視察と僕
前話、視察と私 のフォルト視点。
話が被る部分もありますので、気になる方はスルーしてください。
この日、僕は父上たちと視察へ行くことになった。
……が、なぜにあいつまで? 危ないと思わないのだろうか、陛下も父上も。
だが、一応危険は考えていらっしゃるらしく、僕とあれとそれぞれに、互いから離れないようにと命が下る。
………子供と言うものは、本能に任せて適当に動き回る。つまり、あいつのあの元気な返事は頼りにならない。
―――――僕が、あいつから目を離さないようにしなくては! あいつを危険な目に遭わせないようにしなくては!
…………と思っていたのに、どうしてあいつを見失うんだ、僕は! くそう、僕の馬鹿馬鹿馬鹿っ!!
「父上、僕も探しに行ってきます!」
「あ、こら待てフォルト。騎士を連れて行きなさい!!」
すみません、父上。それを待っていられません。この間にも、あいつは迷子なんだから不安なはずなんです! だから僕は、待てません!
「あ、こら! くそう、騎士! 早く追いかけろぉっ!」
「は、はいっ!」
くそう、くそう、くそう! どこにいるんだ、あいつは! 早く探さなくちゃ。早く、見つけなくちゃ。―――早く、あいつに安心をあげなくちゃ。
必死に駆け回る。あいつが、小さな子供が興味を持ちそうな場所を。ただひたすらに、走り続けていた。
「フォルト様! あちらを!!」
そうやってしばらく走っていると、騎士が一人、慌ててそう告げる。その方を見ると、あいつが何者かに連れ去られそうになっている。ちくしょう、あいつからその汚れた手を離せ!!
ちくしょう、遠目だったせいで、今走って行っても時間が………って、何をあいつの頬をはたいとるかっ! コロス! あいつコロス!!
「ライカ!!」
騎士ども、あいつを頼むぞ!! おいっ、大丈夫か? おい!
ちくしょう、頼むから目を覚ましてくれ。頼む、頼むから!!
「フォルティス殿下。ライキアーナ殿下は頭を打たれているようです。揺らしてはなりません。今、医者を呼びました」
「こいつは、大丈夫なのかっ!?」
「分かりません。フォルティス殿下は、ライキアーナ殿下の傷を抑えて、止血をお願いします。大丈夫です、頭は出血しやすい場所なのです。血の量に怯まないでください」
「あ、ああ。どこを抑えればいい? どこを抑えれば、血が止まる?」
「ここ、です。この部分を抑えていてください。ハンカチが血を吸い込まなくなったら、取り換えず、上から新しいものを当ててください」
「わかった」
騎士の、その言葉に少し冷静になる。そうだ、今僕ができることは、こいつの流している血を止めるくらいだ。傷口を清潔なハンカチを取り出してそれで抑える。だが、こいつの流す血はなかなか止まらない。
ハンカチが血で完全に染まるたびに、騎士たちからもハンカチを借りて、抑えていく。
「フォルティス殿下! シュバルツ殿下と、医者がいらっしゃいました」
「父上! ライカが!」
「聞いている。フォルト、ライカから離れなさい。診察の邪魔になる」
「は、はい………」
それをしばらく続けていると、父上と医者が揃ってやって来、父から離れるよう命が下ったので、大人しく離れた。すぐに、やってきた医者があいつを診る。
医者、あいつは大丈夫なのか? たくさん血が出ていたぞ。ちゃんと、生きているんだよな!?
