライカと仲良くちてくれにゃいの?」
「あー、フォルトは、難しい年頃だからなぁ」
「むじゅかちいとちごろ?」
「あー、うん、何て言えばライカにもわかるかな……。ちょっと、突っ張ってみたいんだよ」
「つっぱゆ?」
「今のライカには、説明するのは難しいな。もっと大きくなったらきちんと説明してやろう」
「いまおちえて~?」
父よ、今教えてもらえないと、意味がないのだよ。っていうか、あれは難しい年頃ってレベルじゃないよ? 私が赤ん坊の頃もああだったじゃんか。
それに突っ張ってみたいっていうレベルでもないからね? 父。父としてそれもどうかと思うよ。
絶対に、兄のあの態度には何か理由があるはずなのだ。その理由が分かれば、もう少し対処のしようもある。
「いまおちえてほちいの、とうしゃまーぁ」
「う! だ、だがライカには分からないだろう?」
「わかりゃなくても、ききたいもん!」
「だ、だが、ライカには早すぎると思うんだ」
「おちえて、くれにゃいの………?」
必殺、潤んだ瞳で訴える!!
「ラ、ライカ……?」
「とうしゃま」
「…………ライカに理解できる話じゃないと思うがな。………フォルトは、なぜかライカが生まれる少し前からあんな調子だったんだよ」
「どうちて?」
「どうして、だろうなぁ。小さいころは素直ないい子だったんだが」
「いーこ? ライカは?」
そしてついでに、流れ上で小さい子供が聞きそうなことはしっかりと聞いておく。そうすると、父からは過剰な反応が返ってきた。
「もちっろん、いい子だぞ、ライカ!」
「とうしゃましゅき~」
「ライカは可愛いな!! いい子だライカ。ライカは大きくなってもこんな可愛い子でいてくれ」
いやー、反応が過剰すぎるよ父。大きくなってもこんな調子の子供なんていたら異常だって。
でもまぁ、小さいうちは素直な父大好きっ子でいてあげよう。
「とうしゃま、つじゅきは?」
「ん? ああ、フォルトの話か。んー、続きはライカが大きくなったらな」
「とうしゃまきらいっ!!」
そう思った矢先に、父がひどい言葉を発したので、その瞬間に父に嫌いという一言を告げ、今の今まで父の膝の上にいたのだが、逃走した。が、敢え無く捕獲。逃走失敗。
「ライカ、嫌いという言葉はひどいなぁ」
「や! とうしゃまきらいっ! はなちてっ!!」
抱き上げられて、また膝に戻されそうになったので、ばたばたと暴れて抵抗する。
「とうしゃまやっ!」
「嫌はないだろう、ライカ!」
「やっ! お部屋もどるっ!」
「今すぐ戻らなくていいじゃないか。な?」
「やっ!」
だが、父にとって幼児の抵抗など、あってなきが如くらしい。全然同じてない。ちくしょう。
今の父からは、おそらくこれ以上の情報は手に入れられない。だから、とっとと部屋に戻ってこれからのことを考えたいのに、この父は離してくれない。
というわけで、現在必死に抵抗中なのだが、周りに控えている侍女たちはなぜか異様にいい笑みでこちらを眺めている。助けろっ!
「――――何をなさっているんですか? あなた」
「ん? ああ、お前か。ほら、ライカが可愛いからな?」
そうしていると突如、父の部屋に来客が増える。母だ! 母が来たのだ! 母、父を説得してください!!
「ライカは嫌がっているようですよ? お母様のところへいらっしゃい、ライカ」
「かあしゃま!!」
そして、潤んだ瞳で母に訴えたのが効いたのか、母が私を呼んでくれたので、父の腕から逃れて母に飛びついた。
「よしよし、いい子ね。今日は、お父様と何をしていたの?」
「にいしゃまのおはなしをしてもらってまちた!」
「フォルトの? それで、どうだった?」
「とうしゃま、ぜんぜんおちえてくれましぇん」
「そうなの。で、ライカはもうお部屋に戻るところだったのね?」
「あい。でも、とうしゃまがはなちてくれましぇんでちた」
その後、ちょっとした会話をするのだが………………三歳時でこの会話って、ちょっと危ない? 普通、ここまで普通の会話はできないような…………。
でも、舌足らずな話し方で、ごまかせるだろうか……。あせあせ。
「そうなの。じゃあ、今からお母様と一緒にお部屋に戻る? そろそろお昼寝の時間だし、一緒に寝ましょうか」
「あい、かあしゃまとおひるねちましゅ」
そうしていると不意に、母から一緒にお昼寝をしないかという提案が飛んできた。言われてみると、なんだか眠たい。そのため、即答した。
そうすると椅子に座っていた母が立ち上がり、膝の上にいた私は抱き上げられる。そしてそのまま背中をポンポンとされると…………異常な睡魔が襲い掛かる。
「おやすみなさい、ライカ。いい子でねんねしましょうね」
でも、まだ寝ないよ。せめて、お部屋に戻ってからベッドに横になって、そこでやっと寝たいもん!