「落ち着け、フォルト。ライカは大丈夫だ」
「ですが……」
「大丈夫だ。ぱっと見た感じ、きちんと呼吸もしている。頭はどうしても出血が多くなるから驚くが、きっと、大丈夫だ」
「は……い………」
「ひとまず、止血剤を塗りました。ここではこれ以上はできませんので、病院へ運びましょう」
「分かった。ライカは俺が運ぼう」
不安を隠しきれなかったのか、父上が僕の頭に手を置き、安心させるようにそう告げる。すると、取り急ぎの処置が終わったらしく、父があいつを抱き上げた。
「フォルト、お前は城に………」
「戻りません!」
「フォルト」
「戻りません! あいつがこんな怪我をしたのは、僕が悪いんです! だから僕は……せめてそばに………いたいんです」
「……………分かった。だが、邪魔はしないように」
「分かりました!」
それと同時に僕には城へ帰るよう命が下るが、申し訳ありませんが、拒否します。僕は、今はあいつのそばにいたい。夢の中でくらい、あいつに謝りたいんだ。
ライカ。ライカ。ライカ。僕が悪かった。僕がいけなかったんだ。死ぬな。頼むから。
あいつを病院へ運び、父上は医者と共に処置室へと入るが、僕は一人待たされる。大丈夫なんだよな、あいつは。くそう、一人で待たされるのがここまで悔しいなんて―――
「フォルト、城へ戻ろう」
「父上! だいじょうぶ……なのですか?」
「ああ。城へ戻って、寝かしておこう。大丈夫だ、薬も出してもらっている。戻ろう」
「はい……」
父上が戻ってくると、その腕の中には、頬に湿布を貼られ、頭には包帯が巻かれているあいつがいる。その見た目が既に、非常に痛々しい。
僕が………僕が目を離したせいで、こんな痛い思いをさせてしまった。怖い思いをさせてしまった。城へ戻ったら、この件をしっかりと陛下に報告し、罰を受けなくては。そうでもしなければ、こいつに悪すぎる。
馬車の中で、父上に抱かれたまま眠るあいつを見ながら、決心した。もっと強くなる。人の気配を読めるような人間になる。そうすれば、突然いなくなっても、分かるはずだ。
城へ戻ると、義母上が入り口で待っており、父上が馬車から降りると同時に父上に抱かれたあいつへ向かう。
その後、みんなであいつの部屋へ向かい、あいつをベッドに寝かす。だが、あいつは全く目を覚まさない。本当に大丈夫なのかと疑いたいほどに、目を覚まさない。
「父上………」
「大丈夫だ。大丈夫だよ、フォルト」
「しかし………」
「大丈夫だ。それに、お前は悪くない。自分を責めるなよ?」
「しかし……僕が目を離したから……」
「お前は悪くないよ。ライカくらいの年の子は、どうしても興味のある方へ行ってしまうからね」
「だからこそ……僕が、見ていなければならなかったのにっ!」
守らなくちゃいけなかったのに。僕が。僕の方が年上なんだから、きちんと守らなくちゃいけなかった。
「フォルト、もう部屋に戻って寝なさい。何かあったら、すぐに知らせるから」
夜も更ける。あいつは、まだ目を覚まさない。ずっとついていたいが、さすがに夜も遅くなったため、父上から寝るように命が下る。だが、僕は。僕はまだあいつについていたい。
「何かあったらすぐに人を遣るから。だから、お前は寝なさい。睡眠不足は成長に悪い」
「はい………」
だが、やはり僕は父上の言葉には逆らえない。そのため、重い足取りで部屋へ戻り、着替えてベッドに横になった。
それでもやはり、なかなか寝付けない。寝ようとすると毎回、あいつが苦しそうにしている。
ゴメン。ゴメンなライカ。僕が、きちんと見ていなかったから。
――――あいつを思い、ぽろぽろと涙を流しながら、眠りに落ちた。
翌朝。いつも以上に味気なく感じる朝食を取っていると、侍女が、あいつが目を覚ましたと知らせてくれる。
すぐに、行かなくては。この目で、きちんと確認を――――
「フォルト様。食事はゆっくり、しっかり噛んで食べてくださいね」
急いで食べていたら、小さい頃から僕についてくれている侍女に窘められた。
そして、しっかりと噛んで食べて、その後すぐにあいつの部屋へと向かう。
「失礼します、父上! あいつが目を覚ましたと……っ」
「にーさま」
早歩きであいつの部屋へ行き、扉を開くとそこでは、扉の開いた音に反応したあいつが、こちらを見ていた。
ああ。ああ! ちゃんと目を覚ましている。よかった、本当によかった。
「ごめんなさい、にーさま」
なあ、何故謝る? 悪いのは僕なのに。ゴメン。ゴメンな。――――ゴメン。
「にーさまわるくないの。ライカがわるいの」
「だから、違うんだ。今回の件、悪いのは僕なんだよ」
「ちがうのー。にいさまわるくないのー」
「違うってば。僕は、小さい子供がどういう行動をとるか、ちゃんと分かっていたはずなんだ。それなのに……」
「ちがうの。ライカがわるいの」
「違う。僕が悪い! そうでしょう、父上、義母上!?」
「………あー、二人とも、悪いということでいいんじゃないか?」
あーもう! どうしてそんなに自分を責めるんだ、お前は。お前はまだ小さいんだから、悪くないんだよ!
だが、父上に尋ねると、二人とも悪いという返事が返ってきた。父上! 僕が悪いんです!
「フォルトは、ライカから目を離したのは悪かったし、フォルトから離れないという約束を破ったライカも悪い。そういうことだろう?」
「しかし、その約束はこいつのような小さい子なら、守ろうにも無理なものでしょう。だからこそ、目を離してしまった僕が悪いんです!」
「フォルト、お前は自分を責めすぎだ。お爺様にも、昨日そう報告していたな?」
「はい。だって、僕が悪いですから」
だからこそ、僕は昨日あいつの様子を見に来た陛下に、自分が悪いのだとそう報告した。
「フォルト、お前は自分を責めすぎだ。だが、お前の気持ちも考えて処断する」
その際、陛下からはそのような言葉が返ってきたので、陛下だから厳しい罰を下さるだろう。
そう思っていると、あいつはとことん自分が悪いことにしたいのか、陛下を呼んで陛下にお伝えするとまで言いだし、実際に妃殿下がいらっしゃる。
「本当に、兄弟だよお前たちは………」
その際、父上が小さく呟いていたその言葉は、故意に聞かなかったことにした。
その後、妃殿下からあいつに絶対安静の命が下るが、あいつは本気で嫌がっていた。まったく、仕方ない。
「僕も………、たまになら遊びに来る」
だから、安静にしていろ。安静にして、早く怪我を治せ。
「あいっ!」
まったく、返事だけは本当にいいんだから、こいつは。
ちなみに、この件で僕に下った罰は、一週間、あいつの部屋へと行くこと。それ以外、部屋から出ないことだった。陛下、罰が甘すぎませんか? もう少し厳しくしないと示しがつかないとも思うのですが。
まあ、どこまで反論しても、陛下の僕への罰はそれにしかならないので、諦めた。
「にいしゃま、だいすきっ!」
そして、罰のせいでさらにあいつに懐かれたのはちょっと想定外だった。
だが、冷たい態度はとれない。あいつのあの傷は、僕が原因だから。だからね、ライカ。僕はできるだけお前に優しく接しよう。
お前に害が出ない程度に、優しく。ただ、僕はそう言うのが下手だ。その時は、今まで以上にひどい対応をするかもしれない。
できれば、それで離れてくれ。危険に、足を踏み入れるな。
―――これ以上、怪我などをしないでくれ。頼むから。
「やさしいにいさま、こあいでしゅ」
だが、僕のそんな気持ちは、あいつのその言葉で霧散した。
そうかそうか、お前は今までの僕の方がいいか。冷たい僕の方がいいか。なら、今までどおり対応してやろう。
だから、ね?
「帰れ」
部屋へ戻ってろ。
そして兄の態度は軟化はするものの、
やはり冷たいままとなる。