「や……、おへやもどって………ねるもん……」
「大丈夫、ライカが寝てる間にお部屋に連れて行ってあげるから」
そういうことじゃないんですよ、母。
でも、そんな文句ももう言えない。瞼がどんどんと重くなり、視界は真っ暗になる。
気が付いたら自分の部屋で、まだこの身体が眠りを欲しているのか、目がしょぼしょぼとした。
「お目覚めになられましたか? ライカ様」
「んー、メイリャ?」
「はい、メイラです。お水など、いかがですか?」
そんな中で、私が目を覚ましたことに気が付いたらしいメイラが駆け寄ってきた。そして、言われて考えてみると口の中が乾燥している気がしたので、そのまま頷いて返事に変えた。
「では、すぐに準備してまいります」
そして、私が頷いたのを見たメイラは、すぐにその準備にかかろうとする。が、その前に一つ聞いておきたかったので、かけて行こうとするメイラの服を掴み、この場に留めた。
「どうなさいました?」
案の定、行動を止められたメイラは少し心配そうに私の顔を覗き込んでくる。ので、ちょっとうつむき気味で、尋ねた。
「かあしゃまは?」
お昼寝する前は、一緒にいるって言ってたんだもん。でも、見当たらないじゃないか。母、どこ行った。
「ミルシア様でしたら、少し用事が出来たとのことで、席を外しております。用事が済み次第、またいらっしゃいますよ」
「ほんとぉ?」
「はい、本当です。では、お飲み物の準備に行ってまいります。すぐに戻ります」
尋ねると、母は所用で少し席を外しているとのこと。なら、もう少し待ってればまた、来てくれるのだろうか。
ちなみに、母の名はミルシア・スカラ・ゴルティア。集めた情報によると、隣国の第二王女だったのらしい。いわゆる政略結婚で父に嫁いだそうだが、仲はいいそうだ。うん、子供から見ていいことだ!
そんなことを思いながら待っていると、メイラが母と共に戻ってきた。
「かあしゃま!」
「ライカ! ごめんなさい、起きた時にいなくてびっくりしたでしょう?」
「うん! でも、いーの」
だって、今こうやって母に甘えられるからね!!
「よく眠れた?」
「あい!」
「それはよかったわね」
「あい!」
「ライカ様、ミルシア様、お飲み物を用意いたしました」
「おみじゅ!」
「はい。どうぞ、ライカ様。ミルシア様は、今飲まれますか?」
「そうね、もらおうかしら。あ、ライカ。零さないの」
あ、ごめんなさい母。私、まだ飲んだり食べたりが上手じゃなくて、よく零したりするんだ。
「メイラ、何か拭くものを用意してちょうだい」
「畏まりました、少々お待ちくださいませ」
「ライカは、まだ飲むの? 飲むのなら、お母様が飲ませてあげましょうね」
「ライカ、ひとりで飲めうよ?」
「そうね。でも、お母様、ライカにお水飲ませてあげたいの。ダメ?」
そうしていると、母はメイラに私の零して濡れた頬を拭う布の準備を頼み、そして私の持っていたカップをとる。その際に軽く反論してみたのだが、子供を黙らせる定番の言葉が飛んできたので、子供らしさを見せるために、大人しく受け入れた。……というか、ちょっと上から言ってみる。
「いいお!」
と、いい笑顔で。
ちなみに、私が言うとすぐに、母も笑顔になって、ゆっくりとカップを傾けて飲ませてくれた。ちなみにもちろん、私もカップに手は添えている。
ついでに言うと、私がそうして母にのませてもらっている間、メイラはほかの侍女たちとほほ笑ましそうにこっちを見ていたよ。
「……はい、お終い。いっぱい飲んだねー」
「あい! ………かあしゃまのは、なぁに?」
「? ああ、お母様の飲み物? お茶よ。ライカには苦いと思うわよ」
「ちょびっとちょーらい?」
「いいけど、苦いよ?」
「あい!」
「………メイラ、ライカに何か甘いものを準備してくれる? 多分、これを飲んだ後は欲しがると思うから」
「畏まりました」
「ライカ、それまで待っててね」
そして飲み終えた後は、手持無沙汰になったので母の飲み物に関して尋ねてみた。匂いからして、紅茶っぽい感じはするんだけど、分からないんだ。
なので、ちょっとだけ欲しいと訴えてみて、見事に了承は得られた。が、苦いの? ………あ、そっか。小さい子供の舌にお茶って苦いよね。でも飲むのは諦めない。
そうして待っていると、メイラが私の大好きなジュースを持ってきてくれる。そこでようやく、母が自分のカップを私に向けてくれた。
「飲むのは、少しだけにしなさいね」
「あい」
そして母の忠告をしっかりと聞き入れて、ちょびっとだけ口に含む。
――――――――苦さが想像をはるかに超えた!!!!!
「だから言ったでしょう? ほら、ジュース」
「あうあうあうあうあう」
「すぐに飲み込まないで、しばらく口に含んでなさい」
ごくん。…………え? 母、何か言った?
「……………ライカ。ほら、もう一口、今度こそはすぐに飲み込まずに口に含んでなさいね」
「あい」
そして、すぐに飲み込んだせいで苦みが消えない私が顔を歪めつつ、母にまた飲ませてもらった。今度はちゃんと口に含んでるよ。苦いの嫌。
しばらく口に含んでだいぶ苦みが消えたころ、ようやく飲み込んだ。その後は母も普通に飲ませてくれる。
その後、母も私も準備された飲み物をすべて飲み終えたころ、母は用事があるらしく退室していった。
今日は、父と触れ合っていろいろと聞こうと思っていたのに、母と触れ合った日になった気がするが、ま、いっか。母好きだし。